ようこそリスベラントへ

篠原皐月

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第1章 父の故郷は魔女の国

(9)思いがけない再会

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 来住家のリビングに戻って来た面々は、先程と同様に藍里とルーカスのみソファーに向かい合って座り、他の三人は壁際に佇んだ。そしてセレナにまた淹れて貰った紅茶で喉を潤してから、ルーカスが徐に口を開く。

「さて……、それでは先程、ユーリ殿が話していた内容の補足だが、まず重要な事から説明するぞ。アルデインからもう一つの国、リスベラントに繋がる扉には、厳しい使用制限がある」
「どうしてよ?」
 思わず疑問を口にした藍里に、ルーカスは無言でリビングボード上の一輪挿しに目を向けた。釣られて藍里もルーカスの目線を追って壁際に目を向けると、一輪挿しに活けて有ったキショウブがゆっくりと空中に浮かびあがり、それに驚く間もなく細切れになったそれが、ゴミ箱に一直線に飛んで行く。
 花を粗末に扱うなと、本来の藍里であれば怒声を放った筈だが、あまりの予想外の出来事に彼女が無言で固まっていると、ルーカスは何故か物憂げに、話を続けた。

「さっきのユーリ殿もそうだが、こちらの世界では異端でしかないこういう能力を持つ人間が、リスベラントにはゴロゴロ居る。寧ろ、こういう能力が殆ど無い人間の方が、希少だ。おまけにこれもトップシークレットだが、アルデイン国で産出しているとされている貴金属やレアメタルの類は、実は九割以上リスベラントで産出されている」
 そこで口を噤んでルーカスが相手の反応を窺うと、藍里は無言のまま言われた内容を考えてから、真剣な顔で感想を述べた。

「それは……、確かに口外できない、トップシークレットね。下手をすると『リスベラントは国際法上で認められた国ではないから、そこの産出物は誰の物でもない』とか屁理屈をつけて、欲に駆られた有象無象の連中が、採掘の為に大挙して押しかけかねないわ。それにあまり考えたくないけど、珍しい力の持ち主だからって、中世同様迫害されるか、下手したら人身売買の問題もおきそう。その扉の使用制限に関しては、納得できたわ。アルデイン国民だからと言って自由に使わせたら、どこからどう秘密が漏れるか分からないものね」
「すぐ理解して貰えて助かった」
 ルーカスに心底安堵した表情で頷かれた藍里は、(一々嫌味な奴よね!)と腹を立てたが、ここで先程からのやり取りでちょっとした疑問を感じた為、問いを発した。

「因みに、リスベラントってどれ位の広さなの? やっぱりアルデイン公国と同じ位?」
 しかしその問いかけに、ルーカスは首を振った。
「いや、面積で言えば、測定可能な範囲だけでも、リスベラントの方がかなり広い」
「『測定可能な範囲』って、どう言う意味?」
「リスベラントの四方の端は、森や山の奥の辺境で、常時霧が立ち込めている。そして足を踏み入れた者は、二度と帰って来ない」
「……何なの、その物騒過ぎる国境と言うか、世界設定」
 想像して思わずうんざりした顔付きになった藍里に、ルーカスが淡々と説明を続けた。

「その辺境の各地には、一応地名はあるんだが、当然誰も住めない未開の地だ。だから公爵家や伯爵家にはれっきとした領土や領民が存在するが、一代限りの辺境伯にはその辺境の地が贈られて、その地名を名乗る事になる」
「ああ、それが『グラン辺境伯』とかなのね」
「そう言う事だ」
「無駄の無い説明、どうもありがとう。じゃあ話は戻るけど、実測可能な国土の広さはどれ位なの?」
「そうだな……、アルデインは約百四十平方㎞だが、リスベラントは約四万二千平方㎞だったか?」
 真顔で考え込みつつ数字を口にしたルーカスだったが、その説明に藍里は不満を漏らした。

「いきなり、そんな数字で言われても……。もう少し分かり易く、具体的に説明できない?」
 それにルーカスが、再度律儀に考え込みながら応じる。
「そうだな……、例えれば、アルデイン公国はリヒテンシュタイン公国より若干狭くて、リスベラントはオランダより若干広い位だ」
 しかしそれを聞いても、藍里の渋面は解消されなかった。

「例えが悪くて、全然感じが掴めないけど?」
「……あのな」
 さすがにイラッとした様にルーカスが顔を歪めたが、ここまで無言を貫いていたジークが、静かに二人の会話に割り込んだ。

「強いて言えば、アルデインは山手線の内側の面積の約二倍、リスベラントは九州のそれと、ほぼ同じ広さになります」
 それを聞いた藍里は、如何にも納得した様に頷く。

「そう言って貰えれば、感覚的に良く分かるわ。ありがとう、随分日本に詳しいみたいね」
「……いえ」
 笑顔で礼を述べた藍里だったが、何故か相手は若干気まずそうに視線を逸らした。その反応に藍里が首を傾げると、ルーカスが呆れた様に言ってくる。

「まさかお前、本当に覚えていないのか?」
「何を?」
「殿下、それは!」
 ジークは慌ててルーカスの説明を遮ろうとしたが、彼はそのまま正直に告げた。

「ジークロイドは以前、この家でお前達家族と、二年間一緒に暮らしていた筈だぞ?」
「え? 嘘!?」
「…………」
 驚愕した藍里が慌ててジークに顔を向けると、彼は片手で顔を覆って俯いた。そんな彼を見て呆然としている藍里に、ルーカスが訝しげな表情になりながら、リスベラントの事情を絡めて説明を続ける。

「さっきリスベラントでは、魔術が使えない人間の方が希少と言ったが、やはり一定割合、魔術を全く行使できなかったり、できてもごく僅かな子供が毎年誕生するんだ。だけど文明的には中世、産業革命前のレベルで、生活の質や仕事の効率を上げる為に、魔術を日々利用している社会で、そんな子供がどれだけ周囲と比べて不利か分かるか?」
「もの凄く不利で不便だろうって事は、何となく分かるわ」
 難しい顔で頷いた藍里に、ルーカスも苦々しい顔付きになって応じる。

「ああ。最悪、そういう人間は、否応なく最下層の生活を余儀なくされる。その救済措置の為に、子供は十歳までに適性検査を受ける事になっているんだ。そこで魔力が無いと判断された子供は、リスベラントからアルデインに出されて、そこで新たな戸籍と家族を得て再出発する事になる。当然、リスベラントへの立ち入りも、生涯に渡って禁止されるが」
 ルーカスがそう口にした途端、藍里は血相を変えて怒鳴った。

「え? ちょっと待って!? じゃあ、そういう子供は、実の家族から引き離される事になるわけ!? 酷いじゃない!! 人権無視よ!」
 しかし彼は怒ったりはせず、皮肉気に口元を歪める。
「人権無視? じゃあお前は『魔力無しのごく潰し』と蔑まれて、周囲から日々殴る蹴るの暴行を受けたり、実の家族から育児放棄されたりして命を落とすのが、人道的だとでも言う気か?」
「それは……」
 思わず下唇を噛んで黙り込んだ藍里を見かねて、セレナが控え目に取り成してきた。

「殿下。アイリ様は、こちらの事情を殆どご存じありませんので……」
「分かっている」
 彼女に小さく頷いて溜め息を吐いたルーカスは、藍里に向き直って話を続けた。

「実際、アルデインに出された者達は『リスベラントから出して頂いて、感謝しています』と言って、アルデイン公国に色々な分野で貢献してくれている。当然リスベラントの事は知っているし、公宮に勤務する事になった者はリスベラントの秘密保持の為に、文字通り駆けずり回ってくれているな。嫌な思い出はあるかも知れないが、あそこが自分の故郷だという認識は、そうそう消えないらしいし」
「……そうなの」
 まだ若干納得しかねる所はあったものの、当事者ではない自分がこれ以上どうこう言うべきではないだろうと判断した藍里は、大人しく相槌を打った。そこでルーカスが呆れ気味に話し出す。

「ジークの話に戻るが、こいつは十歳の時に適性検査を受けて『殆ど魔力無し』の判定で、リスベラントから出される事になったんだが、養子縁組先がお前の家になって、ジークが十歳でお前が二歳の時から同居していた筈だ。だがジークが十二歳の時、いきなり強力な魔力が発現して、リスベラントに戻る事になったと聞いていたんだが、本当に少しも覚えていないのか? 薄情な奴。というか、そこまで壊滅的に物覚えが悪いのか?」
「あの、殿下。彼女と別れたのは四歳の時の事ですし、覚えていなくても不思議ではありませんから」
「そうか? だが家族同然に、暮らしていたんだろう? お前の部屋に、家族写真だってあるだろうが」
「それは……」
 何やら藍里を庇って弁解しているジークと、怪訝な顔のルーカスの会話を耳にしながら、藍里は(四歳の頃の記憶っておぼろげに有るけど、本当にこの人の事、欠片も覚えていないわよ? それにアルバムにだって、この人が写っている写真は無いわよね?)などと困惑していたが、取り敢えずしなければならない事を思い出して、ジークに向かって呼びかけた。

「……すみません、お久しぶりです」
 そう言って神妙に頭を下げた藍里を見て、ジークも慌てて頭を下げる。
「あ、いや……。こちらこそ、ご無沙汰しています」
 再会の挨拶としては、かなり微妙な表情の二人を見て、周囲の者も何とも言えない表情になった。
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