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第二章
10.宮廷の対立
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王子の結婚を前にして、王宮ではちょっとした対立が起こっていた。
元々この国は王子派と陛下派がいて、そして圧倒的に王子派が有利だ。
陛下がいないともちろん困るが、王子がいないと困るとか困らないとかではない。この国は成り立たないからだ。
陛下はそのことは重々ご承知だし、王子は政治に興味ないし、表向きには対立などなかったのだが、王子の結婚で風向きが変わってしまった。
王子が王家の正当な後継者ではあるが、今まで王子は結婚すらで出来ていないため、王妃様が一番国母に近い存在だった。
だからそれを笠に着て王妃様は威張っていたらしい。陛下派の中心であり王妃様のお父上にして宰相の侯爵様も同様である。
宰相様は父王を亡くし若くして王位に就いた陛下を支えた重鎮なのだが、陛下も三〇歳となり、もう立派に政治を取り仕切れるようになった。そんな陛下と宰相様は対立するようなことも増えてきたらしい。
陛下は、宰相様外しをしたがっているという噂なのだ。
特に二人が対立しているのが、宰相様が陛下の子を女王にしようとしていること。
陛下は「私が王位にあるのは、王家の長グレンからこの地位にあるのを許されているからだ。次の王は金目を受け継ぐグレンの子となる」
とキッパリ明言しているのだが、実際に王子の子供どころか奥さんもいない状況では宰相様に同調する声も多かった。
そういう微妙な空気の中での王子の結婚だった。
今、宰相様は劣勢なだけに、何をしてくるかは分からない。
王子は王家に伝わる婚礼にして戴冠の儀式を行い、王家の主としての正当性を完全なものにする必要がある。
聞けば聞くほど、婚礼の儀式はしないと駄目だろう。
「だが、本当にいいのか?エルシーに負担をかけることになるのは俺の本意ではないのだ」
と王子は言うが、私の手を心配している場合ではない。
「いいえ、グレン様、あんまり出来は良くないかも知れませんが、マントくらい作れます。婚礼の儀式、しましょう」
「エルシー」
王子は感動した様子で私の手を握る。
「はい、何ですか」
「本音を言えば、これほど嬉しいことはない。マントを贈られるのは、花嫁が求婚を受け入れた証。竜騎士達も結婚の際に花嫁からマントを贈られる。これはエステルの故事に由来する。俺も贈られたいと願っていたが、言い出せなかった」
ちなみにテレンス様のプロポーズは『俺のマントを作ってくれないか』であったという。マントはそのくらい大事なものらしい。
「……いや、それ、言って下さいよ。全然良いですよ、マントくらい作りますよ」
王子はやっぱりちょっと面倒くさい。
遠慮するところを間違っている。
マント問題が何とかなりそうなので、王家の婚礼の儀式は執り行うことになった。
それを聞いてタルコット先生は非常に喜ばれ、そして元気を取り戻した先生から王子はとっても怒られた。
「殿下はなにゆえにアメリア王妃様のことをお隠しになった。予言はあれほど皆にお伝え下さいとじいが再三申し上げておるでしょう」
「別に隠していたわけではない。お前達が聞かなかったから答えなかった」
王子は全然反省してない口調でそう言った。
「大体、お前達も義姉上では金目は生めないと言っていたから分かっているのだろうと思った」
というのが、王子の言い分らしい。
「王子、金目が生まれづらいというのと、まったく生めないというのでは、まるで違います」
とテレンス様がおっしゃるのはもっともである。
だが王子は否定した。
「まったくではない。今のままではおおよそ無理というだけだ」
「おおよそですか、グレン様」
何か違うのか、それは?
と思い、私は聞いてみた。
「そうだ。タルコット達は予言というが、確かなことはなにもない。運命を変えることは非常に困難だが、不可能ではないからだ。心がけ一つで変わる。確たることのように見えてその程度のものだ」
王子は何だかすごいことを淡々と言った。
「あ、そういうやつですか。じゃあ今から王妃様も悔い改めれば?」
私が首をかしげて尋ねると、王子は否定した。
「義姉上はもう難しい。金目は竜に関わるものだ。兄上と義姉上に竜は心を閉ざした。だが……そうだな、竜のうちでも神竜と呼ばれる存在と出会い、彼らと何らかの交渉が出来れば運命は変わる」
「シンリュウ?」
「俺も会ったことはないが、最も力の強い竜達は人の言葉を語るらしい。神と呼んで良い存在だ。そういうもの達なら、人には分からぬことも知っているし、人には成し得ぬことも出来る。彼らは人に関わろうとはしないが、それでも気まぐれに人を導くことがあるらしい」
「……つまり神様に会ったら運命変わるかもということですか?」
確かに神様に会ったら運命変わるだろう。
だが、神様、普通に生きていて会えそうにない。国内飛び回って、色んなところ旅している王子もこの神竜に会ったことはないそうだ。
私同様に王宮からあまり出ることがない王妃様には、ほぼ無理な気がする。
そう言うと、王子も首肯する。
「そうだ。だからおおよそ無理だ。だが、それでもそれは不可能を意味しない。抗う者には常に道が残されている。それが星の巡り、天道というものだ」
「テレンスさん、王妃様の件、どうする気?」
ジェローム様が先輩であるテレンス様に問う。
テレンス様は頭をかきむしった。
「どうするって今更、これ言うわけにはいかないだろう。何で今頃ってなるよな、俺だってそう思うよ。取りあえずは隠す。とにかく王子の第一子がお生まれになるまでは誰にも口外するな。老師、それでいかがでしょうか」
王子に恨めしそうな視線を投げた後、テレンス様はタルコット先生の判断を仰いだ。
「それが良い。どちらにせよ、グレン王子が王家の嫡流。王子の金目の御子がこの国の次の王。アメリア王妃の子ではない。王太子を生むのはエルシー様である」
そう言うと、タルコット先生は期待した眼差しをこちらに向ける。
……赤ちゃん、催促されました。
元々この国は王子派と陛下派がいて、そして圧倒的に王子派が有利だ。
陛下がいないともちろん困るが、王子がいないと困るとか困らないとかではない。この国は成り立たないからだ。
陛下はそのことは重々ご承知だし、王子は政治に興味ないし、表向きには対立などなかったのだが、王子の結婚で風向きが変わってしまった。
王子が王家の正当な後継者ではあるが、今まで王子は結婚すらで出来ていないため、王妃様が一番国母に近い存在だった。
だからそれを笠に着て王妃様は威張っていたらしい。陛下派の中心であり王妃様のお父上にして宰相の侯爵様も同様である。
宰相様は父王を亡くし若くして王位に就いた陛下を支えた重鎮なのだが、陛下も三〇歳となり、もう立派に政治を取り仕切れるようになった。そんな陛下と宰相様は対立するようなことも増えてきたらしい。
陛下は、宰相様外しをしたがっているという噂なのだ。
特に二人が対立しているのが、宰相様が陛下の子を女王にしようとしていること。
陛下は「私が王位にあるのは、王家の長グレンからこの地位にあるのを許されているからだ。次の王は金目を受け継ぐグレンの子となる」
とキッパリ明言しているのだが、実際に王子の子供どころか奥さんもいない状況では宰相様に同調する声も多かった。
そういう微妙な空気の中での王子の結婚だった。
今、宰相様は劣勢なだけに、何をしてくるかは分からない。
王子は王家に伝わる婚礼にして戴冠の儀式を行い、王家の主としての正当性を完全なものにする必要がある。
聞けば聞くほど、婚礼の儀式はしないと駄目だろう。
「だが、本当にいいのか?エルシーに負担をかけることになるのは俺の本意ではないのだ」
と王子は言うが、私の手を心配している場合ではない。
「いいえ、グレン様、あんまり出来は良くないかも知れませんが、マントくらい作れます。婚礼の儀式、しましょう」
「エルシー」
王子は感動した様子で私の手を握る。
「はい、何ですか」
「本音を言えば、これほど嬉しいことはない。マントを贈られるのは、花嫁が求婚を受け入れた証。竜騎士達も結婚の際に花嫁からマントを贈られる。これはエステルの故事に由来する。俺も贈られたいと願っていたが、言い出せなかった」
ちなみにテレンス様のプロポーズは『俺のマントを作ってくれないか』であったという。マントはそのくらい大事なものらしい。
「……いや、それ、言って下さいよ。全然良いですよ、マントくらい作りますよ」
王子はやっぱりちょっと面倒くさい。
遠慮するところを間違っている。
マント問題が何とかなりそうなので、王家の婚礼の儀式は執り行うことになった。
それを聞いてタルコット先生は非常に喜ばれ、そして元気を取り戻した先生から王子はとっても怒られた。
「殿下はなにゆえにアメリア王妃様のことをお隠しになった。予言はあれほど皆にお伝え下さいとじいが再三申し上げておるでしょう」
「別に隠していたわけではない。お前達が聞かなかったから答えなかった」
王子は全然反省してない口調でそう言った。
「大体、お前達も義姉上では金目は生めないと言っていたから分かっているのだろうと思った」
というのが、王子の言い分らしい。
「王子、金目が生まれづらいというのと、まったく生めないというのでは、まるで違います」
とテレンス様がおっしゃるのはもっともである。
だが王子は否定した。
「まったくではない。今のままではおおよそ無理というだけだ」
「おおよそですか、グレン様」
何か違うのか、それは?
と思い、私は聞いてみた。
「そうだ。タルコット達は予言というが、確かなことはなにもない。運命を変えることは非常に困難だが、不可能ではないからだ。心がけ一つで変わる。確たることのように見えてその程度のものだ」
王子は何だかすごいことを淡々と言った。
「あ、そういうやつですか。じゃあ今から王妃様も悔い改めれば?」
私が首をかしげて尋ねると、王子は否定した。
「義姉上はもう難しい。金目は竜に関わるものだ。兄上と義姉上に竜は心を閉ざした。だが……そうだな、竜のうちでも神竜と呼ばれる存在と出会い、彼らと何らかの交渉が出来れば運命は変わる」
「シンリュウ?」
「俺も会ったことはないが、最も力の強い竜達は人の言葉を語るらしい。神と呼んで良い存在だ。そういうもの達なら、人には分からぬことも知っているし、人には成し得ぬことも出来る。彼らは人に関わろうとはしないが、それでも気まぐれに人を導くことがあるらしい」
「……つまり神様に会ったら運命変わるかもということですか?」
確かに神様に会ったら運命変わるだろう。
だが、神様、普通に生きていて会えそうにない。国内飛び回って、色んなところ旅している王子もこの神竜に会ったことはないそうだ。
私同様に王宮からあまり出ることがない王妃様には、ほぼ無理な気がする。
そう言うと、王子も首肯する。
「そうだ。だからおおよそ無理だ。だが、それでもそれは不可能を意味しない。抗う者には常に道が残されている。それが星の巡り、天道というものだ」
「テレンスさん、王妃様の件、どうする気?」
ジェローム様が先輩であるテレンス様に問う。
テレンス様は頭をかきむしった。
「どうするって今更、これ言うわけにはいかないだろう。何で今頃ってなるよな、俺だってそう思うよ。取りあえずは隠す。とにかく王子の第一子がお生まれになるまでは誰にも口外するな。老師、それでいかがでしょうか」
王子に恨めしそうな視線を投げた後、テレンス様はタルコット先生の判断を仰いだ。
「それが良い。どちらにせよ、グレン王子が王家の嫡流。王子の金目の御子がこの国の次の王。アメリア王妃の子ではない。王太子を生むのはエルシー様である」
そう言うと、タルコット先生は期待した眼差しをこちらに向ける。
……赤ちゃん、催促されました。
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