月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

そして独立へ④

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 二日目。
 天気は快晴。
 
「これは……旦那様の予想が大きく外れるとは珍しい」

 早朝外壁の上からアイオン軍の様子を観察していたモリスが呟いた。
 見惚れる様な直立不動の姿勢で上から下まで皺ひとつない執事服に身を包んでいる。
 そんな彼が何でもない事のように話しているが、実はかなり動揺していた。
 主であるレンブラントの読みを大きく乱す結果がそこにあったからだ。
 
「予定が早まると喜ぶべきか、時の運とやらが妨げとなり始めたか……取り急ぎ報告を急ぐべきでしょうね」

 レンブラントの元に急ぐべくモリスは速やかに踵を返した。
 一方、彼の背後ではアイオン軍が魔獣の群れに襲われて崩壊寸前の無様を晒していた。
 荒野の魔物の情報などアイオン軍では共有されていない。
 今回荒野の傍までは元々進軍する予定だったが、彼らの中に荒野に入る、対処するという頭は無かったのだ。
 考えが足りないと後世では指摘されるかもしれない。
 だが本当にアイオン軍の予測の中にはなんて考えすら無かった。
 ヒューマン同士の戦争で魔獣をぶちまけるようなおぞましい真似をする奴がいるなんて考える方がおかしい。
 それがヒューマンの常識だった。
 自分たちが祝福を得る前提で亜人で戦うにしても、相手が得意な地形に篭ったりすれば卑怯だと平気で罵る。
 密偵による情報戦さえ制する事が出来れば、後は相手を圧倒する十分な戦力を揃えれば良い。
 特にアイオンではこういった考え方が顕著だった。
 今日こんにちになってそれらが悉く彼らを悪い方悪い方に導いている訳だ。
 これでまだアイオンに人心をまとめ上げる英雄でもいれば話は別だったろう。
 しかし、いない。
 勇者はもちろん、今のアイオンには際立った人材が見当たらなかった。
 四大国の一つに数えられながら、だ。
 スキャンダルや足の引っ張り合いが水面下で盛んに繰り広げられるお国柄も多少は影響しているのかもしれない。
 辛うじて顔の良さでそこそこ国民に人気の高い王族はいたが、今や革命軍。
 豪胆さと冷徹な暴力を高度に使いこなす女好きの将軍もいたが、既にこの世になく。
 若く優秀で血筋も文句なしの武官もいるにはいたがロッツガルドの変異体事件で消息を絶った。
 そして国を割る内乱の真っ最中で、辺境とはいえ有名都市まで独立宣言をする始末。
 国の求心力という意味合いではこれ以上ないくらいにズタボロだ。
 だからこそレンブラントを中心とした寝返り工作も周辺都市への工作も面白いように決まり、彼がアイオンという国を図体だけでかいエサに過ぎないと酷評するに至った。
 
「こんな、化け物ども、一匹でもどうにもならねえのに」

「知らねえ、祝福を受けたヒューマンを殺せる魔獣なんて、ドラゴン以外に」

 完全なる夜襲にして奇襲。
 作戦などは無くただ見つけた生き物に襲い掛かるだけの魔獣だが、そこらの兵士が祝福を受けた程度で対処できる相手ではない。
 そもそも軍に所属する兵士はチームで戦うのが基本であり、一人の戦闘能力は決してそこまで高くないのだ。
 
「俺は……後衛なのに、よ」

「詠唱……まだ」

「ママ、ごめんね」

 チームとしてのスタイルを固めるどころか武装さえ完全ではない時に、複数のチームで抑え込む必要があるような完全な格上の魔獣に襲われたら。
 まずは一方的な蹂躙から始まってしまうのは残念ながら火を見るよりも明らかだった。
 であっても。
 何百か千かという大きな犠牲を払う内に、相手が荒野の魔獣であろうとも数で圧倒的に勝るアイオンは優位を取り戻す筈だった。
 しかし今この時、夜が明けて陽が昇ってなおアイオン軍は魔獣たちとの戦いを繰り広げその被害は広がり続けていた。
 ツィーゲ側から放り込まれた魔獣は全部で300程。
 夜行性を中心に強弱様々な魔獣を数優先で揃えられた。
 レンブラントも全ての魔獣を把握していなかった事で、ここに二つの誤算が生じた。
 一つはアイオン側に放たれた魔獣たちの中に、いわゆる死体食い、死んだ動物を好む魔獣がそれなりにいた事。
 これによって既に戦場に散乱していた死体の方に群がってしまった魔獣が100弱存在した事だ。
 もう一つは、魔獣を封じた結晶の中にとんでもないものが一つだけ混じってしまっていた事。
 荒野から戻った召喚士やテイマーが所有している封印結晶を片っ端から買い集めた弊害だ。
 ツィーゲの冒険者や商人の認識において……蜃気楼都市は荒野の一部なのだ。
 そう。

「いや……いや……!」

「やぁぁぁぁ!」

「来るな来るな来る――!」

「ドラゴンだって、もう少しぐらい……」

 アイオン軍で暴虐の嵐を起こしている荒野の魔獣の中に、この世界には存在しない生物が一匹混ざっていた。
 熊という、とびっきりの猛獣が。
 その巨大さから真がツキノワグリズリーと名付けた、亜空ではそこそこ知られた危険生物であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 アイオンと開戦してから一日。
 レンブラントさんに呼ばれて僕は前線の外壁近くまで参上していた。
 少し知恵を貸して欲しいと呼ばれたからだ。
 結局初日はツィーゲ無双だった。
 それもあってか寝返ったアイオン兵含め皆さんの表情は明るい。
 幻術の活用、儀式魔術を敢えて全力で使う戦術。
 見事に決まっていた。
 しかしまさかツィーゲの土地が一気に増えるからって人口増加にアイオン軍を貰っちゃうってのは……凄まじい考え方だ。
 はるばる大軍を率いてやってきて、それなりの数の兵士を祝福を得た後で奪われてその力を自軍に向けられるとかさ。
 憤死ものの屈辱だよね。
 巴は開戦までには戻ってきて撮影を再開するとかなんとか言ってた。
 昨夜はエマやオーク女衆も手伝って初日ダイジェストを作ってたな。
 夜も更けてから爛々と目を輝かせてきっちりルパ〇ダイブしてきたけどね、巴。
 そしたら夜は夜でこっちからアイオンに魔獣を投げ込んで奇襲する策が行われたらしく。
 夜は休みじゃと言っておったろうに!
 と、巴が怒っておりました。
 行かなかったけど。
 
「ただ、ちょっと様子が変だな。200だか300の魔獣ならいくら荒野産でも何万も残ってるアイオン軍に制圧できない訳ないのに」

 界でさくっと数を当たってみたところ、なんとまだ戦闘中。
 魔獣も結構な数が生存してる。
 にしてもアイオン軍……。
 到着時には行軍で生まれる需要を目当てにくっついてきてた商人その他を合わせて二十万を超える威容だったっていうのに、既に連中は大半が退散を始めている。
 実際の軍は何万とは言っても精々……。
 そんなちょっとした疑念と同情を胸に抱きながら、レンブラント商会の人がこちらに手を振るのを発見。
 あそこね。
 
「やあ、おはよう! 朝から済まないね、呼び出してしまって」

「おはようございます、レンブラントさん。初日は快勝だったようで、おめでとうございます」

「なになに、中隊程度ならどうとでも出来る凄腕の傭兵たちを君から紹介してもらったし、荒野でならした冒険者も大勢協力してくれていたからね。むしろ読み違えが幾つもあって恥ずかしいくらいだよ。やはり一人も味方を死なせない戦争など、出来るものではないね……」

「それでも相手は四大国ですから。ツィーゲとレンブラントさんの名前は多分今頃いろんな国で話題になってますよ」

「そうなってくれると私も嬉しいがね。まったく戦争は難しい。英雄になる、というのは今回の私の目的の一つでもあるから」

「?」

「ん、ああ英雄願望などは無いよ。ただロッツガルドの事件で、住民からそう見られるとどれほどの利があるものなのか、そして商人や商会であってもやりようによっては英雄視される事は可能だと君が前例として見せてくれた。なら今回は私がそうなれば今後もやりやすかろうと思ったまでだ」

「ああ、そういう」

「それにあの時の魔族のやり方もね。あの念話の遮断の仕方は非常に優れていた。仕込みと発動が終わってしまえば妨害の除去は非常に困難で普通はその手段を選べない。いざという時に図体がデカい程連絡手段を失う弊害は大きく出てくる。使わない手は無かった。念話にも種類があるようだったから少しばかり注文を加えたが、まあ効果は抜群だね」

 ロッツガルドの、アレか。
 なるほどね。
 ただ模倣するだけじゃなく複数種類の念話にも対応できるようにして活用か。
 かなりの人出と時間が必要な筈だけど、かなり前からここを戦場にするって決めてたのか。
 壁を作ったのもひょっとして……?
 
「旦那様」

「っ、ああそうだった。呼びつけておいて長々と雑談でもないな。済まなかったライドウ君」

「いえ」

「で、早速なんだが。昨夜我々は幾つかのステージでライブというのをやってみたんだがアイドルというのについてもう少し君の見解を」

 あいどる?

「旦那様!」

「……しまった。昨夜の話ばかり兵士や冒険者から聞こえてくるからつい。広告や宣伝に使えるかもしれんと」

「お気持ちは理解、一応理解するよう善処しますが今は喫緊の用件からお伝えすべきかと存じます」

 おお、珍しくモリスさんがレンブラントさんへの同意を避けている!

「うむ。実は昨夜元アイオン兵や冒険者、傭兵団にツィーゲの志願兵らに屋台やステージライブ、正確には踊り子や吟遊詩人系のスキルで回復向上する席を設けたのだが」

「はい」

「その裏で夜更けに少しばかりアイオンにもプレゼントをしてね。召喚士やテイマーのスキルで特殊な結晶に封じた荒野の魔物とダンスでもしてもらおうかと何百か投げこんだ」

「なるほど」

 あ、もしかしてライブとかも昼のレンブラントさんの幻影みたくキラキラでBGMバッチリなやつだったのか?
 それでどんちゃん騒ぎして……あちらから聞こえてくるかもしれない悲鳴をかき消して?

「……動じないねライドウ君。ノマ君にもヴィヴィさんにも最初はドン引きされたんだが」

「え、あ。少しは思うところもありますが、まあ戦争ですから。細かい事は勝ってから考えれば良いのかもなーなんて」

「ふむ……ちなみにライドウ君の思うところ、とは何かな?」

「ああ、多分付近の町や村は無人にしてあるだろうけど放った魔獣の後始末はどうするつもりなのかと」

 全滅すればいらぬ心配だけど、混戦の末まとまった数がどこかに潜んでしまう可能性も無い訳じゃない。
 
「後始末か。一応ね、今日の開戦でまた儀式魔術を広範囲に叩き込む予定でいるんだが」

「……」

「まだ向こうにも多少対応が効く儀式魔術師隊もいるかもしれないが今度は十個まとめて叩き込んでやる予定でね。初日の様子を見るに精々がこちらの魔術師部隊の位置を調べ上げて速攻、なんて程度の策しか向こうにはないだろう。それで魔獣も片付くかと見込んでいる」

「討ち漏らしについては、放置ですか?」

「要請があれば優秀な冒険者を紹介する程度はするつもりでいる。だが基本的にあちらはアイオンだからね。私が気を回す事ではないと判断しているよ」

 知った事か、ってやつですね。
 なるほど。
 そして二日目も儀式魔術の連打か。
 しかも八つどころか十って。

「その儀式魔術ですが。いつの間に八つ目なんて開発していたんです?」

 レンブラントさんの人脈でもロッツガルド学園ですらできていない事が出来るとは到底思えないんだけど。
 金の力ってそこまで凄いのか?

「八つめというか、正確には八、九、十になる。開発は流石にしていないよ、既に存在していたものを買っただけだね」

「買った?」

「ツィーゲではあまり見ないがベースには魔族もそれなりに住んでいる。彼らから魔族の高い水準にある魔術を買ったんだ。何でも今は光や闇のも開発されていて十二だか十三の儀式魔術があちらには存在するようだね。いや、凄い凄い」

「買えるレンブラントさんもかなり凄いと思いますよ……」

 魔族も儀式魔術に注目してたのか。
 それにしてはここまでの戦闘でそこまで使って来てないような。
 僕が見た戦場がたまたまそうだったんだろうか。

「少数で多数を倒そうとする以上目の付け所は似る、という所かな。まあ魔族はどちらかといえばカウンターを確実に行う為に攻撃型も研究していたようだ。その気持ちもわからんではない。最高の武器は何よりも先に抑えたいが次点で欲しいのは最高の盾だからね」

「はぁ……」

「で、本題なんだがね。その荒野の魔獣で少し予想外の展開になってきている」

「伺います」

「一つは思ったよりも死体食いの性質を持った魔獣が多かった事。まあ戦場にはアイオン兵の死体がいくらでもあるからね、思ったよりも暴れてくれなかった。これについては今後魔獣の性質を含めた研究チームを発足させて冒険者にも積極的に依頼を出すべきだと解決策も叩き台になるものが出来ているんだが……」

「?」

「実は著名な冒険者に聞いても全く見た事がないという魔獣が一匹混ざっていたようでね。出処も恥ずかしながらわからんのだが……荒野の深い場所まで見聞した君なら何か知っているんじゃないかと呼び出させてもらった次第だ」

「その魔獣というのは?」

「モリスがスケッチしてくれている。恐らく特徴を掴むには十分な出来だと思うんだが……心当たり――!?」

 レンブラントさんから見せられた一枚の絵。
 そこに描かれている絵を見て僕は驚きのあまり反射的に立ち上がってしまった。

「ツキノワグリズリー!?」

「し、知っているのかね!?」

 亜空にいる熊の一種ですよ!
 と叫ぶのは何とか堪えた。
 え?
 ええ!?
 蜃気楼都市に来た冒険者が何かの間違いで熊と遭遇して奇跡的に捕獲に成功したって事か?
 冗談だろう?
 偶然にも傷つき疲れ果てたツキノワグリズリーが迷い込んだ冒険者の目の前で昏睡でもしてない限りあり得ないと思う。
 亜空の戦士ですらあの熊と一対一が出来る人は多くない。
 あんなのが暴れてたら、そりゃあアイオン軍の混乱なんて治まらない。
 治まる訳がない。
 
「レンブラントさん」

「……なんだね?」

「今日の開戦まで、まだ時間はありますよね?」

「そうだね、あちらの様子を考えるにもう少しかかるだろう」

「申し訳ありませんが、あの魔獣は少し荒野の外では刺激が強すぎます。回収しても?」

「もちろん。当初の目的は果たせている。こちらとしても無駄に強大な魔獣が健在な状況で開戦するのは避けたい」

「……すみません、ありがとうございます。では失礼しまっ!?」

 一帯に響き渡る轟音。
 嫌な予感がして外に出ると空一面に稲妻が広がっていた。
 一瞬で消えるはずの稲妻が無数に枝分かれし、ずっと輝いたまま空一面に居座っている。
 青い空に赤い雷。
 何ともまた、気味が悪い。
 折角の良い天気が台無しだよ。

(若……亜空の、熊が、紛れ込んでいた、ようで)

(巴?)

(ちと回収に、いて、しまいました)

(いや。僕も今向かおうと……巴? おい、巴!?)

 何か様子がおかしい。
 巴の位置は……わかる。
 エマもいるな。
 で、他にも誰かいると。
 この雷の原因か!

(申し、訳)

(すぐ行く!)

 一瞬転移も考えたけど、それは人目に付き過ぎる。
 逸る気持ちを必死で押さえながら、僕は外壁上に跳んだ。
 これも目立つけどこの位はもう仕方ない!
 巴とエマの気配を目印に、僕は最速でその場を目指した。
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