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181 落ち込み

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「オーガス兄様が落ち込んでる」
「ユリス様。そっとしておいてあげましょうね」

 午後。
 ティアンと共に温室を訪れた俺は、ガーデンテーブルでわかりやすく項垂れるオーガス兄様を発見してしまった。

 午前中は噴水見るのに忙しかった俺は、温室での猫探しの予定を午後にずらした。アロンは早々にブルース兄様のところに戻って行った。仕事が云々言っていたが嘘だと思う。アロンが仕事しているところなんて滅多に見ないから。

 そうしてお昼を食べてから温室を訪れたのだが、先客がいた。ニックの姿は見当たらない。オーガス兄様ひとりだ。兄様の姿を確認したタイラーは引き返そうとうるさかった。だが元々今日は温室で猫を探す予定だった。オーガス兄様ごときを理由に予定変更はしたくない。

 青い顔をするジャンは入り口付近で控えるつもりらしい。温室に行くといえばのこのこついてきた黒猫ユリスをジャンから返してもらう。

 とりあえずオーガス兄様のことは見なかったことにしよう。

「遊ぶぞ! 猫!」
『昼寝をしに来たんだ。邪魔するんじゃない』

 そのまま丸くなってしまう黒猫ユリスは、本当に目を閉じてしまう。なにしに来たんだ、この猫。

「ティアン! 遊ぶぞ!」
「この状況で?」

 僕嫌なんですけど、と首を左右に振るティアンは、オーガス兄様を気にしているようだった。朝と同じくオシャレな服に身を包んだ兄様は、どんよりと落ち込んでいた。ちらりとそちらに目をやるが、あんまり楽しそうではない。

「今日は新しい猫探すから。ティアンも手伝ってね」
「新しい猫ってなんですか?」

 それは俺もわからない。白い猫かもしれないし、茶色かもしれないし、黒かもしれない。とにかく新しい猫を探すのだ。何色でも構わない。

 タイラーとジャンにも声をかけるが、ふたりが動く気配はない。なぜかティアンも動かない。きっと猫の捕まえ方がわからなくて困っているのだろう。俺が先に見つけてお手本みせてやらないと。

「……オーガス兄様ちょっと邪魔。どいて」
「ひどい」

 温室内を隈なく探そうと意気込む俺であったが、中央でだらりとテーブルに突っ伏すオーガス兄様が邪魔であった。向こう側も探すからそこを退いてと迫れば、オーガス兄様が弱々しい声で「ひどい」と繰り返す。

「ユリスぅ!」

 ガバリと体を起こしたオーガス兄様。なにやら勢いよく立ちあがろうとするが、その足元で丸くなる黒猫ユリスに気がついた俺は驚いてしまう。なんでそんなとこで寝てんの?

「ねえ聞いてよぉ、今さっきさ」
「踏まないで! 猫‼︎」
「あ、ご、ごめん」
『うるさい』

 間一髪。
 黒猫ユリスの危機を救った俺は、オーガス兄様から引き離そうと猫を抱えて移動させる。

「ユリス? 猫引きずってるけどそれは大丈夫なの?」

 もっとちゃんと持ってあげなよ、といちゃもん付けてくるオーガス兄様。どうやら上手いこと言って俺から猫を奪うつもりらしい。そうはさせるか。

「落ち込みアピールしても猫はあげないから!」
「い、いらないよ別に」

 困った顔をするオーガス兄様は、いらないと言いつつ黒猫ユリスをひと撫でしてしまう。

「勝手に触んないで! 俺の猫だから!」
「ごめんなさい」

 素早く手を引っ込めた兄様は「なんで僕こんなに怒られてんの?」と首を捻っている。それは兄様が余計なことばかりするからだろ。

「それでさ、ちょっと話聞いて欲しいんだけど」

 黒猫ユリスを遠くにやって満足した俺は、再び猫探しを再開する。温室はそこまで広くはないが草花がたくさんある。葉っぱの影とかに隠れているかもしれないから慎重に探さないといけないのだ。

「もしかして話聞いてくれない感じ? おーい、ユリス?」

 ガサガサと草をかき分けて隅々まで捜索する。「え、嘘でしょ? 僕の存在ないことにされてんの?」とオーガス兄様がティアン相手に文句を言っている。「そんなことはないと思いますけど」と自信なさそうに答えたティアンが、こちらに駆け寄ってくる。

「ユリス様。オーガス様がお呼びですよ」
「今忙しいから」

 オーガス兄様の相手をしている暇はない。きっぱりとお断りすれば、オーガス兄様が「なにをしているの?」と寄ってくる。

「猫を探してるの。新しい猫」
「新しい猫」

 呆然と呟いたオーガス兄様は、「え。僕っているかもわからない猫より優先順位低いの? まさかそんなはずは」となんか小さく震え始める。

「ユリスがひどい」

 唐突に俺の悪口を言い放った兄様は、しくしくと静かに涙を流し始める。

「オーガス兄様ってなんで大人なのに泣くの?」
「大人でも泣きたくなる時があるんだよ。弟に冷たくされた時とか」
「ふーん?」

 よくわからんが大変そうである。きっとブルース兄様に冷たくされたのだろう。朝もキャンベルを巡って喧嘩していたしな。ちょっとだけ可哀想に思った俺は、ぺしぺしと背中を叩いて励ましてやる。

「どんまい、オーガス兄様」
「なんでそんな他人事なのさ。君のせいだろ」

 だって他人事だもん。
 オーガス兄様とブルース兄様の喧嘩とか知らんがな。
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