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【魔法の指輪】
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「盗賊団の討伐だって~?」
陽が、西に傾き始めた時間帯。肉や魚の焼ける香ばしい匂いが立ち込める鈴蘭店の店内に、素っ頓狂な叫びが響いた。
声の主は、銀髪を短く刈り揃え、腰に刀を帯びている女性。何事かと幾つかの顔が彼女に向いたが、特に興味をひくことがないとわかると、食事を口に運んだり、カードゲームに興じるなど、元の動きに戻っていった。
「そうですよリン、何か問題でも?」
抑揚のない声で女性に応じたのは、小人族の少女。彼女の名はシャン。革鎧の胸元に下げた聖印は、彼女が聖職者であることを主張していた。
「だってさ、盗賊”団”なんだろ? 俺たちは四人しか居ないんだぜ? 本当に俺たちの手に負えるような相手なのかよ……」
「やれやれ……。体に似合わず臆病なんですね、リンは」
シャンに、リンと呼ばれた先ほどの女性は、大きな背中と翼を丸めるようにして、続けざまに弱音を吐く。
「体が大きくても不安なものは不安なんだよ。むしろシャンは楽観的過ぎるくらいだ」
下唇を突き出して仏頂面を浮かべたリンに、シャンは小さくため息を落とした。
リンの身長は実際高い。強靭な肉体を持つことで知られる天翼族である彼女の背丈はニメートルに迫るほどで、背中にある翼で空を飛ぶこともできる。彼女は屈強な戦士であると同時に、自身がリーダーを務める冒険者グループ、『ヒートストローク』の主戦力でもあった。
冒険者というのは、特定の組織や国に仕える事なく、様々な依頼を受けて報酬を獲得している者たちの総称である。分かり易く表現すると、『なんでも屋』といったところか。仕事の斡旋を受けないと生活費を稼げないので、仕事がない時は概ね、『鈴蘭亭』のような冒険者の店にたむろすることになる。
「人数が多いとはいえ、相手は所詮盗賊です。冒険者としての技能を持った盗賊――いわゆるスカウトですらありません。なんでしたら、あなた一人だけでも大丈夫なんじゃないかと、私は思っているくらいですよ?」
「私は~、別に~、どっちでもいいよ~」
捲くし立てるようにシャンが話していると、彼女の向かい側に席を取っていた少女が口を挟んでくる。食後のデザートとして準備してあった、フルーツを口いっぱいに頬張りながら。
身にまとった丈の短いローブと、テーブルの傍らに杖を立てかけている様子から、少女が魔法使いだとわかる。彼女の名前は、コノハ・プロスペロ。ポニーテールに結わえた赤い髪と、エメラルドグリーンの瞳が印象的だ。
「ご心配なく。コノハの口から、まともな意見が出てくるとは最初から思っていません」
「もがが――そのういかたは、ひどうぃんじゃないかなあ~」
――はあ……。
皮肉の言葉もどこ吹く風。意に介していないコノハの様子に、シャンは再び溜め息をもらした。後頭部をかきむしって顔を上げると、ちょうど近くを通り掛かった給仕の少女を呼び止めた。
「で……? 仕事の斡旋先は、本当に私たちで良かったんですかね、リリアン? 他にもっと適当な冒険者が居るでしょうに」
呼び止めた給仕の少女――リリアン・ウィンスレットはいったん足を止めると、料理を乗せたお盆を片手でバランスよく掲げたまま、一行が座っているテーブルの傍らまでやって来る。頭の両脇で二つに結い上げた薄紅色の長い髪が、ワンテンポ遅れて楽しげに揺れた。
「勿論やで」とリリアンは言った。西方にある一部の都市国家で聞かれる、強い訛りのある口調だ。
「件の盗賊団は、麻薬の密売にも関係しておってな。数ヶ月から活動を始めたこいつらが、ちょいとばかり派手目に麻薬や毒薬の横流しを始めたことで、薬草の流通ルートにまで影響が出始めたわけや」
「ん? 薬草と毒薬は無関係なんじゃ?」とコノハが首を捻ると、ちっちっち、とリリアンが指を立てる。
「薬草と毒薬は似て非なるもの。……とはいえ、流通ルートは被っている部分が実際多くての。薬物の流通に係わる規制が厳しくなるにつれて、普通の薬草を扱っている業者――つまりウチらも、取り引きしづらくなって困っているわけや」
この鈴蘭亭では、冒険者たちへの仕事を仲介する傍ら、冒険で必要になる武器・防具類や、薬草も取り扱っている。そしてリリアンは、齢十二歳の少女にして、仕事の斡旋と薬草の発注業務を同時に担っているのである。冒険者の店としての基本的な経営は彼女の父親が行っているとはいえ、合間で給仕の仕事も熟す。まさに、獅子奮迅の働きである。
「まーそんなわけで。難易度はそこまで高くない仕事だが、万が一失敗して逃げられでもしたら後々面倒なことになる。確実に盗賊団を殲滅できる冒険者として、アンタら『ヒートストローク』に、白羽の矢を立てたんやで」
女性ばかり四名で構成される冒険者グループ『ヒートストローク』。
一年ほど前から活動を始めたこのグループは、既に大きめの仕事を幾つか成功させており、鈴蘭亭お抱えの冒険者の中でも信頼に足るグループとして、名声を高めつつあった。
「買い被りすぎじゃないですかね。コノハは馬鹿だから作戦なんて立てられませんし、リンは”身体だけ”デカいから隠密活動には向いていませんし――」
その時響いたばきっという鈍い音と共に、シャンの頭が前方に傾いた。リンが彼女の後頭部を、力いっぱい小突いていた。
「痛っ……。何をするんですか」
「すまん、手が滑った」
「手って、そういう滑り方をするもんでしたっけ?」
シャンが顔を上げて抗議の声を出したが、リンは我関せずと言わんばかりにそっぽを向いた。
そんな二人の遣り取りを横目に口元を緩ませ、リリアンはシャンの肩に手を置いた。
「盗賊団の調査、殲滅方法はアンタらに一任する。そんな感じで、ま、ヨロシクな!」
ウチは仕事が忙しいから、これ以上油を売っている暇は無いんやでえ、とよく通る声だけを残し、リリアンは喧騒の中に消えて行った。
「あれ? この仕事って、もう請けた話になってんの?」
腕を組み、慨然とした表情を浮かべてリンがシャンの方を見る。
「そうですよ。言ってませんでしたか?」
「これっぽっちも聞いてね~よ……」
諦観の境地に至った顔で、リンが呟いた。不安要素はあるものの、どうにかなるだろうか。行動指針を決めたあとの彼女らは迅速だ。さっそく任務遂行に向けての青写真を、リンは描き始めていた。
「ほういえば、オルハふぁ?」
一人足りない、という事実に今さら気づいたコノハが、きょろきょろと視線を左右に走らせた。
「取り敢えずですね、あなたは話すか食べるかの、どちらかにしては如何でしょう……。オルハさんなら、一足先に情報収集で出ていますよ」
言いながら、店の入り口付近に視線を飛ばしたシャン。
「噂をすれば、なんとやら。戻ってきたようです」
長い耳と、腰までのびた銀色の髪が印象的な美人――オルハは、混みあった店内を真っ直ぐ進み、一行の元へとやって来る。
オルハは、容姿端麗なことで知られるエルフ族である。森を主な住処としているエルフ族の多くは優秀な弓の使い手なのだが、それは彼女とて例外ではない。背中に矢筒を背負い、革鎧を着ている様子からもわかる通り、弓手であると同時に、盗賊としての技能も彼女は持っていた。
「何かわかったか?」
リンの問いかけに、オルハは考え込むように天井を見上げた。
「……ん~そうねえ~。あまり目ぼしい情報はなかったけれど」
人数など、全体の規模は不明。主な生業は、窃盗、人身売買、麻薬の横流し、と独特の間延びした口調で盗賊団の情報を淡々と説明したあと、「それとは関係ないかもしれないけれど、他に、気になったことが一つだけ」とオルハが口添えた。
「気になること?」
「……ええ。冒険者通りを歩いているとき、黒いワンピースを着た女の子とぶつかったんだけど、その子が、黒い宝石が嵌っている指輪を付けていたのよ」
「指輪……ねえ。女の子が指輪を付けているのは、別に珍しいことでもないだろ?」
そう言って、リンが嘆息する。
「……指輪を嵌めているだけなら、その通りねえ」とオルハはなおも思案する。「……でも、間違いなくあれ、魔法の品だったのよねぇ。それも、あまり良くない魔法というか。なんというか」
「良くない魔法? 呪い的な何かってことか?」
「……そこまではなんとも。ただ、どこにでもいる普通の女の子が、なぜ魔法の品を持っているのかと、気になってしまって」
「それは、どんな指輪だったんですか?」
それまで傍観を決め込んでいたシャンが、その言葉に反応した。
長命なエルフ族であるオルハは、記憶力が高く、また、勘も鋭い。そんな彼女が見過ごせないなら、きっと何かある、とシャンは踏んでいた。
「……ん~、確か。蔦が絡みつくような意匠が施された指輪だったわねえ」
「蔦が絡みつく意匠……?」
シャンが、音がでるほど乱暴に椅子を引いて立ち上がる。そのまま真っ直ぐ店内の壁際まで移動すると、一枚の羊皮紙を剥がして持ってきた。
「この手配書の奴じゃないですか? 古物商から盗まれたと言う、魔法の指輪」
机の上に置かれた一枚の手配書。その中央に描かれている指輪の絵に、全員の視線が集まった。
大き目の黒い宝石が嵌められていおり、石の周辺には蔦が絡みつく意匠が施されている。絵を見る限りでは、オルハが言っていた情報と合致している。
「……確かに。女の子がしていた指輪と、よく似ているわね~」
手配書の内容に目を落としながら、オルハはシャンの指摘を肯定した。
「でも、俺らが請け負った仕事とは無関係――」と言い掛けたリンの言葉を、シャンが遮る。「――と思うでしょう? ところがです。この指輪を盗んだ容疑者のなかに、例の盗賊団も含まれているんです。そういった目撃情報が、寄せられているんだとか」
あらためて手配書の内容に目を通しながら、なるほど、とリンは呟いた。
「その女の子と、なにか繋がりがあるんだろうか? 念のため、調べてみる必要がありそうだな」
リンの言葉に、全員が首肯した。
「じゃあ、シャンとコノハは古物商と神殿に行って、この指輪の詳細について調べてみてくれ。俺とオルハは、指輪を持っていた少女の身元について、聞き込みしてみるよ」
「了解です」とシャンが肯いた。「さあ、行きますよコノハさん…………って……はあ?」
すっかり満腹になったのか、コノハは机に突っ伏したまま寝息を立てていた。そんな彼女の様子を見て、オルハがくく、と笑う。
「このまま永遠に眠らせてしまいましょうか?」シャンの皮肉に、リンは苦笑交じりに言った。「それ、彼女が起きている時にもう一度言ってやれ」
陽が、西に傾き始めた時間帯。肉や魚の焼ける香ばしい匂いが立ち込める鈴蘭店の店内に、素っ頓狂な叫びが響いた。
声の主は、銀髪を短く刈り揃え、腰に刀を帯びている女性。何事かと幾つかの顔が彼女に向いたが、特に興味をひくことがないとわかると、食事を口に運んだり、カードゲームに興じるなど、元の動きに戻っていった。
「そうですよリン、何か問題でも?」
抑揚のない声で女性に応じたのは、小人族の少女。彼女の名はシャン。革鎧の胸元に下げた聖印は、彼女が聖職者であることを主張していた。
「だってさ、盗賊”団”なんだろ? 俺たちは四人しか居ないんだぜ? 本当に俺たちの手に負えるような相手なのかよ……」
「やれやれ……。体に似合わず臆病なんですね、リンは」
シャンに、リンと呼ばれた先ほどの女性は、大きな背中と翼を丸めるようにして、続けざまに弱音を吐く。
「体が大きくても不安なものは不安なんだよ。むしろシャンは楽観的過ぎるくらいだ」
下唇を突き出して仏頂面を浮かべたリンに、シャンは小さくため息を落とした。
リンの身長は実際高い。強靭な肉体を持つことで知られる天翼族である彼女の背丈はニメートルに迫るほどで、背中にある翼で空を飛ぶこともできる。彼女は屈強な戦士であると同時に、自身がリーダーを務める冒険者グループ、『ヒートストローク』の主戦力でもあった。
冒険者というのは、特定の組織や国に仕える事なく、様々な依頼を受けて報酬を獲得している者たちの総称である。分かり易く表現すると、『なんでも屋』といったところか。仕事の斡旋を受けないと生活費を稼げないので、仕事がない時は概ね、『鈴蘭亭』のような冒険者の店にたむろすることになる。
「人数が多いとはいえ、相手は所詮盗賊です。冒険者としての技能を持った盗賊――いわゆるスカウトですらありません。なんでしたら、あなた一人だけでも大丈夫なんじゃないかと、私は思っているくらいですよ?」
「私は~、別に~、どっちでもいいよ~」
捲くし立てるようにシャンが話していると、彼女の向かい側に席を取っていた少女が口を挟んでくる。食後のデザートとして準備してあった、フルーツを口いっぱいに頬張りながら。
身にまとった丈の短いローブと、テーブルの傍らに杖を立てかけている様子から、少女が魔法使いだとわかる。彼女の名前は、コノハ・プロスペロ。ポニーテールに結わえた赤い髪と、エメラルドグリーンの瞳が印象的だ。
「ご心配なく。コノハの口から、まともな意見が出てくるとは最初から思っていません」
「もがが――そのういかたは、ひどうぃんじゃないかなあ~」
――はあ……。
皮肉の言葉もどこ吹く風。意に介していないコノハの様子に、シャンは再び溜め息をもらした。後頭部をかきむしって顔を上げると、ちょうど近くを通り掛かった給仕の少女を呼び止めた。
「で……? 仕事の斡旋先は、本当に私たちで良かったんですかね、リリアン? 他にもっと適当な冒険者が居るでしょうに」
呼び止めた給仕の少女――リリアン・ウィンスレットはいったん足を止めると、料理を乗せたお盆を片手でバランスよく掲げたまま、一行が座っているテーブルの傍らまでやって来る。頭の両脇で二つに結い上げた薄紅色の長い髪が、ワンテンポ遅れて楽しげに揺れた。
「勿論やで」とリリアンは言った。西方にある一部の都市国家で聞かれる、強い訛りのある口調だ。
「件の盗賊団は、麻薬の密売にも関係しておってな。数ヶ月から活動を始めたこいつらが、ちょいとばかり派手目に麻薬や毒薬の横流しを始めたことで、薬草の流通ルートにまで影響が出始めたわけや」
「ん? 薬草と毒薬は無関係なんじゃ?」とコノハが首を捻ると、ちっちっち、とリリアンが指を立てる。
「薬草と毒薬は似て非なるもの。……とはいえ、流通ルートは被っている部分が実際多くての。薬物の流通に係わる規制が厳しくなるにつれて、普通の薬草を扱っている業者――つまりウチらも、取り引きしづらくなって困っているわけや」
この鈴蘭亭では、冒険者たちへの仕事を仲介する傍ら、冒険で必要になる武器・防具類や、薬草も取り扱っている。そしてリリアンは、齢十二歳の少女にして、仕事の斡旋と薬草の発注業務を同時に担っているのである。冒険者の店としての基本的な経営は彼女の父親が行っているとはいえ、合間で給仕の仕事も熟す。まさに、獅子奮迅の働きである。
「まーそんなわけで。難易度はそこまで高くない仕事だが、万が一失敗して逃げられでもしたら後々面倒なことになる。確実に盗賊団を殲滅できる冒険者として、アンタら『ヒートストローク』に、白羽の矢を立てたんやで」
女性ばかり四名で構成される冒険者グループ『ヒートストローク』。
一年ほど前から活動を始めたこのグループは、既に大きめの仕事を幾つか成功させており、鈴蘭亭お抱えの冒険者の中でも信頼に足るグループとして、名声を高めつつあった。
「買い被りすぎじゃないですかね。コノハは馬鹿だから作戦なんて立てられませんし、リンは”身体だけ”デカいから隠密活動には向いていませんし――」
その時響いたばきっという鈍い音と共に、シャンの頭が前方に傾いた。リンが彼女の後頭部を、力いっぱい小突いていた。
「痛っ……。何をするんですか」
「すまん、手が滑った」
「手って、そういう滑り方をするもんでしたっけ?」
シャンが顔を上げて抗議の声を出したが、リンは我関せずと言わんばかりにそっぽを向いた。
そんな二人の遣り取りを横目に口元を緩ませ、リリアンはシャンの肩に手を置いた。
「盗賊団の調査、殲滅方法はアンタらに一任する。そんな感じで、ま、ヨロシクな!」
ウチは仕事が忙しいから、これ以上油を売っている暇は無いんやでえ、とよく通る声だけを残し、リリアンは喧騒の中に消えて行った。
「あれ? この仕事って、もう請けた話になってんの?」
腕を組み、慨然とした表情を浮かべてリンがシャンの方を見る。
「そうですよ。言ってませんでしたか?」
「これっぽっちも聞いてね~よ……」
諦観の境地に至った顔で、リンが呟いた。不安要素はあるものの、どうにかなるだろうか。行動指針を決めたあとの彼女らは迅速だ。さっそく任務遂行に向けての青写真を、リンは描き始めていた。
「ほういえば、オルハふぁ?」
一人足りない、という事実に今さら気づいたコノハが、きょろきょろと視線を左右に走らせた。
「取り敢えずですね、あなたは話すか食べるかの、どちらかにしては如何でしょう……。オルハさんなら、一足先に情報収集で出ていますよ」
言いながら、店の入り口付近に視線を飛ばしたシャン。
「噂をすれば、なんとやら。戻ってきたようです」
長い耳と、腰までのびた銀色の髪が印象的な美人――オルハは、混みあった店内を真っ直ぐ進み、一行の元へとやって来る。
オルハは、容姿端麗なことで知られるエルフ族である。森を主な住処としているエルフ族の多くは優秀な弓の使い手なのだが、それは彼女とて例外ではない。背中に矢筒を背負い、革鎧を着ている様子からもわかる通り、弓手であると同時に、盗賊としての技能も彼女は持っていた。
「何かわかったか?」
リンの問いかけに、オルハは考え込むように天井を見上げた。
「……ん~そうねえ~。あまり目ぼしい情報はなかったけれど」
人数など、全体の規模は不明。主な生業は、窃盗、人身売買、麻薬の横流し、と独特の間延びした口調で盗賊団の情報を淡々と説明したあと、「それとは関係ないかもしれないけれど、他に、気になったことが一つだけ」とオルハが口添えた。
「気になること?」
「……ええ。冒険者通りを歩いているとき、黒いワンピースを着た女の子とぶつかったんだけど、その子が、黒い宝石が嵌っている指輪を付けていたのよ」
「指輪……ねえ。女の子が指輪を付けているのは、別に珍しいことでもないだろ?」
そう言って、リンが嘆息する。
「……指輪を嵌めているだけなら、その通りねえ」とオルハはなおも思案する。「……でも、間違いなくあれ、魔法の品だったのよねぇ。それも、あまり良くない魔法というか。なんというか」
「良くない魔法? 呪い的な何かってことか?」
「……そこまではなんとも。ただ、どこにでもいる普通の女の子が、なぜ魔法の品を持っているのかと、気になってしまって」
「それは、どんな指輪だったんですか?」
それまで傍観を決め込んでいたシャンが、その言葉に反応した。
長命なエルフ族であるオルハは、記憶力が高く、また、勘も鋭い。そんな彼女が見過ごせないなら、きっと何かある、とシャンは踏んでいた。
「……ん~、確か。蔦が絡みつくような意匠が施された指輪だったわねえ」
「蔦が絡みつく意匠……?」
シャンが、音がでるほど乱暴に椅子を引いて立ち上がる。そのまま真っ直ぐ店内の壁際まで移動すると、一枚の羊皮紙を剥がして持ってきた。
「この手配書の奴じゃないですか? 古物商から盗まれたと言う、魔法の指輪」
机の上に置かれた一枚の手配書。その中央に描かれている指輪の絵に、全員の視線が集まった。
大き目の黒い宝石が嵌められていおり、石の周辺には蔦が絡みつく意匠が施されている。絵を見る限りでは、オルハが言っていた情報と合致している。
「……確かに。女の子がしていた指輪と、よく似ているわね~」
手配書の内容に目を落としながら、オルハはシャンの指摘を肯定した。
「でも、俺らが請け負った仕事とは無関係――」と言い掛けたリンの言葉を、シャンが遮る。「――と思うでしょう? ところがです。この指輪を盗んだ容疑者のなかに、例の盗賊団も含まれているんです。そういった目撃情報が、寄せられているんだとか」
あらためて手配書の内容に目を通しながら、なるほど、とリンは呟いた。
「その女の子と、なにか繋がりがあるんだろうか? 念のため、調べてみる必要がありそうだな」
リンの言葉に、全員が首肯した。
「じゃあ、シャンとコノハは古物商と神殿に行って、この指輪の詳細について調べてみてくれ。俺とオルハは、指輪を持っていた少女の身元について、聞き込みしてみるよ」
「了解です」とシャンが肯いた。「さあ、行きますよコノハさん…………って……はあ?」
すっかり満腹になったのか、コノハは机に突っ伏したまま寝息を立てていた。そんな彼女の様子を見て、オルハがくく、と笑う。
「このまま永遠に眠らせてしまいましょうか?」シャンの皮肉に、リンは苦笑交じりに言った。「それ、彼女が起きている時にもう一度言ってやれ」
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