月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

予期せぬ拝謁②

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「何だ、あれは」

 ビルギットの面々がお馴染みの蜃気楼都市の知己達に案内されて門を超えたその時。
 前方彼方の空に奇怪な魔獣が出現した。
 彼らの誰もがソレを魔獣だとは確信しつつ、どう表現して良いものかわからず口を開く者はいなかった。

『!?』

 続いて幾つもの強烈な閃光が生まれ、同時にビル達ですら出会った事がない凄まじい魔力が場に満ちるのが彼らのもとまで届く余波で把握する。
 空に浮く奇妙な膜のような魔獣。
 その下で何が起きているのか、ビルギットにとっては全てが未知だった。

「……何とまあ」

「剣豪ってのもあってビルたちが最初だと思ってたらコレ?」

「あの場所だと一つはもう超えてる、ね」

『!』

 ジエル、レイシー、ロニー。
 既に気心しれた友人たちの言葉でビルらもあの場で何が起きているのかを悟る。
 門番との戦い。
 そう、それは何もビルが知っている場所にしか無い訳ではない。
 違う区画に案内された違う冒険者たちはきっと、ジエル達とは違う都市の住民らと出会っているのだろうから。
 今まさに発生した魔力と衝撃波などは現在のビル=シートをもってしても震えさえ覚える圧倒的な代物。
 あれが門番との戦いなのかと改めて魔獣のいる方向を見ると、もうそこには魔獣の姿はなかった。

「方々が出られた」

「今のは……有幻無実うげんむじつね」

「それに斬鉄扇八房ざんてつせんやつふさもだ。相当な実力者が来てるみたいだね、向こう」

「ふむ……あちらもお客人として案内するようじゃ。しかも二つ目の門だったらしい」

「あら、報酬じゃなく実力でコロシアムまで届くだなんて」

「ビルたちを見てきた僕らとしてはちょっと残念だな」

 蜃気楼都市の住人が驚きを露わにするのは珍しい。
 ビルが記憶している中で最も強烈な驚きを目にしたのはまだ彼がローニンであった頃。
 戦闘スキルをロングソードで放ってみせた時だろうか。
 
(いや、あれには多分に呆れも含まれていた。感嘆するという意味では私はまだ彼らを心底驚かせた事は無いのかもしれない)

 それにしてもだ。
 あの膜のようなマントのような、本当に不思議な魔獣はもはや気配さえ存在していない。
 少なくともビルギットのメンバーは誰も仔細を把握できていないというのに、ジエル達はお互いに頷きつつ驚いている。
 蜃気楼都市が有する精密なネットワーク、情報伝達技術にビルは驚くばかりだった。

「ちょおっと良いかな」

「ん、どうしたのギット」

 おずおずと手を挙げて自分の様子を伺うギットに、ややぼうっとしていたロニーが振り返った。

「話を聞いてると、あの妙な魔獣がいた所で門を実力で突破した誰かがいるって事、だったり?」

「そうみたい。一つ目を突破したその足で二つ目に挑んで、乱入者がいてもお構いなしにおし通ったんだ。しかもこちらの門番と乱入者の命に関わりそうだったから上の方々が止めに入ったって今念話が回ってきた」

『!!』

「貴方たちと同じツィーゲの冒険者だって」

 ゴルゴンのレイシーがアコスとラナイをちらと見ながら情報を補足した。
 自分達の実力を客観的に評価したとして、それでもようやく門をくぐらせてもらったと考えるとツィーゲの冒険者でそこまで桁外れの行動をやってのけるパーティなど一つしかない。
 だがビルは認めたくなかった。
 まさかそこまで実力に差があるなどとは……考えたくなかった。

「アルパイン……それほどか」

 憧れであり、同時にいつかはライバルと呼ばれたい冒険者パーティ。
 どうやらその背中はビルが思う以上に遠いらしかった。

「第一の門は誰が相手をしたんじゃ?」

「アルエレメラのエシュン、昨夜の酒が抜けてなかったとか」

「……またエマが怒るのう。とはいえ加減知らずの小妖精を余力を残して下すか」

「第二は?」

「ミスティオリザードのユースリー」

「ヒューマンの冒険者パーティ、なんだよね?」

「ヒューマン二人にドワーフとエルフが一人ずつ、みたい」

「そこにやさくれたレヴィが乱入して二人ともアウト?」

『レヴィ!?』

 明らかに狼狽した反応を見せたのはアコスとラナイだった。
 無理もない。
 かつてなす術なく殺されかけた記憶が二人の脳裏に蘇る。

「その構成でツィーゲの冒険者で強いときたならもうアルパインしかいないねー」

 ラナイはユニークジョブであるオーシャンズワンの名において海王たちを越えるべき壁としている。
 だからか彼女の口調は他三人ほど悔しそうではなかった。

「ユースリーさん、まともな戦闘能力も高いけどさ。その連中よくあのなんとか波にツーハイケーンみたいな出鱈目技に初見で対応してみせたね。あのアガレスでさえ最初見た時はなんじゃそりゃあって叫んでやられてたのに」

「でも本来冒険者ってのはそういうのこそが得意なんでしょ? 未知の状況と危険から如何に生還し続けるか、が彼らの真価だって聞いたことがあるような無いような…」

「ワシら結構当たりを引いたと思っとったんじゃがなぁ」

 彼方では実力で通過した者がいると知ったばかりの第二の門をジエルたちの先導で通過するビルギット。
 彼らもまた亜空で荒ぶっていた魔獣を無力化した実績があるからこその扱いなのだが、どうも手放しで喜べないビル達。
 先を歩く三人がこれまた歯にきぬ着せない性格だからあけすけに物をいうのも相まって小さくなるビルだがまた一つ明らかに姿を変える蜃気楼都市の様子には興味津々だった。
 中でもラナイは特に熱心に会話に耳を傾け、情報収集に余念がない。
 より多様な種族の姿が見られるようになり闘技場らしき建築物も常に目に入る。
 別に戦う訳では無かろうが今からあそこに行くのだと思うと、戦士であるからかビルは緊張感と不思議な高揚感が身を包むのを感じていた。

「おお。方々はもうおいでか? 報告を出した冒険者たちを連れてきたぞ」

 ジエルが入り口に立つ巨躯のオークに声をかけた。
 同時にビルギットの面々はもう本日何度目になるかわからない絶句を味わっていた。
 冗談でも何でもなく、あの海王のツナのような存在がここには当たり前に存在している。
 入り口を守るオークでさえ少なくともツキノワグリズリーが確かな知性と武技、それにスキルなり魔術なりを駆使する戦士、もしくはそれ以上。
 彼唯一人が相手でも倒れるのはビルギットである確率が相当高い。

「それが少し趣向が変わってな。方々どころか主までがお見えになっている」

『!?』

「?」

 オークの言葉にジエル達が明らかに動揺したのがビルにもわかった。

「ととととと巴様と澪様だけじゃないの!?」

 レイシーが見た事もない緊張で言葉を詰まらせている。
 彼女とそれなりに親しい関係らしいアコスですら目を丸くしている辺り、かなりの珍現象なのだろうとビルは思った。
 何やら急に身だしなみを整え始める様は憧れの君の到来を知った貴族の若い娘のようにも見える。
 
「うむ。識様、環様も御揃いだ。冒険者パーティ『ビルギット』を案内する三名はそのまま同行し内一名は紹介役として御前にも付き添う様に、との事だ」

「はい僕辞退! 辞退しました!」

 ロニーが背の白翼の無意味にばっさばっさ動かしながらいち早く一歩下がって挙手、宣言した。
 これまた珍しい反応だった。拒絶は拒絶でもネガティブな感情によるものではないのは明白。
 普段飄々としている筈の翼人の青年から誰かへの明らかな緊張と畏敬が感じられた。

「あちらさんは誰が紹介役をやるのか、もう決まっとるのか?」

 ジエルはヒゲを撫でつつオークとの対話を続けていた。

「ベレン殿が適任だろうと急遽呼び戻されていると聞く。何しろ招待したその日に門を二つ超えているのだ。未だ親しい住人がおらんようだな」

「道理だの。そうか……ベレンがそのアルパインを紹介するのならワシも辞退じゃな。二組ともエルダードワーフでは皆に悪い。ではレイシー、無礼のないよう務めてくれい」

「え、えええ!?!?」

「巴……澪? それに識に……ベレンって……!!」

 ラナイが会話に幾つか登場した名前に反応し驚愕する。
 それらの固有名詞はツィーゲで存在感を放つあのクズノハ商会の幹部や従業員の名前。
 つまり蜃気楼都市とクズノハ商会の間でまことしやかに囁かれている両者の深い関係を確たるものと断ずる証になる。
 クズノハ商会を是とする者にとっても非とする者にとってもこれ以上値の付く情報は無い。
 物欲も好奇心と同等かそれ以上に有する悪運強き美女ラナイにとって、目を輝かせるなというのが無理な状況だった。人目が無ければ最高の気分のまま歌い出し踊りだしていた事だろう。
 レアヒーラージョブであるビショップシエスタになってから長らくクラスアップも変化も無かった彼女だはつい最近、とうとう新たなるジョブ、それもユニークジョブへの成長を果たしたばかり。
 人生順風満帆とはこの事だと彼女は思っている。
 同時に危険や転落が忍び寄っている瞬間でもあるが……。
 かつてこの都市に迷い込み略奪の末逃走を図り死ぬ事になった女冒険者とラナイの違いは、後者の方にはこの都市との関係が己に何をもたらしているかを冷静に客観的に理解できているところにある。
 蜃気楼都市との関係を絶つ事で得られる利益として妥当だとラナイが考えているものは今の所存在しない。
 
「ではツィーゲよりの客人、冒険者パーティビルギット並びに彼らを迎えた三区の同胞よ。真っすぐに進め。おめでとう客人たち。我らとて願って尚そうそう叶うものではない拝謁の機会を得た者らよ。くれぐれもこの都市を統べる御方に失礼無きように」

 ここを守る。
 恐らく敵など来ないであろう安全な場所だろうに、武装したオークの士気は極めて高く闘気に溢れていた。
 
(つまり……この奥にいる私たちに興味を持った都市の主、その人物への忠誠が極めて高いという事か。さて鬼が出るか蛇が出るか、もはや緊張して事が好転する要素は無い。慎重に慎重を重ねた上で、ヒューマンが初めて踏み込むであろう未知の領域を楽しむ他無い、な)

 浅くも無く深くもない、だが万感を込めた呼吸が終わる。
 ビルは顔を上げ、先に除く光に向けて闘技場の廊下を真っすぐに歩き出した。
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