異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった

リョウ

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第2章 国立キャルメット学院の悲劇

動き出す因子

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 私はモモリッタ。国全体で見ても珍しい魔法適正を持っているため、クラスの中での立場は上にある。そして、今回の対抗戦では重要な模擬戦争に出場することが決まった。

 ここだけを見れば順風満帆に見えるだろう。傍から見れば間違いなくそうなのかもしれない。貴族でも無い、平民出の私がここまでの立場を確立しているのだ。しかし、私にとってはそうではなかった。立場を保つのも必死だし、今日だって桁違いの能力に疎外感すら覚えた。

「どうせ平民って言われるんだろうな」

 各部屋に最初からある簡易のベッドと、机しかない部屋。私以外誰もいないこの部屋では、独り言ですら反響する。
 悔しさが込み上げる。どうすれば、貴族の息子や娘に太刀打ちできるのか。
 そんなことを考えながら、窓から外を見る。妖しく光を放つ紫色の月を見る。

「半月か」

 半分しか見えていない状態の月に薄い笑みを零し、私はベッドに腰をかけた。

「どうすればあんな魔法使えるようになるのよ」

 無意識のうちに零れた言葉。嫉妬にまみれた声は、自分のとは思えないほどに嗄れていた。
 自分の手に視線を落とし、何度か閉じたり開いたりを繰り返す。

 小さな氷塊が現れるイメージを浮かべる。瞬間、青白い光とともに掌にイメージ通りの氷塊が現れる。

「素晴らしいっ!!」

 聞き覚えのない声が耳朶を打つ。声は部屋自体から聞こえたように思え、声の主の場所を特定できない。

「誰ッ!?」

 できるだけ力を込めた声を放ち、腰を上げる。右手を前方へと突き出し、いつでも魔法を放てる準備を整える。
 どこにいるの?
 私以外誰もいないはずの部屋からの声に、不安や恐怖を覚えながら部屋全体を見渡す。

「物騒な真似はやめてくださいな」

 声と同時に出入口になる扉の前に亀裂が入ったように見えた。亀裂は広がり、空間自体が歪み出した。そして、その空間の狭間のような場所から何かが出てくる。
 あれは……?
 二足歩行をしており、シルエットは人そのものだ。

「夜分遅くに申し訳ありません」

 耳に入るたびに嫌気がさす声。神経を逆なでするようで、冷静さを失いそうになる。どうにかそれを堪え、私は真剣な声色で訊く。

「あなたは誰? どうしてここにいるの?」

 戦闘態勢は解除せず、いつでも魔法を放てるように準備は整えている。

「私の名前はイグニティ」

 名を告げるや、その者の姿がばっちりと視界に収まる。
 青色のかかった髪は長く、右目においては完全に隠れて見えやしない。見えている左目は、青紫色の瞳がしっかりと私を捉えている。接近戦になれば確実に私が負けると言えるほどに、鍛え抜かれた体。

「扉が開いてて、たまたま無詠唱で魔法を使っているところが見えたんですよ」

 開きっぱなしになっている扉を指さし、イグニティは言う。

「うそ? 私、閉めたと思うんだけど」

 どう記憶をたどっても扉は閉めたはず。だが、今その扉は開いている。それも人が一人も通れない程度で、だ。

「覗いてたってこと?」

 大きな開きではない以上、私が魔法を使っていたところを見るには覗くしかないはず。

「そういうことになりますね。でも、それは光が見えたからですよ?」

 少し慌てたように弁明を始めるイグニティ。

「光?」

「はい。青白い光です」

 私が小さな氷塊を出したときに出た光の色とマッチしている。なら、この人は嘘を言っていないのか?
 僅かに開いた扉に、漏れた青白い光。点が線になったような気がした。そこで私は、彼の言葉を信じた。

「それなら仕方ないね」

 自分の失敗だったのに詰め寄ってしまった彼に、申し訳なさを抱きながら頬を掻く。

「いえいえ、私も夜に女性の部屋を覗くなんて行為をしてしまい、誠に申し訳ございません」

 イグニティは貴族っぽく深々と頭を下げる。平民の自分にそのような行動が向けられることが、こそばゆくも、嬉しくもあった。なんだか自分までもが貴族になったような、そんな気分になれたのだ。

「でもおかしいですね」

「何がですか?」

 イグニティは首を傾げながらそう零した。しかし、私は彼が何に対しておかしい、と感じているのか理解できずに聞き返す。

「無詠唱で魔法を発動させられる方なのに、名前を知らないなって思いまして」
 
 ド忘れしたのかな、とまで加えて悩んだ様子を見せるイグニティ。そんな彼に、私は嘲笑を浮かべた。

「知るわけないですよ」

「どうして?」

「それは――私が平民だから」

 貴族間では社交界とかいうものがあるらしく、そこで将来有望な子に唾をつけたりしてるらしい。リゼッタ様なんて、そのいい例だろう。王宮魔法兵団――国に仕える魔法に長けた兵士が所属している集団――に内定しているって噂があるくらいだ。
 社交界での様子は外部に伝えられる訳では無い。しかし、誰が有望だとかなんだとかは噂となり平民の間にも流れる。
 だが、平民の情報など誰も欲しない。たとえかなりの力を持っているとしても、噂にはならない。いや、平民が噂をしないのだ。

「平民でその実力は素晴らしいです! しかし、それほどの実力があれば噂されたでしょうに」

 そう口にしてからイグニティは、ハッとした表情を浮かべた。
 自分の失言に気づいたのだろう。そして、その事に気づくのが遅い時点で平民ではない。

「そうです。変に力があると知られ、貴族に何か危害を加えられては困るので」

 私の言葉に何と返すべきか悩んでいるのだろう。イグニティは口を開けかけたり、閉じたりしている。それを数回繰り返すと、彼は射抜くように私を見る。その眼力に、思わず背筋が伸びる。

「力が欲しくはありませんか?」

「えっ?」

「あなたは力があります。しかし、今のままでは勝てない人もいると思います。だがら、もっと力が欲しくないですか?」

 リゼッタ様はもちろん。ガース様やマレア様、それから転校生のコータくんの足元にも及ばない。どうして私が模擬戦争に選ばれたんだろう。

「力はあればいいと思う。でも、人から貰うのは本当の力だとは思えない」

 才能の違いは少なからずあるだろう。でも、それでも平民出の人だってやれば出来るって所を見せたい。その為にも、もっともっと努力しないといけない。

「そうですか。ですが、私はあなたには力が必要だと考えています」

「そうかも」

 魔法障壁が施された床を抉るほどの炎魔法。水と炎の融合魔法に、圧倒的破壊力を誇る水魔法。それから制御不能の風魔法。あんなの見せられて力が要らないなんて言えない。

「だから私はあなたにこれを渡しておきます」

 そう言うや、イグニティは懐から紫色の光を放つ鉱石のようなものを取り出した。

「それは?」

「魔石です」

「魔鉱石じゃないの?」

 発掘師が持ち帰る魔鉱石によく似ている。しかし、イグニティはそれを否定した。

「少し違います。これは魔鉱石の核の部分だけを摘出したものです」

「核の部分? 何が違うの?」

「込められた魔力の純度が違います。魔石のほうが圧倒的に強く、付与魔法をかけるのにも適しています」

 純度が高いだの、なんだの。平民出の私にはよく分からないことだらけだ。でも、凄いものだってのはわかった。付与魔法なんてものは、王宮魔法兵団にいる人でも数人しか使えないと聞いている。

「こんなの貰えませんよ」

「いえ、貰ってください。女性の部屋を覗いてしまったお詫びとして受け取ってもらって結構ですので」

 高価であろうはずの魔石をグイグイと私に差し出すイグニティ。少し違和感を覚えたが、お詫びと言われれば断る理由もなくなってしまう。

「じゃ、じゃあ受け取るだけ、受け取らせて頂きます」

「はい。一応使い方としては、飲み込んでくださいね」

「の、飲み込む!?」

「はい。口からゴクッと飲み込んでください。そうすれば、秘められし力が解放されます」

 イグニティの言葉を受けながら、私は握らされた魔石に視線を落とす。直径三センチほどで、小石というイメージがピッタリだろう。
 これにそんなすごい力が……。
 どれほどまじまじと見たところで、私にはその凄さが分からない。

「それでは、私は帰りますね。おやすみなさい、良い夢を」

 イグニティは恭しく頭を下げ、私の部屋から出ていった。


 * * * *

 モモリッタの部屋の扉がバタン、と閉じる。それと同時にイグニティは首を回す。

「クソだりぃ。なんでオレサマがこんなことしなきゃならんのだ」

 足早にモモリッタの部屋の前から立ち去りながら、溜息をこぼす。

「おかげで助かった。これで彼らにとって不安要素を与えることが出来ました」

 新たな声と共に、空間から人が現れる。イグニティが登場した時のように、空間に亀裂が入っている。現れた人はカイゼルひげを生やした猫背の男性。

「先生が聞いて呆れるぜ」

 どこからどう見ても、この学院で教鞭をとっているインタルだ。イグニティは渇いた笑みを浮かべながらインタルを見る。

「軽口を叩く暇があるなら、変装の練習をしなさい」

 冷え切った目でイグニティを見てから、インタルはイグニティの額に指を置いた。
 そこには人間にはあるはずのない代物――黒曜石のような硬そうな角が生えているのだ。

「髪を長くして正解でしたね」

「そうだな。だが、あいつで良かったのか?」

「というと?」

「光見た後に覗いたって無詠唱かどうかわかるはずないのにさ、あいつ信じたんだぜ?」

「それは問題ないですよ。それくらいの子の方が使ってくれますから」

 不敵に微笑み、インタルはイグニティを見る。イグニティは満足げに笑うと、空間の中に姿を消した。
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