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美樹十五歳、Xデーに向けての家族会議
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突如として、秀明と美樹の間で論争が勃発した日の翌朝。その日は土曜日で学校が休みであった為、子供達は常には母親から許して貰えない朝寝を満喫してから、ブランチを食べた後に美樹の部屋に集まった。
「姉さん……。昨夜は一晩中、二人の論争と乱闘でとんでもなく五月蠅くて、全然寝られ無かったんだけど。敷地が広いからご近所に迷惑はかからないと思うけど、もう少し家族の迷惑を考えて貰えないかな?」
かなり恨みがましい視線と口調で言われた美樹は、さすがに居心地悪そうに答える。
「確かにちょっと、騒々しかったかもしれないわね……」
「“あれ”がちょっと?」
「…………」
完全に呆れ返りながら、こめかみに青筋を浮かべた弟を見て、形勢不利を悟った美樹は押し黙った。するとここで、予想外の声が上がる。
「あれ? にぃに、お部屋に耳栓無かったの? 美那、耳栓したら、ちゃんと寝られたよ?」
「まさ、なにもきこえなかったー! ぐっすりー!」
美那に不思議そうに、美昌には明るく言われて、美久が僅かに顔を引き攣らせる。
「昨日のあれは、耳栓をするとかしないとかの問題じゃ無かったと思うし、そもそもあの状況で熟睡って……。やっぱり兄弟の中で、僕が一番小者だって事かな……」
そんな事を皮肉気に呟いてから、美久は気持ちを切り替えて美樹に問いを発した。
「まあ、それはともかく。結局、あれからどうなったの?」
「どうって……。予定通り高校には行かないけど、高等学校卒業程度認定試験を受けて、大学には進学する事にしたわ。お母さんが『仮にも桜査警公社の社長職に就くのなら、社長の肩書きが中卒だと、物を知らない周りから侮られかねないし、そうなると社員さん達も肩身の狭い思いをするかもしれないわ』って言い出したから」
それを聞いた美久が、盛大な溜め息を吐く。
「別に社長が中卒でも、公社の社員は困らないと思うけど……。お母さんは普段は常識人に見えるのに、時々良く分からない事を言うよね」
「本当ね。『大学入学までに一人産んでおいて、入学後にもう一人、長期休みに合わせて上手く出産するようにすれば、時間的に無駄がないわね。授業がある時は、子供は預かってあげるから』とも言われたわ」
姉の淡々とした説明を聞いて、美久は頭を抱えた。
「無駄がないって……。娘夫婦の家族計画にまで、口を出してくるとは思わなかったな……。因みに姉さんは、どこの大学や学部を希望」
「東成大よ。行くならあいつより下は、私のプライドが許さないわ」
「……本当に姉さんって、父さんと仲が悪いよね」
自分の台詞を遮りながら、語気強く断言した美樹を見て、美久は再度溜め息を吐いて項垂れた。するとここで、美那がさり気なく尋ねてくる。
「ねぇね、かずにぃの家族に挨拶した?」
それに美樹が、小さく頷いてから答えた。
「電話はしたわ。それで、お母さん達が向こうに挨拶に出向くんじゃなくて、和真の弟夫婦がこっちに来てくれる事になったの。朝起きてから、和真からその連絡があったわ」
「かずにぃの弟さん? そうなんだ。『息子の嫁に、お嬢さんを下さい』じゃなくて、『お兄さんのお嫁さんに、お嬢さんを下さい』なんだね」
「そうね。ご両親はそれなりのお年だし、電話の最中に倒れたみたいだし、無理はさせられないみたいよ?」
そう美樹がそう告げると、美久と美那は揃って同情する顔つきになった。しかし美昌だけは、元気な声を上げる。
「弟さんが、貧乏くじを引かされたか……」
「大変だね」
「いつー? いつ、くるのー?」
「再来週の日曜日だそうよ」
「そうか。かずにぃの弟さんだし、おもてなししないとね!」
「うん! おもてなしー!」
下の二人は何も考えずに明るく笑ったが、それを聞いた美久は、瞬時に顔付きを険しくした。
「姉さん……。それ、拙くないか? それまでに父さんの機嫌が直るのは、絶望的だよね?」
美久からのその問いかけに、美樹が睨み返しながら答える。
「美久……。あんた当日、ちゃんと家に居てよ? あいつが暴れ出したら、私とあんたで止めるしかないんだから」
「……やっぱり、そうなるよな」
「ねぇね、にぃに、ファイト!!」
「がんばれー!」
そこで無意識に溜め息を吐いた美樹と、がっくりと項垂れた美久に向かって、弟妹から明る過ぎる声がかけられた。
※※※
旭日食品資材統括本部。
旭日食品内では、生産供給本部とは双璧を為すこの部門は、業務範囲が旭日グループ全体にまで及ぶ為、ここの業務が滞れば忽ち生産工場、物流、営業に支障が出てくるという重要部署である。
となれば、そこの総責任者のポストが、社内でも重要視されるのは自明の理であったが、入社後数年、三十代半ばで藤宮秀明がそこの本部長に任命された時、社内で様々な憶測を呼んだ。
その殆どは、彼が社長の娘婿である為、その地位に就く事ができたのだろうと言うやっかみ半分のものであり、周囲からの反発も凄まじかったが、彼はそんな物を歯牙にもかけず、瞬く間に本部全体を掌握した。
その後も肩書きに相応しい辣腕ぶりを発揮し、その能力とカリスマ性から社内から一目置かれ、文句なく次期社長候補筆頭と見られていた他、部下からも尊敬と羨望の眼差しで見られていたが、つい三週間程前に秀明が怪我をし、一週間の入院生活を過ごした後に職場復帰してから資材統括本部は、常に沈黙と恐怖に支配されていた。
「おい……、何だか月曜の朝から、本部長の機嫌が悪くないか?」
「二週間前から、機嫌が良かったためしなんかあったかよ……。それにしても先週以上に、周りの空気が物騒なんだが……」
本部長席から少し離れた席に着いている部下達が小声で囁き合うほど、この半月程の間の室内の雰囲気は悪く、既に病休者が三人出る事態となっていた。そんな中、話しかけた社員が、一層声を潜めながら言い出す。
「お前、本部長の怪我の理由、知ってたか?」
「いや。だが、この機嫌の悪さは、怪我が関係しているとは思っていたが」
「それがさ……、秘書室から情報が漏れてきたんだが、本部長が娘さんの結婚に反対して、反抗した娘さんと乱闘になって、病院送りにされたそうだ」
それを聞いた同僚は一瞬驚いた後、怪訝な顔になった。
「は? ちょっと待て。だって本部長は、まだ五十手前だろう? それに社長の娘と結婚したのは、官庁勤めを辞めて入社した後の筈だし……。娘さんってどう考えても、まだ十代じゃ無いのか?」
「十五歳だそうだ」
冷静に補足説明されて、彼は深く納得して頷いた。
「……そりゃあ、親として反対するよな」
「そして相手が三十歳年上だそうだ」
更に追加された情報に、彼は思わず遠い目をしてしまった。
「…………そりゃあ、親としてキレるよな」
「そして金曜に、娘さんが高校に進学しないつもりなのが分かって、また乱闘騒ぎになったそうだ」
それを聞いた彼は、疑わしげに尋ね返した。
「………………今日は月曜だぞ。お前その情報、どうやって手に入れた?」
「さっき実夢から『社長が頭を抱えてる』って、社内メールで言ってきた」
「付き合ってたのかよ、お前ら! つうか、社内メールを私用に使うな!」
「うわ! 馬鹿、静かにしろよ!」
秘書室の高嶺の花の名前が出てきた途端、反射的に立ち上がって叫んだ彼を同僚は慌てて叱りつけたが、時既に遅く、本部長席で異音が生じた。
「ひいっ!」
そしてすぐさま、真っ二つになったボールペンの破片が二人に向かって一直線に投げつけられ、室内に立ち上がった秀明の怒声が轟く。
「そこ!! さっきからごちゃごちゃうるせえぞ!!」
「ももも申し訳ございません!」
「以後、私語は慎みますので、ご容赦下さいませ!」
顔色を変えて立ち上がった二人は直角に頭を下げ、そんな彼らに秀明は、冷え切った視線を向けた。
「……飛ばされたく無かったら、馬車馬以上に働け。それができないなら、道産子に混ざってそりを引いて、根性を入れ直してこい。ばんえい競馬で一着になるまで、帰って来るな」
「はっ、はいぃやいっ!」
「働きますです!」
恫喝された二人は、何やら日本語がおかしくなりながら目を血走らせて仕事に取り組み、現時点で旭日食品資材統括本部に、平穏な日々が戻ってくる気配は、全く感じられなかった。
「……今日資材統括本部で、そういう事があったらしい。そして病休者が、更に一人発生した」
「それならその部署での病休者は、現在四人?」
「どんなブラック企業ならぬ、ブラック部署よ」
まだ残業中の秀明を除く家族全員が揃った夕食の席で、昌典が切々と社内の現状を訴えた。それを聞いた美子と美樹が、呆れ顔になる。
「こんな状況下で小野塚君とご家族を招き入れたら、うちはともかく社内で多大な人的被害が出かねない。別に挨拶とかは、必要無いんじゃないのか?」
「…………」
そう提案した昌典だったが、その途端美子が無言で睨んできた。その為、昌典は美樹に向き直りながら、尚も訴える。
「それに、もういっその事、結婚式も披露宴もしない事にするとか」
「…………」
しかし孫からも責めるような視線を返され、昌典はたじろいだ。それを傍観できなかった美久が、困ったように祖父を宥める。
「お祖父ちゃん、気持ちは分かるけど、どっちも無理だよ。個人としてはともかく、桜査警公社の次期社長副社長の結婚披露宴だよ? その関係者を幅広く呼んで、御披露目も兼ねてるんだから」
「俺はそれが一番、納得がいかないんだが……」
本気で頭を抱えた昌典に、美久が追い討ちをかける。
「そんな場で父さんが暴れたら大惨事だから、挨拶で幾らかでも免疫を付けて、当日までには何とか諦めて貰わないといけないし。結納とかしないなら、尚更だから」
「それも分かってはいるんだが……」
「要は、その場を和やかにすれば良いのよね」
そこで唐突に美樹が口を挟んできたが、その内容に美久が盛大に顔を歪めた。
「……姉さん。それはどう考えても無理だと思う。何をどうしろと?」
「美久。あんた、固定観念に凝り固まっていたら、政治改革なんかできないわよ? それでも未来の首相なの?」
そこで睨み合う姉と兄を交互に見ながら、美那が興味津々で尋ねた。
「じゃあねぇね、どうするの?」
「ネットの海に潜るわ」
「……え?」
「ぶくぶく?」
美那と美昌がキョトンとした顔になる中、美久が呆れたように口にする。
「……要は姉さんだって、今のところは無策なんじゃないか」
「五月蠅いわよ! やる前から諦めてどうするのよ! いざとなったらまた当日ボコって、押し入れに突っ込んでおけば良いだけの話でしょう!」
「だからそれをやると、旭日食品全体が危険だと言っているだろうが!?」
「あなた達、さっさとご飯を食べなさい! 冷めるわよ!」
危うく激しい論争になりかけたが、美子の一喝で全員がおとなしく食べ始め、取り敢えず各自がXデーに向けての対策を考える事にして、藤宮家の家族会議は終了した。
「姉さん……。昨夜は一晩中、二人の論争と乱闘でとんでもなく五月蠅くて、全然寝られ無かったんだけど。敷地が広いからご近所に迷惑はかからないと思うけど、もう少し家族の迷惑を考えて貰えないかな?」
かなり恨みがましい視線と口調で言われた美樹は、さすがに居心地悪そうに答える。
「確かにちょっと、騒々しかったかもしれないわね……」
「“あれ”がちょっと?」
「…………」
完全に呆れ返りながら、こめかみに青筋を浮かべた弟を見て、形勢不利を悟った美樹は押し黙った。するとここで、予想外の声が上がる。
「あれ? にぃに、お部屋に耳栓無かったの? 美那、耳栓したら、ちゃんと寝られたよ?」
「まさ、なにもきこえなかったー! ぐっすりー!」
美那に不思議そうに、美昌には明るく言われて、美久が僅かに顔を引き攣らせる。
「昨日のあれは、耳栓をするとかしないとかの問題じゃ無かったと思うし、そもそもあの状況で熟睡って……。やっぱり兄弟の中で、僕が一番小者だって事かな……」
そんな事を皮肉気に呟いてから、美久は気持ちを切り替えて美樹に問いを発した。
「まあ、それはともかく。結局、あれからどうなったの?」
「どうって……。予定通り高校には行かないけど、高等学校卒業程度認定試験を受けて、大学には進学する事にしたわ。お母さんが『仮にも桜査警公社の社長職に就くのなら、社長の肩書きが中卒だと、物を知らない周りから侮られかねないし、そうなると社員さん達も肩身の狭い思いをするかもしれないわ』って言い出したから」
それを聞いた美久が、盛大な溜め息を吐く。
「別に社長が中卒でも、公社の社員は困らないと思うけど……。お母さんは普段は常識人に見えるのに、時々良く分からない事を言うよね」
「本当ね。『大学入学までに一人産んでおいて、入学後にもう一人、長期休みに合わせて上手く出産するようにすれば、時間的に無駄がないわね。授業がある時は、子供は預かってあげるから』とも言われたわ」
姉の淡々とした説明を聞いて、美久は頭を抱えた。
「無駄がないって……。娘夫婦の家族計画にまで、口を出してくるとは思わなかったな……。因みに姉さんは、どこの大学や学部を希望」
「東成大よ。行くならあいつより下は、私のプライドが許さないわ」
「……本当に姉さんって、父さんと仲が悪いよね」
自分の台詞を遮りながら、語気強く断言した美樹を見て、美久は再度溜め息を吐いて項垂れた。するとここで、美那がさり気なく尋ねてくる。
「ねぇね、かずにぃの家族に挨拶した?」
それに美樹が、小さく頷いてから答えた。
「電話はしたわ。それで、お母さん達が向こうに挨拶に出向くんじゃなくて、和真の弟夫婦がこっちに来てくれる事になったの。朝起きてから、和真からその連絡があったわ」
「かずにぃの弟さん? そうなんだ。『息子の嫁に、お嬢さんを下さい』じゃなくて、『お兄さんのお嫁さんに、お嬢さんを下さい』なんだね」
「そうね。ご両親はそれなりのお年だし、電話の最中に倒れたみたいだし、無理はさせられないみたいよ?」
そう美樹がそう告げると、美久と美那は揃って同情する顔つきになった。しかし美昌だけは、元気な声を上げる。
「弟さんが、貧乏くじを引かされたか……」
「大変だね」
「いつー? いつ、くるのー?」
「再来週の日曜日だそうよ」
「そうか。かずにぃの弟さんだし、おもてなししないとね!」
「うん! おもてなしー!」
下の二人は何も考えずに明るく笑ったが、それを聞いた美久は、瞬時に顔付きを険しくした。
「姉さん……。それ、拙くないか? それまでに父さんの機嫌が直るのは、絶望的だよね?」
美久からのその問いかけに、美樹が睨み返しながら答える。
「美久……。あんた当日、ちゃんと家に居てよ? あいつが暴れ出したら、私とあんたで止めるしかないんだから」
「……やっぱり、そうなるよな」
「ねぇね、にぃに、ファイト!!」
「がんばれー!」
そこで無意識に溜め息を吐いた美樹と、がっくりと項垂れた美久に向かって、弟妹から明る過ぎる声がかけられた。
※※※
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旭日食品内では、生産供給本部とは双璧を為すこの部門は、業務範囲が旭日グループ全体にまで及ぶ為、ここの業務が滞れば忽ち生産工場、物流、営業に支障が出てくるという重要部署である。
となれば、そこの総責任者のポストが、社内でも重要視されるのは自明の理であったが、入社後数年、三十代半ばで藤宮秀明がそこの本部長に任命された時、社内で様々な憶測を呼んだ。
その殆どは、彼が社長の娘婿である為、その地位に就く事ができたのだろうと言うやっかみ半分のものであり、周囲からの反発も凄まじかったが、彼はそんな物を歯牙にもかけず、瞬く間に本部全体を掌握した。
その後も肩書きに相応しい辣腕ぶりを発揮し、その能力とカリスマ性から社内から一目置かれ、文句なく次期社長候補筆頭と見られていた他、部下からも尊敬と羨望の眼差しで見られていたが、つい三週間程前に秀明が怪我をし、一週間の入院生活を過ごした後に職場復帰してから資材統括本部は、常に沈黙と恐怖に支配されていた。
「おい……、何だか月曜の朝から、本部長の機嫌が悪くないか?」
「二週間前から、機嫌が良かったためしなんかあったかよ……。それにしても先週以上に、周りの空気が物騒なんだが……」
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「お前、本部長の怪我の理由、知ってたか?」
「いや。だが、この機嫌の悪さは、怪我が関係しているとは思っていたが」
「それがさ……、秘書室から情報が漏れてきたんだが、本部長が娘さんの結婚に反対して、反抗した娘さんと乱闘になって、病院送りにされたそうだ」
それを聞いた同僚は一瞬驚いた後、怪訝な顔になった。
「は? ちょっと待て。だって本部長は、まだ五十手前だろう? それに社長の娘と結婚したのは、官庁勤めを辞めて入社した後の筈だし……。娘さんってどう考えても、まだ十代じゃ無いのか?」
「十五歳だそうだ」
冷静に補足説明されて、彼は深く納得して頷いた。
「……そりゃあ、親として反対するよな」
「そして相手が三十歳年上だそうだ」
更に追加された情報に、彼は思わず遠い目をしてしまった。
「…………そりゃあ、親としてキレるよな」
「そして金曜に、娘さんが高校に進学しないつもりなのが分かって、また乱闘騒ぎになったそうだ」
それを聞いた彼は、疑わしげに尋ね返した。
「………………今日は月曜だぞ。お前その情報、どうやって手に入れた?」
「さっき実夢から『社長が頭を抱えてる』って、社内メールで言ってきた」
「付き合ってたのかよ、お前ら! つうか、社内メールを私用に使うな!」
「うわ! 馬鹿、静かにしろよ!」
秘書室の高嶺の花の名前が出てきた途端、反射的に立ち上がって叫んだ彼を同僚は慌てて叱りつけたが、時既に遅く、本部長席で異音が生じた。
「ひいっ!」
そしてすぐさま、真っ二つになったボールペンの破片が二人に向かって一直線に投げつけられ、室内に立ち上がった秀明の怒声が轟く。
「そこ!! さっきからごちゃごちゃうるせえぞ!!」
「ももも申し訳ございません!」
「以後、私語は慎みますので、ご容赦下さいませ!」
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「……飛ばされたく無かったら、馬車馬以上に働け。それができないなら、道産子に混ざってそりを引いて、根性を入れ直してこい。ばんえい競馬で一着になるまで、帰って来るな」
「はっ、はいぃやいっ!」
「働きますです!」
恫喝された二人は、何やら日本語がおかしくなりながら目を血走らせて仕事に取り組み、現時点で旭日食品資材統括本部に、平穏な日々が戻ってくる気配は、全く感じられなかった。
「……今日資材統括本部で、そういう事があったらしい。そして病休者が、更に一人発生した」
「それならその部署での病休者は、現在四人?」
「どんなブラック企業ならぬ、ブラック部署よ」
まだ残業中の秀明を除く家族全員が揃った夕食の席で、昌典が切々と社内の現状を訴えた。それを聞いた美子と美樹が、呆れ顔になる。
「こんな状況下で小野塚君とご家族を招き入れたら、うちはともかく社内で多大な人的被害が出かねない。別に挨拶とかは、必要無いんじゃないのか?」
「…………」
そう提案した昌典だったが、その途端美子が無言で睨んできた。その為、昌典は美樹に向き直りながら、尚も訴える。
「それに、もういっその事、結婚式も披露宴もしない事にするとか」
「…………」
しかし孫からも責めるような視線を返され、昌典はたじろいだ。それを傍観できなかった美久が、困ったように祖父を宥める。
「お祖父ちゃん、気持ちは分かるけど、どっちも無理だよ。個人としてはともかく、桜査警公社の次期社長副社長の結婚披露宴だよ? その関係者を幅広く呼んで、御披露目も兼ねてるんだから」
「俺はそれが一番、納得がいかないんだが……」
本気で頭を抱えた昌典に、美久が追い討ちをかける。
「そんな場で父さんが暴れたら大惨事だから、挨拶で幾らかでも免疫を付けて、当日までには何とか諦めて貰わないといけないし。結納とかしないなら、尚更だから」
「それも分かってはいるんだが……」
「要は、その場を和やかにすれば良いのよね」
そこで唐突に美樹が口を挟んできたが、その内容に美久が盛大に顔を歪めた。
「……姉さん。それはどう考えても無理だと思う。何をどうしろと?」
「美久。あんた、固定観念に凝り固まっていたら、政治改革なんかできないわよ? それでも未来の首相なの?」
そこで睨み合う姉と兄を交互に見ながら、美那が興味津々で尋ねた。
「じゃあねぇね、どうするの?」
「ネットの海に潜るわ」
「……え?」
「ぶくぶく?」
美那と美昌がキョトンとした顔になる中、美久が呆れたように口にする。
「……要は姉さんだって、今のところは無策なんじゃないか」
「五月蠅いわよ! やる前から諦めてどうするのよ! いざとなったらまた当日ボコって、押し入れに突っ込んでおけば良いだけの話でしょう!」
「だからそれをやると、旭日食品全体が危険だと言っているだろうが!?」
「あなた達、さっさとご飯を食べなさい! 冷めるわよ!」
危うく激しい論争になりかけたが、美子の一喝で全員がおとなしく食べ始め、取り敢えず各自がXデーに向けての対策を考える事にして、藤宮家の家族会議は終了した。
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