冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
450 / 637
15歳

422 八つ当たり

しおりを挟む
「俺、綿毛ちゃんのことちょっと嫌いになった」
「ひどい。オレがなにをしたって言うんだよぉ」

 シクシクとわざとらしい泣き真似をする綿毛ちゃんに、俺はムスッと頬を膨らませる。別に本気で綿毛ちゃんのことが嫌いになったわけではない。こんなのはただの八つ当たりだ。綿毛ちゃんもそれを分かっているから呑気に泣き真似なんてしてみせるのだ。

「俺もロニーと遊びたい。最近会ってない。ロニー、なんで綿毛ちゃんとは一緒に遊ぶの」
「えー、ごめんねぇ。坊ちゃんも今度ロニーさんに会いに行こうよ」

 ぶつぶつと思いつく限りの文句を並べていけば、綿毛ちゃんが苦笑する。いつもはもふもふ毛玉だから遠慮なく抱きしめる。しかし人間姿をとっている現在はそれができない。不満を発散するかのように、俺は綿毛ちゃんに無言で蹴りを入れる。「辞めてぇ」と情けない声が返ってきて、ますます苛々してしまう。

 それもこれも、全部アロンのせいだ。

 俺の知らない女の人とベタベタ仲良くしていたアロンは、俺たちに「ちょっと待っててください」と言ってどこかに行ったきり戻ってこない。いくらなんでも遅すぎる。きっと今頃、俺のことなんて忘れて先程の女の人と楽しく遊んでいるに違いない。アロンは、過去にもそういうことをやっていた。無性に腹を立てる俺に、ティアンとアリアが困った顔をしている。

 ふたりを困らせるつもりもない。だから八つ当たり先を綿毛ちゃんだけに絞っているのだが、ティアンがやんわりと止めに入ってくる。

「もう! なんなの、あいつ。全然戻ってこないじゃん!」
「どこまで行ったんですかね」

 首を伸ばして周囲を確認するティアンも、本音ではアロンに対して苛立っているのだろう。昔のティアンであれば、俺と同じようにわかりやすく腹を立てていたに違いない。だが、十七歳になったティアンは、眉間に皺を寄せるだけで比較的落ち着いている。そういう大人な態度を見せられると、なんだか急に自分の子供っぽさが目について唇を噛み締めた。

 途端に黙り込む俺に、ティアンが心配そうな目を向けてくる。けれども、その顔にはなんだか俺に対する不満も含まれている気がした。そりゃそうか。こんな我儘な俺の相手なんて、面倒だと思っているに違いない。

 人々の楽しそうな声が響く街の通りの端っこで、アロンのことをひたすら待っているこの状況が虚しくなってくる。そのせいで、普段とは違うネガティブな考えが頭をよぎってしまう。

「先に行っとく?」

 空気を読んだのか、綿毛ちゃんが前方を指さしながらそんなことを言う。すぐさま、アリアが「そうしましょう。うちの兄だったら放っておいても大丈夫ですよ」と悪戯っぽく笑う。

「……うん」

 頷いて、下を向いたまま一歩踏み出す。
 ぴたりと横に張り付いてくるティアンが、俺の歩幅に合わせるように気を遣ってくる。

「……好きなんですか」

 背後で会話している綿毛ちゃんとアリアの声になんとなく耳を傾けていた時である。ぼそっと呟かれた言葉に、俺はハッと顔を上げる。そうしてティアンの横顔を視界に入れれば、じっと前を見据えたまま真剣な面持ちの彼がいた。

「なに?」
「アロン殿のこと。好きなんですか」

 半ば決めつけるような言い方に、思わず足を止めそうになる。しかし、往来の中で立ち止まるわけにもいかない。そっと肩を抱かれて、進むように促される。突然縮まった距離に、一瞬ドキッとする。

 大きくなったなとは思っていたが、体を寄せあうとその成長を実感する。筋肉質な体は、昔の細っこいティアンとは似ても似つかない。

 ちょっと耐えられなくて、やんわりとティアンの体を押して離れるように伝える。「あ、すみません」とあっさり離れたティアンは「それで。どうなんですか」と返答を求めてくる。

「どうって言われても。別に」
「あの人が、女性と一緒なのがそんなに嫌ですか。あの人は昔からあんな感じですよ」
「それは知ってるけど」

 知っているのと、実際に目撃するのとでは天と地ほどの差がある。でもティアンの言う通り、俺がショックを受けるべき出来事かと訊かれれば、微妙かもしれない。

「なんか、えっと。好きとかじゃなくて。俺以外と仲良くしてるのが嫌っていうか」
「レナルドさんとも仲良いでしょ、あの人」

 そうだ。アロンはしょっちゅうレナルドと楽しそうに会話している。時には肩を組んだりと親し気な様子を見せるが、それに対して俺は腹を立てたことはない。

 じゃあなんで、今はこんなに苛々してしまうのか。

 楽しみにしていた街歩きの邪魔をされて待ちぼうけをくらったから? それもしっくりこないな。

 好きなんですか、というティアンの声が脳裏をよぎる。ガバリとティアンの顔を視界にとらえるが、ティアンは生真面目な顔で押し黙っている。

 好き? 俺がアロンを?

「そう、かなぁ?」

 なんだかしっくりこない気がする。だって今までアロンの女遊びに関する自慢話を聞かされても特になんとも思わなかった。今でも、多分そんなに気にしないと思う。そうなんだ、で流せる気がする。

 じゃあなんで今、こんなにもモヤモヤするのか。考えても、答えは出なかった。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...