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11歳
236 尾行中です
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前を行く背中を、根気強く追いかける。相手に尾行がバレてはいけない。慎重にいかなければ。
にゃあ、と小さく鳴く白猫をぎゅっと抱きしめる。申し訳ないが、今は少し静かにしてくれ。バレたら大変だからな。
晴れた日の午前中。
俺は今、必死にターゲットを尾行していた。俺の背後には、青い顔をしたジャンと、ちょっと困っているらしいロニーがいる。ふたりには静かにするよう言い聞かせているから大丈夫だ。
「ルイス様?」
控えめに声をかけてくるロニーは、ちらちらと前方の背中に目を向けている。口にはしないが、尾行をやめろと言いたいらしい。ごめんよ、ロニー。俺にはやらなければならないことがあるのだ。
前方を大股で歩く、男を追いかける。ヴィアン家の黒い騎士服は、日中だとそれなりに目立つ。見失うことはなさそうだ。
どうやら騎士棟へと向かっているらしい彼は、一切の迷いなく先へと進む。こちらに気が付いている様子はない。よし、このままいける。
建物の角を曲がった男を見失うまいと、駆け足になる。そうして勢いよく角を曲がったところ、眼前に立ち塞がっていた長身に、びっくりして飛び上がった。
「うわぁ!」
思わず腕の中の白猫をぎゅっと抱き締めると、猫がにゃあにゃあ鳴いた。慌てて力を緩める。
「急に立ち止まるな!」
とりあえずクレームを入れておけば、こちらを見下ろすセドリックが、微かに眉を寄せた。
「なにかご用ですか、ルイス様」
相変わらずの無表情を貫くセドリックは、面倒くさいという顔をしていた。尾行は気が付かれてしまったが、ここで逃すわけにはいかない。
「見て! 新しい猫」
白猫を突き出せば、セドリックは「はぁ」と気の抜けた返事をよこす。そのまま無言で、俺の出方を窺っているようにみえる。
「触るか?」
なにを考えているのかわからない無表情のセドリックに、ひとまず猫を差し出しておく。けれども緩く首を左右に振った彼は「お構いなく」と辞退してしまう。こんなに可愛い猫をもふもふしないとか、正気か?
受け入れを拒まれた猫が可哀想なので、俺が代わりにもふもふしておく。
「……それで、なにかご用でしょうか?」
「べつに」
猫を見せたいだけ、と言えば、セドリックは微妙に眉を寄せて「左様で」と素っ気ない返事をしてくる。
「では私はこれで。仕事がありますので」
「うん。ばいばい」
一礼してくるセドリックに、手を振ってお見送りする。そうして背中が遠かったところで、急いで背後のジャンとロニーを振り返った。
「よし! 行くぞ」
「また副団長のあとをつけるんですか?」
「うん。急いで、ロニー。セドリックを見失ってしまう」
バタバタと慌ただしく、セドリックの後を追う。怪訝な顔をしながらも、ロニーは優しいから付き合ってくれる。ジャンは先程から青い顔でおずおずとあとをつけてくる。まったくもってビビリで困る。
「……ルイス様。こう言ってはなんですが、アロン殿の言うことは、ほとんど冗談ですよ? あまり真に受けない方がよろしいかと」
「でも面白そうだから」
控えめに苦言を呈してくるロニーは、アロンの言うことは嘘だと決めつけているらしい。気持ちはわかる。アロンはクソ野郎だしな。それにロニーは以前、アロンから酷いことを言われている。俺がエリックに連れ去られた時のことだ。アロンは、責任を全部ロニーに押し付けようとしていた。
だからアロンのことが信じられないというロニーの気持ちも十分に理解できる。だがしかし。今は面白そうという好奇心の方が勝っている。
「セドリックの好きな子とか、すごく気になる」
「それは、そうかもしれませんが。どうなんでしょうね?」
首を捻るロニーは、やはりアロン情報を疑っている。
ことの始まりは数時間ほど前。
廊下ですれ違ったアロンが「そういえば」と、俺に声をかけてきた。
庭に駆け出そうとしていた俺は、つられて足を止めた。今からブルース兄様の部屋に戻るというアロンは、どうでも良さそうな感じで首の後ろに手を当てていた。
「副団長。最近、なんかやけに挙動不審ですよね」
「そう? セドリックにあんま会わないからわかんない」
会ったとしても、彼は基本的に無表情だからよくわからない。だが、アロンは「いやいや」と楽しそうな顔をしていた。
「すごく挙動不審ですって。俺にはわかります。あれは好きな女でもできましたね」
「本当に⁉︎」
「えぇ、俺にはわかります」
したり顔で頷くアロンは、なぜか肩を小刻みに震わせていた。そんなクソ野郎を、ロニーが珍しく睨みつけていた。
「具体的には? どんな感じで不審なの⁉︎」
前のめりに訊ねれば、アロンが「えっと、そうですね。なにがいいかな」と小声でぶつぶつ言い始めた。わくわくして答えを待っていると、アロンが「あぁ、そうだ」と、爽やかに笑ってみせる。
「この前、休みが欲しいとブルース様に申し出ていましたよ」
休み? 休みくらい普通にとるのでは?
なんだか一気に信憑性の薄れた話に半眼になっていると、アロンが「相手はあの副団長ですよ? 休みが欲しいなんて滅多に言わないですって!」と、なにやら必死の主張をし始める。
怪しい。
「アロン。適当言ってない?」
「言ってないですよ? 俺がいつ適当言いましたよ」
いつって。毎度毎度言っている気がする。
「とにかくですよ。あの仕事人間の副団長が、休みをとるって。これはあれですね。女ですね。間違いないです」
「本当に?」
「本当です」
そう断言するアロンは、変に自信たっぷりだった。これは、もしかして本当なのか?
確かに、セドリックがお休みとるなんて珍しい。俺の護衛騎士をやっていた時も、彼は休みをとる気配がなかった。仕事に対して消極的なわりには、あまり休むことはしないという変な人だった。おそらく休日の間に溜まった仕事を後で片付けるのが面倒とか、休みの間の業務を他に振り分けるのが面倒とか、そういう理由だとは思うが。
そんなセドリックがお休み。
アロンの言う通り、何かあるかもしれない。
「わかった。じゃあアロンの話が本当か、俺が確かめてくる」
「さすがルイス様。お願いしますね」
にこやかに笑うアロンは、ちょっとだけ声が震えていた。
にゃあ、と小さく鳴く白猫をぎゅっと抱きしめる。申し訳ないが、今は少し静かにしてくれ。バレたら大変だからな。
晴れた日の午前中。
俺は今、必死にターゲットを尾行していた。俺の背後には、青い顔をしたジャンと、ちょっと困っているらしいロニーがいる。ふたりには静かにするよう言い聞かせているから大丈夫だ。
「ルイス様?」
控えめに声をかけてくるロニーは、ちらちらと前方の背中に目を向けている。口にはしないが、尾行をやめろと言いたいらしい。ごめんよ、ロニー。俺にはやらなければならないことがあるのだ。
前方を大股で歩く、男を追いかける。ヴィアン家の黒い騎士服は、日中だとそれなりに目立つ。見失うことはなさそうだ。
どうやら騎士棟へと向かっているらしい彼は、一切の迷いなく先へと進む。こちらに気が付いている様子はない。よし、このままいける。
建物の角を曲がった男を見失うまいと、駆け足になる。そうして勢いよく角を曲がったところ、眼前に立ち塞がっていた長身に、びっくりして飛び上がった。
「うわぁ!」
思わず腕の中の白猫をぎゅっと抱き締めると、猫がにゃあにゃあ鳴いた。慌てて力を緩める。
「急に立ち止まるな!」
とりあえずクレームを入れておけば、こちらを見下ろすセドリックが、微かに眉を寄せた。
「なにかご用ですか、ルイス様」
相変わらずの無表情を貫くセドリックは、面倒くさいという顔をしていた。尾行は気が付かれてしまったが、ここで逃すわけにはいかない。
「見て! 新しい猫」
白猫を突き出せば、セドリックは「はぁ」と気の抜けた返事をよこす。そのまま無言で、俺の出方を窺っているようにみえる。
「触るか?」
なにを考えているのかわからない無表情のセドリックに、ひとまず猫を差し出しておく。けれども緩く首を左右に振った彼は「お構いなく」と辞退してしまう。こんなに可愛い猫をもふもふしないとか、正気か?
受け入れを拒まれた猫が可哀想なので、俺が代わりにもふもふしておく。
「……それで、なにかご用でしょうか?」
「べつに」
猫を見せたいだけ、と言えば、セドリックは微妙に眉を寄せて「左様で」と素っ気ない返事をしてくる。
「では私はこれで。仕事がありますので」
「うん。ばいばい」
一礼してくるセドリックに、手を振ってお見送りする。そうして背中が遠かったところで、急いで背後のジャンとロニーを振り返った。
「よし! 行くぞ」
「また副団長のあとをつけるんですか?」
「うん。急いで、ロニー。セドリックを見失ってしまう」
バタバタと慌ただしく、セドリックの後を追う。怪訝な顔をしながらも、ロニーは優しいから付き合ってくれる。ジャンは先程から青い顔でおずおずとあとをつけてくる。まったくもってビビリで困る。
「……ルイス様。こう言ってはなんですが、アロン殿の言うことは、ほとんど冗談ですよ? あまり真に受けない方がよろしいかと」
「でも面白そうだから」
控えめに苦言を呈してくるロニーは、アロンの言うことは嘘だと決めつけているらしい。気持ちはわかる。アロンはクソ野郎だしな。それにロニーは以前、アロンから酷いことを言われている。俺がエリックに連れ去られた時のことだ。アロンは、責任を全部ロニーに押し付けようとしていた。
だからアロンのことが信じられないというロニーの気持ちも十分に理解できる。だがしかし。今は面白そうという好奇心の方が勝っている。
「セドリックの好きな子とか、すごく気になる」
「それは、そうかもしれませんが。どうなんでしょうね?」
首を捻るロニーは、やはりアロン情報を疑っている。
ことの始まりは数時間ほど前。
廊下ですれ違ったアロンが「そういえば」と、俺に声をかけてきた。
庭に駆け出そうとしていた俺は、つられて足を止めた。今からブルース兄様の部屋に戻るというアロンは、どうでも良さそうな感じで首の後ろに手を当てていた。
「副団長。最近、なんかやけに挙動不審ですよね」
「そう? セドリックにあんま会わないからわかんない」
会ったとしても、彼は基本的に無表情だからよくわからない。だが、アロンは「いやいや」と楽しそうな顔をしていた。
「すごく挙動不審ですって。俺にはわかります。あれは好きな女でもできましたね」
「本当に⁉︎」
「えぇ、俺にはわかります」
したり顔で頷くアロンは、なぜか肩を小刻みに震わせていた。そんなクソ野郎を、ロニーが珍しく睨みつけていた。
「具体的には? どんな感じで不審なの⁉︎」
前のめりに訊ねれば、アロンが「えっと、そうですね。なにがいいかな」と小声でぶつぶつ言い始めた。わくわくして答えを待っていると、アロンが「あぁ、そうだ」と、爽やかに笑ってみせる。
「この前、休みが欲しいとブルース様に申し出ていましたよ」
休み? 休みくらい普通にとるのでは?
なんだか一気に信憑性の薄れた話に半眼になっていると、アロンが「相手はあの副団長ですよ? 休みが欲しいなんて滅多に言わないですって!」と、なにやら必死の主張をし始める。
怪しい。
「アロン。適当言ってない?」
「言ってないですよ? 俺がいつ適当言いましたよ」
いつって。毎度毎度言っている気がする。
「とにかくですよ。あの仕事人間の副団長が、休みをとるって。これはあれですね。女ですね。間違いないです」
「本当に?」
「本当です」
そう断言するアロンは、変に自信たっぷりだった。これは、もしかして本当なのか?
確かに、セドリックがお休みとるなんて珍しい。俺の護衛騎士をやっていた時も、彼は休みをとる気配がなかった。仕事に対して消極的なわりには、あまり休むことはしないという変な人だった。おそらく休日の間に溜まった仕事を後で片付けるのが面倒とか、休みの間の業務を他に振り分けるのが面倒とか、そういう理由だとは思うが。
そんなセドリックがお休み。
アロンの言う通り、何かあるかもしれない。
「わかった。じゃあアロンの話が本当か、俺が確かめてくる」
「さすがルイス様。お願いしますね」
にこやかに笑うアロンは、ちょっとだけ声が震えていた。
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