59 / 146
第三章
ロナルドからの申し出
しおりを挟む
「ん……は……ケル…」
「まだですよ」
それは一度で終わらず、ケルトは何度も角度を変えてアレクの唇をふさぎ続ける。少し苦しそうに眉を寄せるアレクの瞳は徐々に熱を帯びて潤み、最後は受け入れるようにそっとまつげを閉じた。
ロナルドはドアの隙間から信じられない思いでそんなアレクをみつめる。ドクドクと鼓動は大きな音を立て、無意識に握りしめた手は小刻みに震えていた。
いくらケルトが従者であったとしても、バレリアの呪力に影響された人間をアレクが受け入れるはずがないと思っていた。それなのに目の前で起きているこれはいったいなんなのだ。
なぜアレクは受け入れる? ケルトが好きなのか? だから一緒に住まわせてくれと頼んだのか? 毎晩こうして口づけを交わすために? まさか自分のいない間にもこんなことを?
次から次へとわいてくる疑念がロナルドの心を蝕んでゆく。それは嫉妬にほかならず、胸を締めつけるその痛みに奥歯を噛みしめロナルドはそっとその場を後にした。
翌朝――
小鳥のさえずりを聞きながら、キッチンに肩を並べて立つロナルドとケルトの背中をダイニングテーブルにひとり腰かけ、困った顔でみつめるアレクの姿があった。
ロナルドはアレクを家に招き入れたことによって、使用人に休暇を与えた。
ロナルドによればもともと家事は嫌いではないし自分でやることも多かったから問題ないというが、きっと使用人に気兼ねせずにここで過ごせるように、自分に気を遣ってくれたのだろうとアレクは思う。
そのぶん家事をこなさなければならないわけだが、そこで問題が発生したのである。アレクの食事作りに関してロナルドもケルトも両者ともに譲らず、結果ふたりで分担しながら作ることになってしまったのだ。
「アレク。きみは熱が下がったばかりだろう。もう動いて大丈夫なのかい?」
腕まくりをしてキッチンに立ち、パンを切り分けながらロナルドが問いかける。その隣ではケルトが鼻筋にしわを寄せながらサラダを作り始めていた。
「はい。治癒魔法もかけてもらいましたし、大きな怪我などもありませんでしたから。熱さえ下がればあとは大丈夫です」
いまにもロナルドにかみつきそうなケルトと、そんな視線には気づかないフリをして至って穏やかな表情で肩を並べるロナルド。その表情はまったくもって相反するものだ。
爽やかな朝だというのにどこかピリピリとした空気の中、ケルトがちらちらとロナルドの手元を見ながら野菜を切り分け、小さく舌打ちをする。
「おい。アレク様はそのオリーブは好きじゃないんだ。抜けよ」
「そうなのかい?」
「アレク様の好みなら俺が全部知ってる。それよりパラミスを多めに入れろ」
「パラミスね。わかったよ」
張り合うようなケルトの態度にアレクは内心ため息をつく。
自分で作れれば一番よかったのだが、残念ながらアレクははいままで料理をしたことがない。そのうちケルトに料理を教えてもらおうか。そんなことを考えていたときだった。
「アレク。体調がよくなったのなら、きみに頼みたいことがあるんだけどね」
背を向けたままロナルドがそう口にしたのは。
アレクはきょとんとした顔でその背中を見つめる。
「はい。なんでしょうか」
「マーリナスの容体が気になるだろう? 見舞いにいきたいだろうが、かといってきみが外に出歩くのは容認しできないし、俺もいまは忙しくてなかなか時間が取れない」
「はい……」
アレクはそっとまつげを伏せる。
マーリナスの現状はケルトから聞いていた。聞いたときは心臓がつぶれるかと思ったし、想像したら体中が震えた。
傷は完治したというが、やはり問題はゴドリュースだろう。あの毒に侵されて一命を取り留めたことは奇跡に近いが、いまや解毒剤は容易に手に入らない。
大丈夫なのだろうか。
不安に胸を押しつぶされる思いで、いますぐにでもマーリナスのもとへ駆けだしたかったが、アレクはその衝動をなんとか抑えこんだ。住む場所が変わってもマーリナスと交わした約束は守るべきだと思ったからだ。
衝動的に飛び出して呪いが発動してしまったら、ロナルドの管理責任が問われる。マーリナスの代わりに面倒をみてくれているのに、そんな迷惑はかけられない。
だからこそアレクはロナルドの帰りを待ちわびた。ロナルドが付き添ってくれれば、マーリナスのもとにいけると思っていたからだ。
だけど昨日は激務で疲れて帰ってきたばかりのロナルドに休む暇を与えず、そんなことを頼むのは酷だと思っていいだせなかった。
一体いつになったらマーリナスに会えるのだろうか。
わがままをいえる立場じゃないのはわかっている。だからこそ、もどかしい。
そんなアレクの胸にロナルドから突き立てられた言葉はひとつひとつ重くのしかかる。
「自宅に帰ってくることも難しくてね」
「はい……」
「きみの仕事をみてあげることも難しい」
「はい……」
「だから」
ロナルドはできあがったパラミスのサンドイッチを皿に綺麗に盛り付けると、アレクを振り返りテーブルの上にことりと置いて言葉を重ねた。
「俺と一緒に働いてみないかい」
「まだですよ」
それは一度で終わらず、ケルトは何度も角度を変えてアレクの唇をふさぎ続ける。少し苦しそうに眉を寄せるアレクの瞳は徐々に熱を帯びて潤み、最後は受け入れるようにそっとまつげを閉じた。
ロナルドはドアの隙間から信じられない思いでそんなアレクをみつめる。ドクドクと鼓動は大きな音を立て、無意識に握りしめた手は小刻みに震えていた。
いくらケルトが従者であったとしても、バレリアの呪力に影響された人間をアレクが受け入れるはずがないと思っていた。それなのに目の前で起きているこれはいったいなんなのだ。
なぜアレクは受け入れる? ケルトが好きなのか? だから一緒に住まわせてくれと頼んだのか? 毎晩こうして口づけを交わすために? まさか自分のいない間にもこんなことを?
次から次へとわいてくる疑念がロナルドの心を蝕んでゆく。それは嫉妬にほかならず、胸を締めつけるその痛みに奥歯を噛みしめロナルドはそっとその場を後にした。
翌朝――
小鳥のさえずりを聞きながら、キッチンに肩を並べて立つロナルドとケルトの背中をダイニングテーブルにひとり腰かけ、困った顔でみつめるアレクの姿があった。
ロナルドはアレクを家に招き入れたことによって、使用人に休暇を与えた。
ロナルドによればもともと家事は嫌いではないし自分でやることも多かったから問題ないというが、きっと使用人に気兼ねせずにここで過ごせるように、自分に気を遣ってくれたのだろうとアレクは思う。
そのぶん家事をこなさなければならないわけだが、そこで問題が発生したのである。アレクの食事作りに関してロナルドもケルトも両者ともに譲らず、結果ふたりで分担しながら作ることになってしまったのだ。
「アレク。きみは熱が下がったばかりだろう。もう動いて大丈夫なのかい?」
腕まくりをしてキッチンに立ち、パンを切り分けながらロナルドが問いかける。その隣ではケルトが鼻筋にしわを寄せながらサラダを作り始めていた。
「はい。治癒魔法もかけてもらいましたし、大きな怪我などもありませんでしたから。熱さえ下がればあとは大丈夫です」
いまにもロナルドにかみつきそうなケルトと、そんな視線には気づかないフリをして至って穏やかな表情で肩を並べるロナルド。その表情はまったくもって相反するものだ。
爽やかな朝だというのにどこかピリピリとした空気の中、ケルトがちらちらとロナルドの手元を見ながら野菜を切り分け、小さく舌打ちをする。
「おい。アレク様はそのオリーブは好きじゃないんだ。抜けよ」
「そうなのかい?」
「アレク様の好みなら俺が全部知ってる。それよりパラミスを多めに入れろ」
「パラミスね。わかったよ」
張り合うようなケルトの態度にアレクは内心ため息をつく。
自分で作れれば一番よかったのだが、残念ながらアレクははいままで料理をしたことがない。そのうちケルトに料理を教えてもらおうか。そんなことを考えていたときだった。
「アレク。体調がよくなったのなら、きみに頼みたいことがあるんだけどね」
背を向けたままロナルドがそう口にしたのは。
アレクはきょとんとした顔でその背中を見つめる。
「はい。なんでしょうか」
「マーリナスの容体が気になるだろう? 見舞いにいきたいだろうが、かといってきみが外に出歩くのは容認しできないし、俺もいまは忙しくてなかなか時間が取れない」
「はい……」
アレクはそっとまつげを伏せる。
マーリナスの現状はケルトから聞いていた。聞いたときは心臓がつぶれるかと思ったし、想像したら体中が震えた。
傷は完治したというが、やはり問題はゴドリュースだろう。あの毒に侵されて一命を取り留めたことは奇跡に近いが、いまや解毒剤は容易に手に入らない。
大丈夫なのだろうか。
不安に胸を押しつぶされる思いで、いますぐにでもマーリナスのもとへ駆けだしたかったが、アレクはその衝動をなんとか抑えこんだ。住む場所が変わってもマーリナスと交わした約束は守るべきだと思ったからだ。
衝動的に飛び出して呪いが発動してしまったら、ロナルドの管理責任が問われる。マーリナスの代わりに面倒をみてくれているのに、そんな迷惑はかけられない。
だからこそアレクはロナルドの帰りを待ちわびた。ロナルドが付き添ってくれれば、マーリナスのもとにいけると思っていたからだ。
だけど昨日は激務で疲れて帰ってきたばかりのロナルドに休む暇を与えず、そんなことを頼むのは酷だと思っていいだせなかった。
一体いつになったらマーリナスに会えるのだろうか。
わがままをいえる立場じゃないのはわかっている。だからこそ、もどかしい。
そんなアレクの胸にロナルドから突き立てられた言葉はひとつひとつ重くのしかかる。
「自宅に帰ってくることも難しくてね」
「はい……」
「きみの仕事をみてあげることも難しい」
「はい……」
「だから」
ロナルドはできあがったパラミスのサンドイッチを皿に綺麗に盛り付けると、アレクを振り返りテーブルの上にことりと置いて言葉を重ねた。
「俺と一緒に働いてみないかい」
1
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる