月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

そして独立へ③

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 外壁の上は広く通路となっていた。
 アイオンを見限ってツィーゲに付いた部隊の多くはここに送られ、そして攻撃への参加を求められた。
 今日は開戦初日である。
 つまり最も人が多く、最も武具が充実し、最も魔術が猛威を振るう時だ。
 個の力ではアイオンに勝るツィーゲにとってスタートダッシュで相手を振り切り一方的な火力をぶつけるのは理想ではあったが、まさかここまで綺麗に決まるとは殆どの者は考えていなかっただろう。
 儀式魔術の連打、防衛部隊による弓スキルと魔術による弾幕は朝、昼、そして日が暮れる時まで途切れる事が無かった。
 今日一日だけの戦果を見るのならこれは戦争ではなかった。
 アイオン軍は戦争という名目の虐殺に堪えていたと言ってよい。
 しかも外壁から魔術を放ち、矢を射てくる半数以上は同じ軍にいた仲間たちであり、祝福を得て強化された彼らの力はツィーゲの兵を上回る火力を有している。
 飛び抜けた一部の冒険者のスキルや魔術と比較するのは無理があるが、十分な力を示していた。
 今、ツィーゲの外壁は煌々と火が焚かれている。
 夜戦をしてはいけないというルールなどは無い。
 しかし多くの場合ヒューマン同士の戦争というものは夜明けと共に始め日暮れと共に休止される。
 お互いに休む時間が必要だから、暗黙の了解がいつの間にか出来上がったのだろう。

「明日はまた殺し合いだってのに、何だよこの騒ぎは……」

 アイオン、いや元アイオン軍所属の誰かが呟いた。
 外壁を挟んで両軍の様子はまるで異なっていた。
 アイオン軍は疲弊し、多くの仲間たちの死体に囲まれ、死んだように眠っている者が殆ど。
 指揮官などの上層部は明日の作戦について寝る間も惜しんで意見をぶつけている。
 既に初日にして撤退の意見さえ聞かれる悲惨な会議模様だが、初日で相手の手札を全部見たという意見も多く見られ、継戦の意思は未だ保たれている。
 数万という犠牲と裏切りを経ても、まだ戦力は十分にある。
 それに、夜戦をしないという暗黙の了解はあっても夜何も動いてはいけないなどという事は無い。
 朝までに仕込みを済ませ、明日はきっと今日とは違う結果を見せつけてくれる、と戦意もまだ高めに維持されていた。
 末端の兵士には既に戦意も失せ脱走を試みる者もいたが全体から見れば少数。
 数の優位もまだ揺らいではいない。
 軍議には熱がこもっていた。
 一方。
 ツィーゲ側では元アイオンの兵とツィーゲの兵、それに傭兵たちがどんちゃん騒ぎに興じていた。
 日が暮れると同時に簡易屋台が組み立てられ様々な食事が提供され始める。
 戦場で嗅ぐ香りではない食欲を誘う煙、アイオン兵はまずこれで圧倒された。
 そして無いと言われていた酒もどこからともなく饗され、ついにはステージも組み上がった。
 昼にレンブラントが演説をしていたのと同じ仕組みで音や光の演出がされ、踊り子が舞い、吟遊詩人が歌い出した。
 歓声、喝采、拍手、合いの手。
 まるで祭りの夜だ。

「どうした、アイオンの。折角生きてこっちに来たんだ、飲め飲め。飲めなきゃ食っておけ。兵士は飲食観劇どっちも無料だ。食わなきゃ損だぞ」

「いや……俺が言うのも何だが、気が緩み過ぎなんじゃねえのか? 策がハマった方が初日だけ快勝するなんて珍しくもねえんだぜ? 戦争ってな最後に生き残ってなきゃ意味がねえんだ」

「はっはっはっは! ま、ここはアイオンじゃあない。ツィーゲだ。最果ての街にして荒野を臨む街。多少頭のネジはぶっ飛んでると思っていた方が気が楽だぞ。ああ、今初日に快勝しただけじゃって言っていたな?」

「……ああ」

「それ、あと何日か繰り返せば圧勝で終わりじゃね? って考えるのがここの連中のノリだな!」

「んな、無茶な。大体飲食はわかる。酒もまあ……わかる。だが観劇ってのは何だよ?」

「? ほれ、あそこのステージでかっこいいのと綺麗どころが歌ったり踊ったりしているだろ? あれがそうだが」

 知らんのか、とでも言いたげに声をかけてきた冒険者らしい男がアイオン兵に教える。
 致命的に間違っている。
 彼とて観劇の意味位は知っている。
 何故戦闘の合間にそれをするんだと彼は問うているのに。

「馬鹿にしてくれるな、それは知ってる。俺が聞きたいのは戦場のど真ん中であんな事をさせてる意味だ。長期の行軍の慰問というならわからんでもないが……」

「ふぅん、慰問ね。そう見えるか。あれは戦意を高揚させ、団結を強め、早期回復を促す効果がある中々実用的なシロモノなんだがな」

「……はあ? あの女子供にほっそい野郎どもの踊りと歌がか?」

「ああ、冒険者のスキルには色々ある。よく見てみろ、二番目のステージの近くだ。魔術師どもが特に多いの、わかるかね?」

「冒険者と魔術師と一般兵の違いなんぞ遠目でわかるかよ」

「なんだ、わからんのか。ふむ、そんなものかもしれん。ま、あのステージは特に魔力回復に効果的なスキルの範囲内にあるわけだ」

「!?」

「ちなみに最初のステージだと活力、三番のステージは怪我や毒の治療に効果的だ」

「!?!?」

「最後のステージはアイドルだ。ま、あんまり肩肘張らずにどこにでも入っていってみれば良い。考えるな、感じろというやつだな、少年。では、明日も生き残れよ」

 冒険者風の男はまるで日常の中にでもいるように気軽に声を掛けると、その雰囲気のまま立ち去って行った。

「……マトモなのか、イカレてんのか。まったくわかんねえ、俺こっちで上手くやっていけんかね」

 そう泣きそうな顔で呟くアイオンの男。
 もう少年などという年を過ぎてどれほど経っただろうかと不意に昔が懐かしくなった。

「いかんなあ、死相が出ている。まだまだ若い君がそれじゃいかんよ。仕方ない、ライブの楽しみ方ってものを特別にレクチャーしてやろう。ああ、私は六夜だ。もし無事に勝利し君が生き残ったならツィーゲで一杯奢ってくれればいいとも、さあ行くぞ!」

 かと思えば冒険者、六夜がほどなく彼の元に戻ってきた。

「ちょ、ちょちょおい!」

 戸惑いと薄らと感じていた絶望、僅かな後悔に不安。
 ネガティブな感情が腹の底に溜まっていた青年は六夜に連れ回された。
 一時間後。

「アーシェスーーーーー!!」

 光る棒を両手に持って熱狂的に踊り狂いながら絶叫している青年の姿が、とあるステージの観覧席にあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふむ、皆良く楽しんでくれているようだ。そういえば、戦場では酒とはどういう扱いになるんだねノマ君」

「時と場合によるが、明日が戦いであるとわかっているなら今日のは少々多いな」

「明日の夜からは加減が必要か、わかった。考えが及ばなかったな」

「あんたはもう十分商人にしとくには惜しい立派な陰謀家だ。多様な冒険者が揃うこの街だからこその戦術とはいえ、よくもまあ奇抜なものばかり考え付く」

「出来る商人だからこその企み上手とでも言ってくれたまえ。それで、投石器というのはこれかね。以前見たものよりも随分とゴツい気がするが……」

 兵士たちの喧騒を聞きながら、光が届かず夜の闇そのままの一角にパトリック=レンブラントその人と傭兵団PRGの軍師ノマ、それに傭兵数名とモリス、冒険者たちが集まっていた。
 レンブラントの言葉通り、その場にはかなりの大きさの投石器があった。
 昼の間にはなかったものだ。
 日が暮れてからこの位置に組み上げ、先ほど完成したばかり。
 アイオン軍の状況と今夜の布陣を確認してからの設置が必要だった為慌ただしい仕事になっていた。

「十分な飛距離と静音性の付与を考慮するとどうしても部品が増える。まあ、ウチの連中も報酬分は働く。間に合ったのだから良しとしてくれ」

 ノマの言葉通り、投石器の組み上げはPRGの面々が主に携わっていた。
 
「もう二か所も抜かりなく?」

「当然。後は荷物の状態を確認して投げ込むだけだ」

「召喚士にテイマーの諸君、どうかね?」

 レンブラントは満足気に頷くと冒険者たちに尋ねる。

「問題ありません。仰ったように封印だけしています」

 リーダーらしい若い男が緊張感を隠さずに答える。
 相手がレンブラントである事、そして汎用性とは程遠いジョブの自分たちに活躍の場が生まれるかもしれないプレッシャーが彼をガチガチにしていた。
 召喚士は精霊を扱う者以外は魔獣やアンデッド、幻獣と契約、召喚して戦力とするジョブ。
 テイマーは召喚でなく実際にそれらと対峙し馴らしたり捕らえたりするジョブ。
 どちらも戦力としては現状一線級ではなく、少し前のローニンというジョブがそうであったように不遇な扱いを受ける事も珍しくなかった。
 彼らの視線の先には100リットルのスーツケース位の大きさの宝箱チェストのようなもの。
 蓋は開いていて、中には色とりどりの宝石か結晶みたいな物が詰められていた。

「では、彼らにもパーティーのおすそ分けをしよう。よろしく頼むよ」

 そういうとレンブラントは背を向けて去っていった。

「ノマ、良いか?」

「ああ、やってくれ」

 小さく溜息を漏らすとノマは仲間の傭兵に返事をする。
 投石器に宝箱がセットされる。

「それでは、私は他の場所の皆様に決行を伝えて参ります」

「よろしく」

 主に続いてモリスが一礼して闇に消える。
 ノマは考えていた。
 ツィーゲの利点とは恐ろしい、と。
 アイオンは馬鹿な決断をして敵対してはいけない相手を敵に回したと。
 ふと壁を見る。
 ツィーゲの依頼でPRGも関わって突貫工事で築き上げた外壁だ。
 その中には特殊な素材が幾つも扱われていて、部分的にはわざと穴を作って今は幻術で補っている。
 少し手を入れれば普通の外壁として使う事は容易だ。
 その特殊な素材が問題だ。
 中にはツィーゲの叡智が詰まっている。
 つまり、かの街が荒野と向き合ってきた経験と知識、知恵だ。
 強力な魔物であっても近寄りたくないと思わせる、数々の仕掛けがそこにはある。
 何度も何度も荒野からの襲撃を撃退し続け、蓄積され続けた経験はツィーゲの確かな財産だ。
 レンブラントという男はそれをも、荒野と共存、いや荒野を攻略しようと挑み続けてきたツィーゲが貯め込んできたもの全てを利用してアイオンを潰そうとしている。

(恐ろしいものだ。奴らほど容易くやられるつもりはないが……正直やり合いたくはない相手、だな)

 セットされた宝箱に目をやると、丁度風を切る音と同時にアイオン軍に向けて投げ込まれる所だった。

(荒野の魔物を召喚士とテイマーのスキルを利用して生きたまま捕らえて敵陣に放つ、か)

 相手が荒野で生息する魔物となると上位の召喚士やテイマーでも支配はかなり難しいし数の確保も当然困難だ。
 今後はゆっくりと進めて支配に成功した魔物を使うという手もあるが今回それは間に合わない。
 だがレンブラントは事もなげに言ったのだ。
 制御も支配も必要ないと。
 これまでツィーゲが防いできた脅威というものをアイオンも多少は思い知れば良いのではないかな、と。
 いやアイオン軍はともかく周囲の街にも被害が出るだろう、という意見には一時的に避難して貰えば良い、と。
 彼は実に淡々と言ってのけた。
 協力が得られない場合にはアイオン側につくという意思表示とみなしても良いだろうと。
 ツィーゲの外壁には、それはここに作られた急造のそれでも、荒野の魔物は余程近づかない。
 近場にお手頃なエサが沢山あるのなら特にだ。
 強いのから弱いのまで夜行性を中心に集めた魔物たち。
 後から乞われればツィーゲから討伐部隊をし、ご自慢の数でアイオン軍が魔物を圧殺するのならそれはそれでいい。
 昼も夜も戦ったら兵士は疲弊してしまうが、夜は別のに戦わせれば疲れるのも消耗するのも死ぬのも相手だけだ。
 ある意味で、商人にしか考え付かないような考え方と言えるかもしれないが初めて聞かされた時には本職のノマでさえ戦慄した。
 
(ごく小さな触媒を大量に仕込んで念話を阻害するやり方といい、魔物を利用するやり方といい。あの男には禁忌というものが無いな。或いは意図的に引きちぎって見せつけているのか……)

 アイオン軍だって騎獣という用途で魔獣を使ってるじゃないか。
 ローレルなんてドラゴンも使っている。
 何が違うんだね?
 当時のやりとりを思い出してノマは小さく首を横に振る。
 ライドウの策というのも圧倒的強者故に選びうる傲慢ともいえる無茶な代物だった。
 ツィーゲという場所は確かに人の世の魔境だと。
 あちらの状況を感覚強化で把握し予想通りの阿鼻叫喚の様相を確認すると、皆に向かって頷く。
 作戦終了。
 大きく両手で伸びをするとノマは何事も無かったように仲間たちと一緒に酒宴に戻るのだった。
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