子豚の魔法が解けるまで

宇井

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 ベニーがやってきてから、ジェイクの仕事は減るどころか増えていっていた。書類の束がどっと増えたのだ。
 そしてそれでまで郵送で送られてきていた物が、人の手によって運ばれてくるようになった。
 なんで薬師に大量の書類がくるの? そう思ったけど、仕事については以前聞いた事以上の事は知らない。俺も聞かないようにしてる。
 そんなジェイクの仕事が増えた問題よりも、その書類を持ってくる人の方が俺にとっては大問題だった。

 扉の外のノッカーが硬い音をさせる。ガンガンって。
 これは誰が鳴らしても同じじゃない。その人の心理状態がよくわかる代物だと思う。
 その人の音はどこかイライラの感情が混じっていて、俺はそいつの立てるその音がザラザラした感情の表れみたいで好きじゃない。
 ダイニングテーブルで、寝坊助ベニーの遅めの朝食を食べさせていた俺は渋々手をとめる。

「にーに?」

 三度目となるノッカーの音がして、ベニーが俺をきょとん顔で見る。

「はいはい、出るからね。あと、俺はにーにじゃなくて、トモエだからなベニー」

 スプーンを置き、外にいる相手には聞こえはしない声で答え、玄関の鍵をひねり開ける。
 
「おはようございます。お待たせしました」
「待たせすぎだろ」
「まあまあ、レーンさん。おはよう、トモエ君。それにベニーもおはよう」

 最初に文句を言ったのがレーン。この男はジェイクと変わらない身長で、悔しいけどイケメン。性格に相応しくクールな部品で組み立てられた涼しい顔に手入れの楽そうな短髪。
 で、対照的に明るく愛想のいい女性がロイ。
 身長は百七十はあるけど、この世界の女性の平均位。顔にはソバカスがちらばって、そのせいか幼さが残る顔つきだ。今は顎より上で切りそろえた短めの髪だけど、伸ばして三つ編みすれば大草原にいそうな可愛い女の子になるだろう。ただしいつもズボンを履いている。
 どちらもジェイクの……仕事仲間、もしくは部下。二人共ごく普通の二十代らしい若者の格好だ。
 このふたりが頻繁に訪れては、荷物を手にジェイクの部屋に数時間こもるようになっている。

「あらら、トモエ君、今の時間にベニーの朝食? それにしてもあれもこれもじゃ大変でしょう。だからジェイクの仕事管理は僕がやるって言ってるのに」

 ロイが食卓の惨状を見て笑う。

「いいんです。俺、ここに住まわせてもらってるし、少しは恩返ししないと。ベニーのお世話は楽しいし、書類整理は嫌じゃない」
「そう? トモエ君は健気だね。まだ小さいのに」

 ロイはしゃがむといきなり薄い胸に抱き込んでくる。肉が薄くても女性の体は柔らかい。そしていい匂いがする。
 俺は女体に一切の興味がない。けれど女性と言う存在が嫌いな訳じゃない。
 ロイと出会って確認できたのは、いくら自分より強く腕力のある女性であっても、やっぱり男が守るべき存在なのだと言うこと。
 異性が好きな人は女性の脂肪のふにゃふにゃを気持ちいいと思うんだろうけど、俺は簡単に潰れそうで怖いと思ってしまう。
 ロイは男たちの中で頑張っているせいか、私ではなく『僕』という一人称を使う。それが似合っているのは少年ぽいからだけど、ジェイクと仲間ってことは、それなりに腕もたつのだろう。
 大人の俺がロイと素手で喧嘩したら負けるだろう。この世界の女性は体格のせいもあるけれど概ね強い印象がある。体力勝負の工事現場や、重労働の職人町にも女性の姿は少数だが必ずいるらしい。
 そんな強い女性に対して守るも何もないんだけど、気持ちだけは庇護すべき者だと勝手に思っている。
 俺はロイの胸からどうにか脱出する。
 
「健気じゃないよ。家の手伝いは当たり前だよ」
「うーん、その書類整理や管理が僕の仕事なんだけどな。前日からトモエ君が頑張ると僕の役目がへっちゃうんだよね」
「だったらベニーの遊び相手になってやってよ。そうすれば子供を産んでお母さんになった時にも役立つでかもしれないでしょ」
「将来ね……僕って世間では完璧な行き遅れなんだよ。ずっと仕事ばかりでシッターの経験はないし、結婚の予定もないし……」
「ロイが相手なら結婚したいって人はいると思うな。話があるならお見合いすればいいのに」
「仕事を辞める気はないし、そうなるとよっぽど理解がある人じゃないとね」
「だったら同業者とかどう。近くにいるなら見つけやすくていいじゃん。きっと周りは男性ばっかりでしょ?」
「男は多いけど、イモばっかりゴロゴロして、その中からなんてとても選べない。良い人が身近にいないから、一人でいるんだよ。子供は好きなんだけどな」

 そうは言ってもいつか結婚するんだろうし、ロイのような子が好みだと言う男性は多いだろうし、実際はもててるんだろう。
 そうなると結婚も子育てもまったくない話ではない気がするな。
 ロイもベニーが好きで、たまに抱っこをかわってくれたり、遊んでくれたりする。
 俺がついしてしまう、ジェイクの仕事の手伝いに関しては困った顔を見せるけど、いつもひと言で済ませてそれ以上はしつこくせず引き下がってくれる。
 こんな朗らかな人が姉さんだったら楽しいだろうな、そう思わせる笑顔だ。

 ジェイクは子供の俺でも書斎に入ることを許してくれる。
 今でも手伝いはジェイクの指示待ちだけど、書類を仕分けして、分類ごとに箱に入れることくらいはできる。
 あと薬草に関しては素人だから、これを缶に入れておいてとか、茎だけを切って紐で縛るとか、ベニーが眠った夜には二人でそんな作業もしながら効能なんかを教えてもらっている。こっちは仕事じゃなくてジェイクの趣味として。
 ちなみに熊の手は原材料としていい値が付く段階まで加工して、どこかへ送っていた。
 ほら、俺って結構役に立ってるよね? と思っていても、思いっきり嫌な顔をする奴がいる。そいつの存在が俺の専らの悩みだ。

「まったく、いつまでこんな子供と一緒に暮らすのか……」

 大袈裟に溜息をついてから、フンッと目も合わせないレーンはベニーを見てから俺に非難するように言う。

「また粗末な服を着せているのか」
「これはベニーが好きで着ているんです。ジェイクや俺が選ぶと気にいらないみたいだし、母親が送ってきたブラウスは嫌がって泣き叫ぶんですから」
「それはお前たちが甘やかせ過ぎているからだ。母親の元にいる時には大人しくしていただろうに」

 レーンは嫌な顔をするけど、俺はそれに同意できない。
 俺はまったく知らなかったけれど、服は身分を表すための重要な要素があるらしい。
 こんな小都市でそんな身分がわかる格好や印を身につけたら変に目立って危ないって思うけど、ジェイクとベニーの二人にはそれなりの場所で暮らしてほしいらしい。ここを離れて守りの固い場所で暮らせと、それに尽きるらしいのだ。
 それもあって、レーンはベニーが好きな庶民の色である水色に顔をしかめる。
 教えられなくともわかっていたのは、この町に薄い青色の服を着る人は多い事。それが一番染色しやす色なのだろうと想像するだけだけど、あながち間違いではないみたい。だからこそ安価で大量に庶民の間に流通するのだ。
 
「俺はベニー大人しいのがいいとは思わない。それはきっと、これまでベニーが周りの顔色をうかがっていたって事だろ。子供が大人に気をつかうなんてあってはいけないことだ。ここはベニーがいたお屋敷じゃないんだから、自由であっていい。自分の好きな物を着ていいだろ?」

 レーンは俺の言うことなんてもう聞いてなくて、敷いてある玄関マットを越えて靴のまま部屋に上がっていってしまっている。これについては習慣だから悪気はないのかもしれない。

「まって、ここは土足禁止です」
「知るか。おかしな習慣を持ち込むな」
「ベニーが床で遊ぶんです。その手を舐めて病気になったら大変でしょ」

 とりあえず靴を脱げとレーンの上着の服をツンツンと引っ張る。すると顔だけを動かして見下ろして来る。
 はっきり言ってこの身長差だけでも威圧されて怖さを感じる。だけど凄まれても怯まない。今はベニーがいるし、間違った事を言っているとは思わないから。家主であるジェイクがそれを認めて自分もしているのだから、客はそれに従うべきだ。
 
「気安く触るな」

 高い場所から大きなレーンの手が振ってきた。
 ぶたれる、と思ったら目をぎゅと閉じてしまって、避ける事もできずにいた。
 レーンの手は俺の肩にぶつかり、後方に弾かれ尻餅をついてしまう。
 俺もこんなに飛ぶとは思ってなくて驚いた。

 いって……

 顔をしかめて腰に手をやっても奴は知らん顔だった。
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