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六章 アイオン落日編
翻弄される世界
しおりを挟む「ふう……今度は弘誓の翡翠花かね。一体どうなっておるんだ」
「神殿の秘儀、でしたか? てっきり与太話とばかり」
「神殿の『失われた』秘儀ですよ。与太話でほぼ正解かと」
「大昔のエリュシオンで記録が残っているんだったか。リミアに移った神殿には当然――」
「移転する以前から既に失われた技ですとも。今の神殿には史料さえ残ってはいません」
「学園都市ロッツガルドには世界有数の図書館がある。となれば普通に考えればあそこに古い文献でも眠っていた、という事になるだろうが」
「何しろ大昔の伝承ですからねえ。神殿が大切に保護、継承したとされる事すら本当かどうか。全くの別筋から再現が叶ったとしても不思議ではないとも……」
「馬鹿な。ヤツらに決まっているでしょう」
「クズノハですか。本当ならついでに天魔の琥珀葛も復活させて欲しいものです」
「確かに魔族殺しの双極が揃うなら戦局は一変するか。女神の祝福にさえ抵抗してみせた魔族どもが大昔の悪夢を覚えていなければ、だが」
「だが今日あの男は側近と一緒にコランとかいう港町に挨拶に行っている筈だろう?」
「現地でライドウ本人が確認されています。女の側近ではなく長髪の男の方と一緒に学生に講義をしていたと」
『……』
「はっ、とことん虚仮にされたものだな」
「お話になりませんよ。気まぐれに翻弄されているだけ、誰一人何一つ、ヤツらクズノハ商会の核心に近づけない」
「この件についてはアイオンのみならず四大国全てがやられ放題のようで」
「アイオンの馬鹿が要らぬ事ばかりしてくれるからこんな事になる」
「……今はそのような事を議論している場合ではないでしょう」
「といって探らぬ訳にはいかぬさ。既に魔族に次ぐ世界の脅威といって過言ではない」
「反神教は彼らのおかげで叩けたようなものですけど?」
「あの連中はまた百年もすれば湧いて出てくる。そしてアレらが世界を害した事はあっても世界を変えた事は一度もない」
「まあ女神様はご健在ですからな」
「でもいつまでも皆ツィーゲに留まっている訳にもいきません。魔族だって暖かくなってきたらまた不愉快に蠢くのでしょうから」
「……魔族を舐めてかかると痛い目を見るぞ?」
「同感です」
「クズノハ商会、レンブラント商会。そしてツィーゲ。煩わしい」
「下手に先手を急いでもロクな事にならんのは今回証明された。月並みだが、グレイトリリーについては学園を突いてクズノハ商会から情報を出させるよう仕込みを済ませておく。これが無難だろう」
「この街も放置できん。四大国全てで奴らを丸裸にする。ここがどうなっていくか、嫌な予感がする」
「不気味、ではなくて?」
「どちらでも同じだ。今の大国の枠組みを崩す訳にはいくまい。弱体化したアイオンが周辺国に食いつかれんよう手を尽くす必要もある」
「ああ……頭が痛い」
「魔族を滅ぼすまでは、このままが良いのだ。その後のアイオンはどうなろうが構わんが、な」
「だがこうして集まった皆の意思が揺らいでいないのは喜ばしい事だ。少なくとも救いの手は忘れぬよう」
「ですが一名、欠席者が出てしまったようで」
「……エルフだな。後継者も代理人も連絡も無しとなれば、残念ながらそういう事だろうな」
「離反ですか。魔族に希望を託すと?」
「それはなかろうよ。だが我らと袂を分かつ意思は間違いない」
「長命種が欠けるのは痛いですが……今は欠損を埋めるより世の安定が一番ですか」
「うむ」
『……』
「では閉会。次なる機会には世界の未来を語らおう」
国家となったツィーゲのお披露目には各国から有力者が集められた。
ロッツガルドではその機を狙って魔族が事件を起こしたが、元来こうした機会はいわゆる寄り合いに都合が良い。
様々な組織、国から人が集まるのだから乗じれば目立つ事なく集合できるという訳だ。
ツィーゲにあってレンブラント商会の目すら届かない数少ない場所で、国家の枠を超えたその会合は開かれた。
反神教ほど古くは無いが、知識の継承に重きを置いた政治の世界に生きる有力者の集まり。
ちなみに、かつてはリミアのホープレイズ家も参加していたが既に除籍されて久しい。
ともあれロッツガルドで真が使用した彼曰く『映える』魔術は彼らに新たなる議題を提供していた。
グレイトリリーと呼ばれるその名を真は知らない。
それがかつて魔族の軍勢を完膚なきまでに叩き潰した二人組の片割れが使用した、比較的容易に他者への魔力供給を可能とするらしい魔術、或いはスキルだった事など夢にも思っていなかった。
『双極の奇跡』と語られるその伝説の二人、実はギネビアとハク=モクレンの事なのだがこれは今会合を開いている彼らも知らない。
グレイトリリーはギネビアの創作魔術、マリス・アンバインはハク=モクレンのユニークスキルであり実質二人だけで魔族を氷原に追い返した双極の奇跡も今は昔。
史実であったかどうかすらあやふやになり、二つの絶技の名だけがこうして知識人を自負する一部の人々の間で残っているだけという有様だ。
そして……秘密主義を貫き世界を俯瞰する者を自称する彼らの存在を知る者は限りなく少ないが、彼らの中にも変化が訪れつつあった。
「さて」
会合を済ませ表の身分に戻った組織の幹部がツィーゲでの居室に戻ると、部屋に置いてあった杖を手にする。
続いてキーワードを口にした彼女の姿は手にした杖ごと一瞬でその場から消えた。
「どうだった、名無しの賢者の会合は」
「いつも通りですよ。皆世界の未来を願っていました」
「私への罰則は?」
「魔族を滅ぼす方が先という流れに持っていきましたから、この戦争が終わるまでは安全でしょう」
「済まない、借りを作ったな」
「いいえ、エルフとの友好的な関係はとても喜ばしい事。ローレルの発展にも寄与するのは間違いありません。お気になさらず。これギブアンドテイク、とツィーゲでは言うそうです」
「ツィーゲ、か。ルイザが持ち込んだ弓の極意、その本家があると聞く。彩律よ、お前はクズノハ商会とはどれほど関わっている?」
「組織の事を彼らにぶちまける程度には傾倒していますね」
「! それはまた盛大な裏切りだな。見切った私に言えた事でもないが」
「平時は彼らとの繋がりも役に立つものでした。けれど今のご時世では……必要なのは力と覚悟。知識と深慮では手遅れになってしまう恐れがありますから」
「だが会合参加には神殿ご自慢の思考窃視をクリアしなくてはならんはず。抵抗などすれば当然怪しまれる。後学の為にどう潜り抜けたのか、聞いてみたいものだ」
「あら、長命種のエルフともなると恥ずかしげもなく女性の胸元に手を突っ込んで秘密を暴くような野暮な事をするのですか?」
「お前の事を女と思った事などないよ。が、確かに手の内を晒せというのは無粋だった。エルフの秘宝を貸与したのはあくまで私への協力への対価であったな」
欠席者と出席者の密会。
きな臭い事この上ない構図である。
ローレルを実質切り盛りしている女性が参加している組織というのも規模からして危険で厄介な匂いはするが、その彼女が離反しているというのは、真などが聞けば話の続きは結構ですと帰りたくなる事必至だ。
転移した彼女はエルフが待っていた深く静かな森の片隅にいる。
エルフの方は男だが、年齢などはその若々しい外見からは全くわからない。
何らかの手段で裏切りの意思を隠し通して会合に参加しえた彩律の手の内同様、である。
「ふふふ」
「ははは」
やがて何ら感情の伴わない笑みが双方がこぼれる。
敵の敵が味方である保証はない。
二人はそれをよく知っていた。
暗にお互いの意思を示しているかのような場面にも見える。
「……願わくば、次に会う時もツィーゲの側である事を祈ります。ええ、貴方がたの意思など皆目わかりませんが」
「ああ、またいつか」
彩律が再びキーワードを口にしてエルフの前から消えた。
「ローレルの魔女、いや……この数年で明らかに世界をかき乱しているのは、クズノハ商会か」
男があまりにも慌ただしく、それも荒っぽく変わっていく世界の中心部にいるモノを見抜いて呟く。
これまでの情報に加え、ほんの二百年だか三百年だかしか続いていないとはいえ大国として確かな地位を得ていたはずのアイオンが容易く揺さぶられるのを目の当たりにした。
常軌を逸しているのは確かだ。
彼が大国の落日を見るのは初めてではない。
だがこれほど世界を狙い守る多くの存在が入り乱れる中で、大国が嵐に翻弄される船舶が如く成す術無く終わっていくのを見るのは初めてだった。
「見定めなくては。人と魔族の決着を、或いは女神の世の決着を」
彼の言葉は森に消えていくだけの独り言に過ぎない。
だが同時にこれから世界を揺るがす動乱を予見するものでもあった。
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