嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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134 悪魔の来訪(sideマーティー)

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 その手紙を見た瞬間、盛大に破り捨てたくなる衝動を必死に抑えた。一度小さく深呼吸をして気持ちを宥める。

 差出人はユリス・ヴィアン。

 僕の従兄弟にして一番顔を見たくない相手である。ここ最近めっきり静かであったため存在を忘れかけていた。いや、あいつの存在を忘れたことなんてないな。

 ヴィアンの氷の花。

 誰が呼び始めたのかわからないその言葉は、けれども彼の本性をよく表していた。

 そんな彼から突然よこされた手紙を手に逡巡する。本当ならば今すぐ捨てて見なかったことにしたい。だがそうすると後が怖い。一体なにが書かれているのか。

 従者のガブリエルが訝し気な視線を注いでくる。こほんと咳払いをして、意を決した。従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。ガブリエルはまだ十代後半の若い従者だ。僕がしっかりせねば。

 おそるおそる手紙を開く。相手はユリスだ。ろくなことは書かれていないだろう。

 ゆっくりともったいつけて開いた僕は、震える手を無理矢理に押さえて文面を食い入るように見つめる。内容を理解して思わず立ち上がった。

「マーティー様?」
「な、なんでもない」

 慌てて取り繕って、再び手紙を凝視する。
 こ、これは。ごくりと唾を飲む。何度読んでもそこには今度遊びに行ってもいいか? という旨の文章があるばかり。

 あいつがここに来るだと? 絶対に嫌だ。

 だが断りの手紙を出すのは憂鬱だ。あいつのことだ。ネチネチといらん嫌がらせをしてくるに違いない。

 そういえば先日、エリック兄上がユリスをヴィアン家から無理矢理連れてきたというような話を聞いた。僕はユリスになんて会いたくはなかったので顔は出さなかったが、兄上はひどくユリスを気に入ったらしい。一体なにがあったというのか。

「……ユリスが遊びに来ると言っている」
「ユリス様といえば、たしか従兄弟の」
「あぁ。氷の花とか呼ばれているろくでもない奴だ」

 氷のように冷たく、けれども花のように美しい少年。あの見た目に騙されてはいけない。黙っていれば美少年だが、立ち振る舞いがとにかく酷い。僕が何度痛い目にあったことか。

「ユリス様はどのようなお方なのですか?」

 ガブリエルは最近雇った新しい従者だ。前任は老齢のため先日退職したばかり。僕が生まれてから一番身近にいた、ある意味で祖父のような男だった。

 王宮内のことは、新人であるガブリエルよりも僕の方が詳しい。ガブリエルは僕より年上とはいえ、僕が主人だ。この年若い従者に情けない姿を見せるわけにはいかない。

 手紙を一瞥して、ながらく会っていない従兄弟の顔を思い出す。

「あいつは悪魔だ」

 一言そう答えてやれば、ガブリエルは虚をつかれたような顔をする。この国に住む者であれば、冷酷な氷の花の噂くらい耳にしていそうなものだが。

 僕の視線に気がついたガブリエルが「いえ、エリック殿下から聞かされていた話と随分違ったので」と言い訳のように目を瞬く。兄上の話だと?

「兄上はなんだって?」
「ユリス様は非常に愛らしいお方だと」
「兄上は急にどうされたんだ」

 ユリスが愛らしいだと? あり得ない。確かに顔だけ見ればそうかもしれないが、性格は最悪だぞ。現に国王陛下の息子であるこの僕を、従兄弟とはいえ下僕扱いしてくるような男である。とんでもない奴だ。


※※※


「ユリス? 最近どうやら丸くなったみたいだな」
「丸くなった……?」

 ユリス来訪の件を兄上に相談したところ、そんな答えが返ってきた。疑いの目を向けていると、エリック兄上は「成長したんだろう」と事もなげに言い放つ。

 成長? あの悪魔が?

「いやしかし。あのユリスですよ。そんなわけは」
「この間、王宮に連れてきた時も静かだったぞ? 私はてっきり部屋のひとつでも燃やしてみせるかとヒヤヒヤしていたが」

 そんな危険人物を王宮に招くな。

 だが兄上の言う通り、ユリスならそれくらいやっても不思議ではない。ヴィアン家で一度放火未遂を起こした件は間者を通じてうちにも情報が入ってきていた。要するにユリスは危ない子供なのだ。それが大人しいとは信じられない。

「カルが家庭教師としてユリスについているらしい。他にもまぁ、色々と。ヴィアン家もようやく三男坊の教育に乗り出したということだろう」

 話をまとめた兄上は、是非ともユリスに遊びに来てほしいようだった。

「本当に大人しいですか?」
「あぁ。なんというか、年相応の子供だったぞ」
「本当に?」
「本当に」

 兄上がそう言うのならば、そうなのだろうか。

 しかし人は成長するものである。僕だって、ユリスに会わない間に成長した。もしかしたら、もしかするのかもしれない。

 今でこそ王太子として執務などを行なっている兄上も、子供の頃は相当にやんちゃだったと使用人たちが言っていたのを聞いたことがある。

 なるほど。あの悪魔も成長するのか。

「ではユリスを招いても構いませんね?」
「あぁ、是非そうしてくれ」

 ニヤリと笑った兄上は、なんだか嬉しそうだ。

 こうして僕は、まともになったという従兄弟を出迎えるべく準備に奔走することになった。
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