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番外編《ルチアの触手》
03
しおりを挟む「エランは本当にいろいろ食べたことがあるんだね。驚いた」
「だが、これは知らなかった」
二人で並んで森を歩く。
ルチアの教えてくれる食用植物のほとんどはエランの知っているものだった。だが、知らないものもいくつかあった。今、エランが持っている枝もそれだ。
エランの手には、小指の先ほどの大きさの長細い木の実がいくつかついた枝が握られていた。
先端が青く、枝に近づくほどに紫になるその木の実は、一見毒々しい色合いだ。実際、昔この木の実のことを誰かに聞いたとき、毒があると教えられた記憶がエランにはあった。
それがいつで誰だったかまでは覚えていないが、毒かそうじゃないかの記憶だけは間違いない。
だが、ルチアは毒ではないと言った。信じて口に運んでみれば、エラン好みの爽やかな甘さのする木の実だった。
これまで食べてこなかったのが悔やまれるほどの美味さだ。
「毒だと聞いていたせいで惜しいことをした」
これほどのものを逃していたなんて。
エランは歩きながら、また一つ木の実をちぎって口に放り込む。
「ああ。魔力のない人間には毒になるから、それもあながち間違いじゃないよ」
「―――?!」
思わず口の動きを止めた。
魔力のない人間。エランはそれに該当するはずだ。
目を丸くしてルチアのほうを見上げると、エランの驚いた顔に気がついたルチアが、にやりと笑う。
「エランには、コレがあるから平気だよ」
そう言って、するりとエランの下腹部を服の上から撫でた。
その場所にあるものといえば一つしかない。エランは眉間に皺を寄せる。
「ここにボクの魔力がないときには、口にしないほうがいいと思うけど」
「……そこ、あんまり触るな」
「どうして?」
―――理由なんて言わなくてもわかっているくせに。
意地悪い表情を浮かべたルチアの手を、エランは勢いよく振り払った。
*
「ずいぶん立派な樹だね」
街から一番近いところにあるロシュの樹だ。
それでもここまで、二人の足で一刻ほどかかった。
「ああ。これのおかげで、このあたりは初心者の狩場にもなってる―――今日は誰もいないみたいだが」
ロシュの周りには魔物が近寄らない。
その特性を利用して、ロシュの樹を拠点に狩りをする冒険者は多かった。安全に狩りができるからだ。この辺りの魔物はそこまで強くはなかったが、用心に越したことはない。
特に初心者の場合、油断は命取りとなる。
「で、ここに魔物が近づかない理由はわかりそう?」
実際にロシュの樹を見に来たのはエランにその答えを教えるためではなく、自ら考えさせるためだったらしい。ルチアの言葉を聞いて、エランはじっとロシュの樹を見つめる。
木の実のなっているあたりを見上げてみたが、何か変わった様子は見つからなかった。
―――そういえば、育つ場所と言っていたか。
先ほど、ルチアがそう言っていたことを思い出す。
視線を木の実のほうではなく、地面へと向けた。
そしてすぐに違和感に気づく。
「―――なんだ、これは」
地面の一箇所が少し歪んで見えた。
近づいてみると、その歪みは一層増した。いや、違う―――ぐらりと視界が揺れ、エランはその場に膝をつく。
「そうなるから、魔物はここに近づかないんだよ」
「―――っ」
完全に地面に倒れ込んでしまう前に、身体をルチアに支えられた。
抱きかかえられ、樹から身体を離される。
「お前は……平気、なのか?」
「まあ、これぐらいなら。エランには刺激が強すぎたみたいだね」
離れた場所で地面に下ろされた。まだ一人で真っ直ぐ立てそうにない。
目の前のルチアの身体にしがみつくと、そのまま腕の中に抱きしめられた。
「……なにが、起こったんだ」
「あの樹は魔力の歪んでいる場所で大きくなりやすいんだよ。そういう場所を魔物は嫌う。さっきのエランのように魔力を乱されてしまうから」
「……今のは、魔力が乱れた感覚なのか?」
体感でいえば、立ちくらみに似ていた。
すぐに立っていられなくなり、膝をついてしまうほどのひどい立ちくらみだ。
「まだ気分は悪い?」
「……少し。まだ、ぐらぐらする」
「そう。エラン、上を向いて」
優しく唇が重なった。
すぐにルチアの舌が侵入してくる。そこから、とろりと魔力が流れ込んでくるのを感じた。
エランは後ろからでなくとも、ルチアの魔力を受け取ることができるようになっていた。あの日、頭に入られてからの変化だ。
流し込まれた魔力を受け取るようにルチアの舌を吸う。
くちゅくちゅと耳に届く濡れた音も、身体の奥を震わせる甘い刺激にしかならない。
ルチアの唇が離れそうになる。
エランはルチアの後頭部を手で掴むと、ぐっと自分のほうへと引き寄せた。
「まだだ」
―――まだ足りない。
自分から貪るようにルチアの舌を求める。
何度か舌を吸っていると、その形が変わった。触手に変化したのだ。
ずるりと喉の奥へ向かって伸びてくる。
『ほら、足りないんでしょ。もっと受け入れて』
頭の奥にルチアの声が響く。
これもあの日、繋がってからの変化だった。もう洗脳具を付けられているわけではないのに、こうして頭の中にルチアの声が響いてくることがある。
操られるわけじゃない。だが、エランの気持ちを揺さぶる声に違いはない。
喉奥を開いて、さらに奥にルチアの触手を受け入れる。ぐぷんと喉の奥に触手が潜りこむ。奥で弾けた魔力の熱にとろりと思考が蕩けていった。
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