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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
お仕置き
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「来ないで!」
ロープの端と端を握り緩めては伸ばすを繰り返し、ファルクはゆらりと身体を左右に揺らして近寄ってくる。
「暴れたりしないように、両手をきつく縛ってあげよう。かなり痛くするかもしれないけど、これはお仕置きだからね。それに、痛くなければお仕置きの意味がないだろう」
男らしく凜々しい顔立ちに、爽やかな笑顔と柔らかな物腰。
社交界の女性たちの憧れの的であるこの男の本性は、とてつもなく残忍で嗜虐的であった。
「来ないでと言ったわ!」
「謝っても許さないよ。私を怒らせたのがいけない」
ファルクの目がサラの胸元へと移る。
引き裂かれた服の胸元から肌があらわとなっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「私はね本当はおまえのようなガキには興味はないのだよ。そんな青臭い身体を見ても欲情する気にもなれない。だけど、おまえは私のものだということを分からせてあげないといけないからね。さあ、今度こそ逃がさないからね」
サラは握りしめた短剣を、ためらうことなく一気に鞘から抜き放った。
落ちる月影が短剣の刃を青白く照らす。
どうしよもなく手が震えた。
それでも、決してこの短剣を取り落とすまいと、しっかりと柄を握りしめる。
立ち止まったファルクはほう? と片方の眉を上げた。
「何だね、それは?」
「見れば分かるでしょう」
「そんなものを私に向けてどうするつもりかな? 私に斬りかかろうというのかい? 人を傷つけたこともないおまえに、そんな勇気などあるのかな? そんなことより、この私に傷ひとつつけることができると思っているのかな?」
どこまでも馬鹿な娘だと、ファルクは呆れたように肩をすくめる。
ファルクを傷つけるつもりなどもとよりない。
サラは鞘から抜いた短剣の刃を首筋にあてた。
「ここから出て行きなさい」
「出て行きなさいだと? この私に命令をするのかね。婚約者であるこの私に」
「それ以上近寄ったら、私に少しでも触れたら、私……私、ここで死ぬわ!」
ファルクは可笑しそうに唇を歪めた。
「死ぬ? はは! おまえにそんな度胸など……」
「脅しではないわ。本気よ」
ファルクはくつりと嘲笑を交えて唇の端を吊り上げて笑う。
もちろん、これは脅しだ。
死ぬつもりなどない。
ハルは過去に大切な人を失っている。
もし、ここで私が死を選んだら、ハルの心に消えない傷をさらに負わせてしまうことになる。だから、ハルのために、ここで命を絶つつもりはない。けれど、このままこの男の手にかかるくらいなら……という思いがちらりと頭をかすめていったのも事実。
いいえ。
ハルの心を守るためにも。
私は死んだりしない。
これは賭だ。
ここでファルクがあきらめて引いてくれることを、ただただ祈るしかない。
「本気よ」
ひやりと冷たい刃の感触。
震える手と加減の知らない力によってあてられた刃が首筋の薄い皮膚を裂く。
鋭い痛みが走った。
じっとりと、生暖かいものが首筋から鎖骨を伝い、胸元を流れ落ちていく。
引き裂かれた衣服の胸元がたちまち赤に染まった。
これには、さすがのファルクも慌てたようだ。
「私がここで死んだら、おまえはこの家も何もかも手に入らなくなる。それでもいいのね」
「お、落ち着きたまえ」
「ここでおまえのいいようにされるくらいなら、私は死を選ぶ」
「だから、落ち着いてと……」
まあまあ、と顔を引きつらせ、ファルクは両手を広げサラの行動を制する。
「動かないで」
静かな声の中に含むサラの気迫に、とうとうファルクも根負けするしかなかったようだ。
忌々しげにちっと舌打ちを鳴らし、ファルクは手にしていたロープを床に叩きつけた。
「まったく不愉快きわまりない娘だ! だけど、まあいい、どのみちあと三日もすればおまえはこの私のものとなるのだから」
三日……?
どういうこと?
ロープの端と端を握り緩めては伸ばすを繰り返し、ファルクはゆらりと身体を左右に揺らして近寄ってくる。
「暴れたりしないように、両手をきつく縛ってあげよう。かなり痛くするかもしれないけど、これはお仕置きだからね。それに、痛くなければお仕置きの意味がないだろう」
男らしく凜々しい顔立ちに、爽やかな笑顔と柔らかな物腰。
社交界の女性たちの憧れの的であるこの男の本性は、とてつもなく残忍で嗜虐的であった。
「来ないでと言ったわ!」
「謝っても許さないよ。私を怒らせたのがいけない」
ファルクの目がサラの胸元へと移る。
引き裂かれた服の胸元から肌があらわとなっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「私はね本当はおまえのようなガキには興味はないのだよ。そんな青臭い身体を見ても欲情する気にもなれない。だけど、おまえは私のものだということを分からせてあげないといけないからね。さあ、今度こそ逃がさないからね」
サラは握りしめた短剣を、ためらうことなく一気に鞘から抜き放った。
落ちる月影が短剣の刃を青白く照らす。
どうしよもなく手が震えた。
それでも、決してこの短剣を取り落とすまいと、しっかりと柄を握りしめる。
立ち止まったファルクはほう? と片方の眉を上げた。
「何だね、それは?」
「見れば分かるでしょう」
「そんなものを私に向けてどうするつもりかな? 私に斬りかかろうというのかい? 人を傷つけたこともないおまえに、そんな勇気などあるのかな? そんなことより、この私に傷ひとつつけることができると思っているのかな?」
どこまでも馬鹿な娘だと、ファルクは呆れたように肩をすくめる。
ファルクを傷つけるつもりなどもとよりない。
サラは鞘から抜いた短剣の刃を首筋にあてた。
「ここから出て行きなさい」
「出て行きなさいだと? この私に命令をするのかね。婚約者であるこの私に」
「それ以上近寄ったら、私に少しでも触れたら、私……私、ここで死ぬわ!」
ファルクは可笑しそうに唇を歪めた。
「死ぬ? はは! おまえにそんな度胸など……」
「脅しではないわ。本気よ」
ファルクはくつりと嘲笑を交えて唇の端を吊り上げて笑う。
もちろん、これは脅しだ。
死ぬつもりなどない。
ハルは過去に大切な人を失っている。
もし、ここで私が死を選んだら、ハルの心に消えない傷をさらに負わせてしまうことになる。だから、ハルのために、ここで命を絶つつもりはない。けれど、このままこの男の手にかかるくらいなら……という思いがちらりと頭をかすめていったのも事実。
いいえ。
ハルの心を守るためにも。
私は死んだりしない。
これは賭だ。
ここでファルクがあきらめて引いてくれることを、ただただ祈るしかない。
「本気よ」
ひやりと冷たい刃の感触。
震える手と加減の知らない力によってあてられた刃が首筋の薄い皮膚を裂く。
鋭い痛みが走った。
じっとりと、生暖かいものが首筋から鎖骨を伝い、胸元を流れ落ちていく。
引き裂かれた衣服の胸元がたちまち赤に染まった。
これには、さすがのファルクも慌てたようだ。
「私がここで死んだら、おまえはこの家も何もかも手に入らなくなる。それでもいいのね」
「お、落ち着きたまえ」
「ここでおまえのいいようにされるくらいなら、私は死を選ぶ」
「だから、落ち着いてと……」
まあまあ、と顔を引きつらせ、ファルクは両手を広げサラの行動を制する。
「動かないで」
静かな声の中に含むサラの気迫に、とうとうファルクも根負けするしかなかったようだ。
忌々しげにちっと舌打ちを鳴らし、ファルクは手にしていたロープを床に叩きつけた。
「まったく不愉快きわまりない娘だ! だけど、まあいい、どのみちあと三日もすればおまえはこの私のものとなるのだから」
三日……?
どういうこと?
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