藤宮美樹最凶伝説

篠原 皐月

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美樹十五歳、常識と非常識の境界線

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 夕食を食べ終えて少し経過したタイミングで、美樹は美子の指示により、ある場所に電話をかけた。

「夜分、恐れ入ります。小野塚辰徳さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」
 礼儀正しく尋ねると、相手の女性は少々警戒する声を返してくる。ここで美樹は軽く息を整えてから、慎重に申し出た。

「初めまして。私は、藤宮美樹と申します。この度、そちらの小野塚さんのご子息の和真さんと結婚する事が決まりましたので、一言ご両親にご挨拶と思いまして、お電話しました」
 神妙に美樹がそう告げた途端、相手は一気に口調を明るくして言ってくる。
「まあ、おめでたい事! そうでしたか。こちらこそ初めまして。私は和真さんの義理の妹に当たる、咲耶と申します。今お義父様かお義母様に代わりますので、少々お待ち下さい」
「お手数おかけします」
 保留中のメロデイーが流れる中、美樹が(取り敢えず第一段階はクリアかな?)とぼんやり考えていると、五分もしない間に電子音のメロディーが途切れて、低い押し殺した男性の声が聞こえてきた。

「……お待たせして申し訳ない。和真の父親の小野塚辰徳だ。あんた本当に、和真と結婚するつもりかね?」
「親父! もっと愛想良く!」
「相手を怖がらせたりしたら駄目ですよ!」
 何やら微かに他の男女の声も聞こえてきたが、美樹は全く臆する事無く、笑顔で会話を再開した。

「はい。それで後程、正式に招待状を送りますが、来年予定している挙式と披露宴に、是非出席頂きたいと思いまして」
「あんた……、うちの稼業を知らんのか?」
「ヤクザさんだとお聞きしていますが?」
 不思議そうに美樹が言葉を返すと、辰徳は怪訝な様子で尋ねてきた。

「……まさか、あんたの家も同業者なのか?」
「いえ、祖父は旭日ホールディングス社長兼旭日食品社長で、父は旭日食品の専務兼務の事業部長をしておりますが」
「旭日食品だと? 和真のやつ、何でそんな堅気の家の娘と……」
「え? どうかしたのか?」
「お義父さん?」
 ブツブツと口の中で呟いた彼に、美樹が思い出して付け加えた。

「あ、兼務と言えば、父は桜査警公社の名目上の社長をしておりまして、母はそこの会長をしております」
 その一言が辰徳に与えた影響は、絶大だった。

「さっ、さささ桜査警公社だとっ!! ま、まさか加積と、何か繋がりがあるのか!?」
「桜さんとは母と一緒に、年の離れたお友達です。お義父さんは加積さんの遠縁に当たる方だとお伺いしていますが、亡くなった加積さんが手掛けていた各種事業を引き継いだ、《加積八人衆》の事はご存知でしょうか?」
「勿論知っているが……、まさか……」
 狼狽した声を上げてから、掠れた声で言葉を返してきた彼に、美樹は全く意図しないままとどめを刺した。

「母はその《加積八人衆》の一人です。私も八人衆の方達とは個人的にお友達なので、新婦側の招待客として披露宴にお呼びするつもりですが」
「はっ、八人衆の娘だとぉぅっっ!!」
「あ、オヤジ、どうした!?」
「きゃあぁぁっ!! お義父様!」
「………あの、もしもし?」
 自分の話を遮って驚愕の叫びを上げた辰徳に、美樹は本気で驚き、反射的にスマホを耳から離した。そしてすぐに耳に戻したが、微かに意味不明な音が伝わってくるだけの為、首を傾げる。

(あれ? どうしたんだろう? いきなり応答が無くなったと思ったら、電話の向こうが何やら騒がしいんだけど……)
 しかしそのまま待つ事一分程で、先程とは違う男性の声が、美樹の耳に届いた。

「あ、あの……、お騒がせして申し訳ない。私は小野塚和真の弟で、雅史と言います。親父は今、泡を吹いて倒れたものですから……」
 それを聞いた美樹は、本気で驚いた。

「大変! 大丈夫ですか? 何か持病がおありとか? 無理なさらないで下さいね?」
「は、はぁ……。お気遣い、どうも……。それでその……、親父の話では、美樹さんは桜査警公社の、会長社長夫婦の娘さんだとか……」
「はい。ひょっとして雅史さんは、両親の事をご存知ですか?」
「いえ、直接の面識はありませんが、人伝に物騒な噂を二、三……。いえ、何でもありません。その……、失礼を承知の上でお尋ねしますが、美樹さんとお母様の、今現在の年齢をお尋ねしても宜しいですか?」
 かなり恐縮気味に請われた為、どうしてそこまで下手に出るのかと不思議に思いながら、美樹は事も無げに告げた。

「別に構いませんよ? 私が十五で、母が四十四です。それがどうかしましたか?」
「十五……」
「……あなた、どうしたの!? 大丈夫? しっかりして!」
「あの……、もしもし?」
 そして再び応答が無くなった為、美樹は本気で困惑した。

(あれ? また応答が無くなったんだけど……。電波状態が悪いのかしら?)
 困ったなと美樹が考えていると、電話越しに慌てた声が飛び込んでくる。

「あ、あのっ! 咲耶ですが、誠に申し訳ありません。主人が胸を押さえて倒れまして! 後日改めて、こちらからお電話致しますので!」
「分かりました、切りますのでお気遣いなく」
「申し訳ありません、失礼します!」
 そして慌ただしく通話を終わらせてから、美樹は呆れ気味に感想を口にした。
「何だろう? 和真の家って、病弱な家系なの? 良くそれで、組長とかやってられるわね」
 そして母親に首尾を報告する為に、一階へと降りる。

「お母さん、和真の実家に電話したから」
「そう? ちゃんとご挨拶できた?」
「一応。言葉遣いもおかしくは無かったと思うけど……。話していた途中で、お父さんと弟さんの具合が立て続けに悪くなって、倒れたらしくて。病弱な家系なのかしら?」
 美樹がそう告げると、美子も困惑した表情になった。

「あら……、それは困ったわね。結婚早々、美樹が未亡人になったりしないかしら?」
「それは大丈夫じゃない? 和真は殺したって死なないタイプだし」
「それもそうね」
「何かバタバタしていたから、改めて向こうから電話しますって言ってたわ」
「そう。分かったわ。その時は私もご挨拶するわね」
 そこで話を終わらせて自室に戻り、のんびり一人で寛いでいた美樹だったが、三十分もしないうちに和真から電話があり、開口一番責め立てられた。

「おい、美樹! お前、何で俺の実家に電話なんかしやがった!?」
 そう非難された美樹が、不満げに言い返す。
「ええ? 何でそんなに怒るのよ。だってお母さんが『結婚するとなったら先方にご挨拶に行かないといけないし、その前段階として、まず電話で報告をしないといけないでしょう』って言うから」
 それを聞いた和真は、盛大に溜め息を吐いた。

「今回ばかりは、会長の常識人ぶりが恨めしいぞ……。そもそも俺の実家はヤクザだし、俺自身親父から勘当されていると、以前お前に言ったよな?」
「私もお母さんにそう言ったんだけど、『それはそれ、これはこれよね』と、サラッと流されたわ」
「会長……、やっぱり一筋縄ではいかない人だ」
 電話越しに和真が呻いたが、ここで美樹が更に不穏な事を口にした。

「それで少し前に、お母さんがあいつに『小野塚さんのご実家に挨拶に行くから、近々休みを取ってね』とか言ったら、『俺に頭を下げろとでも言うつもりか!? ふざけるな!!』って激昂して暴れて、壁に叩き付けられた湯飲みが砕け散って」
「挨拶なんかしなくて良い! 本当に、社長にそんな事をさせるな! 下手したら死人が出るぞ!」
「そんな事を言われても……、お母さんはどうあっても、あいつを引きずって行くつもりよ? 家族で一番常識的な人だから」
 必死の口調で訴えてきた和真に、美樹が淡々と状況説明をすると、彼は地を這うような声で念を押してきた。

「分かった……。会長は俺が責任を持って、情理を尽くして説得する。だからお前は、余計な事は何もするな。間違ってもこれ以上、社長の神経を逆撫でするような真似はするなよ!?」
「分かったわよ」
「全く……。実家の方には頃合いを見て、オブラートに包んでさり気なく報告しようと思っていたのに……」
 自分の結婚話が、主に相手の問題で実家の面々の心臓を直撃するだろうと分かり切っていた和真は、つい先程弟から沈痛な声での電話を受けて、もっと早く伝えておくべきだったと心底後悔した。そして結婚に関する事で、ふと思いついた事をそのまま口にして尋ねる。

「そう言えば、お前。本当に、十六になると同時に入籍するつもりか?」
「そのつもりだけど?」
「良くそんな事を許す学校があったな。進学先は私立高か?」
「高校なんかいかないけど? 本腰入れて社長業をやるし」
「…………はぁ?」
「あれ? 和真? もしもーし! やっぱり電波状態が悪いのかな?」
 再び無音になった為、渋面になった美樹だったが、すぐに和真の驚愕の声が伝わってきた。

「おい……、今の今まで確認していなかったのは、迂闊としか言いようが無いが……、お前、最終学歴を中卒にするつもりか?」
「加積さんだってそうだし。義務教育は終わってるから、構わないでしょう? だって同級生はガキばっかりだし、教わる事は分かっているつまらない内容ばかりだし。これ以上、学校に行く必要性を認められないもの」
 美樹としては真っ当な主張を繰り出したが、和真は焦って声を荒げた。

「会長は! 社長は何て言ってるんだ!?」
「お母さんにはさっき言った内容を説明したら『仕方がないわね。中学まで良く保ったわ』って溜め息を吐かれておしまいだったわ。あいつには特に言って無いけど、お母さんから言ってるんじゃない?」
「今はもう、十二月なんだけどな……。まさか社長に伝わっていない可能性は無いよな?」
「え? それは無い…………」
「……どうした?」
 断言しかけて美樹が口を閉ざすと、和真が不安に満ちた声音で尋ねてきた。それに美樹が、考え込みながら答える。

「そう言えば……、少し前に、新しい制服がどうとか、記念写真がどうとか言っていたかもね。すっかり聞き流していたけど……」
「おっ、お前な!? このタイミングで、そんな事を社長に言ったりしたら!」
「じゃあ、忘れないうちに言っておくわ。多分お母さんも、すっかり忘れていたと思うし。当然進学すると思って、年明けから春先にかけて親戚とかから入学祝いとか受け取ってしまったら、申し訳ないものね」
「おい、ちょっと待て!」
「じゃあ和真、切るわね」
「だからちょっと待てと」
 和真の必死の呼びかけをあっさり無視して通話を終わらせた美樹は、スマホを充電しながらそこに放置して一階に下りて行った。当然時を置かずにそれは着信音を鳴り響かせていたが、誰にも気づかれる事は無かった。

「さてと。ちょうどそろそろ帰って来る頃かな?」
 そんな事を呟きながら廊下を歩いていると、丁度帰宅した秀明が、食堂に入ろうとしている所に出くわす。
「あ、お父さんお帰りなさい」
「……ああ」
 愛想良く声をかけた美樹だったが、未だに左腕にギプスをしている彼は、無表情で短く返した。しかしそれに気を悪くしたりはせず、彼女は父親に向かって呼びかける。

「夕飯を食べ終えたら、ちょっと話があるんだけど」
「……食べながら聞く」
「そう? じゃあ私もお茶を淹れて、飲もうっと」
 そして冷え切った空気を醸し出しながら秀明は夕食を食べ始めたが、「でんわ、なってるー!」と美昌に呼ばれた美子が、固定電話にかかってきた和真からの電話を受けて慌てて食堂に戻ってきた時、既にそこは修羅場と化していた。
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