冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
454 / 660
15歳

425 戻りましょう

しおりを挟む
 静まり返る室内は、すごく居心地が悪い。
 綿毛ちゃんを抱く腕に力を込めると、『ちょっと苦しい』との文句が入ったので、慌てて力を抜く。

 アロンの見せた珍しい表情に、戸惑ってしまう。言いたいことを我慢せずに言ってくるのがアロンだ。今みたいに、なにかを堪えるように黙り込むアロンは珍しい。

 ブルース兄様も戸惑っているようだった。

 どうするべきかわからなくて、結局俺は黙り込む。本当はなにか言ったほうがいいのかもしれない。でも、かけるべき言葉が見つからない。視線をちょっと動かして、アロンの顔を見るのも気まずくなって俯いた。綿毛ちゃんのもふもふの毛を、意味もなく凝視する。

 そんな気まずい雰囲気を察知したブルース兄様が、おもむろに立ち上がる。俺の肩をそっと押した兄様は、部屋から出ろと言いたいらしい。この場にいても、進展はない。アロンも沈黙したままだし、俺だって口を開く気分にはなれない。一旦離れて、気持ちを落ち着けた方がいいと思う。

 ブルース兄様に促されるままに、部屋を出る。背後でドアの閉まる音が虚しく響いて、そっと息を吐いた。どっと疲れた。気分が重い。

「なんか、どうしよう」

 綿毛ちゃんに助けを求めて呟けば、綿毛ちゃんは『うーん』と悩むように唸ってしまう。お喋りな毛玉だけど、今は静かだ。

 トボトボと廊下を歩く俺は、どうするべきかを考える。ブルース兄様に任せて、アロンから逃げ出してきてしまったが、気分は晴れない。そもそもはアロンが俺を放置して、知らない女の人とどこかへ行ったのが始まりだった。それなのに、アロンは俺のせいみたいな目を向けてくる。あの弱々しい目が、泣きそうな目が頭から離れない。

 俺悪くないよね? と考え込む。ちょっと冷たい態度をとってしまったが、無神経なアロンが悪いと思う。そっちが誘ったくせに、俺を置いて行っちゃったアロンの背中が嫌だった。

「ルイス様。どこに行っていたんですか」

 ちょうど階段をあがってきたティアンが、俺に駆け寄ってくる。今まで後片付けなどをしていたらしいティアンは「探しましたよ」と俺の背中に片手を添えてくる。その優しい手つきに、俺はなんだか安心した。

「……あのさ、ティアン」

 綿毛ちゃんを床におろして、ティアンと並ぶ。ティアンがたった今のぼってきたばかりの階段を綿毛ちゃんが駆けおりる。跳ねるようにして姿の見えなくなった毛玉を追いかけるように、俺も階段に足を伸ばす。

「アロンが、うーん。なんていうか。ちょっと不機嫌っていうか」

 なんと説明すればいいのかわからなくて、言葉がスムーズに出てこない。ティアンだって、アロンとの一件は俺と一緒に見ていた。だから今更説明する必要もないのだが、それ以外のことを話題にする気分でもなかった。なんとなく、心の内を明かすように言葉を選ぶ。言葉に出して説明すれば、なにか状況が変わるかもしれないとの期待を込めて。

 数段おりて、ティアンを振り返る。上で立ち尽くすティアンは「気にしなくていいですよ」と吐き捨てた。

「あの人が勝手に不機嫌になっただけですよ。いつもそうじゃないですか。自分の気に入らない状況になると途端に機嫌悪くするんですから。子供っぽいんですよ、あの人」

 一気に捲し立てるティアンに、俺は戸惑ってしまう。確かにアロンは、いつもあんな感じだけど。それでも、先程の目はいつもと違うと思う。本気で泣きそうな顔だった。

「ルイス様が気にする必要はないですよ」

 俺の戸惑いを察したのか。声を抑えて、ティアンが言った。それになにも返せないでいると、ティアンが早足で階段を駆けおりる。俺のことを追い抜いて、今度は前に立ったティアンが俺を振り返る。

「戻りましょう」

 差し出された手に、一瞬だけ躊躇した。
 部屋に戻ろうという意味だろうけど。俺にはまるで、昔に戻ろうという意味に聞こえてしまう。

 昔っていつだろう。どこまで戻れば、もっと気楽で楽しい毎日に戻れるのだろう。

 意味のないことを考えている。今更後悔したってどうにもならないのに。頭を振って、変な考えを追い払う。差し出されたティアンの手に、自分の手を重ねた。

『ねぇ、なにしてるのぉ?』

 まだですかぁ、と間延びした声と共に綿毛ちゃんが戻ってくる。今行くと声をかけて、ティアンと共に駆けおりる。

 そうして自室まで戻る道中、ティアンは俺と手を繋いだまま隣に並んでくる。すっかり大きくなったティアンは、危なげない足取りで前を向いている。小さい頃のティアンは、細くて弱そうで。俺はティアンと手を繋ぐたびに、巻き添えで転ぶんじゃないかとハラハラしていたことを思い出す。

 今のティアンは、たとえ俺が躓いても支えてくれそうな安心感がある。四年で色々なことが大きく変わってしまった。良いこともあれば、俺の心がざわざわするような微妙な変化もある。

「俺は、どうすればいいのかな」

 ティアンに訊いても仕方のないことを口にする。ティアンは、答えることなく黙って前を向いている。前を行く毛玉がちょこちょこ歩く様子を眺めながら、俺はティアンと繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
しおりを挟む
感想 480

あなたにおすすめの小説

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!

彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど… …平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!! 登場人物×恋には無自覚な主人公 ※溺愛 ❀気ままに投稿 ❀ゆるゆる更新 ❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。

処理中です...