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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
離れたくない
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言葉もなく抱き合った。
互いの鼓動が重なる。
気持ちは通じ合えた。
昨日までのように、もしかしたらハルは会いに来てはくれないかもしれないという不安に怯えることもない。
なのに、心がきゅっと締めつけられるように痛くて切ないのはなぜだろう。
ハルの温もりが気持ちよくて、このままずっと抱きしめていたい、強く抱きしめて欲しい。
このまま離れたくないと切実に願った。
「そろそろ、帰るよ。また夜が明けてしまったね」
ハルの声にようやくサラは顔を上げ、首を傾けゆっくりと窓の外に視線をあてる。
「ほんとだわ」
いつの間にか、東の空がぼんやりと白み始めていたことに気づく。
やがて、一日の始まりを告げる暁の鐘が鳴り響き、世界を夜明け色に染めるだろう。それはきっと、サラにとってはいつもと違う新しい夜明け。
「そういえば、私ずっとハルの膝に乗っかったままだったわ。重くなかった?」
「重くはないよ。ただ」
「ただ?」
「何でもない」
「何でもないって気になるわ。言ってよ、何?」
「言わせるな」
「変なの!」
「だけど、そろそろ我慢の限界」
あんた、おもいっきり抱きついてくるし、とハルはぽつりと声を落とすがサラには聞こえなかった。
「大変! 我慢するのはよくないと思うの」
「あんた……もしかして分かって言ってる?」
「え? だから、我慢って、あの……その……お手洗いのことでしょう……? 恥ずかしがらなくていいの」
「違うから!」
「違うの? じゃあ、何?」
「もういいよ」
と、ため息交じりに言われ、サラはむうっと唇を尖らせる。
腰のあたりに手を添えられ膝から降ろされそうになる。けれど、サラはいや、と首を小さく振りハルの腕をつかんだ。
「このまま連れていってくれるのかと思っていた」
「そうしたい気持ちはあるよ。だけど、今すぐ無理なのは分かっているだろう? そんなことをしたらあんたの両親が悲しむ」
なら、いつ? と言いかけてサラは口をつぐんだ。
確かに、ここで突然自分がいなくなってしまっては、お父様やお母様が驚いてしまう。そして、ハルの言うとおり間違いなく悲しむ。
「そうね。本当のこともお別れの言葉も言えないけれど、私、お父様やお母様に今まで愛してくれてありがとうって、きちんと伝えなければいけないわね」
でもねハル、私にはあまり時間がないの。
もうすぐ結婚させられてしまうから。
あの男と。
勝手に決められた婚約者の顔を思い浮かべた途端、サラの顔に嫌悪なものが過ぎった。
婚約者がいることを、どうしてもハルには言えなかった。
けれど、もしかしたらハルは知っているのかもしれない。おそらく、シンから聞かされて。
「明日も会いに来るよ」
「うん」
「心配するな。あんたを誰にも渡さないと言っただろう?」
だから、そんな顔をするなとハルの手が優しく頭をなでてくれる。
「ハル、あのね、明日は私授業もないし自由な時間がたくさんあるの。お昼頃、お庭で待ってる」
「庭で? あんたの庭広すぎて迷う」
「お屋敷の東側。薔薇園で」
来てくれる? と首を傾げて問いかけるサラに、ハルは分かったと答えるかわりに微笑んだ。
それでも、離れるのがいやというように、サラはハルの腕を離さない。
「ハル、キスして」
言って、恥ずかしくなったのかサラはうつむいてしまった。
覚えたばかりのレザンの言葉でキスをしてとねだるサラの頭に手を置き、ハルはそっとひたいに口づけをする。
「ねえ、女の子からキスしてなんて言うのは、やっぱりはしたないと思う?」
「どうして? 俺は嬉しいよ。それに言って欲しいと思ったから一番最初に教えた」
「そうなの?」
「言わせたかった」
サラはくすっと笑い、まぶたを半分落とす。
「まだ寂しいの?」
「うん……」
しがみついていた手を解かれ、両手首をつかみ取られる。そして、薄い夜着から少しだけのぞく胸元にハルの唇が寄せられた。
互いの鼓動が重なる。
気持ちは通じ合えた。
昨日までのように、もしかしたらハルは会いに来てはくれないかもしれないという不安に怯えることもない。
なのに、心がきゅっと締めつけられるように痛くて切ないのはなぜだろう。
ハルの温もりが気持ちよくて、このままずっと抱きしめていたい、強く抱きしめて欲しい。
このまま離れたくないと切実に願った。
「そろそろ、帰るよ。また夜が明けてしまったね」
ハルの声にようやくサラは顔を上げ、首を傾けゆっくりと窓の外に視線をあてる。
「ほんとだわ」
いつの間にか、東の空がぼんやりと白み始めていたことに気づく。
やがて、一日の始まりを告げる暁の鐘が鳴り響き、世界を夜明け色に染めるだろう。それはきっと、サラにとってはいつもと違う新しい夜明け。
「そういえば、私ずっとハルの膝に乗っかったままだったわ。重くなかった?」
「重くはないよ。ただ」
「ただ?」
「何でもない」
「何でもないって気になるわ。言ってよ、何?」
「言わせるな」
「変なの!」
「だけど、そろそろ我慢の限界」
あんた、おもいっきり抱きついてくるし、とハルはぽつりと声を落とすがサラには聞こえなかった。
「大変! 我慢するのはよくないと思うの」
「あんた……もしかして分かって言ってる?」
「え? だから、我慢って、あの……その……お手洗いのことでしょう……? 恥ずかしがらなくていいの」
「違うから!」
「違うの? じゃあ、何?」
「もういいよ」
と、ため息交じりに言われ、サラはむうっと唇を尖らせる。
腰のあたりに手を添えられ膝から降ろされそうになる。けれど、サラはいや、と首を小さく振りハルの腕をつかんだ。
「このまま連れていってくれるのかと思っていた」
「そうしたい気持ちはあるよ。だけど、今すぐ無理なのは分かっているだろう? そんなことをしたらあんたの両親が悲しむ」
なら、いつ? と言いかけてサラは口をつぐんだ。
確かに、ここで突然自分がいなくなってしまっては、お父様やお母様が驚いてしまう。そして、ハルの言うとおり間違いなく悲しむ。
「そうね。本当のこともお別れの言葉も言えないけれど、私、お父様やお母様に今まで愛してくれてありがとうって、きちんと伝えなければいけないわね」
でもねハル、私にはあまり時間がないの。
もうすぐ結婚させられてしまうから。
あの男と。
勝手に決められた婚約者の顔を思い浮かべた途端、サラの顔に嫌悪なものが過ぎった。
婚約者がいることを、どうしてもハルには言えなかった。
けれど、もしかしたらハルは知っているのかもしれない。おそらく、シンから聞かされて。
「明日も会いに来るよ」
「うん」
「心配するな。あんたを誰にも渡さないと言っただろう?」
だから、そんな顔をするなとハルの手が優しく頭をなでてくれる。
「ハル、あのね、明日は私授業もないし自由な時間がたくさんあるの。お昼頃、お庭で待ってる」
「庭で? あんたの庭広すぎて迷う」
「お屋敷の東側。薔薇園で」
来てくれる? と首を傾げて問いかけるサラに、ハルは分かったと答えるかわりに微笑んだ。
それでも、離れるのがいやというように、サラはハルの腕を離さない。
「ハル、キスして」
言って、恥ずかしくなったのかサラはうつむいてしまった。
覚えたばかりのレザンの言葉でキスをしてとねだるサラの頭に手を置き、ハルはそっとひたいに口づけをする。
「ねえ、女の子からキスしてなんて言うのは、やっぱりはしたないと思う?」
「どうして? 俺は嬉しいよ。それに言って欲しいと思ったから一番最初に教えた」
「そうなの?」
「言わせたかった」
サラはくすっと笑い、まぶたを半分落とす。
「まだ寂しいの?」
「うん……」
しがみついていた手を解かれ、両手首をつかみ取られる。そして、薄い夜着から少しだけのぞく胸元にハルの唇が寄せられた。
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