上 下
207 / 577

196 あれ欲しい

しおりを挟む
 湖は期待以上にデカかった。滝こそ存在しないが、圧倒的な大きさに俺は大変満足である。

「ちょっと泳いでみるか、猫」
『馬鹿』

 ジャンから受け取った黒猫ユリスに、水を触らせてあげようと思って湖に近付くが、ティアンが腕を引っ張ってくる。

「そんなに近付いたら危ないですよ」
「猫に水を触らせてあげる」
「ダメです。猫ちゃんが落ちたらどうするんですか」

 可哀想です、と主張するティアンは、俺の腕を放してくれる気配がない。先程からずっと誰かしらが俺を拘束してくる。俺の自由はどこへ?

 仕方がないので黒猫ユリスを解放してやる。すたっと着地した猫は、とことこと湖に近寄っていく。負けじと俺も続く。

 澄んだ湖は、日光を受けてきらきらとしている。風に波立つ水面をじっと凝視する。ギリギリまで近寄る俺に、後ろからタイラーが手を添えている。どうやら本気で俺が湖に落っこちる心配をしているらしい。俺より心配すべきはお子様ティアンの方だろ。なんか細いし、泳げなさそうだ。俺はそこそこ泳げると思う。

「ん?」
『どうした』

 じっと湖を凝視していると、何かが光った気がした。よくよく目を凝らすと、やはり何かが水中に沈んでいる。

「あれなに」

 湖の一点を指差せば、首を伸ばしたタイラーが「なんでしょうね? なにかありますね」と同調してくれる。

「あ!」

 そんな中、ひときわ大声を上げたのはオーガス兄様であった。

「それあれだよ。僕がユリスにあげた魔石」
「魔石?」

 なにその面白そうな物。魔導書といい非常に興味をそそられる単語である。なにそれ、とオーガス兄様に食い気味で訊ねれば、兄様は盛大に口元を引き攣らせた。

「僕が君にあげただろ。なんでなかったことになっているのさ」

 黒猫ユリスを見れば、『そんなことあったな』と他人事のように呟いている。

「十歳の誕生日にあげただろ。まぁ、すぐにいらないって湖に投げられたけどさ。投げ捨てるのも酷いけど、忘れるとかもっと酷いよ」

 シクシクと静かに涙を流すオーガス兄様。どうやらオーガス兄様から本物ユリスへの誕生日プレゼントだったらしい。それをあろうことか悪ガキであったユリスがこの湖に投げ捨てたらしい。相変わらず酷い弟である。

 一連のやり取りを聞いていたブルース兄様が眉を寄せる。

「ユリス。おまえここに来たのか?」
「オーガス兄様と一緒に」

 慌てて来たことあると付け足せば、ブルース兄様たちが変な顔をする。

「は? おまえ、兄上だけずるいから自分も湖に連れて行けと駄々こねただろ」
「……もう一回来たかった」

 本日のブルース兄様は、なんでこんなに頭が冴えているのか。ボロが出そうになって奮闘する俺に、黒猫ユリスが『そいつの言うことは無視しておけ』とあんまり役に立たないアドバイスをよこしてくる。無視して引き下がる程、ブルース兄様は諦めよくないぞ。

「あの石欲しい。アロン、とって」

 どうにか話題を逸らそうと、目についた魔石を指差す。「自分で投げ込んだくせに」と悔しそうな顔をするオーガス兄様は放っておくに限る。兄様の気持ちはわからなくもないが、あれを投げ捨てたのは本物ユリスである。俺ではない。

 魔石なんてファンタジー感満載の代物、絶対に欲しい。魔導書が行方不明な以上、俺にはこの魔石しかない。とってと騒げば、アロンが「嫌です」と予想外の答えをよこす。

「なんで?」
「この寒い中、俺に湖へ潜れと?」
「お願いアロン」
「嫌です」

 つれないアロンに見切りをつけて、ニックへと標的を変更する。俺と目が合った瞬間、彼は「げぇ」と露骨に嫌そうにする。

「ニック」
「嫌です。絶対に。なにを言われても俺は嫌です」

 そんな食い気味にこなくても。仕方がない。俺の味方はタイラーだ。なんだかんだ言って最後は俺の味方をしてくれるに違いない。期待を込めて、タイラーを見上げる。

「タイラー」
「ユリス様。持ってきたおやつでも食べましょうか」
「食べる!」

 そうだ。今日はピクニックである。おやつを食べないことには始まらない。さすがタイラー。良いこと言うな。くるりと湖に背を向けて、よさげな場所を探す。ジャンが用意したレジャーシートのような物を敷いてペタンと座る。
 ちゃっかり俺の隣を陣取ったティアンは、お飾りバッグから俺が持たせたお菓子を取り出し始める。飲み物はジャンがさげているバッグの中だ。重いので彼にお任せしていた。

「……ティアンも持って来たのか」

 呆れた目を向けるブルース兄様に、当のティアンではなく、父親であるクレイグ団長が気まずそうな顔をしていた。
しおりを挟む
感想 415

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

処理中です...