64 / 930
連載
134 悪魔の来訪(sideマーティー)
しおりを挟む
その手紙を見た瞬間、盛大に破り捨てたくなる衝動を必死に抑えた。一度小さく深呼吸をして気持ちを宥める。
差出人はユリス・ヴィアン。
僕の従兄弟にして一番顔を見たくない相手である。ここ最近めっきり静かであったため存在を忘れかけていた。いや、あいつの存在を忘れたことなんてないな。
ヴィアンの氷の花。
誰が呼び始めたのかわからないその言葉は、けれども彼の本性をよく表していた。
そんな彼から突然よこされた手紙を手に逡巡する。本当ならば今すぐ捨てて見なかったことにしたい。だがそうすると後が怖い。一体なにが書かれているのか。
従者のガブリエルが訝し気な視線を注いでくる。こほんと咳払いをして、意を決した。従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。ガブリエルはまだ十代後半の若い従者だ。僕がしっかりせねば。
おそるおそる手紙を開く。相手はユリスだ。ろくなことは書かれていないだろう。
ゆっくりともったいつけて開いた僕は、震える手を無理矢理に押さえて文面を食い入るように見つめる。内容を理解して思わず立ち上がった。
「マーティー様?」
「な、なんでもない」
慌てて取り繕って、再び手紙を凝視する。
こ、これは。ごくりと唾を飲む。何度読んでもそこには今度遊びに行ってもいいか? という旨の文章があるばかり。
あいつがここに来るだと? 絶対に嫌だ。
だが断りの手紙を出すのは憂鬱だ。あいつのことだ。ネチネチといらん嫌がらせをしてくるに違いない。
そういえば先日、エリック兄上がユリスをヴィアン家から無理矢理連れてきたというような話を聞いた。僕はユリスになんて会いたくはなかったので顔は出さなかったが、兄上はひどくユリスを気に入ったらしい。一体なにがあったというのか。
「……ユリスが遊びに来ると言っている」
「ユリス様といえば、たしか従兄弟の」
「あぁ。氷の花とか呼ばれているろくでもない奴だ」
氷のように冷たく、けれども花のように美しい少年。あの見た目に騙されてはいけない。黙っていれば美少年だが、立ち振る舞いがとにかく酷い。僕が何度痛い目にあったことか。
「ユリス様はどのようなお方なのですか?」
ガブリエルは最近雇った新しい従者だ。前任は老齢のため先日退職したばかり。僕が生まれてから一番身近にいた、ある意味で祖父のような男だった。
王宮内のことは、新人であるガブリエルよりも僕の方が詳しい。ガブリエルは僕より年上とはいえ、僕が主人だ。この年若い従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。
手紙を一瞥して、ながらく会っていない従兄弟の顔を思い出す。
「あいつは悪魔だ」
一言そう答えてやれば、ガブリエルは虚をつかれたような顔をする。この国に住む者であれば、冷酷な氷の花の噂くらい耳にしていそうなものだが。
僕の視線に気がついたガブリエルが「いえ、エリック殿下から聞かされていた話と随分違ったので」と言い訳のように目を瞬く。兄上の話だと?
「兄上はなんだって?」
「ユリス様は非常に愛らしいお方だと」
「兄上は急にどうされたんだ」
ユリスが愛らしいだと? あり得ない。確かに顔だけ見ればそうかもしれないが、性格は最悪だぞ。現に国王陛下の息子であるこの僕を、従兄弟とはいえ下僕扱いしてくるような男である。とんでもない奴だ。
※※※
「ユリス? 最近どうやら丸くなったみたいだな」
「丸くなった……?」
ユリス来訪の件を兄上に相談したところ、そんな答えが返ってきた。疑いの目を向けていると、エリック兄上は「成長したんだろう」と事もなげに言い放つ。
成長? あの悪魔が?
「いやしかし。あのユリスですよ。そんなわけは」
「この間、王宮に連れてきた時も静かだったぞ? 私はてっきり部屋のひとつでも燃やしてみせるかとヒヤヒヤしていたが」
そんな危険人物を王宮に招くな。
だが兄上の言う通り、ユリスならそれくらいやっても不思議ではない。ヴィアン家で一度放火未遂を起こした件は間者を通じてうちにも情報が入ってきていた。要するにユリスは危ない子供なのだ。それが大人しいとは信じられない。
「カルが家庭教師としてユリスについているらしい。他にもまぁ、色々と。ヴィアン家もようやく三男坊の教育に乗り出したということだろう」
話をまとめた兄上は、是非ともユリスに遊びに来てほしいようだった。
「本当に大人しいですか?」
「あぁ。なんというか、年相応の子供だったぞ」
「本当に?」
「本当に」
兄上がそう言うのならば、そうなのだろうか。
しかし人は成長するものである。僕だって、ユリスに会わない間に成長した。もしかしたら、もしかするのかもしれない。
今でこそ王太子として執務などを行なっている兄上も、子供の頃は相当にやんちゃだったと使用人たちが言っていたのを聞いたことがある。
なるほど。あの悪魔も成長するのか。
「ではユリスを招いても構いませんね?」
「あぁ、是非そうしてくれ」
ニヤリと笑った兄上は、なんだか嬉しそうだ。
こうして僕は、まともになったという従兄弟を出迎えるべく準備に奔走することになった。
差出人はユリス・ヴィアン。
僕の従兄弟にして一番顔を見たくない相手である。ここ最近めっきり静かであったため存在を忘れかけていた。いや、あいつの存在を忘れたことなんてないな。
ヴィアンの氷の花。
誰が呼び始めたのかわからないその言葉は、けれども彼の本性をよく表していた。
そんな彼から突然よこされた手紙を手に逡巡する。本当ならば今すぐ捨てて見なかったことにしたい。だがそうすると後が怖い。一体なにが書かれているのか。
従者のガブリエルが訝し気な視線を注いでくる。こほんと咳払いをして、意を決した。従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。ガブリエルはまだ十代後半の若い従者だ。僕がしっかりせねば。
おそるおそる手紙を開く。相手はユリスだ。ろくなことは書かれていないだろう。
ゆっくりともったいつけて開いた僕は、震える手を無理矢理に押さえて文面を食い入るように見つめる。内容を理解して思わず立ち上がった。
「マーティー様?」
「な、なんでもない」
慌てて取り繕って、再び手紙を凝視する。
こ、これは。ごくりと唾を飲む。何度読んでもそこには今度遊びに行ってもいいか? という旨の文章があるばかり。
あいつがここに来るだと? 絶対に嫌だ。
だが断りの手紙を出すのは憂鬱だ。あいつのことだ。ネチネチといらん嫌がらせをしてくるに違いない。
そういえば先日、エリック兄上がユリスをヴィアン家から無理矢理連れてきたというような話を聞いた。僕はユリスになんて会いたくはなかったので顔は出さなかったが、兄上はひどくユリスを気に入ったらしい。一体なにがあったというのか。
「……ユリスが遊びに来ると言っている」
「ユリス様といえば、たしか従兄弟の」
「あぁ。氷の花とか呼ばれているろくでもない奴だ」
氷のように冷たく、けれども花のように美しい少年。あの見た目に騙されてはいけない。黙っていれば美少年だが、立ち振る舞いがとにかく酷い。僕が何度痛い目にあったことか。
「ユリス様はどのようなお方なのですか?」
ガブリエルは最近雇った新しい従者だ。前任は老齢のため先日退職したばかり。僕が生まれてから一番身近にいた、ある意味で祖父のような男だった。
王宮内のことは、新人であるガブリエルよりも僕の方が詳しい。ガブリエルは僕より年上とはいえ、僕が主人だ。この年若い従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。
手紙を一瞥して、ながらく会っていない従兄弟の顔を思い出す。
「あいつは悪魔だ」
一言そう答えてやれば、ガブリエルは虚をつかれたような顔をする。この国に住む者であれば、冷酷な氷の花の噂くらい耳にしていそうなものだが。
僕の視線に気がついたガブリエルが「いえ、エリック殿下から聞かされていた話と随分違ったので」と言い訳のように目を瞬く。兄上の話だと?
「兄上はなんだって?」
「ユリス様は非常に愛らしいお方だと」
「兄上は急にどうされたんだ」
ユリスが愛らしいだと? あり得ない。確かに顔だけ見ればそうかもしれないが、性格は最悪だぞ。現に国王陛下の息子であるこの僕を、従兄弟とはいえ下僕扱いしてくるような男である。とんでもない奴だ。
※※※
「ユリス? 最近どうやら丸くなったみたいだな」
「丸くなった……?」
ユリス来訪の件を兄上に相談したところ、そんな答えが返ってきた。疑いの目を向けていると、エリック兄上は「成長したんだろう」と事もなげに言い放つ。
成長? あの悪魔が?
「いやしかし。あのユリスですよ。そんなわけは」
「この間、王宮に連れてきた時も静かだったぞ? 私はてっきり部屋のひとつでも燃やしてみせるかとヒヤヒヤしていたが」
そんな危険人物を王宮に招くな。
だが兄上の言う通り、ユリスならそれくらいやっても不思議ではない。ヴィアン家で一度放火未遂を起こした件は間者を通じてうちにも情報が入ってきていた。要するにユリスは危ない子供なのだ。それが大人しいとは信じられない。
「カルが家庭教師としてユリスについているらしい。他にもまぁ、色々と。ヴィアン家もようやく三男坊の教育に乗り出したということだろう」
話をまとめた兄上は、是非ともユリスに遊びに来てほしいようだった。
「本当に大人しいですか?」
「あぁ。なんというか、年相応の子供だったぞ」
「本当に?」
「本当に」
兄上がそう言うのならば、そうなのだろうか。
しかし人は成長するものである。僕だって、ユリスに会わない間に成長した。もしかしたら、もしかするのかもしれない。
今でこそ王太子として執務などを行なっている兄上も、子供の頃は相当にやんちゃだったと使用人たちが言っていたのを聞いたことがある。
なるほど。あの悪魔も成長するのか。
「ではユリスを招いても構いませんね?」
「あぁ、是非そうしてくれ」
ニヤリと笑った兄上は、なんだか嬉しそうだ。
こうして僕は、まともになったという従兄弟を出迎えるべく準備に奔走することになった。
761
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
お話を追加いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。