冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
318 / 656
12歳

305 毛玉

しおりを挟む
 細かいことは、いいや。俺はずっと、喋るペットが欲しかった。黒猫ユリスが人間ユリスになって、猫とお喋りできなくなったことが、すごく不満だった。

 せっかく発見した喋る犬だ。逃すわけにはいかない。

「いいか、犬。俺は猫派だけど、おまえは喋るから特別にペットにしてやる」
『うっす! あざす!』

 キリッとお座りする犬を前に、とりあえず角を隠そうと奮闘する。幸い、毛がもさもさだから上手く隠せそうだ。

「この角なに」
『オレの本体』
「……」
『冗談だよ?』

 毛をわーっとぐしゃぐしゃにすれば、普通の犬になった。ちょっとボサボサになってしまったが、まぁいいだろう。

『ところで、坊ちゃん。おいくつだい? お名前言えるかなぁ?』
「ルイス」
『ルイス坊ちゃんか。よろしくね。んで何歳かな?』
「この角とっていい?」
『とれねぇよ? あと頑なに年齢教えてくれないのはどうしてなの。わざとなの?』

 何歳? としつこい犬を見下ろす。

「十八歳」
『大嘘じゃん。坊ちゃん、どう見ても十八は無理があるよ』
「じゃあ十二歳」
『そっかぁ。十二歳か。子供だねぇ。さばの読み方が大胆だね』
「大人なの!」

 なんだこの失礼な犬。睨みつけてやるが、犬はどこ吹く風である。

 そうして庭に座り込んで、犬とお喋りしていれば、ロニーが歩いてくる。さらに後ろには、ジャンもいる。

「どこに行っていたんですか?」
「温室見てきた」

 そうですか、と微笑むロニーは、俺の足元に座る犬を見て、目を見張った。

「あれ、それは」
「犬。拾った。飼っていい?」

 お願いと顔の前で手を合わせるが、ロニーは困ったように眉間に皺を寄せてしまう。

「ちゃんとお世話するから!」
「ですが。猫ちゃんはどうするんですか?」
「猫も友達が欲しいって言ってる。犬も猫と親友になるって言ってる」
「わんっ!」

 わざとらしく吠えてみせた犬は、尻尾を振ってアピールしている。

「じゃあ、オーガス兄様がいいって言ったら飼っていい?」
「それは、うーん。オーガス様が良いとおっしゃるのであれば」

 やった。これはもう俺の勝ち確定である。

 ロニーの気が変わらないうちにと、急いで屋敷に戻る。そのまま二階に上がって、オーガス兄様の部屋に突入する。

「兄様! 犬飼っていい?」
「え?」

 きょとんとする兄様に、早速もふもふ白髪犬を差し出してみる。

「うわ!」

 大袈裟なくらいに上半身を逸らした兄様。そんなビビらなくても。

「どこで見つけてきたんですか」
「ニックも触る? もふもふだよ」
「嫌です」

 文句しか言わないニックは放っておこう。今は、オーガス兄様の許可をもらうことが最優先だ。

「ねぇ! いいでしょ! ちゃんとお世話するからぁ」
「もう猫飼ってるじゃん。なんでもかんでも拾ってこないの」

 戻してきなさい、と冷たいこと言う兄様に、地団駄を踏む。なんでわかってくれないのか。ブルース兄様不在の今がチャンスだというのに。

「嫌だ! 俺が見つけたんだから俺の犬だもん!」

 絶対に飼う、と大声で主張すれば、兄様は眉を寄せる。快諾してはくれないが、ちょっと悩んでいる様子である。ここぞとばかりに、俺が今まで白猫のお世話をサボったことがあるかと問い詰めれば、兄様は「そうだね。猫のお世話はちゃんとしてるもんね」と前向き発言をする。

「うーん。ちゃんとお世話するって約束できるなら」
「やった!」

 最終的には、反対するのも面倒になったらしい。兄様がいいと言えば、反対する者は、他にいなかった。

 晴れて犬をペットにした俺は、急いで部屋に戻る。「なんでそんなにボサボサなの?」と、オーガス兄様が犬に手を伸ばしてきたからだ。

 せっかく隠した角が、見つかってしまう。

「犬。ここが俺の部屋」

 案内してやれば、犬は真っ先に本棚へと寄っていく。そうしてうんと背伸びして、本棚の中を確認し始める。変な犬。

 だが、小さいためによく見えないらしい。抱っこしろとでも言うかのように、俺のまわりをぐるぐるする。

 お望み通り抱っこしてやれば、犬は真剣に本棚を眺める。本が好きなのかな。喋れるし、もしかしたら本も読めるのかもしれない。

「お名前、考えないといけませんね」
「うん。なにがいいかな」

 ロニーと一緒に、お名前を考える。そういえば、ジャンは犬派だったことを思い出して、「触っていいよ」と、差し出しておく。

 おずおずと手を伸ばしたジャンは、犬の背中あたりをゆっくり撫でている。

 角に気が付かないでね。

 結局、この犬はなんだろうか。なんか喋ることに興奮して、拾ってきてしまったが、大丈夫だろうか。

 もしかしたら、ユリスのお仲間かもしれない。

 銀色の毛をわしゃわしゃと撫でてみる。どこからどう見ても、犬にしか見えないが、小さい角が生えている。異世界ならではの生き物かもしれない。

 だが、この世界に不思議生物がいるなんて聞いたこともない。

 うーん。頑張って考える俺を、ロニーが微笑ましそうに見てくる。どうやら、俺が必死で犬のお名前を考えていると思っているらしい。そうだな。お名前もどうしよう。なんかいい感じの。

「……毛玉おばけにしよう」

 犬が、すごい目でこっちを見てくる。わんわん鳴く彼は、どうやらお名前が気に入らないらしい。ふるふると勢いよく首を振って、一生懸命に抗議している。「それはちょっと」と、ロニーもやんわり抗議してくる。すごく不評だ。

「じゃあ、綿毛わたげにする」

 ちょっと妥協すれば、「いいですね」とロニーが賛成してくれる。犬は相変わらず不満そうだけど、毛玉おばけよりはマシだと考えたのか、大人しくなった。

「行くぞ! 綿毛」

 もふもふの犬を前にして、唐突に、散歩をしてみたい気になった。昔から、犬を散歩させることに、すごく憧れていたことを思い出す。

「……ジャン。紐ちょうだい」
「紐、ですか?」

 少々お待ちくださいと、部屋を出て行くジャン。長くて丈夫なやつね、とその背中に声をかける。

 犬が、すごく不安そうな顔をしている。

「お散歩したいでしょ?」

 半眼の犬は、ロニーがいるためお喋りしない。喋れることは、秘密なのだ。捨ててこいと言われても悲しいから。

「こちらでよろしかったでしょうか」
「うん」

 ジャンから受け取った紐は、ちょうど良い長さである。犬を捕まえてしゃがみ込めば、『あ、なんか嫌な予感』と、小声で犬が暴れ始める。

「大人しくしろ」
『いやいやいや。なんやこの子。すんげぇ悪ガキじゃん』

 黙って。ロニーとジャンに聞かれてしまう。慌てて犬の口を塞いで、静かにしろと伝えれば、犬はこくこくと頷く。そのまま犬の首に紐を巻き付けようとするのだが、ロニーに止められてしまう。

「ダメですよ、ルイス様。可哀想ですよ」
「お散歩したい」

 せめて首輪を用意してからにしましょうと、困ったように提案してくるロニー。

「……うん」

 仕方ない。一旦、諦めよう。

 命拾いしたと、大袈裟なほどに尻尾を振ってロニーに飛びかかって行く犬を、引き離す。ロニーは俺のだぞ。

 そのまま壁際まで犬を追い詰めて、小声で「大人しくしろ」と言い聞かせる。普通の犬じゃないことがバレてしまう。

『オレは大人しくしてたよ。坊ちゃんが、思っていた以上に悪ガキでびっくりなんだけど』
「勝手にロニーと遊ばないで」
『あの人、ロニーさんっていうの? オレの命の恩人だよ』

 ふざけたことを言う犬の頭を、ペシペシしておく。ユリスにも犬を自慢したいが、あいつは魔法とかそういうものが大好きなお子様だ。喋る犬なんて珍しいもの、見せた瞬間に横から奪われるかもしれない。

 もっふもふの犬を見下ろす。今日は、こいつと一緒に遊びたい。ユリスにとられるのは、絶対に嫌。

 もうちょっとだけ、ユリスには内緒にしておこうかな。
しおりを挟む
感想 474

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません

めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。 家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。 しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。 調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。 だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。 煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!? /////////////////////////////// ※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。 ///////////////////////////////

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...