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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
あきらめない
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ちくりと指先に刺さる、薔薇の棘の痛みに、サラはゆっくりと視線を自分の手元に移していく。
握りしめていた手のひらを開くと、そこにはいびつに歪んだ一輪の薔薇。
散った花びらの一枚が、サラの手を優しくなで床に落ちる。
あの時、シンは薔薇の棘を丁寧にすべて取りのぞいてくれた。しかし、月明かりだけが差す暗がりの中、花の根元にあった小さな棘までは取りきれなかった。けれど、それが今のサラの危機を救ってくれた。
わずかな痛みであったけれど、それでも、落ちかけたサラの意識を呼び戻すにはじゅうぶんな痛みであった。
シン……。
ありがとう、私……。
まだ大丈夫。
どうして、あきらめようと思ったのだろう。
そろりと視線をあげたサラの目が、部屋の隅のベッドへと向けられる。
そう、あきらめるにはまだ早い。
嘆いている暇などない。
気力を振り絞り、サラはあごにかけられたファルクの手を両手でつかんだ。
遠慮などいらないと、相手の肉を食いちぎらんばかりの勢いでその手に思いきり歯をたて噛みついた。
「うあ……っ! 痛い……痛いじゃないか! 痛い……痛いっ!」
凄まじい悲鳴を上げ、ファルクはサラの髪をわしづかみにして引きはがす。
もはや抵抗する気力さえもないと油断していたファルクは、予想外のサラの行動に憤怒の形相を浮かべた。
「このくそがきっ! ゆ、許さない……許さないからな!」
泡唾を飛ばし、ファルクが激怒の声を上げる。
あまりの声の大きさに一瞬、驚いて怯みそうになったが、何とか持ちこたえる。
この男の暴力になど屈しない。
こんな男にいいように扱われたりなどしない。
この状況から逃れるため、今は自分の身を守ることだけを最優先に考えて。
最後まで抗ってみせる!
痛みに頬を引きつらせ、噛まれた手をもう片方の手で押さえながら身体を丸めて身悶えるファルクの側をすり抜け、転がる勢いでベッドへと走ると、重なった枕の下に手を差し込みそれをつかんだ。
あった!
手に触れたそれを握りしめ、ファルクをかえりみる。
サラが手にしたのは護身用の短剣であった。
以前、ファルクが勝手にそれも深夜に部屋に現れたことを思いだし、部屋に鍵はかけたが、それでも万が一の時のためにと、眠る前に枕の下に忍ばせておいたのだ。
まさか、本当にこの短剣を使うことになろうとは思いもしなかったが。
「意外だよ。君がこんなにも激しい娘だとは……驚いたよ」
ファルクは噛まれた手の、指の根元から指先に向かって、ねっとりと舌を伸ばし這わせるように舐めあげた。
ファルクのその仕草に、ぞわりと全身がそそけ立つ。
気持ちが悪い……。
「それに、自らベッドへ行くとは、嫌がっていたわりには実はその気だったのかな? そうやって他の男も誘っていたのかな? 何も知らないという可愛い顔をして」
まったく、どうしようもなく嫌らしい娘だと、くつくつと肩を揺らして笑い、ファルクは襟元を緩める。が、ファルクの視線がふと、窓に向けられた。
窓辺へと歩み、カーテンを束ねるロープを乱暴に引き抜くと、にやりと笑いながらサラを振り返る。
「さて、お仕置きの続きをしなければいけないね。きついお仕置きを」
握りしめていた手のひらを開くと、そこにはいびつに歪んだ一輪の薔薇。
散った花びらの一枚が、サラの手を優しくなで床に落ちる。
あの時、シンは薔薇の棘を丁寧にすべて取りのぞいてくれた。しかし、月明かりだけが差す暗がりの中、花の根元にあった小さな棘までは取りきれなかった。けれど、それが今のサラの危機を救ってくれた。
わずかな痛みであったけれど、それでも、落ちかけたサラの意識を呼び戻すにはじゅうぶんな痛みであった。
シン……。
ありがとう、私……。
まだ大丈夫。
どうして、あきらめようと思ったのだろう。
そろりと視線をあげたサラの目が、部屋の隅のベッドへと向けられる。
そう、あきらめるにはまだ早い。
嘆いている暇などない。
気力を振り絞り、サラはあごにかけられたファルクの手を両手でつかんだ。
遠慮などいらないと、相手の肉を食いちぎらんばかりの勢いでその手に思いきり歯をたて噛みついた。
「うあ……っ! 痛い……痛いじゃないか! 痛い……痛いっ!」
凄まじい悲鳴を上げ、ファルクはサラの髪をわしづかみにして引きはがす。
もはや抵抗する気力さえもないと油断していたファルクは、予想外のサラの行動に憤怒の形相を浮かべた。
「このくそがきっ! ゆ、許さない……許さないからな!」
泡唾を飛ばし、ファルクが激怒の声を上げる。
あまりの声の大きさに一瞬、驚いて怯みそうになったが、何とか持ちこたえる。
この男の暴力になど屈しない。
こんな男にいいように扱われたりなどしない。
この状況から逃れるため、今は自分の身を守ることだけを最優先に考えて。
最後まで抗ってみせる!
痛みに頬を引きつらせ、噛まれた手をもう片方の手で押さえながら身体を丸めて身悶えるファルクの側をすり抜け、転がる勢いでベッドへと走ると、重なった枕の下に手を差し込みそれをつかんだ。
あった!
手に触れたそれを握りしめ、ファルクをかえりみる。
サラが手にしたのは護身用の短剣であった。
以前、ファルクが勝手にそれも深夜に部屋に現れたことを思いだし、部屋に鍵はかけたが、それでも万が一の時のためにと、眠る前に枕の下に忍ばせておいたのだ。
まさか、本当にこの短剣を使うことになろうとは思いもしなかったが。
「意外だよ。君がこんなにも激しい娘だとは……驚いたよ」
ファルクは噛まれた手の、指の根元から指先に向かって、ねっとりと舌を伸ばし這わせるように舐めあげた。
ファルクのその仕草に、ぞわりと全身がそそけ立つ。
気持ちが悪い……。
「それに、自らベッドへ行くとは、嫌がっていたわりには実はその気だったのかな? そうやって他の男も誘っていたのかな? 何も知らないという可愛い顔をして」
まったく、どうしようもなく嫌らしい娘だと、くつくつと肩を揺らして笑い、ファルクは襟元を緩める。が、ファルクの視線がふと、窓に向けられた。
窓辺へと歩み、カーテンを束ねるロープを乱暴に引き抜くと、にやりと笑いながらサラを振り返る。
「さて、お仕置きの続きをしなければいけないね。きついお仕置きを」
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