愛玩石

稲葉夏雲

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1話

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 僕は、猫が嫌いになった。でも、猫を飼っている。
 いや、飼っているんじゃない、僕に勝手にくっついているだけだ。

 今日から数えて約三十日前。付き合っていた彼女と、別れた。少し前から冷めていたのは薄々気づいていたけれど、いや、もしかしたらそれは僕が一方的に冷めただけだったのかもしれないが。

 とにかく、別れた。彼女とは会わなくなった。そして彼女が僕に残していった物は猫だった。
 彼女は動物が嫌いなくせに、猫を飼っていた。そしてその猫を僕に押し付けてきたのだ。もしかしたら衝動飼いした猫を捨てるいいチャンスだと思ったのかも知れない。

 正直可愛いとは思えないし、別れた彼女との思い出を引きずっているようで、何だか嫌だった。人類が交配を繰り返して生まれたイエネコ。その愛玩の為に生まれた生物は、今の僕にとっては愛玩動物ではなく忌避動物なのだ。

 だから、家にも入れていない。彼女からは家の外から出すなと、口うるさく言われた。だが現実はそう上手く行かず、約束は守られることはなかった。

 最低限餌はやっているが、自分の家、己のテリトリーにそいつを入れる事など以ての外だった。

 でもそいつは僕に、懐いている、いや、懐いてしまっている。

 飼い始めた頃からそうだった。彼女にはあんまり懐かなかったが、僕にはベタベタだった。相性が良かったのだろうか、運が悪かった。

 初めの頃はそれでよかった、幸せだった、癒されていた。

 でもそれは、皮肉なことに、彼女との縁が切れると逆に悪い結果を引き起こした。

 もう懐いてほしくなんか無いのに、すり寄ってくる。すりすり、すりすり、媚びるようにすり寄ってくる。

 だから、家に入れない。家に入れた暁には、一生僕の体に触れていることだろうから。しかもこれで僕に懐かなくなったら、一石二鳥だ。

 そんな猫は、小汚い。家に入れていないのだから当たり前だが、汚い。

 臭いも、嗅ぎたくもないし嗅いでいないから分からないが、多分悪臭である。

 図体がどっしりと、妙に大きくて、顔もでかくて、手足も、しっぽも太い、モップの様な猫。

 当然、体が大きいから汚れる所も多くなる。

 そんなに嫌いなら、保護猫団体にでも預けたほうがいいのかもしれない。だが、それが何故か、できない。なぜなら自分の無駄に真面目な所がそれを拒絶するからだ。

 こんなに懐いているのに、お前はこいつを手放すのか? ならお前は最低だ。

 自分の中の無駄な、余分な、邪魔な自分が自分に話しかけてくる。本当に、うるさい。

 そんな僕の、鬱々とした気分を作る猫の名は、レイ。
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