悪役令嬢は永眠しました

詩海猫

文字の大きさ
上 下
11 / 20

10 挨拶は口先、ではない嘴から

しおりを挟む
因みに修道院といっても閉鎖的なわけではなく、修道女たちは祈りを捧げつつも仕事はするし、中には修行して技術を身につけ、還俗して旅立つ者もいる。
ステルンのように戦力を売る者もいれば刺繍を売る者もいる。
そして売り上げの一部を修道院の運営費として納める必要はあるが、それ以外はどう使おうが本人の自由である。
冒険者、騎士、皇族の家庭教師、王族のお針子など還俗した者たちの就職先は多種多様で、向かった場所も国内から遥か遠い国までと幅広い。
そしてそんな彼女らに共通しているのは「セイクレッド修道院に生かされたことを、ひいてはレーゼライン様への恩義を忘れない」のひと言に尽きる。



そしてそんな彼女らは余裕の出来た収入を惜しげもなくセイクレッド修道院に寄付し、セイクレッド修道院は貧乏知らずだ。
尤も、武力で入門した妻や娘を取り戻そうとする馬鹿は多いので防衛費が異常に高くついてるわけだが、それでもセイクレッド修道院が快適な場所なのは確かだ、特にロザリンダのような立場の女性には。
少なくとも無体な結婚を強いられることはない。

冷静に脳内で小説で読んだ情報とすり合わせをしながら観察するロザリンダと違い、公爵は金魚(にしては可愛くないが)のように口をぱくぱくさせている。
(泡を吹いて倒れたら話が進まないから困__らないかしら、別に)
と非常に薄情な感想を抱くロザリンダを面白そうに見つめて、
「さて、と。もうわかってると思うけど貴女を迎えに来たわ。このアホのお陰で大変だったわねー、セイクレッドの一員として歓迎するわロザリンダ嬢」
そう笑顔で告げるレーゼラインの握る鞭の先で馬鹿その一がぐぇ、と声をあげる。

「五月蝿い、駄馬は黙ってなさい」
「いや、今の呻き声だろ外してやれよ」
「あそっか、ドラゴンに乗ってる間ぎゃーぎゃーうるさかったから閉じといたんだった」
そう言って魔法で口を縛っていたのだろう、レーゼラインは馬鹿その一に視線を向け、無詠唱で魔法を解いた。

「っこ……っ!」
鶏みたいな発声で止まったのはステルンが空かさず剣の切先を馬鹿その一の喉元に突きつけたからだ。
「うるさいって言われたろ?」
口調は優しいが剣先で喉元を突つきながら笑う顔は瞳が笑っていない。
馬鹿その一はもごもごしていた口を慌てて閉じた。

代わりに可愛くない金魚から人面魚、じゃない人に戻った公爵が口を開いた。
「セ、セイクレッド修道院だと……?!」
「あら、知らなかったの?このが手紙を届けに来たからてっきり」
言いながらレーゼラインが胸元から取り出したペンダントトップは鳥籠の形になっており、中に鷹が入っていた。
「カエルム……!」
「ごめんなさいね、ドラゴンと一緒に飛んでくるのは流石に無理だったからちょっとだけここにいてもらったの。今戻すわね」
レーゼラインが手にした鳥籠が光り、籠が光に溶けるとバサリ、と飛び上がったカエルムがロザリンダの肩に降りる。

「ありがとうカエルム。無事で良かったわ」
嬉しそうに頬擦りするロザリンダに目を細め、
「本当に賢い鳥ね。手紙を渡した後はじっと大人しく待ってるし、貴女を迎えにいくにあたってあの鳥籠で我慢して欲しいって言ったら自分から籠に入ってくれたのよ?初対面の人間の魔法で作られた籠に、なんて普通嫌がるのに」
「ふふ、カエルムは特別な鳥なんです。長年の私の相棒ですから」
「そのようね。まあ、その鷹が相棒の貴女とこのトンビ使いじゃあ確かに話にならないわね」
「違うっ!俺が振ってやったんだ!」
ぴき、と青筋が浮かぶレーゼラインとステルンより早く動いたのはカエルムだった。
バサ!と大きな翼を広げ、馬鹿その一に向かって行くとその鋭い嘴で突つき回した。
「うわぁ!」
情けない声で逃げようと身を捩る馬鹿その一にそうはさせまいとレーゼラインは手にした鞭を引く。
結果無様に倒れた馬鹿その一はカエルムの嘴に高速で突つきまわされることになる。

「い、痛た、ロザリンダ、やめさせろ!」
「良い子ねカエルム、もっとつついてやりなさい__二度とその減らず口を聞かなくて済むように」
「な__っ……?!」
驚愕の声を発すると、今度は喉元を狙うカエルムから首と口元を庇うように丸く体を縮めた馬鹿その一は漸くその口を閉じた。
じたばたしてはいたが。
その体制から僅かに覗く目が「なぜ、どうして?」と訴えているのがわかってロザリンダは鼻で笑う。
今までは王太子のことが気に入らないカエルムが威嚇するのをロザリンダが止めていたから信じられないのだろう。

何故今でも私が自分を助けてくれる存在だと思えるのかそっちの方が信じられないが。
(まあ、非常識だからあんな真似が出来たんでしょうけど)
思いつつ、人ではなく鷹の方に話しかける。
「カエルム、戻ってらっしゃい。あなたがお腹を壊したら大変だわ。あまり口にしては駄目よアレはゲテモノなのよ?」
と話しかけるロザリンダの肩にバサリと速攻でカエルムは羽をおろして寛ぐ。

「常識のない存在って怖いわねー」
ロザリンダの考えを読んだかのように呟くレーゼラインに「ええ、全く」と同意を返しながら頷き合うと「親子みたいだな」と呟いたステルンにすかさずレーゼラインが飛びかかる。
必殺の顔面パンチをのけぞって避けたステルンにレーゼラインはすかさず胴蹴りをかます。
それもバックステップで交わしながら、
「おまっ……!突然本気の攻撃かますんじゃねぇ!!」
「誰がこんな大きな娘のいるトシに見えるってんだあぁ?!」
「っ、見えねえよ!お前は十分若い!!ただそこのお嬢さんと思考回路が似てるって意味で言っただけだ!」
「あら__そ」
突然狂犬のよう……、ぶっちゃけガラが悪くなったレーゼラインはあっさり矛を納めた。

小説で読んで知ってはいたけど、嵐のような人だ。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

あなたが捨てた私は、もう二度と拾えませんよ?

AK
恋愛
「お前とはもうやっていけない。婚約を破棄しよう」 私の婚約者は、あっさりと私を捨てて王女殿下と結ばれる道を選んだ。 ありもしない噂を信じ込んで、私を悪女だと勘違いして突き放した。 でもいいの。それがあなたの選んだ道なら、見る目がなかった私のせい。 私が国一番の天才魔導技師でも貴女は王女殿下を望んだのだから。 だからせめて、私と復縁を望むような真似はしないでくださいね?

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

婚約破棄?とっくにしてますけど笑

蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。  さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

処理中です...