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番外編《ルチアの触手》

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 ◇


 二人でギルドを訪れた。依頼を受けるためだ。
 掲示板を眺めている間もルチアは何やら落ち着かない様子だった。
 ローブをレッチャに預けたからだろうか。だが、見せてもらった身分証にも特に怪しいところはなかった。レッチャはエランより二つ年下だが、見習いではなく立派に塗装師として勤めているらしい。二階からバケツをひっくり返すような鈍臭さはあるようだったが、人柄に問題があるとは思えなかった。
 ルチアには何か思うところがあったのだろう。だが「どうかしたか」とエランが聞いても、適当に話をはぐらかすだけで何も言わない。
 何か様子がおかしかった。

 依頼は空振りだった。
 久しぶりに討伐依頼を受けようと考えていたが、最近の討伐はパーティ向けのものが多いらしい。エランとルチアの二人で受けるには、少し荷が重いものばかりだった。
 いや、この二人なら強引に受けられなくもなかったが、落ち着かない様子のルチアのことが気にかかったのもある。こんな状態のルチアを連れて依頼を受ける気にはなれず、そのままギルドを後にすることにした。
 今日は一日、休みにすることにして、二人でぶらりと街を歩く。
 昼ごはんに、目についた屋台で肉串をそれぞれ五本ずつ購入した。
 それぞれ、ぱくりと肉を頬張る。前に気に入っていた店とはまた違った味だったが、これはこれで悪くはなかった。腹が減っていたのもあって、エランは一本目の肉串をすぐに食べ終えてしまう。
 ふと、視界の端で見慣れた金色が揺れた。
 エランは驚いて、そちらに視線を向ける。ルチアの背中で、うにょりと指の太さほどの触手が揺れていた。

「―――!!」

 慌ててルチアの後ろに立ち、触手が人目に触れないようにする。
 その勢いのまま、ルチアの背中をグーで殴った。

「―――ッ、何するのさ、エラン」
「それはこっちの台詞だ。なんでこんなとこでコレを」
「あ……、」

 エランに言われるまで、ルチアは腰から触手が出ていることに気がついていなかったらしい。
 慌ててしゅるりと触手を体内に収納する。いや、実際は体内に収納されているわけではないのだろうが、触手コレが一体どんな仕組みなのか、エランは未だにわかっていない。

「……気をつけろよ」
「あー……うん。気をつけてはいるつもりなんだけど」

 歯切れ悪くそう言いながら、ルチアは手に持った肉串にかぶりついた。
 もきゅもきゅと咀嚼しながら、何か考えるような仕草を見せる。

「どうした」
「……いや、ちょっとね」
「?」

 どうにも歯切れが悪い。
 エランは首をひねってルチアのほうを見上げたが、ルチアは肉を頬張るだけで、それ以上、何かを言うことはなかった。

 *

 五本ずつ買った肉串も、あっという間に二人の腹に収まってしまった。贅沢をいえばあと二本は食べたかったが、最近何かと食べすぎなような気がするのでやめておいた。
 ルチアと一緒に食事をするのは楽しい。ルチアが目の前で美味しそうに食べているのを見ると、エランもつい食べすぎてしまう。
 その分、動けばいいのだが最近は大きな討伐依頼もご無沙汰だった。
 いざとなって動けないのは困る。
 小柄なエランは俊敏さが売りなのだ。それを失うわけにはいかない。

「そういえば、お前……身体は平気か?」

 さっきの出来事を思い出した。ロシュの件だ。
 あの時だって、もっと早く動けていればルチアの腕を引けたはずだったのに。

「身体? どうして?」
「ロシュを……魔物避けを浴びただろ。あれ、平気だったのかと思って」

 そんなことはもうすっかり忘れていたのか、エランの言葉にルチアは「ああ」と頷く。
 汚れたローブはそこにはないが、ちょうど魔物避けがかかった右腰のあたりを見下ろして、にっこりと微笑んだ。

「あれ、効果はないよ」
「え……?」
「エランの言ってるロシュって、このぐらいの小さな赤い木の実がなる樹で間違いない?」
「ああ、そうだ」

 このぐらい、とルチアが指先で示した大きさと、エランが知っているロシュの木の実の大きさは一致していた。
 ロシュという名前は知らなかったようが、ルチアはその樹を知っていたらしい。

「見た目はうまそうなのに、なんの味もしないアレだ」
「食べたの?!」
「小さな頃にな。毒ではないと聞いたから」

 孤児院にいたころの話だ。
 あの頃は毒ではないと聞けばなんでも口に放り込んでいた。ロシュもその一つだ。パンパンに皮の張った赤い実は太陽の光をきらきら反射し、子供の目にはうまそうに映ったのだ。
 聞けば毒ではないと言われたので一つ口に運んでみたものの、なんともいえない味だった。というよりは、味そのものがほとんどなかったのだ。
 味のしない、ねっとりとした汁はもう二度と口にしたいと思えるものではなかった。

「割と無茶なことをするよね。エランって」
「……子供の頃だと言っただろ。それで? あれに効果がないというのは?」

 話が逸れてしまった。
 ロシュに効果がない、とルチアははっきり言い切ったが、それは本当なのだろうか。

「あの樹の周りには確かに魔物が集まらないけど、それはあの樹の効果じゃないからね」
「樹の効果じゃない?」
「あの樹が育つ場所そのもののほうに、魔物を避ける効果があるんだよ」

 初耳だった。それを知らないのはエランだけではないだろう。みんなロシュの樹自体にその効果があると思っているから、その木の実からしぼり取った汁を壁に塗っているのだ。
 ルチアの言うことが本当だとしたら、とんだ無駄なことをしていることになる。

「魔物が嫌がるものっていくつかあるんだけど、―――って、これは実際見てもらったほうが早いかなぁ。なんなら今から行く?」
「―――行くって、森にか?」

 まだ昼過ぎだ。
 確かにこのあと、どこかに行くと決まっているわけではない。なんなら少し街をぶらついたあと、家に帰るつもりだった。
 時間だけなら充分にある。

 ―――だが、ロシュの樹を見るためだけに森に行くのは。

 ロシュの生えている場所は森の中でも奥まったところだ。わざわざ樹を見るためだけにそこまで行くのは、あまり気が乗らない。

「エランの知らない、おいしい木の実も教えてあげられるかも」
「行くか」

 エランはその言葉のほうに、強く興味を惹かれた。
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