上 下
2 / 7

【魔法の指輪】

しおりを挟む
「盗賊団の討伐だって~?」

 陽が、西に傾き始めた時間帯。肉や魚の焼ける香ばしい匂いが立ち込める鈴蘭店の店内に、素っ頓狂な叫びが響いた。
 声の主は、銀髪を短く刈り揃え、腰に刀を帯びている女性。何事かと幾つかの顔が彼女に向いたが、特に興味をひくことがないとわかると、食事を口に運んだり、カードゲームに興じるなど、元の動きに戻っていった。

「そうですよリン、何か問題でも?」

 抑揚のない声で女性に応じたのは、小人族の少女。彼女の名はシャン。革鎧の胸元に下げた聖印は、彼女が聖職者であることを主張していた。

「だってさ、盗賊”団”なんだろ? 俺たちは四人しか居ないんだぜ? 本当に俺たちの手に負えるような相手なのかよ……」
「やれやれ……。体に似合わず臆病なんですね、リンは」

 シャンに、リンと呼ばれた先ほどの女性は、大きな背中と翼を丸めるようにして、続けざまに弱音を吐く。

「体が大きくても不安なものは不安なんだよ。むしろシャンは楽観的過ぎるくらいだ」

 下唇を突き出して仏頂面を浮かべたリンに、シャンは小さくため息を落とした。
 リンの身長は実際高い。強靭な肉体を持つことで知られる天翼族てんよくぞくである彼女の背丈はニメートルに迫るほどで、背中にある翼で空を飛ぶこともできる。彼女は屈強な戦士であると同時に、自身がリーダーを務める冒険者グループ、『ヒートストローク』の主戦力でもあった。
 冒険者というのは、特定の組織や国に仕える事なく、様々な依頼を受けて報酬を獲得している者たちの総称である。分かり易く表現すると、『なんでも屋』といったところか。仕事の斡旋を受けないと生活費を稼げないので、仕事がない時は概ね、『鈴蘭亭』のような冒険者の店にたむろすることになる。

「人数が多いとはいえ、相手は所詮盗賊です。冒険者としての技能を持った盗賊――いわゆるスカウトですらありません。なんでしたら、あなた一人だけでも大丈夫なんじゃないかと、私は思っているくらいですよ?」
「私は~、別に~、どっちでもいいよ~」

 捲くし立てるようにシャンが話していると、彼女の向かい側に席を取っていた少女が口を挟んでくる。食後のデザートとして準備してあった、フルーツを口いっぱいに頬張りながら。
 身にまとった丈の短いローブと、テーブルの傍らに杖を立てかけている様子から、少女が魔法使いだとわかる。彼女の名前は、コノハ・プロスペロ。ポニーテールに結わえた赤い髪と、エメラルドグリーンの瞳が印象的だ。

「ご心配なく。コノハの口から、まともな意見が出てくるとは最初から思っていません」
「もがが――そのういかたは、ひどうぃんじゃないかなあ~」

 ――はあ……。

 皮肉の言葉もどこ吹く風。意に介していないコノハの様子に、シャンは再び溜め息をもらした。後頭部をかきむしって顔を上げると、ちょうど近くを通り掛かった給仕の少女を呼び止めた。

「で……? 仕事の斡旋先は、本当に私たちで良かったんですかね、リリアン? 他にもっと適当な冒険者が居るでしょうに」

 呼び止めた給仕の少女――リリアン・ウィンスレットはいったん足を止めると、料理を乗せたお盆を片手でバランスよく掲げたまま、一行が座っているテーブルの傍らまでやって来る。頭の両脇で二つに結い上げた薄紅色の長い髪が、ワンテンポ遅れて楽しげに揺れた。
「勿論やで」とリリアンは言った。西方にある一部の都市国家で聞かれる、強い訛りのある口調だ。

くだんの盗賊団は、麻薬の密売にも関係しておってな。数ヶ月から活動を始めたこいつらが、ちょいとばかり派手目に麻薬や毒薬の横流しを始めたことで、薬草の流通ルートにまで影響が出始めたわけや」

「ん? 薬草と毒薬は無関係なんじゃ?」とコノハが首を捻ると、ちっちっち、とリリアンが指を立てる。

「薬草と毒薬は似て非なるもの。……とはいえ、流通ルートは被っている部分が実際多くての。薬物の流通に係わる規制が厳しくなるにつれて、普通の薬草を扱っている業者――つまりウチらも、取り引きしづらくなって困っているわけや」

 この鈴蘭亭では、冒険者たちへの仕事を仲介する傍ら、冒険で必要になる武器・防具類や、薬草も取り扱っている。そしてリリアンは、齢十二歳の少女にして、仕事の斡旋と薬草の発注業務を同時に担っているのである。冒険者の店としての基本的な経営は彼女の父親が行っているとはいえ、合間で給仕の仕事も熟す。まさに、獅子奮迅ししふんじんの働きである。

「まーそんなわけで。難易度はそこまで高くない仕事だが、万が一失敗して逃げられでもしたら後々面倒なことになる。確実に盗賊団を殲滅できる冒険者として、アンタら『ヒートストローク』に、白羽の矢を立てたんやで」

 女性ばかり四名で構成される冒険者グループ『ヒートストローク』。
 一年ほど前から活動を始めたこのグループは、既に大きめの仕事を幾つか成功させており、鈴蘭亭お抱えの冒険者の中でも信頼に足るグループとして、名声を高めつつあった。

「買い被りすぎじゃないですかね。コノハは馬鹿だから作戦なんて立てられませんし、リンは”身体だけ”デカいから隠密活動には向いていませんし――」

 その時響いたばきっという鈍い音と共に、シャンの頭が前方に傾いた。リンが彼女の後頭部を、力いっぱい小突いていた。

「痛っ……。何をするんですか」
「すまん、手が滑った」
「手って、そういう滑り方をするもんでしたっけ?」

 シャンが顔を上げて抗議の声を出したが、リンは我関せずと言わんばかりにそっぽを向いた。
 そんな二人の遣り取りを横目に口元を緩ませ、リリアンはシャンの肩に手を置いた。

「盗賊団の調査、殲滅方法はアンタらに一任する。そんな感じで、ま、ヨロシクな!」

 ウチは仕事が忙しいから、これ以上油を売っている暇は無いんやでえ、とよく通る声だけを残し、リリアンは喧騒の中に消えて行った。

「あれ? この仕事って、もう請けた話になってんの?」

 腕を組み、慨然がいぜんとした表情を浮かべてリンがシャンの方を見る。

「そうですよ。言ってませんでしたか?」
「これっぽっちも聞いてね~よ……」

 諦観ていかんの境地に至った顔で、リンが呟いた。不安要素はあるものの、どうにかなるだろうか。行動指針を決めたあとの彼女らは迅速だ。さっそく任務遂行に向けての青写真を、リンは描き始めていた。

「ほういえば、オルハふぁ?」

 一人足りない、という事実に今さら気づいたコノハが、きょろきょろと視線を左右に走らせた。

「取り敢えずですね、あなたは話すか食べるかの、どちらかにしては如何でしょう……。オルハさんなら、一足先に情報収集で出ていますよ」

 言いながら、店の入り口付近に視線を飛ばしたシャン。

「噂をすれば、なんとやら。戻ってきたようです」
 
 長い耳と、腰までのびた銀色の髪が印象的な美人――オルハは、混みあった店内を真っ直ぐ進み、一行の元へとやって来る。
 オルハは、容姿端麗なことで知られるエルフ族である。森を主な住処としているエルフ族の多くは優秀な弓の使い手なのだが、それは彼女とて例外ではない。背中に矢筒を背負い、革鎧を着ている様子からもわかる通り、弓手であると同時に、盗賊スカウトとしての技能も彼女は持っていた。

「何かわかったか?」 

 リンの問いかけに、オルハは考え込むように天井を見上げた。

「……ん~そうねえ~。あまり目ぼしい情報はなかったけれど」

 人数など、全体の規模は不明。主な生業は、窃盗、人身売買、麻薬の横流し、と独特の間延びした口調で盗賊団の情報を淡々と説明したあと、「それとは関係ないかもしれないけれど、他に、気になったことが一つだけ」とオルハが口添えた。

「気になること?」
「……ええ。冒険者通りを歩いているとき、黒いワンピースを着た女の子とぶつかったんだけど、その子が、黒い宝石が嵌っている指輪を付けていたのよ」
「指輪……ねえ。女の子が指輪を付けているのは、別に珍しいことでもないだろ?」

 そう言って、リンが嘆息する。

「……指輪を嵌めているだけなら、その通りねえ」とオルハはなおも思案する。「……でも、間違いなくあれ、魔法の品だったのよねぇ。それも、あまり良くない魔法というか。なんというか」
「良くない魔法? 呪い的な何かってことか?」
「……そこまではなんとも。ただ、どこにでもいる普通の女の子が、なぜ魔法の品を持っているのかと、気になってしまって」
「それは、どんな指輪だったんですか?」

 それまで傍観を決め込んでいたシャンが、その言葉に反応した。
 長命なエルフ族であるオルハは、記憶力が高く、また、勘も鋭い。そんな彼女が見過ごせないなら、きっと何かある、とシャンは踏んでいた。

「……ん~、確か。蔦が絡みつくような意匠が施された指輪だったわねえ」
「蔦が絡みつく意匠……?」

 シャンが、音がでるほど乱暴に椅子を引いて立ち上がる。そのまま真っ直ぐ店内の壁際まで移動すると、一枚の羊皮紙を剥がして持ってきた。

「この手配書の奴じゃないですか? 古物商から盗まれたと言う、魔法の指輪」

 机の上に置かれた一枚の手配書。その中央に描かれている指輪の絵に、全員の視線が集まった。
 大き目の黒い宝石が嵌められていおり、石の周辺には蔦が絡みつく意匠が施されている。絵を見る限りでは、オルハが言っていた情報と合致している。

「……確かに。女の子がしていた指輪と、よく似ているわね~」

 手配書の内容に目を落としながら、オルハはシャンの指摘を肯定した。

「でも、俺らが請け負った仕事とは無関係――」と言い掛けたリンの言葉を、シャンが遮る。「――と思うでしょう? ところがです。この指輪を盗んだ容疑者のなかに、例の盗賊団も含まれているんです。そういった目撃情報が、寄せられているんだとか」

 あらためて手配書の内容に目を通しながら、なるほど、とリンは呟いた。

「その女の子と、なにか繋がりがあるんだろうか? 念のため、調べてみる必要がありそうだな」

 リンの言葉に、全員が首肯した。

「じゃあ、シャンとコノハは古物商と神殿に行って、この指輪の詳細について調べてみてくれ。俺とオルハは、指輪を持っていた少女の身元について、聞き込みしてみるよ」
「了解です」とシャンが肯いた。「さあ、行きますよコノハさん…………って……はあ?」

 すっかり満腹になったのか、コノハは机に突っ伏したまま寝息を立てていた。そんな彼女の様子を見て、オルハがくく、と笑う。

「このまま永遠に眠らせてしまいましょうか?」シャンの皮肉に、リンは苦笑交じりに言った。「それ、彼女が起きている時にもう一度言ってやれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

複雑で単純なこと

すずねこ脚本リスト
ファンタジー
高校の通学中にふと書き留めた物語を手直ししました。 気づいた時からひとりぼっちな男の子。 部屋から出ることを許されず、日の目を見ることも認められなかった。 必死に扉を叩いても、必死に叫び続けても 誰も救い出してはくれない世界。 ここはそういう場所。 誰も彼を見てやしない。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!幼女篇

愚者 (フール)
恋愛
プリムローズは、筆頭公爵の末娘。 上の姉と兄とは歳が離れていて、両親は上の子供達が手がかからなくなる。 すると父は仕事で母は社交に忙しく、末娘を放置。 そんな末娘に変化が起きる。 ある時、王宮で王妃様の第2子懐妊を祝うパーティーが行われる。 領地で隠居していた、祖父母が出席のためにやって来た。 パーティー後に悲劇が、プリムローズのたった一言で運命が変わる。 彼女は5年後に父からの催促で戻るが、家族との関係はどうなるのか? かなり普通のご令嬢とは違う育て方をされ、ズレた感覚の持ち主に。 個性的な周りの人物と出会いつつ、笑いありシリアスありの物語。 ゆっくり進行ですが、まったり読んで下さい。 ★初めての投稿小説になります。  お読み頂けたら、嬉しく思います。 全91話 完結作品

処理中です...