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15歳
422 八つ当たり
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「俺、綿毛ちゃんのことちょっと嫌いになった」
「ひどい。オレがなにをしたって言うんだよぉ」
シクシクとわざとらしい泣き真似をする綿毛ちゃんに、俺はムスッと頬を膨らませる。別に本気で綿毛ちゃんのことが嫌いになったわけではない。こんなのはただの八つ当たりだ。綿毛ちゃんもそれを分かっているから呑気に泣き真似なんてしてみせるのだ。
「俺もロニーと遊びたい。最近会ってない。ロニー、なんで綿毛ちゃんとは一緒に遊ぶの」
「えー、ごめんねぇ。坊ちゃんも今度ロニーさんに会いに行こうよ」
ぶつぶつと思いつく限りの文句を並べていけば、綿毛ちゃんが苦笑する。いつもはもふもふ毛玉だから遠慮なく抱きしめる。しかし人間姿をとっている現在はそれができない。不満を発散するかのように、俺は綿毛ちゃんに無言で蹴りを入れる。「辞めてぇ」と情けない声が返ってきて、ますます苛々してしまう。
それもこれも、全部アロンのせいだ。
俺の知らない女の人とベタベタ仲良くしていたアロンは、俺たちに「ちょっと待っててください」と言ってどこかに行ったきり戻ってこない。いくらなんでも遅すぎる。きっと今頃、俺のことなんて忘れて先程の女の人と楽しく遊んでいるに違いない。アロンは、過去にもそういうことをやっていた。無性に腹を立てる俺に、ティアンとアリアが困った顔をしている。
ふたりを困らせるつもりもない。だから八つ当たり先を綿毛ちゃんだけに絞っているのだが、ティアンがやんわりと止めに入ってくる。
「もう! なんなの、あいつ。全然戻ってこないじゃん!」
「どこまで行ったんですかね」
首を伸ばして周囲を確認するティアンも、本音ではアロンに対して苛立っているのだろう。昔のティアンであれば、俺と同じようにわかりやすく腹を立てていたに違いない。だが、十七歳になったティアンは、眉間に皺を寄せるだけで比較的落ち着いている。そういう大人な態度を見せられると、なんだか急に自分の子供っぽさが目について唇を噛み締めた。
途端に黙り込む俺に、ティアンが心配そうな目を向けてくる。けれども、その顔にはなんだか俺に対する不満も含まれている気がした。そりゃそうか。こんな我儘な俺の相手なんて、面倒だと思っているに違いない。
人々の楽しそうな声が響く街の通りの端っこで、アロンのことをひたすら待っているこの状況が虚しくなってくる。そのせいで、普段とは違うネガティブな考えが頭をよぎってしまう。
「先に行っとく?」
空気を読んだのか、綿毛ちゃんが前方を指さしながらそんなことを言う。すぐさま、アリアが「そうしましょう。うちの兄だったら放っておいても大丈夫ですよ」と悪戯っぽく笑う。
「……うん」
頷いて、下を向いたまま一歩踏み出す。
ぴたりと横に張り付いてくるティアンが、俺の歩幅に合わせるように気を遣ってくる。
「……好きなんですか」
背後で会話している綿毛ちゃんとアリアの声になんとなく耳を傾けていた時である。ぼそっと呟かれた言葉に、俺はハッと顔を上げる。そうしてティアンの横顔を視界に入れれば、じっと前を見据えたまま真剣な面持ちの彼がいた。
「なに?」
「アロン殿のこと。好きなんですか」
半ば決めつけるような言い方に、思わず足を止めそうになる。しかし、往来の中で立ち止まるわけにもいかない。そっと肩を抱かれて、進むように促される。突然縮まった距離に、一瞬ドキッとする。
大きくなったなとは思っていたが、体を寄せあうとその成長を実感する。筋肉質な体は、昔の細っこいティアンとは似ても似つかない。
ちょっと耐えられなくて、やんわりとティアンの体を押して離れるように伝える。「あ、すみません」とあっさり離れたティアンは「それで。どうなんですか」と返答を求めてくる。
「どうって言われても。別に」
「あの人が、女性と一緒なのがそんなに嫌ですか。あの人は昔からあんな感じですよ」
「それは知ってるけど」
知っているのと、実際に目撃するのとでは天と地ほどの差がある。でもティアンの言う通り、俺がショックを受けるべき出来事かと訊かれれば、微妙かもしれない。
「なんか、えっと。好きとかじゃなくて。俺以外と仲良くしてるのが嫌っていうか」
「レナルドさんとも仲良いでしょ、あの人」
そうだ。アロンはしょっちゅうレナルドと楽しそうに会話している。時には肩を組んだりと親し気な様子を見せるが、それに対して俺は腹を立てたことはない。
じゃあなんで、今はこんなに苛々してしまうのか。
楽しみにしていた街歩きの邪魔をされて待ちぼうけをくらったから? それもしっくりこないな。
好きなんですか、というティアンの声が脳裏をよぎる。ガバリとティアンの顔を視界にとらえるが、ティアンは生真面目な顔で押し黙っている。
好き? 俺がアロンを?
「そう、かなぁ?」
なんだかしっくりこない気がする。だって今までアロンの女遊びに関する自慢話を聞かされても特になんとも思わなかった。今でも、多分そんなに気にしないと思う。そうなんだ、で流せる気がする。
じゃあなんで今、こんなにもモヤモヤするのか。考えても、答えは出なかった。
「ひどい。オレがなにをしたって言うんだよぉ」
シクシクとわざとらしい泣き真似をする綿毛ちゃんに、俺はムスッと頬を膨らませる。別に本気で綿毛ちゃんのことが嫌いになったわけではない。こんなのはただの八つ当たりだ。綿毛ちゃんもそれを分かっているから呑気に泣き真似なんてしてみせるのだ。
「俺もロニーと遊びたい。最近会ってない。ロニー、なんで綿毛ちゃんとは一緒に遊ぶの」
「えー、ごめんねぇ。坊ちゃんも今度ロニーさんに会いに行こうよ」
ぶつぶつと思いつく限りの文句を並べていけば、綿毛ちゃんが苦笑する。いつもはもふもふ毛玉だから遠慮なく抱きしめる。しかし人間姿をとっている現在はそれができない。不満を発散するかのように、俺は綿毛ちゃんに無言で蹴りを入れる。「辞めてぇ」と情けない声が返ってきて、ますます苛々してしまう。
それもこれも、全部アロンのせいだ。
俺の知らない女の人とベタベタ仲良くしていたアロンは、俺たちに「ちょっと待っててください」と言ってどこかに行ったきり戻ってこない。いくらなんでも遅すぎる。きっと今頃、俺のことなんて忘れて先程の女の人と楽しく遊んでいるに違いない。アロンは、過去にもそういうことをやっていた。無性に腹を立てる俺に、ティアンとアリアが困った顔をしている。
ふたりを困らせるつもりもない。だから八つ当たり先を綿毛ちゃんだけに絞っているのだが、ティアンがやんわりと止めに入ってくる。
「もう! なんなの、あいつ。全然戻ってこないじゃん!」
「どこまで行ったんですかね」
首を伸ばして周囲を確認するティアンも、本音ではアロンに対して苛立っているのだろう。昔のティアンであれば、俺と同じようにわかりやすく腹を立てていたに違いない。だが、十七歳になったティアンは、眉間に皺を寄せるだけで比較的落ち着いている。そういう大人な態度を見せられると、なんだか急に自分の子供っぽさが目について唇を噛み締めた。
途端に黙り込む俺に、ティアンが心配そうな目を向けてくる。けれども、その顔にはなんだか俺に対する不満も含まれている気がした。そりゃそうか。こんな我儘な俺の相手なんて、面倒だと思っているに違いない。
人々の楽しそうな声が響く街の通りの端っこで、アロンのことをひたすら待っているこの状況が虚しくなってくる。そのせいで、普段とは違うネガティブな考えが頭をよぎってしまう。
「先に行っとく?」
空気を読んだのか、綿毛ちゃんが前方を指さしながらそんなことを言う。すぐさま、アリアが「そうしましょう。うちの兄だったら放っておいても大丈夫ですよ」と悪戯っぽく笑う。
「……うん」
頷いて、下を向いたまま一歩踏み出す。
ぴたりと横に張り付いてくるティアンが、俺の歩幅に合わせるように気を遣ってくる。
「……好きなんですか」
背後で会話している綿毛ちゃんとアリアの声になんとなく耳を傾けていた時である。ぼそっと呟かれた言葉に、俺はハッと顔を上げる。そうしてティアンの横顔を視界に入れれば、じっと前を見据えたまま真剣な面持ちの彼がいた。
「なに?」
「アロン殿のこと。好きなんですか」
半ば決めつけるような言い方に、思わず足を止めそうになる。しかし、往来の中で立ち止まるわけにもいかない。そっと肩を抱かれて、進むように促される。突然縮まった距離に、一瞬ドキッとする。
大きくなったなとは思っていたが、体を寄せあうとその成長を実感する。筋肉質な体は、昔の細っこいティアンとは似ても似つかない。
ちょっと耐えられなくて、やんわりとティアンの体を押して離れるように伝える。「あ、すみません」とあっさり離れたティアンは「それで。どうなんですか」と返答を求めてくる。
「どうって言われても。別に」
「あの人が、女性と一緒なのがそんなに嫌ですか。あの人は昔からあんな感じですよ」
「それは知ってるけど」
知っているのと、実際に目撃するのとでは天と地ほどの差がある。でもティアンの言う通り、俺がショックを受けるべき出来事かと訊かれれば、微妙かもしれない。
「なんか、えっと。好きとかじゃなくて。俺以外と仲良くしてるのが嫌っていうか」
「レナルドさんとも仲良いでしょ、あの人」
そうだ。アロンはしょっちゅうレナルドと楽しそうに会話している。時には肩を組んだりと親し気な様子を見せるが、それに対して俺は腹を立てたことはない。
じゃあなんで、今はこんなに苛々してしまうのか。
楽しみにしていた街歩きの邪魔をされて待ちぼうけをくらったから? それもしっくりこないな。
好きなんですか、というティアンの声が脳裏をよぎる。ガバリとティアンの顔を視界にとらえるが、ティアンは生真面目な顔で押し黙っている。
好き? 俺がアロンを?
「そう、かなぁ?」
なんだかしっくりこない気がする。だって今までアロンの女遊びに関する自慢話を聞かされても特になんとも思わなかった。今でも、多分そんなに気にしないと思う。そうなんだ、で流せる気がする。
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