上 下
247 / 577
11歳

236 尾行中です

しおりを挟む
 前を行く背中を、根気強く追いかける。相手に尾行がバレてはいけない。慎重にいかなければ。

 にゃあ、と小さく鳴く白猫をぎゅっと抱きしめる。申し訳ないが、今は少し静かにしてくれ。バレたら大変だからな。

 晴れた日の午前中。

 俺は今、必死にターゲットを尾行していた。俺の背後には、青い顔をしたジャンと、ちょっと困っているらしいロニーがいる。ふたりには静かにするよう言い聞かせているから大丈夫だ。

「ルイス様?」

 控えめに声をかけてくるロニーは、ちらちらと前方の背中に目を向けている。口にはしないが、尾行をやめろと言いたいらしい。ごめんよ、ロニー。俺にはやらなければならないことがあるのだ。

 前方を大股で歩く、男を追いかける。ヴィアン家の黒い騎士服は、日中だとそれなりに目立つ。見失うことはなさそうだ。

 どうやら騎士棟へと向かっているらしい彼は、一切の迷いなく先へと進む。こちらに気が付いている様子はない。よし、このままいける。

 建物の角を曲がった男を見失うまいと、駆け足になる。そうして勢いよく角を曲がったところ、眼前に立ち塞がっていた長身に、びっくりして飛び上がった。

「うわぁ!」

 思わず腕の中の白猫をぎゅっと抱き締めると、猫がにゃあにゃあ鳴いた。慌てて力を緩める。

「急に立ち止まるな!」

 とりあえずクレームを入れておけば、こちらを見下ろすセドリックが、微かに眉を寄せた。

「なにかご用ですか、ルイス様」

 相変わらずの無表情を貫くセドリックは、面倒くさいという顔をしていた。尾行は気が付かれてしまったが、ここで逃すわけにはいかない。

「見て! 新しい猫」

 白猫を突き出せば、セドリックは「はぁ」と気の抜けた返事をよこす。そのまま無言で、俺の出方を窺っているようにみえる。

「触るか?」

 なにを考えているのかわからない無表情のセドリックに、ひとまず猫を差し出しておく。けれども緩く首を左右に振った彼は「お構いなく」と辞退してしまう。こんなに可愛い猫をもふもふしないとか、正気か?

 受け入れを拒まれた猫が可哀想なので、俺が代わりにもふもふしておく。

「……それで、なにかご用でしょうか?」
「べつに」

 猫を見せたいだけ、と言えば、セドリックは微妙に眉を寄せて「左様で」と素っ気ない返事をしてくる。

「では私はこれで。仕事がありますので」
「うん。ばいばい」

 一礼してくるセドリックに、手を振ってお見送りする。そうして背中が遠かったところで、急いで背後のジャンとロニーを振り返った。

「よし! 行くぞ」
「また副団長のあとをつけるんですか?」
「うん。急いで、ロニー。セドリックを見失ってしまう」

 バタバタと慌ただしく、セドリックの後を追う。怪訝な顔をしながらも、ロニーは優しいから付き合ってくれる。ジャンは先程から青い顔でおずおずとあとをつけてくる。まったくもってビビリで困る。

「……ルイス様。こう言ってはなんですが、アロン殿の言うことは、ほとんど冗談ですよ? あまり真に受けない方がよろしいかと」
「でも面白そうだから」

 控えめに苦言を呈してくるロニーは、アロンの言うことは嘘だと決めつけているらしい。気持ちはわかる。アロンはクソ野郎だしな。それにロニーは以前、アロンから酷いことを言われている。俺がエリックに連れ去られた時のことだ。アロンは、責任を全部ロニーに押し付けようとしていた。

 だからアロンのことが信じられないというロニーの気持ちも十分に理解できる。だがしかし。今は面白そうという好奇心の方が勝っている。

「セドリックの好きな子とか、すごく気になる」
「それは、そうかもしれませんが。どうなんでしょうね?」

 首を捻るロニーは、やはりアロン情報を疑っている。

 ことの始まりは数時間ほど前。

 廊下ですれ違ったアロンが「そういえば」と、俺に声をかけてきた。

 庭に駆け出そうとしていた俺は、つられて足を止めた。今からブルース兄様の部屋に戻るというアロンは、どうでも良さそうな感じで首の後ろに手を当てていた。

「副団長。最近、なんかやけに挙動不審ですよね」
「そう? セドリックにあんま会わないからわかんない」

 会ったとしても、彼は基本的に無表情だからよくわからない。だが、アロンは「いやいや」と楽しそうな顔をしていた。

「すごく挙動不審ですって。俺にはわかります。あれは好きな女でもできましたね」
「本当に⁉︎」
「えぇ、俺にはわかります」

 したり顔で頷くアロンは、なぜか肩を小刻みに震わせていた。そんなクソ野郎を、ロニーが珍しく睨みつけていた。

「具体的には? どんな感じで不審なの⁉︎」

 前のめりに訊ねれば、アロンが「えっと、そうですね。なにがいいかな」と小声でぶつぶつ言い始めた。わくわくして答えを待っていると、アロンが「あぁ、そうだ」と、爽やかに笑ってみせる。

「この前、休みが欲しいとブルース様に申し出ていましたよ」

 休み? 休みくらい普通にとるのでは?

 なんだか一気に信憑性の薄れた話に半眼になっていると、アロンが「相手はあの副団長ですよ? 休みが欲しいなんて滅多に言わないですって!」と、なにやら必死の主張をし始める。

 怪しい。

「アロン。適当言ってない?」
「言ってないですよ? 俺がいつ適当言いましたよ」

 いつって。毎度毎度言っている気がする。

「とにかくですよ。あの仕事人間の副団長が、休みをとるって。これはあれですね。女ですね。間違いないです」
「本当に?」
「本当です」

 そう断言するアロンは、変に自信たっぷりだった。これは、もしかして本当なのか?

 確かに、セドリックがお休みとるなんて珍しい。俺の護衛騎士をやっていた時も、彼は休みをとる気配がなかった。仕事に対して消極的なわりには、あまり休むことはしないという変な人だった。おそらく休日の間に溜まった仕事を後で片付けるのが面倒とか、休みの間の業務を他に振り分けるのが面倒とか、そういう理由だとは思うが。

 そんなセドリックがお休み。

 アロンの言う通り、何かあるかもしれない。

「わかった。じゃあアロンの話が本当か、俺が確かめてくる」
「さすがルイス様。お願いしますね」

 にこやかに笑うアロンは、ちょっとだけ声が震えていた。
しおりを挟む
感想 415

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!

柑橘
BL
王道詰め合わせ。 ジャンルをお確かめの上お進み下さい。 7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです! ※目線が度々変わります。 ※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。 ※火曜日20:00  金曜日19:00  日曜日17:00更新

処理中です...