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開幕! 前期魔術演武祭
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──いいか? もう失敗は許されないぞ。
抑揚のない、無機質な声がその空間に響く。空間の中には、青白い光を放つ光源があるが、全体を照らし出せるほどの光量はない。
──分かっている。アンタこそ、悟られんじゃねぇーぞ。
試すような口調で、空間にいたもう一人の人物が返す。
──私を誰だと思ってるわけ?
少し怒気のこもった声だ。自分を甘く見られたことへの怒りだろうか。
──はっ、それもそうだったな。なら、俺は行くぜ。
がさっ、という音があちらこちらで反響する。そして、歩き始める。
──失敗したら殺すからね。
その背中にそんな言葉が投げかけられた。
***
辺りはまだ昏い。だが、闇夜のそれではない。
恐らく明け方だろう。俺は、ベッドから体を起こしながら学習机に三つある引き出しのうち、一番上を開ける。
4時16分。学生証の裏にある銀色に発光する文字にはそうあった。前期魔術演武祭が開催されるのは10時からなので、まだまだ時間はある。ゆえに、隣のベッドからはマリアの気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
俺ももうちょっと寝ようかな……。学生証を引き出しの中に戻し、ベッドに向かいながらそう考えた瞬間。
窓の外から、変な音がした。具体的にどんな音かと言われると、答えることはできない。俺は、慌てて部屋に一つある並ぶ学生机の少し上方にある窓から顔を出す。しかし、そこには何も無い。音自体は凄く曖昧だったので、俺の勘違いなのかもしれない。
でも、確かに……。
何だか嫌な予感がした。確証のない胸のざわつき。それが意味するところは何なのだろうか。得体の知れない不安を感じながら、俺は仰向きでベッドに寝転がる。
そこで最近は忘れかけていた襲撃事件の事を思い出した。転生初日と、その次の日にあった出来事で、その後すぐに前期魔術演武祭があるとかで事件の事を考える暇が無かった。
「……魔法の杖と鋭い目をもつ何か……か。何かの暗号なのか?」
二回目の襲撃の際に襲撃犯が落とした黒い布の裏に描かれた文様についてしばらくぶりに考える。だが、答えが出るわけもなく俺は眠りについていた。そして、つぎに目が覚めたときにはもう東の空に太陽はなく、南の空に移動し始めていた。
***
「ほら、はやく!」
マリアに叩き起された俺は、そう急かされる。この世界において、こういった催し物をする時に代表者の挨拶などは無いらしい。それに、通常授業と同じように1限目のチャイムが鳴り、前期魔術演武祭は開催される。日本なら代表者の挨拶は絶対にあるだろうし、運動会ですらもう少しお祭り騒ぎになる。
文化の違いなのかな、と感じながら俺はマリアの背中を追い、校舎前に到着した。
校舎前には数多の生徒が並んでいた。どうやらクラスずつに固まっているらしい。
俺のクラス──1年C組が固まる場所まで着いた俺は、その皆が向ける視線の先に同じように見た。視線の先は、広大なフィールドがあった。縦横十メートルの正方形のフィールドにはその正方形の対角線が書かれており、中央には大きな円が描かれている。そして、その円の中心を縦横に割る線がフィールドの端から端へと引かれている。
「いまからなのか?」
俺は、隣に立つマリアに訊く。マリアは、音を出さずに頷く。
「──実況は、3年A組リリル・イチカがお送りします!」
本当にちょうどらしい。俺は、フィールドの中央へと視線を向ける。
すると、宙から一回転して地上に降りてくる華奢な女子の姿が目に入った。紫色の髪をツインテールにしており、メラメラと炎を滾らせているようにも感じる強い意志のある紫色の瞳が特徴的である。
「さぁ、一番に入場してきたのは、1年A組のモモルカだーッ! 彼女は、この重量魔法に関して言えば学院一と言っても過言ではないだろうほどの実力の持ち主だ!」
イチカの実況が、スタートからA組が優勢であるという事実を述べる。同時に、腹立たしいほどの笑顔を浮かべるモモークがまとめるクラスが盛り上がる。
なんて言うか……前触れもなく始まるんだな……。アナウンスも無いことに、そう感じた時。マリアが訝しげな目で俺を見つめていた。
「ど、どうした?」
「別に。カーミヤくんのせいでちょっと遅刻したのとなんて気にしてないから」
「え。遅刻したのか?」
「幾ら何でもこんな突然始まるわけないでしょ!」
ほんのりと顔を赤くし、口先を尖らせる。
「や、やっぱりなのか?」
「当たり前でしょ! オープニングセレモニーの間、ずっとカーミヤくんを起こしてたんだからっ」
あーあ、見たかったのに……。マリアはそう加えて俯く。
日本にいる時。俺は、母さんに女手一つで育てて貰っていた。父さんは俺がまだ物心つく前に病気で亡くなったらしい。だから、母さんは俺が小学三年生になる頃には昼夜問わずに働きに出て行った。それが嫌だなんて思ったことは無かった。だが、それによって犠牲になるものもあった。俺にとってそれは、学校だった。一人でも退屈しないように与えられた、家庭用ゲーム機が寝る時間を遅くし、朝を起きれなくした。結果、遅刻が多くなり、登校しない日も増えた。だから、まともに友だちが出来ることもなく、一人が多かった。ゆえに、仲良くなった人──ましてや女子にそんな顔をさせた時の対処法など分かるわけもなく、俺は戸惑うしか無かった。
「え、えっと……すまん……。えっと……」
「終わっちゃったんだから仕方ないよ」
マリアは優しくそう言ってくれたが、どこか憂いを帯びているように感じた。
そうしている間にも、次々とフィールドに生徒たちが降り立っており、宙に残っているのは、俺たちのクラス代表のイグターだけになっていた。
「さぁー、最後の一人となりました! 最後の一人は、1年C組のイグターだ! 笑いを誘ってくれるのか、はたまた恥ずかしくも優勝を狙うのか!」
公平とは言えない実況が行われる。心底腹が立った。俺たちがイグターを代表にしたのは、俺たちのクラスの中で最も入試の重量魔法の点数を取っていたからだ。だから実力はある。
「イグター、ぶちかましてこい!」
俺は自然とそう叫んでいた。俺たちは、内部にいてアウェーだ。だから、より一層に声を出して、アイツを応援してやらないと……。
その想いがみんなに届いたのか、みんなも声を上げてイグターを応援し始めた。
「おっと、C組が応援を始めたぞ! 一体何を思ってなのか!」
先生たちがいないわけじゃない。でも、先生たちも見て見ぬふりだ。これは成績が悪い俺らが悪い。だったらどうするか──実力を示す他ねぇーだろ!
重量魔法は、各学年毎に行われる。各学年にはA、B、Cの3クラス。よって、俺たちの相手はA組とB組。一人は、一番に宙から降りてきたモモルカ。そして、もう一人は、どこか地味な雰囲気のあるグレーの髪をもつ小柄な少年だ。
「まずはA組からです!」
アナウンスを耳に入れてからモモルカは、右側に結った髪を靡かせて優雅に声を出す。
「120キロ」
あまりに透き通った凛とした声で、思わず聞き入ってしまう。俺は素早くかぶりを振り、モモルカを見る。
瞬間、浅黒い肌の禿頭──地球で言うならばマフィアみたいな風貌の男がフィールドに出てきてモモルカの少し前方に手を向ける。
「鉄塊 顕現せよ」
刹那、モモルカの前に大きな鉄の塊が現れた。頂上部には輪っかのような弧の持ち手があり、その中央には120キロと大きな文字で書かれており、まるで大きな分銅のようでもある。見あげないといけないほどの大きさである。しかし、モモルカはゴミでもみるようにそれを見てから、小さくため息を零し無詠唱で宙に浮く。
授業で聞いたために、無詠唱で魔法を発動することがどれほど難しいか知っていた。それをモモルカは目の前でやってみせたのだ。やはり凄い。そう思わざるを得ない。その間にモモルカは、分銅もどきの上までたどり着くと、頂上部にある取手のような部分を握り詠唱を始めた。
「装着 豪傑の怪力よ」
魔法にしてはかなり短めの詠唱である。しかし、途端にモモルカの腕に青白い筋が入る。そして黒色がそれを覆うようにして現れる。
まるで黒い金属塊のような腕になったモモルカは、それを持ったまま宙へと浮き始める。普通ならば、表情が歪み分銅はぴくりとも動かないだろう。少なくとも俺は、そう思っていた。だが、モモルカは表情をピクリとも動かさず、重たいものなんぞ持っていないかのように優雅に浮いていく。
「まじか……」
思わず口をついてしまう。120キロなんて普通持ち上げられない。日本で言ったらどれ位なのだろうか? そんじゃそこらのデブでも120キロには勝てないだろう。
「さ、流石だァ! 120キロという超重量級を難無く持ち上げたァー!」
控えめに言っても贔屓目の実況がされることにより、A組は異様なほどの盛り上がりを見せる。だがそれは、1年B組と俺たちC組以外の全員を盛り上げた。
「そんなにすげぇーのか?」
重量魔法において、凄いと判断される基準を知らない。だから、120キロを持ち上げたモモルカは凄いのか否かが分からない。
「凄いわよ。学生の基準値は90キロなんだから」
どうやらかなり凄いみたいだ。こりゃあ一筋縄ではいかねぇーぞ。
そう考えた所で、モモルカは浮かせていた分銅を大地に置く。ずしん、という衝撃が足裏を伝い全身に回る。
やはりそれが、モモルカがどれほど凄いことをして見せたのかということを理解させる。
「これは勝負が決まったかー!? 次はB組です」
前髪が両目にかかり、クラスでも目立たない立場にいそうな少年がフィールド中心に出向く。その間にモモルカはフィールドから出て、他の選手のプレイを見守る。
さしずめ、私に勝てるかしら、とでも思いながらだろう。
少年は俯き、声を震わせ、何かに怯えるように持ち上げる分銅の重さを口にする。
「125キロ」
瞬間、会場がどよめいた。この重量魔法のルールとして、挑戦回数は持ち上げられない重さが出るまでは無限というものがある。そして、持ち上げを成功させた重さによってポイントが入る。つまり、モモルカは例外として普通は無難な80キロ当たりを選択して確実な点を取ることを優先する。120などと言って、失敗すればこの重量魔法においての獲得ポイントがゼロになるのだ。
しかし、少年は贔屓目の実況だとしても、学院一かもしれない存在が持ち上げた120キロより更に5キロ重たいものを選択したのだ。
これは、B組からA組への宣戦布告だ。アンタらに負けるかよ、という。
浅黒い肌の禿頭の男は120キロの分銅を出現させた魔法を解除し、新たに同様の形の、しかし中心に書いてある文字は125キロとなった分銅を出現させる。
たった5キロだ。そんなに変わったようには思えない。だが、仮に持ち上げるのが俺だったなら? たった5キロなんて言えるはずがないだろう。普通の5キロじゃないんだ。120キロからの5キロなのだ。例えるなら、焼肉を食べる時、食べ始めの1枚とお腹いっぱいになった後の1枚だろう。同じ1枚でもお腹にくる重さは全然違ってくる。
そう考えたなら、125キロと書かれたそれが先ほどのよりも何倍も重そうに見えてきた。
A組でも無い。持ち上げられるのだろうか。今の俺の本心だった。少年は緊張した顔持ちで、ぼそっと何かを呟いてから宙へ浮く。恐らく遊空魔法の詠唱だろう。
そのまま躊躇うことなく、分銅の上に着地すると流れるように装着と、重量魔法の詠唱を行った。
瞬間、先ほどのモモルカと同様に両腕に血管のような青白い筋が入る。ほとんど同じに見える。でも──少し違う。その筋の量が圧倒的に多いのだ。一目で分かるほどに、違う。
「嘘ッ……でしょ?」
モモルカの浮かべていた余裕の表情は消え去り、ほとんど喘ぐように洩らした。そこで俺はようやく理解した。125キロというのは、その少年にとっては安全マージンなのだと。強がりで、A組に勝つために選んだのではなく、確実に持ち上げられる重さを選んだのだと。
その筋の上から黒──それよりも更に黒い漆黒が腕を覆い尽くす。それは禍々しく、触れるもの全てを黒に染めてしまうようなおぞましさがあった。
少年は、しかし気にした様子もなく輪の部分を掴むとそのままその場でジャンプした。125キロの重りを持ち上げるようにして飛び上がる。普通なら、宙に浮くことすらできず、その場で転けるだろう。だが、少年は違った。分銅のようなそれごと一緒に持ち上げたのだ。そして次の瞬間、ドスン、と地震のような地響きが分銅の着地とともに俺たちを襲った。立っていることすらままならない、それほどの衝撃だ。ゆえに、実況担当のはずのイチカまでもが何も発することが出来ずにいた。それでも、流石実況担当と言うべきだろう。その驚きから一番に回復して声を上げたのだ。
「な、な、な、なんと!! こんなブラックホースが居たとは! 125キロの重りを難無く持ち上げてしまいました!」
その声で正気に戻ったのか、おぉー、とまるで咆哮のような声があちらこちらから上がる。
「そ、それでは1年生最後! C組のイグターくんです。いやぁ、流石の私でも同情しますね」
おちゃらけたようにイチカが言うと、会場はわっと笑いに包まれる。しかし、イグターはそれを全く意に介さず、当然の事を言うように述べた。
「130キロを挑戦する」
抑揚のない、無機質な声がその空間に響く。空間の中には、青白い光を放つ光源があるが、全体を照らし出せるほどの光量はない。
──分かっている。アンタこそ、悟られんじゃねぇーぞ。
試すような口調で、空間にいたもう一人の人物が返す。
──私を誰だと思ってるわけ?
少し怒気のこもった声だ。自分を甘く見られたことへの怒りだろうか。
──はっ、それもそうだったな。なら、俺は行くぜ。
がさっ、という音があちらこちらで反響する。そして、歩き始める。
──失敗したら殺すからね。
その背中にそんな言葉が投げかけられた。
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辺りはまだ昏い。だが、闇夜のそれではない。
恐らく明け方だろう。俺は、ベッドから体を起こしながら学習机に三つある引き出しのうち、一番上を開ける。
4時16分。学生証の裏にある銀色に発光する文字にはそうあった。前期魔術演武祭が開催されるのは10時からなので、まだまだ時間はある。ゆえに、隣のベッドからはマリアの気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
俺ももうちょっと寝ようかな……。学生証を引き出しの中に戻し、ベッドに向かいながらそう考えた瞬間。
窓の外から、変な音がした。具体的にどんな音かと言われると、答えることはできない。俺は、慌てて部屋に一つある並ぶ学生机の少し上方にある窓から顔を出す。しかし、そこには何も無い。音自体は凄く曖昧だったので、俺の勘違いなのかもしれない。
でも、確かに……。
何だか嫌な予感がした。確証のない胸のざわつき。それが意味するところは何なのだろうか。得体の知れない不安を感じながら、俺は仰向きでベッドに寝転がる。
そこで最近は忘れかけていた襲撃事件の事を思い出した。転生初日と、その次の日にあった出来事で、その後すぐに前期魔術演武祭があるとかで事件の事を考える暇が無かった。
「……魔法の杖と鋭い目をもつ何か……か。何かの暗号なのか?」
二回目の襲撃の際に襲撃犯が落とした黒い布の裏に描かれた文様についてしばらくぶりに考える。だが、答えが出るわけもなく俺は眠りについていた。そして、つぎに目が覚めたときにはもう東の空に太陽はなく、南の空に移動し始めていた。
***
「ほら、はやく!」
マリアに叩き起された俺は、そう急かされる。この世界において、こういった催し物をする時に代表者の挨拶などは無いらしい。それに、通常授業と同じように1限目のチャイムが鳴り、前期魔術演武祭は開催される。日本なら代表者の挨拶は絶対にあるだろうし、運動会ですらもう少しお祭り騒ぎになる。
文化の違いなのかな、と感じながら俺はマリアの背中を追い、校舎前に到着した。
校舎前には数多の生徒が並んでいた。どうやらクラスずつに固まっているらしい。
俺のクラス──1年C組が固まる場所まで着いた俺は、その皆が向ける視線の先に同じように見た。視線の先は、広大なフィールドがあった。縦横十メートルの正方形のフィールドにはその正方形の対角線が書かれており、中央には大きな円が描かれている。そして、その円の中心を縦横に割る線がフィールドの端から端へと引かれている。
「いまからなのか?」
俺は、隣に立つマリアに訊く。マリアは、音を出さずに頷く。
「──実況は、3年A組リリル・イチカがお送りします!」
本当にちょうどらしい。俺は、フィールドの中央へと視線を向ける。
すると、宙から一回転して地上に降りてくる華奢な女子の姿が目に入った。紫色の髪をツインテールにしており、メラメラと炎を滾らせているようにも感じる強い意志のある紫色の瞳が特徴的である。
「さぁ、一番に入場してきたのは、1年A組のモモルカだーッ! 彼女は、この重量魔法に関して言えば学院一と言っても過言ではないだろうほどの実力の持ち主だ!」
イチカの実況が、スタートからA組が優勢であるという事実を述べる。同時に、腹立たしいほどの笑顔を浮かべるモモークがまとめるクラスが盛り上がる。
なんて言うか……前触れもなく始まるんだな……。アナウンスも無いことに、そう感じた時。マリアが訝しげな目で俺を見つめていた。
「ど、どうした?」
「別に。カーミヤくんのせいでちょっと遅刻したのとなんて気にしてないから」
「え。遅刻したのか?」
「幾ら何でもこんな突然始まるわけないでしょ!」
ほんのりと顔を赤くし、口先を尖らせる。
「や、やっぱりなのか?」
「当たり前でしょ! オープニングセレモニーの間、ずっとカーミヤくんを起こしてたんだからっ」
あーあ、見たかったのに……。マリアはそう加えて俯く。
日本にいる時。俺は、母さんに女手一つで育てて貰っていた。父さんは俺がまだ物心つく前に病気で亡くなったらしい。だから、母さんは俺が小学三年生になる頃には昼夜問わずに働きに出て行った。それが嫌だなんて思ったことは無かった。だが、それによって犠牲になるものもあった。俺にとってそれは、学校だった。一人でも退屈しないように与えられた、家庭用ゲーム機が寝る時間を遅くし、朝を起きれなくした。結果、遅刻が多くなり、登校しない日も増えた。だから、まともに友だちが出来ることもなく、一人が多かった。ゆえに、仲良くなった人──ましてや女子にそんな顔をさせた時の対処法など分かるわけもなく、俺は戸惑うしか無かった。
「え、えっと……すまん……。えっと……」
「終わっちゃったんだから仕方ないよ」
マリアは優しくそう言ってくれたが、どこか憂いを帯びているように感じた。
そうしている間にも、次々とフィールドに生徒たちが降り立っており、宙に残っているのは、俺たちのクラス代表のイグターだけになっていた。
「さぁー、最後の一人となりました! 最後の一人は、1年C組のイグターだ! 笑いを誘ってくれるのか、はたまた恥ずかしくも優勝を狙うのか!」
公平とは言えない実況が行われる。心底腹が立った。俺たちがイグターを代表にしたのは、俺たちのクラスの中で最も入試の重量魔法の点数を取っていたからだ。だから実力はある。
「イグター、ぶちかましてこい!」
俺は自然とそう叫んでいた。俺たちは、内部にいてアウェーだ。だから、より一層に声を出して、アイツを応援してやらないと……。
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「おっと、C組が応援を始めたぞ! 一体何を思ってなのか!」
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「まずはA組からです!」
アナウンスを耳に入れてからモモルカは、右側に結った髪を靡かせて優雅に声を出す。
「120キロ」
あまりに透き通った凛とした声で、思わず聞き入ってしまう。俺は素早くかぶりを振り、モモルカを見る。
瞬間、浅黒い肌の禿頭──地球で言うならばマフィアみたいな風貌の男がフィールドに出てきてモモルカの少し前方に手を向ける。
「鉄塊 顕現せよ」
刹那、モモルカの前に大きな鉄の塊が現れた。頂上部には輪っかのような弧の持ち手があり、その中央には120キロと大きな文字で書かれており、まるで大きな分銅のようでもある。見あげないといけないほどの大きさである。しかし、モモルカはゴミでもみるようにそれを見てから、小さくため息を零し無詠唱で宙に浮く。
授業で聞いたために、無詠唱で魔法を発動することがどれほど難しいか知っていた。それをモモルカは目の前でやってみせたのだ。やはり凄い。そう思わざるを得ない。その間にモモルカは、分銅もどきの上までたどり着くと、頂上部にある取手のような部分を握り詠唱を始めた。
「装着 豪傑の怪力よ」
魔法にしてはかなり短めの詠唱である。しかし、途端にモモルカの腕に青白い筋が入る。そして黒色がそれを覆うようにして現れる。
まるで黒い金属塊のような腕になったモモルカは、それを持ったまま宙へと浮き始める。普通ならば、表情が歪み分銅はぴくりとも動かないだろう。少なくとも俺は、そう思っていた。だが、モモルカは表情をピクリとも動かさず、重たいものなんぞ持っていないかのように優雅に浮いていく。
「まじか……」
思わず口をついてしまう。120キロなんて普通持ち上げられない。日本で言ったらどれ位なのだろうか? そんじゃそこらのデブでも120キロには勝てないだろう。
「さ、流石だァ! 120キロという超重量級を難無く持ち上げたァー!」
控えめに言っても贔屓目の実況がされることにより、A組は異様なほどの盛り上がりを見せる。だがそれは、1年B組と俺たちC組以外の全員を盛り上げた。
「そんなにすげぇーのか?」
重量魔法において、凄いと判断される基準を知らない。だから、120キロを持ち上げたモモルカは凄いのか否かが分からない。
「凄いわよ。学生の基準値は90キロなんだから」
どうやらかなり凄いみたいだ。こりゃあ一筋縄ではいかねぇーぞ。
そう考えた所で、モモルカは浮かせていた分銅を大地に置く。ずしん、という衝撃が足裏を伝い全身に回る。
やはりそれが、モモルカがどれほど凄いことをして見せたのかということを理解させる。
「これは勝負が決まったかー!? 次はB組です」
前髪が両目にかかり、クラスでも目立たない立場にいそうな少年がフィールド中心に出向く。その間にモモルカはフィールドから出て、他の選手のプレイを見守る。
さしずめ、私に勝てるかしら、とでも思いながらだろう。
少年は俯き、声を震わせ、何かに怯えるように持ち上げる分銅の重さを口にする。
「125キロ」
瞬間、会場がどよめいた。この重量魔法のルールとして、挑戦回数は持ち上げられない重さが出るまでは無限というものがある。そして、持ち上げを成功させた重さによってポイントが入る。つまり、モモルカは例外として普通は無難な80キロ当たりを選択して確実な点を取ることを優先する。120などと言って、失敗すればこの重量魔法においての獲得ポイントがゼロになるのだ。
しかし、少年は贔屓目の実況だとしても、学院一かもしれない存在が持ち上げた120キロより更に5キロ重たいものを選択したのだ。
これは、B組からA組への宣戦布告だ。アンタらに負けるかよ、という。
浅黒い肌の禿頭の男は120キロの分銅を出現させた魔法を解除し、新たに同様の形の、しかし中心に書いてある文字は125キロとなった分銅を出現させる。
たった5キロだ。そんなに変わったようには思えない。だが、仮に持ち上げるのが俺だったなら? たった5キロなんて言えるはずがないだろう。普通の5キロじゃないんだ。120キロからの5キロなのだ。例えるなら、焼肉を食べる時、食べ始めの1枚とお腹いっぱいになった後の1枚だろう。同じ1枚でもお腹にくる重さは全然違ってくる。
そう考えたなら、125キロと書かれたそれが先ほどのよりも何倍も重そうに見えてきた。
A組でも無い。持ち上げられるのだろうか。今の俺の本心だった。少年は緊張した顔持ちで、ぼそっと何かを呟いてから宙へ浮く。恐らく遊空魔法の詠唱だろう。
そのまま躊躇うことなく、分銅の上に着地すると流れるように装着と、重量魔法の詠唱を行った。
瞬間、先ほどのモモルカと同様に両腕に血管のような青白い筋が入る。ほとんど同じに見える。でも──少し違う。その筋の量が圧倒的に多いのだ。一目で分かるほどに、違う。
「嘘ッ……でしょ?」
モモルカの浮かべていた余裕の表情は消え去り、ほとんど喘ぐように洩らした。そこで俺はようやく理解した。125キロというのは、その少年にとっては安全マージンなのだと。強がりで、A組に勝つために選んだのではなく、確実に持ち上げられる重さを選んだのだと。
その筋の上から黒──それよりも更に黒い漆黒が腕を覆い尽くす。それは禍々しく、触れるもの全てを黒に染めてしまうようなおぞましさがあった。
少年は、しかし気にした様子もなく輪の部分を掴むとそのままその場でジャンプした。125キロの重りを持ち上げるようにして飛び上がる。普通なら、宙に浮くことすらできず、その場で転けるだろう。だが、少年は違った。分銅のようなそれごと一緒に持ち上げたのだ。そして次の瞬間、ドスン、と地震のような地響きが分銅の着地とともに俺たちを襲った。立っていることすらままならない、それほどの衝撃だ。ゆえに、実況担当のはずのイチカまでもが何も発することが出来ずにいた。それでも、流石実況担当と言うべきだろう。その驚きから一番に回復して声を上げたのだ。
「な、な、な、なんと!! こんなブラックホースが居たとは! 125キロの重りを難無く持ち上げてしまいました!」
その声で正気に戻ったのか、おぉー、とまるで咆哮のような声があちらこちらから上がる。
「そ、それでは1年生最後! C組のイグターくんです。いやぁ、流石の私でも同情しますね」
おちゃらけたようにイチカが言うと、会場はわっと笑いに包まれる。しかし、イグターはそれを全く意に介さず、当然の事を言うように述べた。
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