月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

奇妙な展示

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 ツィーゲが国家になってしばらく経った。
 クズノハ商会は有難い事に今日も大盛況だ。
 通常必要になるだろう在庫の緻密な管理というのが必要ないくらい。
 増やしたら増やしただけ完売するという中々にホラーな状況が連日続いているのである。
 マジ怖い。
 ちなみに三日目くらいの時、いっその事と思って販売量を倍にしてみたんだけど。
 うん、当たり前だけど遅くまで計算しては売り切れまでの時間を少しばかり伸ばしている皆の苦労を思っての事だったんですよ。
 じゃ全部に倍にして残った在庫から逆算して勢いを計算、そんで明日明後日今週来週ではなくもう少し長いスパンで調整できるようになればと僕思った次第。
 しかしながら結果は大惨事。
 お客様が夜遅くまで途切れる事なく余裕の完売。
 一日にして売上が倍増してそこから下げられなくなってしまったのです。
 わお。
 あの日の疲労困憊しつつも地の底から這い出てくるような恨みがましいエリスの顔は忘れられん。
 ロッツガルドでもツィーゲでも忙しそうな方に助っ人的に入ってもらってるアクアやエリス、初期から店に勤めてくれている皆には本当に感謝しかない。
 
「ところで今日は後何件?」

 そんな背景があるから、今の僕が抱える多忙についても弱音が言い難い。
 お客様が増加した背景にはツィーゲにやってくる外からの人が圧倒的に増え始めた事が大きい。
 ただ同時に街の内外にクズノハ商会の名前が色々な尾ひれ背びれをつけて広まりだしたというのもあって。
 ……要は僕が対応するような商人と商人でやる商談やどこぞの貴族や街の代表、領主なんかとの商談や相談も増えてきた。
 そしてクズノハ商会はツィーゲとロッツガルドにそれぞれある。
 つまりクソが付くほどに忙しい、嬉しいけど辛い忙しさに日々追われているんだな、これが。
 
「はい、若様……代表に迎えて頂く必要があるのは三件ほどです。残りは巴様や識様、再編しました外商部隊の者たちで何とかなりそうです」

 三件。
 今がお昼を回って少しだから……終わるのは夕方か。
 今日だったらもう一件くらいならいけるな。
 何とかなりそうって言われる時って大体かなり悲惨な状況を駆け抜けてるって事だと最近気づいた。
 この場合だとクズさんって言われて色んな町を回ってる外商チームの子たちが大ピンチです、って事ね。
 巴と識はあれで如才ないというか、きっちりやるんだよなぁ。
 疲労の感覚も他の皆と違うから僕が横槍を入れても経験上あまり効果はない。
 大抵僕の空回りで終わる。
 
「んじゃ、外商の分から僕に一件回してくれる? ついでに転移も少しもつよ」

「若様がご無理をなさるのは――」

「無理じゃなく出来そうだから、だよ。夕食に遅れるような事はしないって」

「……でしたら一件だけ、出来るだけお手を煩わせぬよう転移についてはこちらでチームを調整しておきます」

「ありがと。さ、次のお客様は?」

「レンブラント商会、パトリック様です」

「……毎週来てない?」

「毎週お越しになってます」

「僕の数倍は忙しいはずなんだけどな、あの人……」

「週に一度以上のペースで来られるお約束を取り付けておられまして」

「ははは……今日も帰りに来週の予定を突っ込んでくるって事か」

「いえ」

「?」

「既に来年末まで全て……」

「……」

「……」

「ウチは予約の取れない有名店かってコトですよ、ほんとに」

 レンブラントさん、何て予約の取り方をするんだか。
 年内どころか来年まで週に一回以上の予約を入れてたなんて。

「若様、恐れながら当商会で幹部以上との商談を予約するためには現状でも半年待ち、ご新規ともなりますと何かしらコネがなければ確実に来年になるかと……」

 さっきから答えてくれているエルドワさんが恐るべき事を口にした。
 そうか、もう既に予約できない有名店化しつつあるのか、クズノハ商会。
 ……あれだな、僕も本来はもっと馬車馬の様に働かなくてはいけないような気がしてきた。
 日に日に増えていく外商部隊、後手後手の結果ではないと信じたい。

「ま、まあ今忙しいのはね、街全体の事もあるし」

「……」

「レンブラントさんをお通ししてください……」

「はっ」

 エルドワさんが一礼して部屋を出ていく。
 それにしても、レンブラントさん。
 用があるなら呼んでくれればいつも僕の方から伺うのにな。
 そんな事を考えていると御大その人が爽やかな笑顔で応接室に入ってきた。

「や、ライドウ君! 元気そうだね!」

「そちらも御かわりな……く?」

 ソファに直行するかと思っていたらレンブラントさんは迷いなく部屋の一角に足を運んでいく。
 といってもさほど広くもない応接室。
 彼の向かう先は僕にも見えている。
 あれは……部屋が寂しいからと最近僕が提案したショーケース。
 最初は店の一階に、いわゆる百貨店の謎のオブジェ的な意味合いで設置したものだ。
 サイズとしてはファミリーサイズの冷蔵庫を柱にした感じかな。
 透明のクリスタルで中に色々面白げな物を展示してる。
 蜃気楼都市やツィーゲ外の珍品、時々僕の記憶が元になった物なんかが多い。
 ペースは現在隔週か月替わりってとこかな。
 今はセキュリティも考えて応接室にある方がオリジナル、店の一階にある方はホログラムだ。
 ……時々未来的になるんだよなウチ。

「あの、何故いきなりそこに?」

「最近クズノハ商会が始めたこの、展示、だったか。これが我々の間でも凄い評判でね。応接室にも置くようになったと聞いて間近でじっくり見れると聞き……いや、面白いものだよ本当に」

「あ、確かにここにも置くようになったのは先週末からですね。もうそれがお耳に?」

 一体どういう地獄耳なんでしょうか。

「何しろ最初が一時期その筋を騒がせた『陶器』で、その次は『漆器』だろう? それもクズノハ商会なのかと、もう密かに大騒ぎだよ連中。他国の数寄者すきものも慌てて宿を取っている始末だ」

「陶器ですか、あれは巴がハマっていましてね。買い求めるよりもご自身で作って楽しむ方がよろしいかと思いますが、数寄者の方はわざわざ高値を付けるのも好きそうで何というか」

「ほう……あれは作れる物かね。その道の専門家でなくとも?」

「ええ、なので名品には贋作も生まれたりしますよ。そういえばレンブラントさんは確か展示で見せるより前から陶器をご存知でしたね」

「うむ。他の街でそこそこ名を売った料理人が唐突にツィーゲに店を持ってね。出来れば理由も探ろうかと店を訪ねてみたら、出てきた料理に使われていた皿が陶器だった」

「……ああ、なるほど」

 フットワーク軽っ。
 そして情報網も半端ない。

「で、彼から辿ったら色々あってウチに間借りしているクズノハ商会に着いたという訳さ。調べ物をして元の場所に戻ってくる、稀によくある事だが報告を受けた時には思わず吹き出してしまった」

「特に隠していた訳でも無いんですが、力を入れて売り出していた訳でもなく」

「ああ。カウンターから見える場所に何気なく二点ほど陳列されていたと聞いているよ」

 灯台下暗し。
 レンブラント商会の情報網担当者でもそんな事はあるんだな。

「店番をよくしているドワーフの一人も巴と一緒にアレにハマった口で」

 亜空では陶芸はもはや生活の一部といっていい程浸透している。
 生活用の食器などはもちろん、水瓶や一部建材としても、そして傑作が何点も生まれてきたようだから仕方ない事かもしれないけど鑑賞用としても。
 亜空ランキングの景品にもなってたな。

「漆器もまた相当な技巧が施された品の様だ。ただあちらは陶器と違って複製できない程度ではない魔道具、呪具のような側面もあると聞くが」

「まさか。それは一部、元の木地に使った木材が特殊だっただけで事故の様なものです。先日展示した物でよろしければ一組お持ちになります?」

「……良いのかね?」

「もちろん。その内ツィーゲでも誰かが売り出すんじゃないですか? 陶器も漆器も」

「そうなれば国が更に勢いづきそうだ。頼もしいよ」

「それほどの物でもないと思いますよ? それで、本日の御用向きは?」

「? 八割方はこれだ。残り二割はライドウ君の様子を見に、だな」

 レンブラントさんはショーケースを指さした。

「本気で仰ってます?」

「本気だとも。ちなみにこの間の展示、カプル商会の妖怪が目を血走らせていたのを知ってるかね?」

「あのお婆、いえお元気な代表がですか? 僕は知りませんでした」

 前の展示?
 ……ああ。
 地面に車輪みたいのを大量に埋め込んで、それを操作して物を運ぶっていう。
 あれは何て言ったらいいんだろう。
 タイルをずらして遊ぶパズルに感銘を受けて何やらローレライの人がドワーフと一緒にわいわいやってたやつだ。
 ちなみに物を動かすのにこんなやり方もあったのか、って衝撃を受けてよろめいてた。
 実験用のミニチュアっていうのかな。
 それを店の展示に置いてみたんだ。
 目論見通りというか、家族連れの子どもなんかが目をキラキラさせてた。
 あれは良きモノを置いたと思う。

「しかし、これはどういうモノかね。何やらゆっくり動いているが」

 今出しているのも動くシリーズだ。
 ミニチュアの、ああ模型っていえばいいのか。
 ロマン溢れる僕もお気に入りのエンジン模型。
 物が動く系のミニチュアがウケたんだから多分これも子ども達から人気が出るんじゃなかろうか。
 前のが一部ご高齢の女性にもウケたのは謎だけど。

「これはスターリ、あー……」

「ライドウ君?」

 スターリングエンジンの模型です。
 これだと何の説明にもならないじゃないかという事実に気付いた。

「ええっと……空気を熱する? いや、熱した空気の力を目で見る事が出来る一つの実験装置、とでも、言いましょうか……」

 エンジンってそもそも何て説明すればいいのか。
 確かこれは今模型で外から火でシリンダーを熱しているように外燃機関のエンジンの一つ、だったと思う。
 しかし!
 正直どういう理屈で動いているのかは半分くらいしかわかってない。
 夢と浪漫に溢れる永久機関的な匂いがするけど、匂いしかしないって代物。
 その謳い文句を高校教師から聞いて小遣いで卓上サイズの模型を買った、それだけだからね!
 正直亜空の人がこれを再現した時には訳が分からなかったよ。
 シリンダーの先端を熱して、しばらくするとそこがピストン運動を始め、先に繋がっている車輪を回すっていう構造だったと思う。
 それで熱している間は動き続けるんだったかな。
 ちなみに結構スピードが出る。
 だから動きが見やすいように模型のは魔術で低速化している。

「? ふむ。つまりこうして火で熱する事で動く工芸品という事かね」

「まあそんな所です」

「熱する事で違う動きを生み出す……こうして見ていても原理などわからんが、これも荒野の知識という事か」

「え、ええ」

「これだけゆっくりと動いても観賞用ならば一部の人には面白がられそうだ。生憎今回のは私には少し刺さらなかった――」

「あ、それはわざとゆっくりにしてるんです。動きが良くわかるように」

「ん?」

「本来はですね」

 レンブラントさんの横に行って低速化の魔術を解除する。
 当然、僕が良く知るスターリングエンジン模型と同様にピストン運動が高速に、繋がっている車輪も同様に高速回転を始めた。

「!!」

「こんな感じの速度で動き続けるんです」

「まさか、ずっと!?」

「残念ながらこちらのシリンダーを火で熱している間だけですね」

 代償として音もやかましくなる。
 振動音が、ドドドド…と絶え間なく響く。
 懐かしいな、しばらくは机の上でああやって動いてた。
 ……いかんせん五月蠅過ぎて、そしてやがて飽きて。
 すっかり置物になった辛い過去が思い出される。

「……面白い」

「そう言って頂けると展示した甲斐があります」

「……これは、面白いな。本当に面白いぞ」

「あの、レンブラントさん?」

「また展示などと聞き慣れない事を始めたと思ったものだが、やはり君は外さんなライドウ君」

「は、はぁ」

 そんなに面白いか、エンジン模型。
 レンブラントさんもしばらくすれば飽きると思うけどなあ。

「あ、私の事はいいから次のお客の相手をすると良い」

「……は?」

「私はこれを観察してるから。あ、速度はね前のゆっくりのに戻してくれると嬉しい」

 思わず、何度かまばたきをした。
 ここに居座ると、言ってるのかな?
 マジで!?

「ちょ! レンブラントさん、それは困りますよ! ウチに来て部屋の片隅にレンブラントさんが立ってたら誰だって委縮するし緊張するでしょう!?」

「いないものと扱ってくれていいから。気にせず商談を進めて欲しい。私は何も聞かず何も見ないから」

「そういう問題じゃありません! 用がお済みなら本日はどうぞお帰り下さい!」

「極めて重要な案件が今出来たかもしれんのだよ! 世界滅亡計画を話し合ってても聞かなかった事にするから!」

「そんな物騒な話はしませんよ!!」

「明日! そうだ明日もちょこっとだけ来てもいいかな! いいよねライドウ君!」

「また来週のお約束でお待ちしてます!」

「あぶれた中途半端な実力の魔術師に仕事が生まれるかもしれないのだよぉぉぉ!!」

 力づくで無茶を言うレンブラントさんを排除する。
 やむなく。
 そう、これはやむを得ない選択だった。
 何が魔術師の仕事の口なんだか。
 まったく、まさかだな。
 展示の中身がこれほど人の注目を集めるとは思ってなかった。
 ……。
 えっと、次回以降の予定は……と。
 鉄道のある街ジオラマ。
 選曲可能なオルゴール。
 公園に置ける巨大流川香。
 天才少女絵師による絵で見る定番詩。
 驚異の変身機構ゲッ〇ー。
 ……。
 展示は基本的に任せてたけど、手間でもチェックした方が良いな。
 とりあえずジオラマと〇ッターについては差戻しにすべきだと理性と本能が両方叫んでいる。
 それに天才少女絵師ってなんだ。
 思いつくのはリノンしかいないんだが。
 絵で見る定番詩?
 ん? それって漫画?
 リノンって天才だったか?
 あ、天才少女絵師ってあるのはそういう事か。
 漫画ね、もし違ったとしてもツィーゲの街で次にブレイクしそうなものを展示していくってのも面白そうだな。
 お任せだと危険なのは今わかった事だし。
 ロボットは駄目だって言ってるのに、もう。
 一番ヤバめのをもう一回確認する。
 こんなおもちゃが欲しかった、夢の変形合体ゴーレム!
 手のひらサイズの玩具ならロボットじゃないって発想かぁ。
 そんな無茶通るか!
 エルドワの職人気質恐るべし、あの手この手で押してくるなり。
 お、心の短歌が生まれた。
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