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15歳
425 戻りましょう
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静まり返る室内は、すごく居心地が悪い。
綿毛ちゃんを抱く腕に力を込めると、『ちょっと苦しい』との文句が入ったので、慌てて力を抜く。
アロンの見せた珍しい表情に、戸惑ってしまう。言いたいことを我慢せずに言ってくるのがアロンだ。今みたいに、なにかを堪えるように黙り込むアロンは珍しい。
ブルース兄様も戸惑っているようだった。
どうするべきかわからなくて、結局俺は黙り込む。本当はなにか言ったほうがいいのかもしれない。でも、かけるべき言葉が見つからない。視線をちょっと動かして、アロンの顔を見るのも気まずくなって俯いた。綿毛ちゃんのもふもふの毛を、意味もなく凝視する。
そんな気まずい雰囲気を察知したブルース兄様が、おもむろに立ち上がる。俺の肩をそっと押した兄様は、部屋から出ろと言いたいらしい。この場にいても、進展はない。アロンも沈黙したままだし、俺だって口を開く気分にはなれない。一旦離れて、気持ちを落ち着けた方がいいと思う。
ブルース兄様に促されるままに、部屋を出る。背後でドアの閉まる音が虚しく響いて、そっと息を吐いた。どっと疲れた。気分が重い。
「なんか、どうしよう」
綿毛ちゃんに助けを求めて呟けば、綿毛ちゃんは『うーん』と悩むように唸ってしまう。お喋りな毛玉だけど、今は静かだ。
トボトボと廊下を歩く俺は、どうするべきかを考える。ブルース兄様に任せて、アロンから逃げ出してきてしまったが、気分は晴れない。そもそもはアロンが俺を放置して、知らない女の人とどこかへ行ったのが始まりだった。それなのに、アロンは俺のせいみたいな目を向けてくる。あの弱々しい目が、泣きそうな目が頭から離れない。
俺悪くないよね? と考え込む。ちょっと冷たい態度をとってしまったが、無神経なアロンが悪いと思う。そっちが誘ったくせに、俺を置いて行っちゃったアロンの背中が嫌だった。
「ルイス様。どこに行っていたんですか」
ちょうど階段をあがってきたティアンが、俺に駆け寄ってくる。今まで後片付けなどをしていたらしいティアンは「探しましたよ」と俺の背中に片手を添えてくる。その優しい手つきに、俺はなんだか安心した。
「……あのさ、ティアン」
綿毛ちゃんを床におろして、ティアンと並ぶ。ティアンがたった今のぼってきたばかりの階段を綿毛ちゃんが駆けおりる。跳ねるようにして姿の見えなくなった毛玉を追いかけるように、俺も階段に足を伸ばす。
「アロンが、うーん。なんていうか。ちょっと不機嫌っていうか」
なんと説明すればいいのかわからなくて、言葉がスムーズに出てこない。ティアンだって、アロンとの一件は俺と一緒に見ていた。だから今更説明する必要もないのだが、それ以外のことを話題にする気分でもなかった。なんとなく、心の内を明かすように言葉を選ぶ。言葉に出して説明すれば、なにか状況が変わるかもしれないとの期待を込めて。
数段おりて、ティアンを振り返る。上で立ち尽くすティアンは「気にしなくていいですよ」と吐き捨てた。
「あの人が勝手に不機嫌になっただけですよ。いつもそうじゃないですか。自分の気に入らない状況になると途端に機嫌悪くするんですから。子供っぽいんですよ、あの人」
一気に捲し立てるティアンに、俺は戸惑ってしまう。確かにアロンは、いつもあんな感じだけど。それでも、先程の目はいつもと違うと思う。本気で泣きそうな顔だった。
「ルイス様が気にする必要はないですよ」
俺の戸惑いを察したのか。声を抑えて、ティアンが言った。それになにも返せないでいると、ティアンが早足で階段を駆けおりる。俺のことを追い抜いて、今度は前に立ったティアンが俺を振り返る。
「戻りましょう」
差し出された手に、一瞬だけ躊躇した。
部屋に戻ろうという意味だろうけど。俺にはまるで、昔に戻ろうという意味に聞こえてしまう。
昔っていつだろう。どこまで戻れば、もっと気楽で楽しい毎日に戻れるのだろう。
意味のないことを考えている。今更後悔したってどうにもならないのに。頭を振って、変な考えを追い払う。差し出されたティアンの手に、自分の手を重ねた。
『ねぇ、なにしてるのぉ?』
まだですかぁ、と間延びした声と共に綿毛ちゃんが戻ってくる。今行くと声をかけて、ティアンと共に駆けおりる。
そうして自室まで戻る道中、ティアンは俺と手を繋いだまま隣に並んでくる。すっかり大きくなったティアンは、危なげない足取りで前を向いている。小さい頃のティアンは、細くて弱そうで。俺はティアンと手を繋ぐたびに、巻き添えで転ぶんじゃないかとハラハラしていたことを思い出す。
今のティアンは、たとえ俺が躓いても支えてくれそうな安心感がある。四年で色々なことが大きく変わってしまった。良いこともあれば、俺の心がざわざわするような微妙な変化もある。
「俺は、どうすればいいのかな」
ティアンに訊いても仕方のないことを口にする。ティアンは、答えることなく黙って前を向いている。前を行く毛玉がちょこちょこ歩く様子を眺めながら、俺はティアンと繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
綿毛ちゃんを抱く腕に力を込めると、『ちょっと苦しい』との文句が入ったので、慌てて力を抜く。
アロンの見せた珍しい表情に、戸惑ってしまう。言いたいことを我慢せずに言ってくるのがアロンだ。今みたいに、なにかを堪えるように黙り込むアロンは珍しい。
ブルース兄様も戸惑っているようだった。
どうするべきかわからなくて、結局俺は黙り込む。本当はなにか言ったほうがいいのかもしれない。でも、かけるべき言葉が見つからない。視線をちょっと動かして、アロンの顔を見るのも気まずくなって俯いた。綿毛ちゃんのもふもふの毛を、意味もなく凝視する。
そんな気まずい雰囲気を察知したブルース兄様が、おもむろに立ち上がる。俺の肩をそっと押した兄様は、部屋から出ろと言いたいらしい。この場にいても、進展はない。アロンも沈黙したままだし、俺だって口を開く気分にはなれない。一旦離れて、気持ちを落ち着けた方がいいと思う。
ブルース兄様に促されるままに、部屋を出る。背後でドアの閉まる音が虚しく響いて、そっと息を吐いた。どっと疲れた。気分が重い。
「なんか、どうしよう」
綿毛ちゃんに助けを求めて呟けば、綿毛ちゃんは『うーん』と悩むように唸ってしまう。お喋りな毛玉だけど、今は静かだ。
トボトボと廊下を歩く俺は、どうするべきかを考える。ブルース兄様に任せて、アロンから逃げ出してきてしまったが、気分は晴れない。そもそもはアロンが俺を放置して、知らない女の人とどこかへ行ったのが始まりだった。それなのに、アロンは俺のせいみたいな目を向けてくる。あの弱々しい目が、泣きそうな目が頭から離れない。
俺悪くないよね? と考え込む。ちょっと冷たい態度をとってしまったが、無神経なアロンが悪いと思う。そっちが誘ったくせに、俺を置いて行っちゃったアロンの背中が嫌だった。
「ルイス様。どこに行っていたんですか」
ちょうど階段をあがってきたティアンが、俺に駆け寄ってくる。今まで後片付けなどをしていたらしいティアンは「探しましたよ」と俺の背中に片手を添えてくる。その優しい手つきに、俺はなんだか安心した。
「……あのさ、ティアン」
綿毛ちゃんを床におろして、ティアンと並ぶ。ティアンがたった今のぼってきたばかりの階段を綿毛ちゃんが駆けおりる。跳ねるようにして姿の見えなくなった毛玉を追いかけるように、俺も階段に足を伸ばす。
「アロンが、うーん。なんていうか。ちょっと不機嫌っていうか」
なんと説明すればいいのかわからなくて、言葉がスムーズに出てこない。ティアンだって、アロンとの一件は俺と一緒に見ていた。だから今更説明する必要もないのだが、それ以外のことを話題にする気分でもなかった。なんとなく、心の内を明かすように言葉を選ぶ。言葉に出して説明すれば、なにか状況が変わるかもしれないとの期待を込めて。
数段おりて、ティアンを振り返る。上で立ち尽くすティアンは「気にしなくていいですよ」と吐き捨てた。
「あの人が勝手に不機嫌になっただけですよ。いつもそうじゃないですか。自分の気に入らない状況になると途端に機嫌悪くするんですから。子供っぽいんですよ、あの人」
一気に捲し立てるティアンに、俺は戸惑ってしまう。確かにアロンは、いつもあんな感じだけど。それでも、先程の目はいつもと違うと思う。本気で泣きそうな顔だった。
「ルイス様が気にする必要はないですよ」
俺の戸惑いを察したのか。声を抑えて、ティアンが言った。それになにも返せないでいると、ティアンが早足で階段を駆けおりる。俺のことを追い抜いて、今度は前に立ったティアンが俺を振り返る。
「戻りましょう」
差し出された手に、一瞬だけ躊躇した。
部屋に戻ろうという意味だろうけど。俺にはまるで、昔に戻ろうという意味に聞こえてしまう。
昔っていつだろう。どこまで戻れば、もっと気楽で楽しい毎日に戻れるのだろう。
意味のないことを考えている。今更後悔したってどうにもならないのに。頭を振って、変な考えを追い払う。差し出されたティアンの手に、自分の手を重ねた。
『ねぇ、なにしてるのぉ?』
まだですかぁ、と間延びした声と共に綿毛ちゃんが戻ってくる。今行くと声をかけて、ティアンと共に駆けおりる。
そうして自室まで戻る道中、ティアンは俺と手を繋いだまま隣に並んでくる。すっかり大きくなったティアンは、危なげない足取りで前を向いている。小さい頃のティアンは、細くて弱そうで。俺はティアンと手を繋ぐたびに、巻き添えで転ぶんじゃないかとハラハラしていたことを思い出す。
今のティアンは、たとえ俺が躓いても支えてくれそうな安心感がある。四年で色々なことが大きく変わってしまった。良いこともあれば、俺の心がざわざわするような微妙な変化もある。
「俺は、どうすればいいのかな」
ティアンに訊いても仕方のないことを口にする。ティアンは、答えることなく黙って前を向いている。前を行く毛玉がちょこちょこ歩く様子を眺めながら、俺はティアンと繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
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