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始めての魔法
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まだまだ表情は絶望のそれだが、どうにか自分を取り戻したらしいマリアは俺を連れて学院の領地の北側に位置する学生寮にやって来た。
俺の渡された時間割りを確認したところ、マリアの今日の授業は召喚魔法演習で終わりらしい。
だからマリアは学生寮に帰るしかないのだ。
「なぁ、ここ広すぎじゃねぇ?」
校舎の外には草原のような緑地帯が広がっており、それは日本では考えられないほどの広さなのだ。
東京ドーム何個分とかっていう表現を良くするが、それに合わせて言うならば学院の全領地は東京ドーム10個分はゆうにあると考えられる。
「学校なんだし……普通じゃないかしら」
死んだ魚ような目を前方に向けながら、マリアは虚ろな声で答える。
「まぁ、そうだけど……。広すぎだろ」
校舎を出てから既に15分経っているが、それでも学生寮は見えてこないのだ。
だが、時折見える授業風景を見ればこの広さは妥当なのかもしれないと思える。広範囲魔法の授業なのだろう。直径1メートルほどの大きな魔法陣を描き、そこから炎柱を上げる授業。狙撃魔法というべきなのか、小さな氷柱を5メートルほど離れた、小さな標的に当てるといった授業など、大掛かりなものが多いのだ。
「とにかく、あとどれくらい歩けば着くんだ?」
遠くで行われている授業風景から視線を外し、前方に向けた俺は少し前を歩くマリアの背中にそう投げた。
「このままだったらあと110分くらい」
「……はぁ!? ちょっと、待てって! 110分ってどれだけかかるんだよ!」
「だって、飛べないんだもん」
マリアはいじけたようにそう言う。
「俺が飛べないから遠慮してんのか?」
「違う。私が飛べないの」
「は?」
ならいつもこの距離を歩いてるってのか?
「カーミヤくんを召喚したときに魔力切れになっちゃって、この距離を飛ぶだけの魔力が残ってないの」
はーん、ということは結局俺のせいってことか。
「なんかすまんな、俺のせいで」
「うんん、そんなことないよ」
マリアは振り返って俺を見ると、小さく微笑んだ。その姿は可憐で、それであって弱々しい。触れれば崩れ落ちてしまいそうな感じがする。
「なぁ、空飛ぶ魔法ってなんて言うんだ?」
「遊空魔法のこと?」
「いや、そうじゃなくて。呪文的なやつのこと」
そこまで言い、俺は足を止めた。マリアがダメなら俺が魔法を使ってみよう。
ここに来たんだ。使えないわけが無い。
ぎゅっと拳を握り、俺は真摯な瞳でマリアを見る。
「世界の理よ 我が身を空気とし 流れとせん。これが文言だけど、カーミヤくん使えるの?」
「知るか。やってみなきゃわからねぇ」
「き、危険だよっ」
「関係ねぇ」
口角を釣り上げ、瞳を閉じる。頼む、ちゃんと発動してくれよ……。
「世界の理を 我が身を空気とし 流れとせん」
瞬間、体の中の何かがぐるぐると渦巻く。今まで生きてきた中で働いたことない器官が働こうとしている、そんな印象を持つ。
「グッ……。体が……張り裂け……そうだ」
心臓からは通常の流れで血液が流れ、毛細血管からは血液が逆流していく。そして各器官で血液がぶつかり合う。流れるはずの血液が滞り、各器官が破裂しそうになる。
「解除して!」
マリアが緊迫した声で叫ぶ。
「ど、どうやっ……て?」
血反吐を吐きながら、掠れた声で訊く。
「解除って言えばいいの! それだけだから早く!!」
「か……解除……ッ」
瞬間、俺の体を渦巻いていた何かは消え去り、逆流していた血液も通常の動きを取り戻し始めた。
「……ゲホッ……ゲホッゲホッ」
しかし、突然血液の流れがコロコロと変わったならば体はそれに耐えられるはずがない。
こみ上げてくる血を反吐としてそのまま吐き捨てる。生える若草の上に毒々しいほど赤い血の華が咲く。
「く、くっそ……。俺じゃ……ダメなのか……」
整わない呼吸の中、俺は血の味が残る唾を飲みながら告げる。
「文言、間違ってた」
「マジで?」
「うん。世界の理よ、なのに世界の理をって言ってた」
「マジか……。だから失敗したのかな」
体の中にたまる空気を吐き捨て、新たに空気を吸い込む。
恐怖はある。先ほど、血を吐くまでの恐怖を体験したばかりなのだ。でも、ビビってもいられない。ここは……、やるしかないんだ。
「世界の理よ 我が身を空気とし 流れとせん」
見つめるマリアはダメと叫んでいる。しかし関係ない。やるかやらないかなのだから。
俺の体に先ほどと同じく、何かがぐるぐると渦巻き始めた。しかし、今回は少し違う。体が張り裂けるようなそんな、血反吐を吐くようなそんな感覚にならない。代わりに、臓器が浮くような感覚を覚える。
よし、これは……いけるっ!
吐き気を催さないと言えば嘘になるだろう。はじめての感覚なのだから。でも、我慢出来ないそれでは無い。俺は、より一層集中力を高め空を飛ぶというイメージを強める。
瞬間、俺の体は存在するはずの重力に逆らい、宙に浮き始めた。
おぉ……。言葉にならない感情が生まれる。空を飛ぶ。これは地球にいる人なら1度は夢見たことだろう。だが、俺はそれを体現している。
「ほんとに……カーミヤくんって何者なの?」
驚きを通り越して、笑うしか出来ないのだろうか。マリアは何とも表現し難い笑顔を浮かべて宙に浮く俺に投げかける。
「俺は俺だ」
「哲学みたい」
「それは違う」
上昇し続ける俺は下から声をかけてくるマリアにそう答える。
「って、それよりもこれどうやって止まるんだ?」
「後はイメージ力で何とかなるわ」
そんな基本的なことも知らない人がどうして、こうも簡単に魔法を発動させることができるのだろうか。
そう言いたげな表情で俺を見るマリアを一瞥し、俺はイメージ力を高める。
まずは……、宙に停滞するイメージだ。
空中で止まっている自分を想像しようとするも、経験をしたことがない故に、はっきりとイメージが定まらない。
くっそ……。何でだよ……。
イメージしようとすればするほど、固定概念が邪魔をして空中に浮かぶということ自体がおかしいものだと思い始めてしまう。すると、空に向かって上昇を続けていた体が段々と下降を始めてしまう。
マズイ──このままじゃ落ちる。
そう判断し、俺は宙に停滞するイメージをすることを諦めた。そして、空を飛ぶ、というイメージをする方へと思考をシフトさせる。
これなら鳥とか見てるし、何とかなるはずだ。
その考えは間違っておらず、下降気味だった体はある一定の場所で止まり、前方へと進もうとしていた。
「よしっ」
小さく洩らしてからイメージする。鷹が獲物を狙い、捕獲する瞬間を──。
それを自身に当てはめ、急降下しマリアの腕を掴む。そして急上昇──といっても二メートルも浮上してない──をして口を開く。
「どっちに行けばいい?」
「このまま真っ直ぐよ」
マリアは指で前方を指しながら答える。
よしっ、マリアに聞こえるか聞こえないかという程の小さな声でそう言うとイメージをさらに強める。
少しでもイメージを弱めると、大地へ落ちてしまう、そんな気がしたからだ。
飛べ……。飛べ……。
翼を憧れた人類は、魔法という名の翼を手に入れ、空を手に入れた。地球であればそんな風に報道されるのではないか。
空を飛んでから10分程が経った頃だ。ようやく飛ぶことにも慣れ、余裕が出てきた。
だからなのか、そんな無関係なことが脳裏をよぎる。
「なあ、まだなのか?」
このまま余計なことを考えていれば、落ちてきまうのではないかという不安をかき消すためにもそう訊く。
俺に掴まれたまま、宙ぶらりんになっているマリアは目を細め遠くを見るようにしてから、少し掠れた声で答える。
「あとちょっと……かな」
「そうか」
マリアの言うあとちょっとがどれくらいかは分からない。でも、110分もかかるってことはないだろう。
ラストスパートだ。
そう思い、少しスピードを上げるイメージをした。
***
5分程飛んだ頃、視界の遠い部分に赤茶色の建物が映った。ほのかに霞んで見えるそれは、まだかなりの距離があるというのに大きいと感じられた。
実物見るとでかいんだろうな……。
そんな感想を抱きながら飛ぶこと数分。俺とマリアは赤茶色の壁面を持つ東京駅のような寮の前にいた。
「こ、これが寮なのか?」
「うん」
マリアは至って普通のテンションで答える。しかし、改めて見直しても寮には見えない。というより、デパートなどと聞いた方がまだ幾分か信用できる。
それほどまでに寮とはかけ離れたものなのだ。
「あ、戻ってらっしゃいましたの?」
ちょうどその時、玄関口だと思われるすりガラスが付けられた扉が開き、声がした。
お婆さんだなと瞬時に判断できる声音である。
「はい、ただいま戻りました。フフ寮母」
マリアは別段畏まった口調というわけでもないが、それでもどこか難くなった言い回しで挨拶をする。
「寮母?」
「ええ、わたくしがここの寮母フフでございます」
慣れた動作で頭を下げるフフ。紺色の布地に服の端々に白のフリルが付いた典型的なメイド服を着込む、50歳過ぎの女性フフは緑色の瞳を俺に向けて赤いグロスの塗られた唇を釣り上げて言う。
「カーミヤ様でございますね?」
「そうだ」
「口の聞き方がなってませんね?」
「てめぇに──」
「咲け」
関係あるのか、そう言いかけた瞬間、それより先にフフが右手のひらを俺に向け、そう言った。刹那、俺の制服の上にコスモスのような花が咲いた。
「なんだこれ?」
「あ、謝っときなさい!」
服の上に咲いたコスモスに視線を落とす俺にマリアは必死の形相でそう言ってくる。
「んで俺が謝らなきゃならねぇ?」
「そういった方で良かったです──散れ!」
フフはそう言いながら指を鳴らした。瞬間、服の上に咲いたコスモスの花弁1枚1枚が小爆発を起こしながら散った。
「……ぐはっ」
制服が焼ける……。焼け落ちた一部が肌に触れて……熱い……。
爆煙に紛れながら俺は、若草が生え並ぶ大地に膝をつく。
「や、やりすぎですよ……」
マリアが心配そうな声音を上げる。
「やっぱり同居人の怪我具合は心配かい?」
「ど、同居人なんて……私は認めてません」
「でも、引越しは済んでるよ?」
フフは楽しげにそう告げる。対してマリアは何とも言えない表情でフフを見る。
「あら、何か言いたそうね?」
「べ、別に……。そんなことは……」
あいつらしくないな……。そう感じながら、少し痺れるような痛みがある体に、動けと命令を出す。
「あー、痛かった」
そしてそう言いながら、俺は立ち上がる。
「う、嘘……でしょ?」
戸惑うマリアに、フフはそうなることを予想していたかのような笑顔で俺を見る。
「やっぱりね」
そして蠱惑的な声でそう言う。
「何がだよ」
「あ、またそんな口の聞き方」
フフはそう言うと、目にも止まらぬ速さで俺の真横まで移動してきて、首を掴む。
「言い直してみる?」
「……はぁ? ざけん──痛っ、痛いって!」
瞬間、首を掴む力が強くなり今にも折れてしまいそうな気がした。
「す、すまんッ」
「すまん?」
優しそうな声でどんどんと俺を追い詰めていく。
「す、すいません」
「よろしい」
満足気な笑顔を浮かべたフフは俺の首から手を離し、背を向ける。
今なら反撃ができるか?
そう考えた瞬間──
「反撃なんて馬鹿な考えはしないとは思いますが、忠告を。カーミヤくん、あなたの行動は単純ですので、読めますよ?」
そして寮の門の前まで行くと、こちらに振り返り、再度口を開いた。
「詳しい話は中で行いますので、どうぞ入ってください」
こうしてフフは俺とマリアを寮の中へと誘うのであった。
俺の渡された時間割りを確認したところ、マリアの今日の授業は召喚魔法演習で終わりらしい。
だからマリアは学生寮に帰るしかないのだ。
「なぁ、ここ広すぎじゃねぇ?」
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東京ドーム何個分とかっていう表現を良くするが、それに合わせて言うならば学院の全領地は東京ドーム10個分はゆうにあると考えられる。
「学校なんだし……普通じゃないかしら」
死んだ魚ような目を前方に向けながら、マリアは虚ろな声で答える。
「まぁ、そうだけど……。広すぎだろ」
校舎を出てから既に15分経っているが、それでも学生寮は見えてこないのだ。
だが、時折見える授業風景を見ればこの広さは妥当なのかもしれないと思える。広範囲魔法の授業なのだろう。直径1メートルほどの大きな魔法陣を描き、そこから炎柱を上げる授業。狙撃魔法というべきなのか、小さな氷柱を5メートルほど離れた、小さな標的に当てるといった授業など、大掛かりなものが多いのだ。
「とにかく、あとどれくらい歩けば着くんだ?」
遠くで行われている授業風景から視線を外し、前方に向けた俺は少し前を歩くマリアの背中にそう投げた。
「このままだったらあと110分くらい」
「……はぁ!? ちょっと、待てって! 110分ってどれだけかかるんだよ!」
「だって、飛べないんだもん」
マリアはいじけたようにそう言う。
「俺が飛べないから遠慮してんのか?」
「違う。私が飛べないの」
「は?」
ならいつもこの距離を歩いてるってのか?
「カーミヤくんを召喚したときに魔力切れになっちゃって、この距離を飛ぶだけの魔力が残ってないの」
はーん、ということは結局俺のせいってことか。
「なんかすまんな、俺のせいで」
「うんん、そんなことないよ」
マリアは振り返って俺を見ると、小さく微笑んだ。その姿は可憐で、それであって弱々しい。触れれば崩れ落ちてしまいそうな感じがする。
「なぁ、空飛ぶ魔法ってなんて言うんだ?」
「遊空魔法のこと?」
「いや、そうじゃなくて。呪文的なやつのこと」
そこまで言い、俺は足を止めた。マリアがダメなら俺が魔法を使ってみよう。
ここに来たんだ。使えないわけが無い。
ぎゅっと拳を握り、俺は真摯な瞳でマリアを見る。
「世界の理よ 我が身を空気とし 流れとせん。これが文言だけど、カーミヤくん使えるの?」
「知るか。やってみなきゃわからねぇ」
「き、危険だよっ」
「関係ねぇ」
口角を釣り上げ、瞳を閉じる。頼む、ちゃんと発動してくれよ……。
「世界の理を 我が身を空気とし 流れとせん」
瞬間、体の中の何かがぐるぐると渦巻く。今まで生きてきた中で働いたことない器官が働こうとしている、そんな印象を持つ。
「グッ……。体が……張り裂け……そうだ」
心臓からは通常の流れで血液が流れ、毛細血管からは血液が逆流していく。そして各器官で血液がぶつかり合う。流れるはずの血液が滞り、各器官が破裂しそうになる。
「解除して!」
マリアが緊迫した声で叫ぶ。
「ど、どうやっ……て?」
血反吐を吐きながら、掠れた声で訊く。
「解除って言えばいいの! それだけだから早く!!」
「か……解除……ッ」
瞬間、俺の体を渦巻いていた何かは消え去り、逆流していた血液も通常の動きを取り戻し始めた。
「……ゲホッ……ゲホッゲホッ」
しかし、突然血液の流れがコロコロと変わったならば体はそれに耐えられるはずがない。
こみ上げてくる血を反吐としてそのまま吐き捨てる。生える若草の上に毒々しいほど赤い血の華が咲く。
「く、くっそ……。俺じゃ……ダメなのか……」
整わない呼吸の中、俺は血の味が残る唾を飲みながら告げる。
「文言、間違ってた」
「マジで?」
「うん。世界の理よ、なのに世界の理をって言ってた」
「マジか……。だから失敗したのかな」
体の中にたまる空気を吐き捨て、新たに空気を吸い込む。
恐怖はある。先ほど、血を吐くまでの恐怖を体験したばかりなのだ。でも、ビビってもいられない。ここは……、やるしかないんだ。
「世界の理よ 我が身を空気とし 流れとせん」
見つめるマリアはダメと叫んでいる。しかし関係ない。やるかやらないかなのだから。
俺の体に先ほどと同じく、何かがぐるぐると渦巻き始めた。しかし、今回は少し違う。体が張り裂けるようなそんな、血反吐を吐くようなそんな感覚にならない。代わりに、臓器が浮くような感覚を覚える。
よし、これは……いけるっ!
吐き気を催さないと言えば嘘になるだろう。はじめての感覚なのだから。でも、我慢出来ないそれでは無い。俺は、より一層集中力を高め空を飛ぶというイメージを強める。
瞬間、俺の体は存在するはずの重力に逆らい、宙に浮き始めた。
おぉ……。言葉にならない感情が生まれる。空を飛ぶ。これは地球にいる人なら1度は夢見たことだろう。だが、俺はそれを体現している。
「ほんとに……カーミヤくんって何者なの?」
驚きを通り越して、笑うしか出来ないのだろうか。マリアは何とも表現し難い笑顔を浮かべて宙に浮く俺に投げかける。
「俺は俺だ」
「哲学みたい」
「それは違う」
上昇し続ける俺は下から声をかけてくるマリアにそう答える。
「って、それよりもこれどうやって止まるんだ?」
「後はイメージ力で何とかなるわ」
そんな基本的なことも知らない人がどうして、こうも簡単に魔法を発動させることができるのだろうか。
そう言いたげな表情で俺を見るマリアを一瞥し、俺はイメージ力を高める。
まずは……、宙に停滞するイメージだ。
空中で止まっている自分を想像しようとするも、経験をしたことがない故に、はっきりとイメージが定まらない。
くっそ……。何でだよ……。
イメージしようとすればするほど、固定概念が邪魔をして空中に浮かぶということ自体がおかしいものだと思い始めてしまう。すると、空に向かって上昇を続けていた体が段々と下降を始めてしまう。
マズイ──このままじゃ落ちる。
そう判断し、俺は宙に停滞するイメージをすることを諦めた。そして、空を飛ぶ、というイメージをする方へと思考をシフトさせる。
これなら鳥とか見てるし、何とかなるはずだ。
その考えは間違っておらず、下降気味だった体はある一定の場所で止まり、前方へと進もうとしていた。
「よしっ」
小さく洩らしてからイメージする。鷹が獲物を狙い、捕獲する瞬間を──。
それを自身に当てはめ、急降下しマリアの腕を掴む。そして急上昇──といっても二メートルも浮上してない──をして口を開く。
「どっちに行けばいい?」
「このまま真っ直ぐよ」
マリアは指で前方を指しながら答える。
よしっ、マリアに聞こえるか聞こえないかという程の小さな声でそう言うとイメージをさらに強める。
少しでもイメージを弱めると、大地へ落ちてしまう、そんな気がしたからだ。
飛べ……。飛べ……。
翼を憧れた人類は、魔法という名の翼を手に入れ、空を手に入れた。地球であればそんな風に報道されるのではないか。
空を飛んでから10分程が経った頃だ。ようやく飛ぶことにも慣れ、余裕が出てきた。
だからなのか、そんな無関係なことが脳裏をよぎる。
「なあ、まだなのか?」
このまま余計なことを考えていれば、落ちてきまうのではないかという不安をかき消すためにもそう訊く。
俺に掴まれたまま、宙ぶらりんになっているマリアは目を細め遠くを見るようにしてから、少し掠れた声で答える。
「あとちょっと……かな」
「そうか」
マリアの言うあとちょっとがどれくらいかは分からない。でも、110分もかかるってことはないだろう。
ラストスパートだ。
そう思い、少しスピードを上げるイメージをした。
***
5分程飛んだ頃、視界の遠い部分に赤茶色の建物が映った。ほのかに霞んで見えるそれは、まだかなりの距離があるというのに大きいと感じられた。
実物見るとでかいんだろうな……。
そんな感想を抱きながら飛ぶこと数分。俺とマリアは赤茶色の壁面を持つ東京駅のような寮の前にいた。
「こ、これが寮なのか?」
「うん」
マリアは至って普通のテンションで答える。しかし、改めて見直しても寮には見えない。というより、デパートなどと聞いた方がまだ幾分か信用できる。
それほどまでに寮とはかけ離れたものなのだ。
「あ、戻ってらっしゃいましたの?」
ちょうどその時、玄関口だと思われるすりガラスが付けられた扉が開き、声がした。
お婆さんだなと瞬時に判断できる声音である。
「はい、ただいま戻りました。フフ寮母」
マリアは別段畏まった口調というわけでもないが、それでもどこか難くなった言い回しで挨拶をする。
「寮母?」
「ええ、わたくしがここの寮母フフでございます」
慣れた動作で頭を下げるフフ。紺色の布地に服の端々に白のフリルが付いた典型的なメイド服を着込む、50歳過ぎの女性フフは緑色の瞳を俺に向けて赤いグロスの塗られた唇を釣り上げて言う。
「カーミヤ様でございますね?」
「そうだ」
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「てめぇに──」
「咲け」
関係あるのか、そう言いかけた瞬間、それより先にフフが右手のひらを俺に向け、そう言った。刹那、俺の制服の上にコスモスのような花が咲いた。
「なんだこれ?」
「あ、謝っときなさい!」
服の上に咲いたコスモスに視線を落とす俺にマリアは必死の形相でそう言ってくる。
「んで俺が謝らなきゃならねぇ?」
「そういった方で良かったです──散れ!」
フフはそう言いながら指を鳴らした。瞬間、服の上に咲いたコスモスの花弁1枚1枚が小爆発を起こしながら散った。
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制服が焼ける……。焼け落ちた一部が肌に触れて……熱い……。
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「や、やりすぎですよ……」
マリアが心配そうな声音を上げる。
「やっぱり同居人の怪我具合は心配かい?」
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「でも、引越しは済んでるよ?」
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「あら、何か言いたそうね?」
「べ、別に……。そんなことは……」
あいつらしくないな……。そう感じながら、少し痺れるような痛みがある体に、動けと命令を出す。
「あー、痛かった」
そしてそう言いながら、俺は立ち上がる。
「う、嘘……でしょ?」
戸惑うマリアに、フフはそうなることを予想していたかのような笑顔で俺を見る。
「やっぱりね」
そして蠱惑的な声でそう言う。
「何がだよ」
「あ、またそんな口の聞き方」
フフはそう言うと、目にも止まらぬ速さで俺の真横まで移動してきて、首を掴む。
「言い直してみる?」
「……はぁ? ざけん──痛っ、痛いって!」
瞬間、首を掴む力が強くなり今にも折れてしまいそうな気がした。
「す、すまんッ」
「すまん?」
優しそうな声でどんどんと俺を追い詰めていく。
「す、すいません」
「よろしい」
満足気な笑顔を浮かべたフフは俺の首から手を離し、背を向ける。
今なら反撃ができるか?
そう考えた瞬間──
「反撃なんて馬鹿な考えはしないとは思いますが、忠告を。カーミヤくん、あなたの行動は単純ですので、読めますよ?」
そして寮の門の前まで行くと、こちらに振り返り、再度口を開いた。
「詳しい話は中で行いますので、どうぞ入ってください」
こうしてフフは俺とマリアを寮の中へと誘うのであった。
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