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14歳

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「来たな! デニー!」
「だから馴々しく呼ばないでって」

 数日後。
 デニスがヴィアン家にやって来た。今日はお泊まり会である。俺のことを雑に扱うデニスは、ろくに挨拶もしないでユリスへと駆け寄っていく。

「今日はお招きありがとう」

 甘ったるい声でユリスの腕に縋りつく彼は、すっかり俺の存在を無視してしまう。

 ぽつんと残された俺は、馬車へと足を向ける。ゆったりと降りてきたジェフリーは、俺に気がつくとニコッと笑った。

 俺の予想通り、デニスはジェフリーも連れてきてくれた。ユリスとのんびり遊びたいデニスにとって、俺の存在は邪魔なのだ。そんな俺も、ジェフリーが居るならそっちに行ってしまう。デニスにとっては好都合なのだろう。

「ジェフリー。いらっしゃい」
「ルイス様。お世話になります」

 ジェフリーは、基本的に物腰柔らかで愛想がいい。たまにボソッと暗いことを言うけど、それを除けば普通の少年だ。

「俺の部屋行こう」

 早速、彼の手を取って屋敷に入る。ジェフリーに、犬と猫を見せてあげると約束していた。部屋ではジャンが、お出迎えの準備をしているはずである。

 レナルドがついてくることを確認しながら、先を急ぐ。

「犬と猫、どっちが好き?」

 部屋に到着してドアを開けると、なんかすごくボサボサの犬がいた。

 びっくりして固まる俺。視界の隅では、ジャンがちょっと申し訳なさそうな顔で俯いていた。ジャン、おまえ。

 ジェフリーを見ると、ぱちぱちと目を瞬いている。ボサボサの犬に、びっくりしているのかもしれない。

 綿毛ちゃんには、デニスとジェフリーの前では絶対にお喋りするなと言ってある。それと、大事なのは角だ。それも見つかってはいけないと何度も注意した。『そんなこと言われてもぉ。角は抜けないしぃ』と、ふにゃふにゃする綿毛ちゃんを説得するのは苦労した。

 結局、角はジャンがうまく隠すことになった。俺がジェフリーをお出迎えする間に、どうにかしておいてと頼んでおいたのだが、なんだか悲惨なことになっている。

 綿毛ちゃん、爆発にでも巻き込まれたのかな。

 若干目が死んでいる綿毛ちゃんは、毛が大爆発しているが、角は上手いこと隠れている。

 静まり返る室内で、俺は犬を無視して猫を捕獲した。

「ほら、ジェフリー。猫だよ」
「あ、はい」

 ジェフリーと一緒に、エリスちゃんを撫でる。もふもふした猫を触るのは楽しい。ぐだっと床で伸びをするエリスちゃんの手を握って、ジェフリーにも肉球を触らせてあげる。

 なんだか綿毛ちゃんが、わふわふ鳴いている。なんだか弱そうな鳴き声だ。綿毛ちゃんの犬っぽい声は珍しい。

「あのね、ジェフリー。あれは犬なんだけど。今日はちょっと調子悪くて毛がボサボサ」
「そうなんですね」

 大人の対応をしてくるジェフリーは、それ以上はなにも言わない。命拾いしたな、綿毛ちゃん。

 そうしてボサボサの綿毛ちゃんを放っておいて、立ち上がる。

 今日はちょっと肌寒いが、耐えられないほどではない。噴水でも見に行こうかと思案する俺に、ジェフリーが「あ」と声を上げた。

「ルイス様、読書がお好きなんですね」
「え?」

 どうやら部屋に据えられた本棚を見て、そう思ったらしい。

「あー、う、うん」

 そこはブルース兄様が勝手に用意した本置き場だ。俺が読むことはない。しかし、その情けない事実を白状するのも躊躇われる。結局、曖昧に頷いて誤魔化しておいた。

「それより、庭でも散歩する? 魚はいないけど、噴水はあるよ」
「はい!」

 本棚に背中を向けるジェフリーに、こっそりと胸を撫で下ろす。

「行こう、ティアン」
「……」

 手を差し伸べてから、気がついた。
 違う、ティアンじゃない。ジェフリーだ。

 慌てて謝罪すれば、ジェフリーは「気にしてませんよ」と微笑んでくれた。

「ご友人ですか?」
「うん。もう長い間、会ってないけど」

 思えば、ジェフリーはティアンと同じ十二歳だ。いや、ティアンはもう十二歳じゃないや。最後に会ったのは、彼が十三歳の時である。あいつは今、いくつだっけ?

 ジェフリーは髪の色素も薄く、全体的に細っこい。こういう一見すると弱々しい佇まいが、なんだかティアンにそっくりだ。性格はあまり似ていないけど。ティアンはいつも強気だった。

「ルイス様はよく、僕のことをティアンと呼んでいますよ」
「え?」

 衝撃の事実に、口元が引き攣る。
 そうだっけ? 全然記憶にない。だが、ジェフリーが嘘をつくとも思えない。

「なにかに夢中になっている時とか。咄嗟に呼びかける時とか」
「ごめん。本当にごめん」
「いえ、気にしていませんから」

 力なく笑うジェフリーに、ぎゅっと胸が締め付けられる。「本当にごめん」と繰り返すが、ジェフリーは「いいですよ」と笑って流してくれる。

 本当は全然よくないんだと思う。文句のひとつくらい言えばいいのに。

 ジェフリーは、周囲に気を使いすぎだと思う。自身の境遇について、怒ってもいいのにそれをしない。だって突然公爵家に連れて来られて、そのまま母親に置いていかれた彼である。十二歳の頃の俺だったら、間違いなく泣き喚いて文句を言っていただろう。

 それなのに、ジェフリーはひとり屋敷で大人しく暮らしている。俺に名前を呼び間違えられても、ろくに抗議もしてこない。

「ジェフリー」

 彼の瞳を覗き込んで、しっかりと名前を呼ぶ。

「行こう」

 今度こそ手を取って、庭に出た。
 半歩後ろをついてくるジェフリーは、なんだかぼけっとしている。

「大丈夫? 寒い?」
「大丈夫です」

 そのままジェフリーを噴水へと案内すれば、彼は勢いよく噴き上げる水をじっと眺め始める。

「夏は水遊びできるよ」
「そうなんですね」

 もしかして噴水楽しくないのか?
 でもジェフリーは、アーキア公爵家の屋敷でよく池をぼけっと眺めていた。別に水が嫌いなわけではないよな、と考えて思い直す。

 ジェフリーが池を眺めていたのは、ひとりの時だ。俺が誘って一緒に眺めることもあったけど、ジェフリーの方から池に行きたいと言ったことはないな。もしや、やることなくて池を観察していただけで、別に水が好きなわけではないのかも。

「なにする? 今日はジェフリーの好きなことして遊ぼうよ」

 なにがいい? と問いかければ、ジェフリーは少しだけ驚いたように目を大きく開いた。

「えっと、そうですね。僕は、ルイス様が遊んでくれるならなんでも」
「えー?」

 なんでもって言われてもな。見た感じ、噴水見るのは楽しくないみたいだし。考えた末に、俺はジェフリーを温室へと案内してあげた。

 ここは風も入らないので外よりも暖かい。植物もたくさんある。興味津々といった様子できょろきょろするジェフリーは、花が好きみたいだ。

 猫も連れてくればよかったな。ちょっと後悔。ジャンに視線をやるが、不思議そうな顔で小さく頷くだけで、察してはくれなかった。綿毛ちゃんは、毛をボサボサにされて怒っているのか。ついては来なかった。レナルドもいつの間にかいなくなっている。あいつはすぐにいなくなる。

 ひと通り温室をうろうろしたジェフリーは、俺のもとへと駆け寄ってくる。そうして手を繋いできた彼は、にこりと微笑んだ。

 ジェフリーの方から俺の手を取るのは、初めてではないか?

「ルイス様」
「ん?」
「楽しいですね!」

 楽しいのか? 本当に?
 俺は植物を眺めるのはあまり好きではない。ブルース兄様はよく花壇の花をつんでいるが、俺は別に花欲しいとは思わない。

 だが、ジェフリーが楽しいと言っているから別にいいのかな。

 ジェフリーは、なにを考えているのかよくわからないところがある。お世辞なのか、気遣いなのか、本音なのか。よくわからない。

 俺に対して気を遣わなくていいのにな。楽しくないなら楽しくないって言ってくれてもいいのに。俺はそれくらいで怒ったりしないのに。

 遠慮なく物を言ってくる、ちょっとだけ偉そうな態度のティアンをぼんやり思い浮かべた。
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