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 ◇◇◇

「碧、入るぞ」
「……!?」

 寝てしまっていた。急に皇輝の声がして、皇輝に起こされて、頭が混乱している。
 何しに来た!?

「かっ母さんは」
「丁度良いから買い物行くって。お前が水遊びしないように見張り」
「部活……部活どうしたんだよ」
「普通に終わったけど……お前いなかったらこんなもんだよ」
「兄ちゃんは!?」
「知らないよ、バイトか遊びにでも行ってるんじゃないの」
「何で来た!?」
「お前が休んだからノートとプリント持ってきただけだけど」
「へ」

 ほら、と渡されたのは確かにノートとプリント。
 皇輝のノートはわかりやすい。綺麗に書かれた文字。
 ……後で今日のとこ以外のも印刷しちゃお。

「いや!ていうか!よく僕の部屋これたな!?」
「だって俺が任されたし」
「そうゆー話じゃなくて!」
「じゃあどういう?」
「どっ……!?……!……!!」

 言えるか馬鹿!
 口に出せるか馬鹿!!

 恥ずかしくなってきた、いや最初から恥ずかしかったけど、我慢出来なくなってきた。
 早く帰ってくれ!

「碧さ」
「……っ」
「抜いたでしょ」
「……!?なっ、な、なにっ」
「ティッシュ。片付けなきゃばればれじゃん」
「……ちっ、ちげーし!鼻水だし!鼻水かんだやつだし!」
「いやどう見ても」
「てか皇輝来るなんて知らねーし!ばればれとか言われても!」
「やっぱ抜いてんじゃん」
「~……っ!」

 ゴミ箱のティッシュを顎でさして、言わないでいいことを言ってくる。

 無理。
 こんなんばれるなんて絶対無理。
 昨日の今日でこんなんバレるなんて、昨日のこと思い出しました!って言ってるようなものじゃないか。

「でも仕方ないか」
「は?」
「碧はああいうの知らないもんな、そりゃ思い出しちゃう程刺激強かったかぁ」
「……!ばっ、ばかじゃないのっ!?」
「だって碧童貞じゃん」
「はっ!?ぁ、えっ、なっ、な!」
「どうだった?気持ち良かった?良かったよな?思い出して抜くくらいだし」
「ち、ちが……」
「もっかいやっとく?」
「え、や、やだっ……」

 皇輝がどんどん近付いてきて、息がかかる程近くて、声が、唇が、体温が近くて、思わず肩を叩いてしまった。

「や、えっと……ま、まだ熱、あるし……うつしたら大変だし……その、か、帰って……」
「……おばさんももう帰ってくるだろうし、そうする」

 溜息と共に皇輝が立ち上がった瞬間、玄関が開いた音がした。
 たっだいま~、と兄ちゃんの抜けた声がする。
 ……こんなに兄ちゃんに感謝したことはない、助かった。

「じゃあ学校で。そのノート、ちゃんと持ってこいよ」
「う、うん……」

 躰が熱い。熱が上がってしまったみたいだ。
 ……何だよ、もっかいやっとく?って。お前出来るのかよ、僕と。
 佐倉じゃなくて。

「はー……もうやだ……」

 なにがやだって、だめなのに、皇輝がやってることも最低なのに、近くで見てもかっこよかったって、どきどきしてる自分がいやだ。
 危ない。
 やっとく?ではなく、やりたい、だったら頷いてたかもしれない。
 ……そんな僕の頭がどうかしてる。


 ◇◇◇

「おっはよ!もう体調大丈夫か?」
「んー、熱下がった」
「お前プール入りすぎだよ」
「母ちゃんにも怒られた」
「そら切れるわな」
「今日から入るけど」
「止めとけよ」

 熱が下がり登校。
 正直今日も休みたかったが、プールに入らない選択肢はない。
 友達に止められたが、やはりプールに入らない選択肢はない。

「それにしても今日早くない?いつもぎりぎりじゃん……あ、皇輝と喧嘩した~?」
「えっ」
「家近いからって大体一緒じゃん」

 ぎくりとする。
 確かに今日は避けたくて、いつもより早く家を出た。
 昨日の今日でどんな顔をして会えと?
 無理無理無理無理!
 いっそ皇輝も体調崩して休んでほしい。

「なんだよ~、佐倉と付き合ったからって拗ねてんのか?」
「拗ねてねーし……てかやっぱ付き合うの?」
「なんでお前が知らないんだよ、碧が一番仲良いだろ、聞いてねーの?」
「はっきり付き合うとまでは」
「ふーん、でも昨日は一緒に帰ってるの見たぞ、部活の後」
「……」

 つまり、佐倉と放課後デートをしてから僕の部屋に来たと。
 ……やっぱ最低だな、デートした後に僕にあんなことしようとしたのか。
 何が王子様だ、ケダモノじゃねーか。

 ……もしかして、人魚姫だった前世でも男だったらワンチャンあったのだろうか。
 妊娠しないもんな、女子より手荒く扱えるもんな……
 馬鹿か馬鹿か、そんなこと考えるな、王子様はそんなことしない、王子様は……

「あたまいたい……」
「えーまじ?まだ治ってないんじゃね、保健室行く?帰る?」
「んー、保健室行ってこよかな」
「……お前、早退せずに放課後プール入る気だな?」
「せんせーに保健室行ってくるって言っといてー」

 クラスメイトにそう言い残して、教室から離脱した。

 転校する訳じゃないんだから、いつかは皇輝に会わなきゃいけないのに。
 逃げたら逃げただけ気まずいのわかってるのに。
 ……でも僕が悪いのかって言われたらそうじゃなくない?とも思う。
 あんなことする皇輝が悪い。そうだ、皇輝が悪い。

「頭痛いので寝ていいですか!」
「薬飲んだのか?」
「飲んでないです!」
「熱は?」
「多分ないです!でも昨日休みました!病み上がりなので寝てもいいですか!」
「元気に見えるんだが……」
「頭痛いので!寝ます!」

 保健医の許可を待たずにさっさとベッドに潜り込む。
 眠たい訳ではないけど寝てしまいたい。
 この皇輝でいっぱいの頭をどうにかしてしまいたい。
 それには寝てしまうのが手っ取り早いと思ったのだった。
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