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14歳
377 あとでね
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「おい、ルイス」
「んー?」
「パンを買ってきた。食べるだろ」
研究所から帰ってきたユリスは、俺の部屋に入るなりテーブルの上に紙袋を置いた。
本に視線を落としたまま考え込んでいた俺は「あとでね」と答えて、ページを捲る。ジェフリーに教えると約束したはいいが、案外難しい。授業中のカル先生の説明を必死に思い出す。先生は、なんだか簡単そうに説明していたが、自分がジェフリーに教えようと思うと、どう説明していいのかわからない。
顔を上げもしない俺に、ユリスが「は?」と困惑したように呟く声が聞こえてきた。
「食べないのか? おまえが好きそうなやつを選んだつもりだが?」
「うん、ありがとう」
ユリスは研究所の帰りに、たまにお土産を買ってきてくれる。お土産は嬉しいが、今はそれどころではない。だが、ユリスにも悪いので一旦手を止めて顔を上げておく。
「後で食べる。ありがと」
「……具合でも悪いのか」
「なんで? 普通だけど」
今すぐ食べないのはおかしい、と意味不明なことを言い出すユリス。別におかしくはないだろうが。あともうすぐ夕食の時間である。
首を捻って再び本に向き合う。ユリスは普段、こういう古い本を簡単そうに読んでいるが、俺にはまだ難しい。それでも、おおまかな意味くらいは理解できる。
「おまえ、弟がほしかったのか?」
頭を抱えつつも奮闘していれば、ユリスがそんなことを言う。
「なに、突然」
「いや。ジェフリーのことを可愛がっているようだから」
「うん」
「ああいう弟がほしかったのか?」
「うーん?」
別にそういうわけでは。単にジェフリーと遊ぶのが楽しいだけだ。あと俺のことをかっこいいお兄さんだと思っているらしいので、その期待を裏切りたくないというのもある。
「ルイスでも成長するんだな」
「どういう意味だよ」
半眼になる俺だが、ユリスは興味深そうに俺の手元を覗き込んでくる。そのまま横に座って、「わからないところは僕に言え」とぶっきらぼうに頬杖をついた。
その後、入室してきたタイラーが、勉強する俺を見て静かに驚愕していた。だが邪魔はしないようにという配慮か。無言で視線だけを注いでくる。
いつもはお喋りの綿毛ちゃんも、部屋の隅でジャンと一緒に黙っている。レナルドも部屋を出て行ってしまった。レナルドは、今までの護衛と違って、四六時中俺に張り付いているわけではない。結構頻繁に目を離す。
みんな、そんなに気を使わなくてもいいのに。
珍しく静まり返った室内で、俺は黙々と本を読み進める。途中で詰まれば、ユリスが教えてくれる。
「ジェフリーをうちに呼んでみるか?」
そんな時。ユリスが口にした提案に、「いいの!?」と目を輝かせる。
「あぁ。デニスを誘うついでに」
「お泊まり! 楽しそう」
ユリスにしては気の利いた提案をしてくるな。
デニスはおそらく、ダメとは言わないだろう。彼はユリスとふたりきりで遊びたいのだ。俺が邪魔することを酷く嫌うので、俺の相手をさせるためにジェフリーも連れてきてくれると思う。
わーい、と喜ぶ俺を見て、ユリスがくすくす上機嫌に笑っている。
「友達ができてよかったな」
「うん!」
ユリスは、フランシスとの一件以来、ずっと俺を気にかけてくれていた。俺がジェフリーと仲良くなって、満足しているらしい。
※※※
「オーガス兄様ぁ」
「どうしたの?」
兄様は、相変わらず自室に引きこもって仕事をしている。ニックも忙しそうだ。
「ジェフリー、うちに呼んでいい?」
「誰?」
真顔で返してくるオーガス兄様は、どうやらジェフリーのことを知らないらしいので、デニスの弟だと教えてやる。
「デニスって弟いたの?」
「最近できたんだって」
「赤ちゃんってこと?」
「違うよ」
母親が違うのだと説明すれば、兄様は「あ、あぁ。複雑なやつだ」と変な顔になる。そうだな。複雑なやつだな。
「で? お泊まり会してもいい?」
「いいけど」
あっさり許可を出すオーガス兄様は、さすがである。
「あ。あとね、オーガス兄様。孫はまだかって、お母様が」
「ついにルイス経由で催促しだしたよ、あの人」
顔を覆って俯いてしまうオーガス兄様は、なんだか絶望していた。
「できれば女の子がいいって」
「そこは跡継ぎに男の子がほしいって言うところだろ」
俺に言われても。文句なら直接お母様に言ってくれ。
「それと、ブルース兄様はいつ結婚するんだって、お母様が」
「それは僕に訊かれても。ブルースに訊いてきなよ」
「もう行ってきた。まだ結婚しないって言ってた」
「なんで?」
「……オーガス兄様が頼りないからじゃない?」
「ひどい」
俯く兄様に、ニックがなんとも言えない視線を向けている。きっとオーガス兄様のことを哀れんでいるのだ。
ブルース兄様は、いつも忙しそうで女の子と一緒にいる場面をほとんど見ない。あまりにも見ないものだから、お母様は心配しているのだ。
「なんか、いい子がいたらブルース兄様に紹介してあげてって。お母様が言ってたよ」
「なんでルイス経由で頼んでくるんだろう」
「オーガス兄様とブルース兄様は照れ屋さんだから。お母様とはお話してくれないって悲しんでたよ」
「うぇ、なんだかお母様に恨まれてそうだな、僕たち」
恨んではいないと思う。だが、上ふたりは滅多に会いに来ないので寂しい、愛想がないとぶつぶつ言っていた。
あとでお母様の部屋に行ってみるね、と苦笑するオーガス兄様。うん。それがいいと思う。お母様はきっと、兄様たちとお話したいのだ。
「んー?」
「パンを買ってきた。食べるだろ」
研究所から帰ってきたユリスは、俺の部屋に入るなりテーブルの上に紙袋を置いた。
本に視線を落としたまま考え込んでいた俺は「あとでね」と答えて、ページを捲る。ジェフリーに教えると約束したはいいが、案外難しい。授業中のカル先生の説明を必死に思い出す。先生は、なんだか簡単そうに説明していたが、自分がジェフリーに教えようと思うと、どう説明していいのかわからない。
顔を上げもしない俺に、ユリスが「は?」と困惑したように呟く声が聞こえてきた。
「食べないのか? おまえが好きそうなやつを選んだつもりだが?」
「うん、ありがとう」
ユリスは研究所の帰りに、たまにお土産を買ってきてくれる。お土産は嬉しいが、今はそれどころではない。だが、ユリスにも悪いので一旦手を止めて顔を上げておく。
「後で食べる。ありがと」
「……具合でも悪いのか」
「なんで? 普通だけど」
今すぐ食べないのはおかしい、と意味不明なことを言い出すユリス。別におかしくはないだろうが。あともうすぐ夕食の時間である。
首を捻って再び本に向き合う。ユリスは普段、こういう古い本を簡単そうに読んでいるが、俺にはまだ難しい。それでも、おおまかな意味くらいは理解できる。
「おまえ、弟がほしかったのか?」
頭を抱えつつも奮闘していれば、ユリスがそんなことを言う。
「なに、突然」
「いや。ジェフリーのことを可愛がっているようだから」
「うん」
「ああいう弟がほしかったのか?」
「うーん?」
別にそういうわけでは。単にジェフリーと遊ぶのが楽しいだけだ。あと俺のことをかっこいいお兄さんだと思っているらしいので、その期待を裏切りたくないというのもある。
「ルイスでも成長するんだな」
「どういう意味だよ」
半眼になる俺だが、ユリスは興味深そうに俺の手元を覗き込んでくる。そのまま横に座って、「わからないところは僕に言え」とぶっきらぼうに頬杖をついた。
その後、入室してきたタイラーが、勉強する俺を見て静かに驚愕していた。だが邪魔はしないようにという配慮か。無言で視線だけを注いでくる。
いつもはお喋りの綿毛ちゃんも、部屋の隅でジャンと一緒に黙っている。レナルドも部屋を出て行ってしまった。レナルドは、今までの護衛と違って、四六時中俺に張り付いているわけではない。結構頻繁に目を離す。
みんな、そんなに気を使わなくてもいいのに。
珍しく静まり返った室内で、俺は黙々と本を読み進める。途中で詰まれば、ユリスが教えてくれる。
「ジェフリーをうちに呼んでみるか?」
そんな時。ユリスが口にした提案に、「いいの!?」と目を輝かせる。
「あぁ。デニスを誘うついでに」
「お泊まり! 楽しそう」
ユリスにしては気の利いた提案をしてくるな。
デニスはおそらく、ダメとは言わないだろう。彼はユリスとふたりきりで遊びたいのだ。俺が邪魔することを酷く嫌うので、俺の相手をさせるためにジェフリーも連れてきてくれると思う。
わーい、と喜ぶ俺を見て、ユリスがくすくす上機嫌に笑っている。
「友達ができてよかったな」
「うん!」
ユリスは、フランシスとの一件以来、ずっと俺を気にかけてくれていた。俺がジェフリーと仲良くなって、満足しているらしい。
※※※
「オーガス兄様ぁ」
「どうしたの?」
兄様は、相変わらず自室に引きこもって仕事をしている。ニックも忙しそうだ。
「ジェフリー、うちに呼んでいい?」
「誰?」
真顔で返してくるオーガス兄様は、どうやらジェフリーのことを知らないらしいので、デニスの弟だと教えてやる。
「デニスって弟いたの?」
「最近できたんだって」
「赤ちゃんってこと?」
「違うよ」
母親が違うのだと説明すれば、兄様は「あ、あぁ。複雑なやつだ」と変な顔になる。そうだな。複雑なやつだな。
「で? お泊まり会してもいい?」
「いいけど」
あっさり許可を出すオーガス兄様は、さすがである。
「あ。あとね、オーガス兄様。孫はまだかって、お母様が」
「ついにルイス経由で催促しだしたよ、あの人」
顔を覆って俯いてしまうオーガス兄様は、なんだか絶望していた。
「できれば女の子がいいって」
「そこは跡継ぎに男の子がほしいって言うところだろ」
俺に言われても。文句なら直接お母様に言ってくれ。
「それと、ブルース兄様はいつ結婚するんだって、お母様が」
「それは僕に訊かれても。ブルースに訊いてきなよ」
「もう行ってきた。まだ結婚しないって言ってた」
「なんで?」
「……オーガス兄様が頼りないからじゃない?」
「ひどい」
俯く兄様に、ニックがなんとも言えない視線を向けている。きっとオーガス兄様のことを哀れんでいるのだ。
ブルース兄様は、いつも忙しそうで女の子と一緒にいる場面をほとんど見ない。あまりにも見ないものだから、お母様は心配しているのだ。
「なんか、いい子がいたらブルース兄様に紹介してあげてって。お母様が言ってたよ」
「なんでルイス経由で頼んでくるんだろう」
「オーガス兄様とブルース兄様は照れ屋さんだから。お母様とはお話してくれないって悲しんでたよ」
「うぇ、なんだかお母様に恨まれてそうだな、僕たち」
恨んではいないと思う。だが、上ふたりは滅多に会いに来ないので寂しい、愛想がないとぶつぶつ言っていた。
あとでお母様の部屋に行ってみるね、と苦笑するオーガス兄様。うん。それがいいと思う。お母様はきっと、兄様たちとお話したいのだ。
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