冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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135 こっそり持ち込み

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 ブルース兄様に見送られて屋敷を出発した俺は、馬車の中でそわそわとバッグを抱えていた。「置いたらどうですか?」と同乗しているティアンが何度も声をかけてくるが無視した。この中には黒猫ユリスが入っている。俺の大事物。

 車内には俺とティアン、そして隠れている黒猫ユリスのみ。ジャンとタイラーは馬で後を追っている。馬車を動かす御者役の騎士もいるが、相当少人数でのお出かけである。

 そうしてしばらく馬車に揺られていた俺は、そろそろいいかと周囲を見回す。マーティーとの約束の時間もある。ここまで来ればたとえ黒猫ユリスが見つかったとしてもヴィアン家に引き返そうとはならないはずだ。

「よし」

 小さく呟いた俺は、ようやくバッグを床に下ろす。気付いたティアンが、首を傾げている。そのまま大きくバッグを開ける。中から出てきた黒いもふもふを見た瞬間、ティアンが大声を上げた。

「なんで連れてきているんですか!」
「マーティーに見せる」
「ちょっと! まさかずっとそこに押し込めていたんですか? 可哀想に」

 慌ててバッグから黒猫ユリスを引っ張り出したティアンは「なんてことを。可哀想に」とここぞとばかりに猫を撫でている。

『おい、こいつをどうにかしろ』

 撫でまわされている黒猫ユリスが鬱陶しそうにティアンを睨みつけている。そんなに心配せずとも、黒猫ユリスは元気そうだ。

「返して、俺の猫」

 ティアンから奪い返して、膝に乗せてもふもふする。『おまえも触るな』と黒猫ユリスがケチなことを言っているが気にしない。引き続き撫でていると、馬車の壁をノックする音が響いた。ティアンが小窓にかけられた布を捲りあげると、馬に乗ったタイラーが「なにかありました?」と馬車の中を覗き込んでいる。どうやらティアンの大声を聞きつけて様子を見にきたらしい。お騒がせなお子様だな。

「ユリス様が猫ちゃん連れてきてしまったみたいで」
「いつの間に」

 タイラーが眉を顰めている。俺の勝利だ。


※※※


「お待ちしておりました」
「サム!」

 王宮に到着した俺たちを出迎えてくれたサムは、王立騎士団の白い服に身を包んでいた。こいつは一時期ヴィアン家に潜入していたスパイである。そして俺の愛しの長髪男子であるロニーに片想いしている哀れな男でもあるのだ。

 そういえばロニーに恋人がいること、まだサムにお伝えしていなかったな。

 黒猫ユリスを腕に抱えたまま、俺は周囲の様子を探る。こそっとサムに近づいて耳打ちするからしゃがめと指示すれば、彼は簡単に従ってくれた。

「なんです?」
「あのね、サムに残念なお知らせがある」
「残念……?」

 小首を傾げたサムは、俺の話に真剣に耳を傾ける。

「ロニーは恋人いるんだって」
「……ロニーに?」

 軽く目を見張ったサムは、「そうですか」とあっさり流してしまう。

「ロニーのこと好きなんでしょ? 残念だったね」
「え? あ、あぁ。その話まだ続いていたんですね」

 なにやら苦い顔をしたサムは、けれどもすぐに「いやそうですか。それなら仕方ないですね」となんだか嬉しそうに声を弾ませる。話聞いてたか? 失恋したんだぞ? なんでテンション高いの?

 だが俺はできる大人である。ちゃんとその後のフォローも考えてきた。

「かわりにベネットおすすめだよ」
「え? どちら様ですか」
「フランシスの従者」
「フランシス……? もしやシモンズ侯爵家の?」

 たしかそんな名前だった。うんうん頷けば、サムはよくわからないと首を捻っている。

 たぶんサムがロニーに惚れたのは俺と同じ理由だと思われる。つまり彼も長髪男子くんが好きなのだ。ロニーは残念だったけど、俺が新たに見つけた長髪男子の情報を提供してやろう。

「ベネットも髪長いからおすすめ」
「髪?」

 なにやらピンときていない様子のサムは「えっと、私のことはお気になさらず」と遠慮してしまう。

 なにはともあれ、失恋したサムのフォローという大仕事は達成した。満足して黒猫ユリスをもふもふしていれば、「行きますよ、ユリス様」と馬車や馬やらを預けたらしいタイラーが声をかけてくる。

 さぁ! いよいよマーティーに会えるぞ!
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