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第一章「自殺か、他殺か」
【不幸な再会】
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昼休憩に入ろうとしたところで、涼花は刑事部長の三田に呼び止められた。その時点で少し嫌な予感がした。
「千葉西署の管内で人死にだ。死因に不審な点があるらしく、こちらに応援要請がきた。越智を連れてすぐ向かってくれるか? 他にも数人動いている」
越智は若手の後輩刑事。優秀だが、時に直情径行なところがある。
「それはつまり、殺しということですか?」
三田の顔が少し苦くなる。物事をきっちり分別したがる涼花の癖を知っているせいだ。
またやってしまった。気をつけなきゃ。
「それはまだわからん。だが、死因に不審な点があるとのことだったので、可能性はあるな」
「了解しました。すぐ向かいます」
涼花は部長に頭を下げる。至福の表情で呑気に弁当を食べていた越智の肩を叩き、二人で駐車場に向かう。
現場は千葉市内の四階建てマンション、203号室。JR総武線稲毛駅から徒歩二十分。白いタイルの外壁は一見綺麗だが、オートロックがないことから築年数はそれなりだろうと涼花は推測した。
駐車場にパトカーが二台停まっている。自分たちの他にも、三、四名の警察官が来ているようだ。
「よ、来たか」
昼間だからか、住民が少ないのか、警察が来ているのに野次馬はほとんどいない。部屋の前には見知った刑事たちが集まっていて、涼花を見るや手を振ってきた。その中に、森岡の姿があった。
「どうしてあなたがここにいるんですか……?」
「明日付けで、千葉中央警察署の刑事課に異動だ。涼花ちゃんと一緒の職場だぜ。これからよろしくな」
「はあ……?」
「明日からの勤務なのに、一日早い出動なんだぜ。偉かろう?」
「はあ……」
「そこはもうちょっとリアクションしてくれよ」
森岡が大げさに肩をすくめる。涼花は無視して本題に入った。
「事件の概要、教えてください」
「……了解」
森岡の言葉とともにそれぞれが動き出す。涼花と越智は森岡に続いて部屋に踏み込む。1DKの間取り。玄関を入るとダイニングキッチンで、奥に寝室らしき部屋がある。ダイニングキッチンの中央にテーブルがあって、白いテープが遺体の位置を示していた。被害者はそこに突っ伏していたらしい。
室内は多少散らかっているが、荒らされた形跡や争った痕跡はない。全体的に小奇麗だ。
森岡が説明を始める。
「遺体発見の連絡があったのは本日の十時。すぐに救急隊員が向かったわけだが、死因に不審な点があるということで、所轄のほうに連絡があったわけだ。亡くなったのは、この部屋の住人である入沢龍人の弟、入沢蓮音だ」
「入沢蓮音……?」
それは涼花が知っている名前だった。
「どうした?」と森岡が訊いてくる。
「入沢兄弟は、高校時代の同級生なんです。私が銚子に住んでいた当時のね」
「本当ですか?」と越智が口を挟んできた。
「うん」
千葉市と銚子市は約百キロ離れている。蓮音が千葉市内にいるとは思ってもみなかったが、それ以前にこういったかたちで彼の名前を聞きたくなかった。これは、涼花にとってまったくの想定外だった。
入沢蓮音は、涼花にとって初恋の相手だったから。
「実家が、近所だったんですよ」
「本当ですか? ……それはショックですね」
越智が同情の目を向ける。涼花は小さく頷き、深呼吸した。
蓮音の死を突きつけられ、心の中で冷たい雨が降り出す。気持ちを切り替えないと、底知れぬ悲しみに誘い込まれてしまいそうだ。彼は苦悶の表情をしていたのだろうか。いらぬ想像が頭をよぎり、膝をつきたくなる衝動に駆られる。だが、今は仕事中だ。私情に流されるわけにはいかない。
「ところで、この部屋の住人は、龍人だとさっき言いましたよね?」
小骨のように引っかかっていた点を、涼花は口にした。
「そうだ」と森岡が頷いたところで背後から警官の声がした。
「第一発見者である、入沢龍人さんをお連れしました」
「ご苦労」
警官に続き、二十代の男性が部屋に入ってくる。ロングのティーシャツにスキニーパンツのラフな格好。色素の薄い髪、整った顔立ち、細身でスタイルもいい。見間違えるはずがない。何年も会っていないが、それは涼花の知る顔だった。
「蓮音……」
思わず呟き、すぐに首を振る。
「久しぶり、龍人」
目の前に立つのは、間違いなく入沢龍人その人だった。
「……まさかとは思うけど、涼花?」
狐につままれたような顔をしてから、次第に強張っていた表情を彼は解いた。
「こんなところで再会するなんて、驚いたぜ」
「まさかはこっちの台詞だよ。まさか蓮音が亡くなってしまうなんて」
皮肉なものだなと涼花は思う。初恋の人と、その双子の兄と。二人とこんなかたちで再会することになろうとは。高校卒業から七年。かつて幼馴染であった三人が、久方ぶりに相まみえた瞬間であった。
* * *
「千葉西署の管内で人死にだ。死因に不審な点があるらしく、こちらに応援要請がきた。越智を連れてすぐ向かってくれるか? 他にも数人動いている」
越智は若手の後輩刑事。優秀だが、時に直情径行なところがある。
「それはつまり、殺しということですか?」
三田の顔が少し苦くなる。物事をきっちり分別したがる涼花の癖を知っているせいだ。
またやってしまった。気をつけなきゃ。
「それはまだわからん。だが、死因に不審な点があるとのことだったので、可能性はあるな」
「了解しました。すぐ向かいます」
涼花は部長に頭を下げる。至福の表情で呑気に弁当を食べていた越智の肩を叩き、二人で駐車場に向かう。
現場は千葉市内の四階建てマンション、203号室。JR総武線稲毛駅から徒歩二十分。白いタイルの外壁は一見綺麗だが、オートロックがないことから築年数はそれなりだろうと涼花は推測した。
駐車場にパトカーが二台停まっている。自分たちの他にも、三、四名の警察官が来ているようだ。
「よ、来たか」
昼間だからか、住民が少ないのか、警察が来ているのに野次馬はほとんどいない。部屋の前には見知った刑事たちが集まっていて、涼花を見るや手を振ってきた。その中に、森岡の姿があった。
「どうしてあなたがここにいるんですか……?」
「明日付けで、千葉中央警察署の刑事課に異動だ。涼花ちゃんと一緒の職場だぜ。これからよろしくな」
「はあ……?」
「明日からの勤務なのに、一日早い出動なんだぜ。偉かろう?」
「はあ……」
「そこはもうちょっとリアクションしてくれよ」
森岡が大げさに肩をすくめる。涼花は無視して本題に入った。
「事件の概要、教えてください」
「……了解」
森岡の言葉とともにそれぞれが動き出す。涼花と越智は森岡に続いて部屋に踏み込む。1DKの間取り。玄関を入るとダイニングキッチンで、奥に寝室らしき部屋がある。ダイニングキッチンの中央にテーブルがあって、白いテープが遺体の位置を示していた。被害者はそこに突っ伏していたらしい。
室内は多少散らかっているが、荒らされた形跡や争った痕跡はない。全体的に小奇麗だ。
森岡が説明を始める。
「遺体発見の連絡があったのは本日の十時。すぐに救急隊員が向かったわけだが、死因に不審な点があるということで、所轄のほうに連絡があったわけだ。亡くなったのは、この部屋の住人である入沢龍人の弟、入沢蓮音だ」
「入沢蓮音……?」
それは涼花が知っている名前だった。
「どうした?」と森岡が訊いてくる。
「入沢兄弟は、高校時代の同級生なんです。私が銚子に住んでいた当時のね」
「本当ですか?」と越智が口を挟んできた。
「うん」
千葉市と銚子市は約百キロ離れている。蓮音が千葉市内にいるとは思ってもみなかったが、それ以前にこういったかたちで彼の名前を聞きたくなかった。これは、涼花にとってまったくの想定外だった。
入沢蓮音は、涼花にとって初恋の相手だったから。
「実家が、近所だったんですよ」
「本当ですか? ……それはショックですね」
越智が同情の目を向ける。涼花は小さく頷き、深呼吸した。
蓮音の死を突きつけられ、心の中で冷たい雨が降り出す。気持ちを切り替えないと、底知れぬ悲しみに誘い込まれてしまいそうだ。彼は苦悶の表情をしていたのだろうか。いらぬ想像が頭をよぎり、膝をつきたくなる衝動に駆られる。だが、今は仕事中だ。私情に流されるわけにはいかない。
「ところで、この部屋の住人は、龍人だとさっき言いましたよね?」
小骨のように引っかかっていた点を、涼花は口にした。
「そうだ」と森岡が頷いたところで背後から警官の声がした。
「第一発見者である、入沢龍人さんをお連れしました」
「ご苦労」
警官に続き、二十代の男性が部屋に入ってくる。ロングのティーシャツにスキニーパンツのラフな格好。色素の薄い髪、整った顔立ち、細身でスタイルもいい。見間違えるはずがない。何年も会っていないが、それは涼花の知る顔だった。
「蓮音……」
思わず呟き、すぐに首を振る。
「久しぶり、龍人」
目の前に立つのは、間違いなく入沢龍人その人だった。
「……まさかとは思うけど、涼花?」
狐につままれたような顔をしてから、次第に強張っていた表情を彼は解いた。
「こんなところで再会するなんて、驚いたぜ」
「まさかはこっちの台詞だよ。まさか蓮音が亡くなってしまうなんて」
皮肉なものだなと涼花は思う。初恋の人と、その双子の兄と。二人とこんなかたちで再会することになろうとは。高校卒業から七年。かつて幼馴染であった三人が、久方ぶりに相まみえた瞬間であった。
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