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しおりを挟む「たまには外もいいだろう。しかも夜だ。人の目を気にしなくていいぞ」
サイラスはから帰宅するとそう言ってコウを連れ出した。
出不精なアケメに合わせているだけでなく、コウは外より家で何かをしている方が好きな質らしい。
アケメは自室で一人作業するのが習慣らしく、コウは居間で大人しく、これまで教えてもらったことを日々復習している。
過度に触れ合わないのも上手くやっていけている理由なのかもしれない。
「アケメに付き合ってこもりきりじゃ体に悪いだろ」
続けてサイラスはそう言うけれど、昼間は数分部屋の外へ出てリジルヘズという国を感じている。
少し先にある通りは馬車が行き交っていて、自動で車輪が動く乗り物は初日以来見ていない。
晴れた日には建物の裏に洗濯物がはためいていて、景観を損なわないように住民たちが配慮しているのがわかる。
市場にも連れていってもらったことがあるけれど、食べ物から衣類まで何でも揃えることができて、やはり活気があって凄いとしか言いようがなかった。
これが現実とは思えないよ。
コウはアケメに教えてもらった組み紐を編みながら、色を変える空をみて思ったものだ。
ビブレスとは違う空。コウの生まれ育った国ともまた違う気がする。
どれが夢なのか……
リジルヘズにいる自分、ビブレスにいた自分、奴隷のように働くことしか知らなかった頃の自分。
どれも生まれ変わってまったく別の世界を生きているようだ。
ここでアケメとサイラスによくしてもらっている今の自分さえ、なんだか現実味がない。特に集中して紐を組んでいる時なんて、たった一人の世界にトリップして時間の経過も感じない。
はっとして顔を上げた時にはいつも、自室で作業していたはずのアケメが心配そうにこちらを見下ろしていたりする。そんなことの繰り返しの日々になっていた。
真っ暗な外に出るのは、この国にやってきてサイラスに助けられたあの日以来だ。
街灯は遠くにぽつりと見える一つだけだけど、空に散らばる星明りが夜歩きを助けてくれる。
どこへ行くのだろうかと思いながらも、二人で黙ったまま歩いていけば、着いた場所は王城だった。
「この中に入れてやれればいいんだけどな」
それが最も難しいことだとコウもわかっている。コウはゆっくりと首をふって目の前に立ちはだかる壁を見上げた。
サイラスには広場の噴水にも連れて行ってもらったことがある。その水を手にすくってみたからと言って何も起こらなかったし、ビブレスにいる精霊の亀様に通じている感触もなかった。
コウがビブレスにいたことも、水を通じてここまでやってきたことも二人は信じてくれていた。荒唐無稽な話をしている最中も決して水を差さなかった。何かヒントがあるかもしれないと、すぐに噴水に連れていってくれた。
『あと数キロで王城内の泉に繋がっていたかもしれないのにっ、惜しすぎっ』
アケメなどそう地団太ふんだものだ。
思い出し笑いするコウにサイラスが微笑む。
「龍に変異し移動するとなると夜だろう。ちらっとでも姿が見えないかなって。ま、俺達警備だってその姿を見てる奴はほんの一部だし、期待は薄いんだがな」
「いいんです。サイラスさんは僕のことに頭を悩ませないで、いつも通りでいてください。僕のためにさく時間はアケメさんの為に使ってください」
「それは無理だ。コウはもう家族だからな。大切な人の幸せを手助けするのは当たり前のことだろう?」
サイラスは大きな手の平でコウの頭を撫でた。
コウはそれに驚いた。家族と言う言葉に、それとサイラスはこれまでコウに、こんな風に気軽に触れたことがなかったからだ。
コウが困惑していると、足音も立てずにやってきていた男性が声をかけてきた。
「おう……サイラスじゃないか。仕事しに戻ってきたのか?」
「まさか、そっちはもう終わりか?」
「ああ、寄り道してから帰るよ。そっちの子は? とうとう養子をもらったのか? それとも隠し子か?」
「どっちでもいいだろう」
もうすでに酔っているのではないかと思うほど、サイラスの職場仲間らしき男性は楽しげだ。長話をするつもりはなかったらしく、歩調を緩めただけでとめることはなく去って行った。
「同性同士の結婚だと親戚から養子をもらうことが多いんだ。でもアケメは妹のことが引っかかっていてずっとその気になれずにいたし、俺も二人の生活に満足してたし。でも最近気持ちが変わったよ」
同じ家に暮らし、同じ物を食べる。その中で芽生えた気持ちはそれだとサイラスは言う。
「仕事しててもさ、アケメに会いたいと思った後に、コウの顔が浮かぶんだ。差し入れのお菓子を食べてるときは、アケメよりコウに食べさせてやりたいって思うかな。ほら、甘味はお前の方が美味しそうに食べるから」
「サイラスさん……」
「コウを城の近くに連れてきたかっただけなのに、流れがおかしくなったな。悪い。忘れろってのは無理だろうし、サイラスが変なこと言ってたなくらいに留めといてくれるか。ごめんな、コウはアスラン様のことだけ考えているべきなのに」
「いえ、全然。そんな風に思ってもらえているなんて、思ってもみなくて……僕もアケメさんとサイラスさんのことが大好きです……」
「その気持ちだけでいいよ。快適な今を壊して無理に型にはめることはないんだ。好きって言ってくれてありがとな」
勝手に流れてくる涙を拭っていると、今度は前髪をぐしゃりとされた。
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