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80 シモンズ侯爵家

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 フランシスの家はちょっと遠かった。誰だよ、近いって言った奴。全然近くない。

「まだつかないの」
「もうちょっとですよ」
「全然近くない。遠いじゃん」
「そんなことないです。馬で一日もかかりません。近いです」

 だから遠いって。
 先程から遠いと嘆く俺を、ティアンが宥める。それの繰り返しだ。どうにもこいつらは日を跨がない移動距離は近いと思っているらしい。かれこれ二時間くらい馬車に乗りっぱなしだ。遠いわ。

 馬には絶対に乗らないと俺が騒ぐことを見越したのだろう。本日は初めから馬車が用意されていた。お見送りに来たブルース兄様は「絶対にいらんことをするなよ」と何度も念押ししてきた。だからいらんことってなんだよ。俺がなにをするっていうんだ。言ってみろ。

 ロニーよりも自分の方が役に立つとごねるアロンの相手も大変だった。そうしてなんとか出発になったのだが、しれっと馬車にティアンが乗り込んできてびっくりした。だが誰も止めなかったので当初からティアンも同行者に名を連ねていたのだろう。いつぞやのお飾りバッグを肩にかけている。マジかよ。俺今日このお子様の面倒みないといけないのか。なんてこった。

 セドリック、ロニー、ジャンはそれぞれ馬に乗っていた。個人的にはジャンが乗馬できることがびっくり。おまえ、ほんとに馬に乗れたんだな。

 自然と馬車の中には俺とティアンのふたりきりとなる。足を大きく開いてふんぞり返って座る俺の向かいで、ティアンは今のところ大人しくしている。

「お行儀悪いですよ。なんですか、この間からその座り方」
「ブルース兄様の真似」
「ブルース様はそんな下品じゃありません。やめなさい」

 なんでだよ。ブルース兄様ってだいたいこんな感じだろ。

 正直言って馬車ってそんなに乗り心地はよろしくない。道がガタガタしているから揺れる揺れる。馬の方が楽じゃないですか? なんてティアンは言うが、馬よりは断然マシだ。馬はなにを考えているのかよくわからないし、振り落とされそうで怖すぎる。落とされないだけ馬車の方がマシ。

 そんなこんなで疲労してきた頃、馬車の小窓からロニーが顔を覗かせた。華麗に手綱を操るロニーはかっこいい。

「ユリス様。もうそろそろで到着ですよ」
「もうそろそろってどれくらい? ほんとにもうちょっとでつく? 適当言ってない? 具体的にはどれくらい?」
「なんですか、その面倒くさい反応」

 すかさずティアンが呆れたように口を挟んでくる。だって。おまえらの感覚ちょっとあてにならないんだもん。ちょっととか言いつつ一時間経過とか嫌だぞ、俺は。

 苦笑してロニーは前方を指し示す。

「ほら、もう見えていますよ」
「マジ?」
「ちょ、危ないですよ」

 小窓から身を乗り出そうとすれば、ティアンに裾を引っ張られて車内に戻される。おかげでよくわからんかった。でもロニーが嘘をつくとも思えないので、多分本当にもうすぐなのだろう。

「私は先に行って到着を知らせてきますね」
「いってらっしゃい」

 手を振ると、ロニーは颯爽と馬を走らせて行った。

 そうしてフランシスの屋敷に到着した俺は、ようやく長旅から解放されてうんと伸びをする。ここまでおよそ二、三時間といったところか。遠かった。

「疲れた。もうすでに帰りたい」

 いやしかし。今から帰るとなればまた長時間移動だ。そんなの無理。

「なにをそんなに疲れているんですか。ユリス様がうるさいから途中で三回も休憩挟んだせいで予定よりもだいぶ遅れてしまいました」
「ティアン。あんまりはしゃぐなよ」
「なにを聞いていたんですか、一体」

 憮然とするティアンを置いてさっさと屋敷に足を向ける。広大な敷地にでかい門。なかなか金を持っていそうな家である。

「よく来てくれたね、ユリスくん」

 門前ではフランシスが出迎えてくれた。ロニーもいる。それにフランシスの使用人らしき人たちも。だがしかし。

「ベネットはどうした」
「ご挨拶が先ですよ」

 ベネットの姿が見えない。きょろきょろしているとティアンが眉を寄せる。一理あるので「こんにちは」と挨拶しておく。時刻はすでに昼前だ。朝からずっと馬車に揺られていてひどく疲れた。

 苦笑したフランシスは握手を求めてくる。それに応じつつも俺の視線はベネットを探して彷徨っていた。

「ベネットなら僕の部屋にいるよ。案内しよう」

 道すがら、俺はフランシスにロニーを紹介してやる。ついでにジャンも。

「もしかして例の従者かい」
「例の?」
「この前は彼へのお土産を探していたんだろう? 結局なにを買ったんだい」

 あぁ、言われてみればそんな話したな。

「お土産は買わなかった」
「おや」
「でもジャンは大人だから。お土産なくても泣かないから大丈夫」
「……そうかい」

 軽く肩をすくめたフランシス。俺らの後ろをぴたりとついてくるジャンはなんだか気まずい顔をしていた。
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