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第4章 鎮火、その藍の瞳に堕ちて
悪魔の花
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すべてのシャツのボタンを外したハルは、左の片袖だけを腕から抜いた。するりとシャツの片袖が肩をすべり床に落ちる。
突然のハルの行動にサラは反応に困ってうろたえる。
「ま、待って! どうして脱ぐの……っ!」
大声を出すな、と注意されたそばからまたしても声を上げるサラの唇に、ハルは黙ってと指先を添える。
「何もしないよ」
め、目のやり場にとても困るのだけれど。
ハルは顔もきれいだけど、身体も同じくらいすごくきれいで見とれてしまうわ。
そういえば出会ってまだ間もない頃、ベゼレート先生の診療所で裸のハルに組み敷かれたことが……。
そんなことを考えた途端、急速に頬がかっと熱くなった。
恥ずかしさに、視線をそらしたいのに、相手の体温が伝わってくるほどの間近の距離では視線を逃す場所すらない。否、ハルの身体から目をそらすことができなかった。
鍛え込んだ筋肉質な身体はけれど、ごつごつした男くさい逞しさや堅さはなく、しなやかな美しさ。肌は繊細で女性のように滑らかだ。
窓から差し込む月華がハルの素肌を舐めるように艶めかしく照らしだす。
どうしよう。
私、ハルの身体に触れてみたいかも。
思わず手が持ち上がりハルの胸に触れかけようとした瞬間。
「何?」
ハルに触れようとした手を急いで引っ込める。
「な、何でもないわ」
「そう? 顔が赤いよ。もしかして俺の身体見て欲情したとか?」
「よ……」
欲情という言葉にさらに顔を赤らめる。
「し、してないわよ! いやらしい言い方しないで」
「あんたすぐ顔にでるからわかりやすいね」
「だから……」
違う、と言ってふいっと視線をそらそうとした瞬間、サラはハルの左上腕部に視線をとめ、わずかに目を開く。ハルもようやく気づいてくれたか、と薄く笑った。
「腕、どうしたの? あの時の、賊と戦った時の怪我がまだ治っていないの?」
そこには黒い布が二重三重にも巻きつけられていた。
「痛むの?」
心配げな、気遣うような目でじっとハルの左腕を見つめるサラに、ハルは怪我ではないと静かに声を落として首を振る。
サラはおそるおそるハルの左腕に巻かれている布の結び目に指をかけ、見てもいいの? と目顔で問いかける。答えるかわりに、ハルはかすかに眉間を寄せ静かに視線を伏せた。
結び目はそれほどきつくはなく、すぐに解けた。解けた布が腕からはらりと滑り落ちていく。
「これは?」
そこに現れたのは、花の模様の入れ墨であった。
「これは……このお花は?」
サラはそっとハルの腕の入れ墨に手を触れた。
「レザンの、銀雪山の頂上にしか咲かない悪魔の花」
「悪魔の花……」
「レザンの暗殺者は身体のどこかにこれと同じ入れ墨をいれている。酔狂なことに、中にはわざと目立つ場所にいれている者も。これが何を意味するかなど知る者はほとんどいない、だから隠す必要もない。もし、知っている者がいたとすれば、その相手を殺すだけ」
「つまり、もし、ハルと同じこのお花の入れ墨をしている人を見かけたら、その人はレザンの組織の人ということね」
「そう、よく覚えておいて、万が一見かけたとしても表情には出すな。そいつと決して目を合わせるな。わずかな動揺でも相手にすぐ見抜かれる。そうなったら、間違いなく殺される。絶対に逃げられない」
サラはごくりと唾を飲み込み。
「わ、わかったわ!」
と、大きくうなずいた。
「……」
まなじりを細めてじっとのぞき込むハルの目。それは、あきらかにその顔はわかってないよね? という疑いの目であった。
「あんたすぐ顔にでるから心配だな。本当はこんなこと教えない方がよかったのかもしれないね」
「私、じゅうぶん気をつけるわ。ハルの言いつけはきちんと守る。そうしないと、ハルに迷惑をかけてしまうもの。だから、話さなければよかったなんて言わないで。私大丈夫よ」
「いい子だね」
まるで子どもに言い聞かせるように、静かに優しく声を落とすハルの手に頬を挟み込まれる。
「ねえ」
「な、何かしら?」
「入れ墨をいれる風習はこの国にはないし、もっと、驚かれると思ったけど、そうでもなかったね。どうして?」
サラは胸をどきりとさせた。
「……そんなことないわ。すごく驚いてるもの」
「そう? もしかして誰かの何かを見た?」
「何それ。何のことか、言ってる意味がさっぱりわからない」
「俺に嘘をつくの? 俺は何もかも隠さず、こうしてあんたにすべてを話しているのに」
ひどいな、と悲しげに瞳を揺らすハルに見つめられ、サラはうう……と声をもらした。
ああ……この表情にだまされてはいけないってわかってはいるけど、隠すこともできないわ。
後でばれてしまった時の方が怖いし。
「……シンの背中にも……すごいのがあって……それを見てしまったから」
案の定、ハルの瞳に剣呑な光がちらりと過ぎる。
「どうしてあいつの背中の入れ墨を知っているの?」
「それは……」
ハルが疑問に思うのも無理はない。
服を脱がなければ、シンの背中のそれを目にすることはできない。
「シンが服を脱いでいて」
ハルはさらに目を細める。
「ち、違うの、違うのよ! あの人勝手に服を脱いでいて、それで見てしまったというか……それにシンってば何も着ないで裸で寝るし……私、すごく驚いて」
あれ……何かだんだん深みにはまっていくような。
それもあまりよくない雰囲気に……。
「あいつが裸で寝るって、そんなことまで知っているんだね」
「違っ! 本当にシンとは何もないのよ。ねえ、ここにきてまさか私のこと疑ったりしないわよね」
「疑ってなんかいないよ。でも……」
でも?
「もし、あんたとあいつとの間に何かあったというなら」
ハルは悪戯げに目を細めたまま、薄い嗤いを口元に浮かべる。
「二度とあんたに触れられないように、今すぐあいつの両腕を斬り落としにいってやる」
サラは顔を引きつらせた。
たぶん冗談で言ってるのだと思うけど……。
こういうことを平然と言っちゃうところはやっぱり怖いかも。
突然のハルの行動にサラは反応に困ってうろたえる。
「ま、待って! どうして脱ぐの……っ!」
大声を出すな、と注意されたそばからまたしても声を上げるサラの唇に、ハルは黙ってと指先を添える。
「何もしないよ」
め、目のやり場にとても困るのだけれど。
ハルは顔もきれいだけど、身体も同じくらいすごくきれいで見とれてしまうわ。
そういえば出会ってまだ間もない頃、ベゼレート先生の診療所で裸のハルに組み敷かれたことが……。
そんなことを考えた途端、急速に頬がかっと熱くなった。
恥ずかしさに、視線をそらしたいのに、相手の体温が伝わってくるほどの間近の距離では視線を逃す場所すらない。否、ハルの身体から目をそらすことができなかった。
鍛え込んだ筋肉質な身体はけれど、ごつごつした男くさい逞しさや堅さはなく、しなやかな美しさ。肌は繊細で女性のように滑らかだ。
窓から差し込む月華がハルの素肌を舐めるように艶めかしく照らしだす。
どうしよう。
私、ハルの身体に触れてみたいかも。
思わず手が持ち上がりハルの胸に触れかけようとした瞬間。
「何?」
ハルに触れようとした手を急いで引っ込める。
「な、何でもないわ」
「そう? 顔が赤いよ。もしかして俺の身体見て欲情したとか?」
「よ……」
欲情という言葉にさらに顔を赤らめる。
「し、してないわよ! いやらしい言い方しないで」
「あんたすぐ顔にでるからわかりやすいね」
「だから……」
違う、と言ってふいっと視線をそらそうとした瞬間、サラはハルの左上腕部に視線をとめ、わずかに目を開く。ハルもようやく気づいてくれたか、と薄く笑った。
「腕、どうしたの? あの時の、賊と戦った時の怪我がまだ治っていないの?」
そこには黒い布が二重三重にも巻きつけられていた。
「痛むの?」
心配げな、気遣うような目でじっとハルの左腕を見つめるサラに、ハルは怪我ではないと静かに声を落として首を振る。
サラはおそるおそるハルの左腕に巻かれている布の結び目に指をかけ、見てもいいの? と目顔で問いかける。答えるかわりに、ハルはかすかに眉間を寄せ静かに視線を伏せた。
結び目はそれほどきつくはなく、すぐに解けた。解けた布が腕からはらりと滑り落ちていく。
「これは?」
そこに現れたのは、花の模様の入れ墨であった。
「これは……このお花は?」
サラはそっとハルの腕の入れ墨に手を触れた。
「レザンの、銀雪山の頂上にしか咲かない悪魔の花」
「悪魔の花……」
「レザンの暗殺者は身体のどこかにこれと同じ入れ墨をいれている。酔狂なことに、中にはわざと目立つ場所にいれている者も。これが何を意味するかなど知る者はほとんどいない、だから隠す必要もない。もし、知っている者がいたとすれば、その相手を殺すだけ」
「つまり、もし、ハルと同じこのお花の入れ墨をしている人を見かけたら、その人はレザンの組織の人ということね」
「そう、よく覚えておいて、万が一見かけたとしても表情には出すな。そいつと決して目を合わせるな。わずかな動揺でも相手にすぐ見抜かれる。そうなったら、間違いなく殺される。絶対に逃げられない」
サラはごくりと唾を飲み込み。
「わ、わかったわ!」
と、大きくうなずいた。
「……」
まなじりを細めてじっとのぞき込むハルの目。それは、あきらかにその顔はわかってないよね? という疑いの目であった。
「あんたすぐ顔にでるから心配だな。本当はこんなこと教えない方がよかったのかもしれないね」
「私、じゅうぶん気をつけるわ。ハルの言いつけはきちんと守る。そうしないと、ハルに迷惑をかけてしまうもの。だから、話さなければよかったなんて言わないで。私大丈夫よ」
「いい子だね」
まるで子どもに言い聞かせるように、静かに優しく声を落とすハルの手に頬を挟み込まれる。
「ねえ」
「な、何かしら?」
「入れ墨をいれる風習はこの国にはないし、もっと、驚かれると思ったけど、そうでもなかったね。どうして?」
サラは胸をどきりとさせた。
「……そんなことないわ。すごく驚いてるもの」
「そう? もしかして誰かの何かを見た?」
「何それ。何のことか、言ってる意味がさっぱりわからない」
「俺に嘘をつくの? 俺は何もかも隠さず、こうしてあんたにすべてを話しているのに」
ひどいな、と悲しげに瞳を揺らすハルに見つめられ、サラはうう……と声をもらした。
ああ……この表情にだまされてはいけないってわかってはいるけど、隠すこともできないわ。
後でばれてしまった時の方が怖いし。
「……シンの背中にも……すごいのがあって……それを見てしまったから」
案の定、ハルの瞳に剣呑な光がちらりと過ぎる。
「どうしてあいつの背中の入れ墨を知っているの?」
「それは……」
ハルが疑問に思うのも無理はない。
服を脱がなければ、シンの背中のそれを目にすることはできない。
「シンが服を脱いでいて」
ハルはさらに目を細める。
「ち、違うの、違うのよ! あの人勝手に服を脱いでいて、それで見てしまったというか……それにシンってば何も着ないで裸で寝るし……私、すごく驚いて」
あれ……何かだんだん深みにはまっていくような。
それもあまりよくない雰囲気に……。
「あいつが裸で寝るって、そんなことまで知っているんだね」
「違っ! 本当にシンとは何もないのよ。ねえ、ここにきてまさか私のこと疑ったりしないわよね」
「疑ってなんかいないよ。でも……」
でも?
「もし、あんたとあいつとの間に何かあったというなら」
ハルは悪戯げに目を細めたまま、薄い嗤いを口元に浮かべる。
「二度とあんたに触れられないように、今すぐあいつの両腕を斬り落としにいってやる」
サラは顔を引きつらせた。
たぶん冗談で言ってるのだと思うけど……。
こういうことを平然と言っちゃうところはやっぱり怖いかも。
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