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第5章 中間審査

23 仲間

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「お前ら、何を言って……」

 自分の評価が発表されたとき以上に、純嶺すみれの頭は真っ白になっていた。
 ふらふらと真栄倉まえくらたちのほうに近づく。
 足元のおぼつかない純嶺の肩を、せんは何も言わずに支えていてくれた。

「来んのが遅えんだよ」
「…………」

 そう吐き捨てた真栄倉が、睨むような表情でこちらを見る。返す言葉が見つからず呆然と立ち尽くす純嶺の顔をしばらく見つめた後、また審査員席に座る社長のほうへと視線を戻した。
 純嶺もちらりと社長の顔を見る。
 先ほどの真栄倉の宣言を聞いても、社長は顔色一つ変えていなかった。
 純嶺のチームメンバーの顔を一人一人確認するように視線を動かしてはいるが、その表情は何を考えているのかわからない。

「なあ、社長さん。なんか言うことねえの?」

 純嶺の隣で、染が軽口を叩くようにそう言った。
 その言葉を聞いて、社長はようやく表情を変える。三秒ほど目を閉じた後、はぁっと小さく息を吐き出し、ゆっくりと瞼を開いた。
 じっ、と純嶺の顔を見上げる。

「――私は、この審査で誰かを落とすと口にしたか?」

 その問いは、純嶺に向けられていた。
 しかし、まだうまく頭の回らない純嶺には何も答えられない。
 ぐっと眉根を寄せていると、ぽんっと染の手のひらが純嶺の頭に触れた。

「言ってねえよな」

 純嶺の代わりに、染が社長の質問に答えた。
 その顔には、にやりと不敵な笑みが浮かんでいる。

「そのとおり。だが、彼らは私が芦谷あしやくんを落とすと思っているようでな。ヴィランを演じるべきは君たちのはずなのに、私が悪役にされてしまっている」
「アンタが悪役っぽいツラしてるからじゃね?」
「ふむ……そうか?」
「なんだよ、自覚ねえの?」

 厳しそうに見えるのに、社長は意外と気さくな人物なのだろうか。染とのやりとりを見ていると随分と印象が違ってみえてくる。
 そんな二人を隣で眺めているうちに、純嶺の動揺も落ち着いてきたようだった。
 手の震えも、もうない。

「どうした? 大丈夫?」

 身じろいだ純嶺に気づいたのか、染が顔を覗き込んできた。

「ああ……もう平気だ。すまなかった」
「いーや、別に」

 平気だと答えたのに、染は純嶺の傍を離れようとはしなかった。
 純嶺の肩に手を置いたまま、社長のほうを向き直す。

「んで、これはどう収拾つけるやつ?」
「そうだな。現時点で誰も落とすつもりはないと約束をすれば、彼らは納得してくれるのかな?」
「……それでも、評価に納得がいかねえ」

 二人の会話に割り込むように、真栄倉が不満を告げた。
 ぎっと強く睨みつける真栄倉の視線にも、社長は怯む様子はない。ふむ、と一つ頷いて、真栄倉の目を真っ直ぐ見つめ返す。

「君の言うそれは、芦谷くんの評価のことで間違いないか?」
「そうだって言ってんだろ」
「君は芦谷くんを嫌っているように見えたのに……実は違っていたんだな」
「そんなこと、今は関係ない」

 社長はまた一つ頷くと、ふっと小さく息を漏らした。
 表情が先ほどより、和らいだように思える。

「評価の詳しい内容については、私が個別に答えるより、その封筒の中身を見てもらったほうが早いんだがな」
「封筒……」

 そういえば、最初に手渡された封筒のことをすっかり忘れていた。
 その場にいた全員が自分の手の中にある封筒に視線を落とす。真栄倉だけは、純嶺の手の中にある封筒を覗き込んできた。

「それ、開けろよ」
「……開けて、いいのか?」
「是非。私もそうしてくれたほうが助かる」

 社長にもそう促され、純嶺は封筒を開けた。
 慎重に中の紙を取り出し、三つ折りにされた用紙をおそるおそる開く。
 何枚か重なった一番上の紙を見て、驚きに目を見開いた。

「……採点、辞退?」

 純嶺の目に一番最初に飛び込んできたのは、太文字で書かれたそんな四文字の言葉だった。
 しかも、一つだけではない。
 三つ並んだその言葉の隣には、振付師コレオグラファー三人の名前がそれぞれ書かれている。

 ――これは……振付師の三人全員が、採点を辞退したということか?

 そうとしか考えられなかった。
 社長、プロデューサー、作曲家の三人がつけた点数はきちんと書かれている。
 だが六人中三人分の点数だけで、よい結果が得られるわけがなく、純嶺の総合評価は〔D〕になってしまったようだった。

「見ていい?」
「……ああ」
「俺にも見せろ」

 染と真栄倉がそれぞれ両側から、純嶺の手元を覗き込んでくる。
 内容を一目見て、真栄倉がぐっと顔を顰めた。

「なんだよ、この『採点辞退』って」

 真栄倉も純嶺と同じ感想を持ったようだ。
 しかし、反対から覗き込んでいた染は違うようだった。用紙に書かれた内容を見て何か気づいたことがあったのか、目を細めた後、笑うように息を漏らす。

「なるほど、ね」
「何が『なるほど』なんだ」
「いや……これだと、この点数も仕方ねえのかなって」
「は? どういうことだよ」

 そんな染に真栄倉が突っかかった。
 喧嘩腰というほどではないが、イライラとした様子は隠せていない。

「アンタもわかんねえの?」
「わかるわけがないだろ。採点すらしてもらえないなんて」

 染の質問に、純嶺も首を横に振った。
 それだけパフォーマンスの出来が悪かったということだろうか。でも、それでも点数を書くべきだ。
 採点辞退――という言葉の意味をうまく呑み込めない。

「それなら、直接本人たちに聞けば? そこにいるんだし」

 染が審査員席、社長の座る左側を指差した。
 そこにはくだんの振付師が三人、並んで座っている。
 三人は純嶺と視線を合わせると、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
 しばらく妙な空気が流れた後、純嶺たちのチームの振付を担当した振付師ルイがおもむろに席を立つ。
 純嶺に向かって勢いよく頭を下げた。

「――悪かった!」
「え……?」

 いきなり謝られても困ってしまう。
 なぜ、ルイが自分に謝まるのだろう。

 ――なんなんだ。

 困惑しつつも、ルイが次の言葉を紡ぐのを待つしかない。
 ルイはゆっくりと頭を上げると、ぽりぽりと頭を掻きながら口を開いた。

「別にこんなことになると思ってなかったんだよ。俺としては、今回の審査だけで純嶺に点数をつけたくなかったってだけで。お前がもっとできるやつだって知ってんのに……そんなの、つまんなすぎるだろ?」
「どういうことだ?」
「それだけ、お前に期待してたってことだな」

 やはり、何を言われているのかわからなかった。ルイが自分に対して、何を期待することがあるのかがわからない。
 それに、それが『採点辞退』に繋がる理由もだ。

「採点を辞退するなんて、そんなバカなことすんのは俺ぐらいだろうと思ってたし――まさか、他の二人も全く同じことをするとか、普通に考えてないと思うだろ」
「ってことは、なんだ? もしかして振付師全員が採点を辞退したのって、偶然だったわけ?」

 染が会話に割り込んできた。
 ルイがぶんぶんと何度も頷いている。

「採点は他の審査員の点数が見えない状態でやったんだよ。もちろん、お互い相談とかも厳禁でな」
「そうそう。だから私たちもこんな結果になるとは思ってなかったんだよ。でもまあ、私の気持ちもルイと同じ。純嶺クンの実力を知ってるからこそ、今回の採点は辞退させてもらった」
「オレもコイツら二人と一緒だな。お前、チームのレベルに合わせて踊ってたろ? そんなダンスを評価するっていうのはどうもな……点数をつける気にはなれなかったんだよ。ここにいる三人は、それだけASuアスの本気を見たかったっつうことだな」

 ルイの隣に座っていた振付師の二人、ヒヨリとツヴァイが続けて口を開いた。三人とも、同じような理由で採点を辞退したらしい。
 ただ、自分以外の二人まで同じように辞退するとは考えていなかったらしく、この結果には驚いているようだった。

「……『ASu』?」

 後ろからドラの声がした。
 ツヴァイが純嶺のことを『ASu』と呼んだのが気になったらしい。

「おっと……もしかして内緒だったか?」
「……別に」
「ならいいんだけど」

 ASuというのは、純嶺が振付師として活動するときに使っている名前だった。その名前を決めたのは純嶺が専属の振付師をしていたダンス&ボーカルグループcra+voのリーダーであり、純嶺の昔馴染みでもあるコウだ。
 別に本名でもいいといったのに、この名前のほうがカッコいいからといって勝手に決められたものだった。

 ――知られてたのか。

 振付師としての純嶺は、ほとんど顔を出さずに活動していた。プロフィールも特に公開していない。
 それなのに、同業者である三人は純嶺がASuであると知っていたらしい。
 その上、こんな風に期待されていたなんて。

「――私もこの三人の評価については少し考えたんだがな。次に期待するという意味も込めて、今回はこのままにさせてもらった」

 社長が三人の意見に付け加える。
 これはもう、この評価を受け入れるしかなさそうだった。純嶺も、三人の言っていることに全く心当たりがないわけではない。
 ただ、このまま黙って頷く気はなかった。

「……一つだけ、訂正しておきたい」
「なんだ?」
「おれは別に手を抜いたわけじゃない。確かにこれが個人を採点するオーディションだということを忘れていたのは認めるが、チームとして今できる最高のパフォーマンスをしたつもりだ」

 そこだけは訂正しておきたかった。
 この評価を周りに足を引っ張られた結果だとは思いたくないし、チームメンバーにも思ってほしくない。
 自分にできることは最大限やりきった。
 チームとしての完成度を最優先にした結果、こうなってしまったというだけだ。
 誰かを責めるようなことはしてほしくなかった。

「純嶺さん……ッ」

 純嶺の背中に誰かが抱きついてきた。
 ぐすぐすと聞こえるのは嗚咽だ。誰かが純嶺の背中にしがみついて泣いている。

「純嶺さんの点数が悪かったの……全部、僕が足を引っ張ったせいなんじゃないか、って」
 
 ルーネだった。
 この話を聞いて、やはり自分のことを責めてしまっていたらしい。振り返るとルーネの後ろに立っていた叶衣かなえも、ぽろぽろと涙を流している。

「……純嶺さんが落とされなくて、本当によかった」

 叶衣の呟きの後、真栄倉の立っているほうからも鼻を啜る音が聞こえた。



   ◇



 場は一旦仕切り直され、各々への講評が行われた。
 審査員からのコメントはかなりシビアなものが多く、A評価の二人であっても、かなりの課題が言い渡されていた。
 その下の評価になれば、当たり前に課題は山積みとなる。
 全員分の講評が終わる頃には、オーディション参加者は皆、疲れ切った表情を見せていた。
 審査員の六人はすでに退室し、スタッフも片付けを進めていたが、スタジオには参加者全員がまだ残っている。

「やるべきことが見えたような……また、全然わからなくなったような……」
「わかります。おれなんて、初歩の初歩のことばっかりですよ……時間、足りるかな」
「僕もです――精一杯、頑張らないと」

 ドラ、叶衣、ルーネがお互いを励まし合っていた。
 渡された評価用紙を見ながら、気持ちを奮い立たせているようだ。
 純嶺も負けていられなかった。
 振付師の三人が評価を辞退するという問題があったからとはいえ、自分がこの中で最下位という事実は変わらない。
 ここから、全員を打ち負かす気でいかなければならないのだ。

「はぁーあ。なんか無駄な時間に付き合わされたよね」

 純嶺のすぐ後ろから声がした。
 振り返ると、その人物とばちりと目が合う。そこに立っていたのは染に次いでA評価を受け取った参加者、蘭紗らんしゃだった。
 腰まである長い髪を南国の海のような鮮やかな青色に染めている。それを編み込んだ特徴的な髪型は彼のトレードマークだった。
 ダンスのうまさも目を引く相手だったので、純嶺も蘭紗のことは注目していた。
 だが、今まで一度も話したことはない。

「あのさぁ、仲良しこよしがしたいだけなら、よそでやってくれないかな。ボクはそんなことがしたくて、このオーディションに参加したんじゃないんだよね」

 蘭紗はにっこりと笑うと、その表情とは裏腹に温度のこもらない声でそう言った。表情と告げられた言葉の差が大きすぎて、すぐには内容を理解できない。

「ねえ、キミ――みんなによしよしされて、嬉しかった?」

 純嶺の真横を通り過ぎながら、耳打ちするように蘭紗が囁く。
 敵意を向けられていることには気づいたが、そのあまりの鋭さに、純嶺は何も返せなかった。
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