こうもりのねがいごと

宇井

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 サイラスとアケメの部屋に世話になって十日がたった。
 アケメは家で仕事をしているので、部屋にこもっている以外の時はずっと一緒にいた。
 金貨を隠すための亀のマスコットは翌日に作ってくれて、金貨に被せて取れないように細いリボンで括った。
 アケメの指先の動きは繊細で魔法のようにすいすいと動いていた。
 すぐそばでその作業をみじろぎもせずにいるコウの姿はアケメにクスリと笑われていた。でもそれも気付かないほど見入っていたのだ。
 亀は亀様とちがってリアルさがなく、とても可愛く仕上がっていてコウを笑顔にする。
 鎖の部分は外出する時には隠すことに決まり、アケメがあまり布でそれ用のストールを作ってくれた。それも沢山の布を持ち出し、何度もコウの胸に当ててはポイッと放り出すことを繰り返して辺りを散らかしながら吟味して選んだ布でだ。
 誰かが自分の為になにかを作ってくれるのは、やはりとてもくすぐったく何より嬉しかった。

 ここに連れてこられた初日から目についていたけれど、部屋の中にはアケメの作品が壁いっぱいに飾られている。
 布を繋ぎ合わせたパッチワークは大胆な柄をおりなす。
 紐を織って模様を作った吊るし飾りは南の窓から入ってくる風にくるくると回る。不思議に思って見ていると、それは家にやってくる邪を追い払う意味があり、アケメの故郷の物だと説明してくれた。
 これが悪い物を追い払ってくれているんだと、コウは信じることができる。
 仲のいい二人。たまの口喧嘩は言葉がぽんぽんとコウの上を往復して、しばらく経てばいつの間にか治まっている。
 朝起きてから、それから眠る前に二人にハグをされる。
 たまにアケメがいないベッドで一人で眠ることになるのは、サイラスと一緒に眠っているからだ。そんな風にコウに下手な遠慮をしない所がとても助かっている。
 二人ともこれまでと変わらない生活をしていることがわかるからだ。
 アケメが作ったサイラスとの二人の愛の巣は、コウにとっても過ごしやすかった。

 アケメは故郷の刺繍を売ることから始めて、今は故郷の文様の入った組み紐やベルト、機械織の壁飾りなど幅広く作って収入を得ている。
 色は渋めから華やかなものまで様々。複雑な文様は網目がずれたら無様に崩壊してしまうのに、図面なして完成させてしまうというその道の達人なのだ。
 コウも簡単な組み紐を練習したけれど、その簡単でさえ難しかった。それでも一つ作り上げた時の達成感は忘れられない。
 多くの人が一巡もせずに放り出してしまう作業をやり遂げただけでも価値がある。仕上がりも初めてにしては申し分ないと。そうアケメがお世辞抜きに褒めてくれて舞い上がりそうになった。
 辛抱強さが必要な地道で細かい作業も、意外とコウの性に合っていた。
 アケメは部屋で仕事に集中し、コウ一人が居間で基本の編みを復習していると、自分を囲む何もかも忘れて無になる瞬間があった。
 何かに夢中になれる時間があるのは、コウにとってありがたかった。そして贅沢な時をすごさせてもらっていることに感謝した。

 サイラスは毎日出勤していて、コウが城に入るためのつてはないかと探してくれている。サイラスの上司は貴族らしいがそれでも部隊の一番下の階級らしく、それ以上の大物に近付くのは難しいらしい。
 そんな報告でもコウはがっかりしない。人がこれだけ自分の為に動いてくれているだけで、何のお礼もできないのが心苦しいくらいだ。
 
 掃除と洗濯はアケメと一緒にやっている。
 ここへきてあの神域の泉がどれほど便利だったとしみじみする。便利な洗濯の機械を使っても汚れは完璧に落ちない時がある。
 コウはアケメが苦手だという料理を全部請け負って、朝昼晩と作っている。
 コウは沢山の種類を作れないけれど、二人とも美味しいと言って食べてくれる。ビブレスで覚えたレシピは読み込み作っているうちに頭の中に入っていて、コウは知らずに何か国もの料理をそれと知らずに作れるようになっていた。


 今夜の夕食も三人で食卓について、いただきますをした。
 メニューは家にある食材を煮込んだ、食材は二日に一度の割合でサイラスが仕事帰りに買ってくる。
 今日は牛肉の煮込みとサラダ。そして青い果実の酢漬けだ。

「うひゃ、何回食べてもこの酢漬けはすごね、鼻にツンとくる」

 コウが持っていた青い果実の酢漬けはかなり不評だ。でもそれが癖になるのだとアケメはヒーヒー言って喜んで食べている。アケメが笑うとサイラスが喜んで、だからコウも楽しくなってしまう。
 アケメはその色合いも好きらしくて、いつでも食卓の上に乗せて飾られている。
 サイラスは一度口にしたきり食べていないし、本当いうとコウも進んでは食べたくないし美味しいとは思えない。
 それでも最初に作った漬物よりは味が遥かにまともであること、それでもアスランが喜んで食べてくれたこと伝えると、二人は苦笑いして、味覚異常というか偏食というか愛かもしれないね……とつぶやいた。
 アスランとコウの仲は早くもバレてしまっている。
 そもそもコウは一生贅沢できるだけのお金を手にしているのだから、無理にアスランに会い従僕へ戻る必要はない。
 アスランほどの立場があるとはいえ、従僕に価値ある金貨をあげるだろうか。
 と疑問は幾つでも挙げられる。

『愛だね……二人はできてるんだね』

 つぶやいたアケメにサイラスも素直に頷いたものだ。

 コウは決してそれを認めていないのだが、必死に否定する姿もぷるぷると真っ赤になっているのだから二人の目は誤魔化されない。そして余計にアスランとコウを会わせてやりたい思いを強くさせるのだ。

「ねえ、コウちゃんはウタリ様にも会ってるんだったよね。どんな方?」
「えっと、お話をしただけでお姿は見ていないのですが、偉ぶっていないのに威厳がありました。誰と喋っているのかわからない状況だったんですけれど、つい背筋がのびてしまうんです、ぴんって。だけど意外に楽しいおじさんって感じで」
「へえ、イメージ通りの人だね。宰相って縁の下の力持ちってイメージだけど、ウタリ様は積極的に市井に顔を出してたんだ。ぼくはウタリ様が好きだから、その時だけは引きこもりを脱して場所取りに行ったよ」
「アケメさんを外出させるなんて、主様はすごい方です」

 アケメの出不精ぶりを知ったコウは感心する。
 なにしろアケメはサイラスが出勤する時と帰った時だけ扉を開ける。それ以外の来客は扉を閉じたままの対応だし、食事の買い物に行くのも嫌だという。
 仕事についてはアケメのいい値で卸しているらしく、一週に一度、取引先が引き取りにやってきて、その時に前回アケメに指定された材料を持ってくるらしい。
 お金は稼いでいる。でも食材がなくなったら、サイラスがいなくなったら餓死するしかないと言っている。
 アケメはコウが心配だと言うけれど、コウはアケメの方が心配だ。
 何か事件があってこうなってしまったのではなく、一度篭ったらジンクスみたいになってしまって、自分が外に出ると悪いことが起こる気がするらしいのだ。
 でもアケメとサイラスの二人がそれでいいのならいいのだろう。
 人は色いろだなあとコウは思う。
 アケメは手にしていたフォークを置き、ほうっと甘い溜息をつく。

「ウタリ様はかっこいいんだ。お年を感じさせない身軽さで、秋の大祭では全裸で川で泳いでたんだ。清めるのは収穫した野菜だけでいいのに、どうしてだか突然飛び込んで、がんがん泳ぐから拍手喝采だったよ」
「あれほど身近な龍はいない。大祭の泳ぎは後世にも語り継がれるよ。俺も見たかった」
「ぼくは見ちゃったよ。割れた腹筋とか、その下とかさ……ぐきゃ」
「その下の詳しくは、聞きたくないぜ」

 顔を隠してぐふぐふするアケメ、サイラスが悔しそうにグラスの酒を飲む。
 
 腹筋の下って……

 ようやく意味がわかったコウは、話を蒸し返したくなくて煮込みをほおばり、口の中でもごもごさせる。何も考えずに入れた具は肉の塊で、なかなか消えてくれない。
 アスランのものは大きい。コウはその身で嫌と言うほど知ってしまっている。そしてそれはリジルヘズの男性平均より大きめなのだろう。

 龍だもん……龍だし……

 聖域の小屋を壊すほどの巨体だし、変異しても自然大きめなのだろう。
 しかし龍としてのその姿はほとんど見せないらしく、アケメもサイラスも龍を見たことはないらしい。他の国民もほとんどが龍の絵姿を見て想像しているだけにすぎない。
 龍の姿になるには大きな力が必要だろうし、移動はひとめがない真夜中なのだろうとサイラスは言う。
 
「アスラン様は孤高の龍って感じで、近寄りがたいイメージなんだけど今でも人気はあるよ。まさに龍、まさに王族って感じだね。今世国王は若くて未熟だけど国民全体が応援してる感じ」
「今世国王様はお幾つなのですか?」
「うーん、見た目で言うとぼくとコウちゃんと同じくらいらしいよ、ね?」
「ああ、年恰好はそうだろう。でも今世国王は顔が凛々しくて骨太でいらっしゃる」
「今世国王が最後の龍だね。まあ、その前にぼくたちが亡くなるだろうけど、リジルヘズがずっと平和であって欲しいよ」
「ウタリ様もアスラン様も、先代王様も、龍がいなくなった後のために策を考えてくださった。今はまだ滞ることがあっても、時間とともに修正されて軌道に乗る。リジルヘズはいつまでも美しい水をたたえる国であり続けるよ」

 食卓は鎮まり、いつしか三人とも食事の手を止めていた。

「僕も、そう願います」
「コウちゃんの国にも平和がくるといいね」
「はい。飢えがない平和な国がいいです。そうなったら工場の人達だって楽になれる。僕は燕麦粥でお腹いっぱいになるのか夢だったけど、それ以上のことが叶ってしまいました」
「燕麦、食べてたんだね」
「はい、ここでは飼料なんですね。今は燕麦を思うと、一緒に悲しい思いが出てきてしまいます」

 コウはもう真っ黒ではない爪を見る。少しだけ息苦しくなったのは、寂しくて苦しかった昔を思い出したから。
 あの頃の自分はこれほど世界が広く、こんな豊かな国があるなんて知らなかった。
 きかけは声の主様であるウタリが作り、コウの知らないことはアスランが教えてくれた。世界のことも、歴史のことも、コウが自由であることも。

 早くアスラン様に会いたいです。会いたいです……

 もう何度胸の中でつぶやいたかわからない。
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