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196 あれ欲しい
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湖は期待以上にデカかった。滝こそ存在しないが、圧倒的な大きさに俺は大変満足である。
「ちょっと泳いでみるか、猫」
『馬鹿』
ジャンから受け取った黒猫ユリスに、水を触らせてあげようと思って湖に近付くが、ティアンが腕を引っ張ってくる。
「そんなに近付いたら危ないですよ」
「猫に水を触らせてあげる」
「ダメです。猫ちゃんが落ちたらどうするんですか」
可哀想です、と主張するティアンは、俺の腕を放してくれる気配がない。先程からずっと誰かしらが俺を拘束してくる。俺の自由はどこへ?
仕方がないので黒猫ユリスを解放してやる。すたっと着地した猫は、とことこと湖に近寄っていく。負けじと俺も続く。
澄んだ湖は、日光を受けてきらきらとしている。風に波立つ水面をじっと凝視する。ギリギリまで近寄る俺に、後ろからタイラーが手を添えている。どうやら本気で俺が湖に落っこちる心配をしているらしい。俺より心配すべきはお子様ティアンの方だろ。なんか細いし、泳げなさそうだ。俺はそこそこ泳げると思う。
「ん?」
『どうした』
じっと湖を凝視していると、何かが光った気がした。よくよく目を凝らすと、やはり何かが水中に沈んでいる。
「あれなに」
湖の一点を指差せば、首を伸ばしたタイラーが「なんでしょうね? なにかありますね」と同調してくれる。
「あ!」
そんな中、ひときわ大声を上げたのはオーガス兄様であった。
「それあれだよ。僕がユリスにあげた魔石」
「魔石?」
なにその面白そうな物。魔導書といい非常に興味をそそられる単語である。なにそれ、とオーガス兄様に食い気味で訊ねれば、兄様は盛大に口元を引き攣らせた。
「僕が君にあげただろ。なんでなかったことになっているのさ」
黒猫ユリスを見れば、『そんなことあったな』と他人事のように呟いている。
「十歳の誕生日にあげただろ。まぁ、すぐにいらないって湖に投げられたけどさ。投げ捨てるのも酷いけど、忘れるとかもっと酷いよ」
シクシクと静かに涙を流すオーガス兄様。どうやらオーガス兄様から本物ユリスへの誕生日プレゼントだったらしい。それをあろうことか悪ガキであったユリスがこの湖に投げ捨てたらしい。相変わらず酷い弟である。
一連のやり取りを聞いていたブルース兄様が眉を寄せる。
「ユリス。おまえここに来たのか?」
「オーガス兄様と一緒に」
慌てて来たことあると付け足せば、ブルース兄様たちが変な顔をする。
「は? おまえ、兄上だけずるいから自分も湖に連れて行けと駄々こねただろ」
「……もう一回来たかった」
本日のブルース兄様は、なんでこんなに頭が冴えているのか。ボロが出そうになって奮闘する俺に、黒猫ユリスが『そいつの言うことは無視しておけ』とあんまり役に立たないアドバイスをよこしてくる。無視して引き下がる程、ブルース兄様は諦めよくないぞ。
「あの石欲しい。アロン、とって」
どうにか話題を逸らそうと、目についた魔石を指差す。「自分で投げ込んだくせに」と悔しそうな顔をするオーガス兄様は放っておくに限る。兄様の気持ちはわからなくもないが、あれを投げ捨てたのは本物ユリスである。俺ではない。
魔石なんてファンタジー感満載の代物、絶対に欲しい。魔導書が行方不明な以上、俺にはこの魔石しかない。とってと騒げば、アロンが「嫌です」と予想外の答えをよこす。
「なんで?」
「この寒い中、俺に湖へ潜れと?」
「お願いアロン」
「嫌です」
つれないアロンに見切りをつけて、ニックへと標的を変更する。俺と目が合った瞬間、彼は「げぇ」と露骨に嫌そうにする。
「ニック」
「嫌です。絶対に。なにを言われても俺は嫌です」
そんな食い気味にこなくても。仕方がない。俺の味方はタイラーだ。なんだかんだ言って最後は俺の味方をしてくれるに違いない。期待を込めて、タイラーを見上げる。
「タイラー」
「ユリス様。持ってきたおやつでも食べましょうか」
「食べる!」
そうだ。今日はピクニックである。おやつを食べないことには始まらない。さすがタイラー。良いこと言うな。くるりと湖に背を向けて、よさげな場所を探す。ジャンが用意したレジャーシートのような物を敷いてペタンと座る。
ちゃっかり俺の隣を陣取ったティアンは、お飾りバッグから俺が持たせたお菓子を取り出し始める。飲み物はジャンがさげているバッグの中だ。重いので彼にお任せしていた。
「……ティアンも持って来たのか」
呆れた目を向けるブルース兄様に、当のティアンではなく、父親であるクレイグ団長が気まずそうな顔をしていた。
「ちょっと泳いでみるか、猫」
『馬鹿』
ジャンから受け取った黒猫ユリスに、水を触らせてあげようと思って湖に近付くが、ティアンが腕を引っ張ってくる。
「そんなに近付いたら危ないですよ」
「猫に水を触らせてあげる」
「ダメです。猫ちゃんが落ちたらどうするんですか」
可哀想です、と主張するティアンは、俺の腕を放してくれる気配がない。先程からずっと誰かしらが俺を拘束してくる。俺の自由はどこへ?
仕方がないので黒猫ユリスを解放してやる。すたっと着地した猫は、とことこと湖に近寄っていく。負けじと俺も続く。
澄んだ湖は、日光を受けてきらきらとしている。風に波立つ水面をじっと凝視する。ギリギリまで近寄る俺に、後ろからタイラーが手を添えている。どうやら本気で俺が湖に落っこちる心配をしているらしい。俺より心配すべきはお子様ティアンの方だろ。なんか細いし、泳げなさそうだ。俺はそこそこ泳げると思う。
「ん?」
『どうした』
じっと湖を凝視していると、何かが光った気がした。よくよく目を凝らすと、やはり何かが水中に沈んでいる。
「あれなに」
湖の一点を指差せば、首を伸ばしたタイラーが「なんでしょうね? なにかありますね」と同調してくれる。
「あ!」
そんな中、ひときわ大声を上げたのはオーガス兄様であった。
「それあれだよ。僕がユリスにあげた魔石」
「魔石?」
なにその面白そうな物。魔導書といい非常に興味をそそられる単語である。なにそれ、とオーガス兄様に食い気味で訊ねれば、兄様は盛大に口元を引き攣らせた。
「僕が君にあげただろ。なんでなかったことになっているのさ」
黒猫ユリスを見れば、『そんなことあったな』と他人事のように呟いている。
「十歳の誕生日にあげただろ。まぁ、すぐにいらないって湖に投げられたけどさ。投げ捨てるのも酷いけど、忘れるとかもっと酷いよ」
シクシクと静かに涙を流すオーガス兄様。どうやらオーガス兄様から本物ユリスへの誕生日プレゼントだったらしい。それをあろうことか悪ガキであったユリスがこの湖に投げ捨てたらしい。相変わらず酷い弟である。
一連のやり取りを聞いていたブルース兄様が眉を寄せる。
「ユリス。おまえここに来たのか?」
「オーガス兄様と一緒に」
慌てて来たことあると付け足せば、ブルース兄様たちが変な顔をする。
「は? おまえ、兄上だけずるいから自分も湖に連れて行けと駄々こねただろ」
「……もう一回来たかった」
本日のブルース兄様は、なんでこんなに頭が冴えているのか。ボロが出そうになって奮闘する俺に、黒猫ユリスが『そいつの言うことは無視しておけ』とあんまり役に立たないアドバイスをよこしてくる。無視して引き下がる程、ブルース兄様は諦めよくないぞ。
「あの石欲しい。アロン、とって」
どうにか話題を逸らそうと、目についた魔石を指差す。「自分で投げ込んだくせに」と悔しそうな顔をするオーガス兄様は放っておくに限る。兄様の気持ちはわからなくもないが、あれを投げ捨てたのは本物ユリスである。俺ではない。
魔石なんてファンタジー感満載の代物、絶対に欲しい。魔導書が行方不明な以上、俺にはこの魔石しかない。とってと騒げば、アロンが「嫌です」と予想外の答えをよこす。
「なんで?」
「この寒い中、俺に湖へ潜れと?」
「お願いアロン」
「嫌です」
つれないアロンに見切りをつけて、ニックへと標的を変更する。俺と目が合った瞬間、彼は「げぇ」と露骨に嫌そうにする。
「ニック」
「嫌です。絶対に。なにを言われても俺は嫌です」
そんな食い気味にこなくても。仕方がない。俺の味方はタイラーだ。なんだかんだ言って最後は俺の味方をしてくれるに違いない。期待を込めて、タイラーを見上げる。
「タイラー」
「ユリス様。持ってきたおやつでも食べましょうか」
「食べる!」
そうだ。今日はピクニックである。おやつを食べないことには始まらない。さすがタイラー。良いこと言うな。くるりと湖に背を向けて、よさげな場所を探す。ジャンが用意したレジャーシートのような物を敷いてペタンと座る。
ちゃっかり俺の隣を陣取ったティアンは、お飾りバッグから俺が持たせたお菓子を取り出し始める。飲み物はジャンがさげているバッグの中だ。重いので彼にお任せしていた。
「……ティアンも持って来たのか」
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