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第3章 罪火、戸惑いに揺れる心
俺を信じて
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「あのね、私シンのことが好きよ。でも、その好きはハルの好きとは違うの」
「分かってる」
「私、シンと出会えてよかったと思ってる。ほんとよ!」
「ああ……」
「さっきも言ったわよね。私、シンと出会ってからたくさん笑ったし、楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
振り回されてばかりだったような気もするが。
それでも、楽しかったと思う。
「裏街に行ってとっても怒られたけど、でも、私カイやエレナさんとも出会えた」
「あの時はひやりとさせられたな」
「口紅も嬉しかった。こんな嬉しい贈り物は初めて。それに、星の物語も初めて知ったの。すごくわくわくした」
しかし、サラは突然表情を曇らせた。
「シン……私ね、もうテオやベゼレート先生の所に戻れない」
「俺も裏街に戻るよ」
サラは瞳を揺らした。
「私、八十八の星の物語、全部聞いてない」
シンは静かに笑って、ごめんなとサラの頭をなでる。
「どうして……どうして、ごめんって言うの? なぜあやまるの?」
シンは静かにまぶたを伏せた。
途端、サラの目に大粒の涙が盛り上がった。
「また、会えるわよね?」
おそるおそる問いかけてくるサラにシンが答えることはなかった。ただ、口元にかすかな笑いを浮かべるだけ。
サラの目からひとしずくの涙が落ちた。
「もっとシンと一緒にいたい」
「そう言ってもらえて嬉しいけど、それは俺に言う言葉じゃない」
「でも!」
「ごめんな。サラを泣かせたくないって言っておきながら、俺が泣かせているんだよな」
シンはそっと手を伸ばし、サラのこぼれ落ちる涙のしずくを指先ですくいとった。それでも、あとからあとからあふれ落ちる涙で頬を濡らすサラの顔を見て、シンは戸惑いの表情を浮かべる。
「サラ……」
思わず抱きしめようと伸ばしたシンの手が虚空でとまる。
とまったまま、手をきつく握りしめ震わせた。
これ以上サラに触れたら、抱きしめたら、必死で抑え込んでいる感情が爆発してしまいそうだったから。
みっともない自分をさらしてしまいそうだったから。
伸ばした手を引き、シンは乱れかけた心を落ち着かせるように息を吸って吐き出した。と、同時にシンの心に一つの決意が過ぎった。
「俺もほんとお人好しだな」
「え?」
「いや……あのさ俺、必ずあいつを、ハルをサラの元に連れてくる。サラに会わせてやる」
「シン……」
やっぱり、サラには笑っていて欲しい。
サラが笑顔でいてくれるなら、俺も嬉しいから。
シンの濃い紫の瞳に切なげな翳が揺れた。
「約束する」
シンは手にした抜き身の剣を地面に突き刺した。そして、側の薔薇の垣根から一輪の赤い薔薇を手折り、丁寧に棘をとってサラの前に差し出した。
サラはその薔薇に手を伸ばす。
「この薔薇が枯れ落ちるまでに必ずハルに会わせてやる。だから、もう泣かないと……」
約束してくれるか? とシンは微笑んだ。
サラは手にした薔薇とシンを交互に見つめ、頷いた。
うなずいた瞬間、再び大粒の涙がサラの目からぱたぱたとこぼれ落ちていく。
「ほら、涙を拭いて」
サラはもう一度うなずき、手の甲で目の縁をごしごしとこすった。
「笑って」
ぎこちないながらもサラは口元に笑みを浮かべる。
「よし」
もう大丈夫だね。
その笑顔であいつの胸に飛び込めばいい。たぶん、あのファルクとかいう野郎のことも、きっとあいつが何とかしてくれるはず。
だから、何も心配することはない。
必ず約束するから。
俺を信じて待っていて。
シンは剣を手に取り鞘におさめると、すべての思いを振り切り、サラに背を向け歩き出した。
「シン!」
呼び止めるサラの声に振り返らなかった。
突如吹く風に、薔薇の花びらが空へと舞い上がる。
さようなら、サラ──。
「分かってる」
「私、シンと出会えてよかったと思ってる。ほんとよ!」
「ああ……」
「さっきも言ったわよね。私、シンと出会ってからたくさん笑ったし、楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
振り回されてばかりだったような気もするが。
それでも、楽しかったと思う。
「裏街に行ってとっても怒られたけど、でも、私カイやエレナさんとも出会えた」
「あの時はひやりとさせられたな」
「口紅も嬉しかった。こんな嬉しい贈り物は初めて。それに、星の物語も初めて知ったの。すごくわくわくした」
しかし、サラは突然表情を曇らせた。
「シン……私ね、もうテオやベゼレート先生の所に戻れない」
「俺も裏街に戻るよ」
サラは瞳を揺らした。
「私、八十八の星の物語、全部聞いてない」
シンは静かに笑って、ごめんなとサラの頭をなでる。
「どうして……どうして、ごめんって言うの? なぜあやまるの?」
シンは静かにまぶたを伏せた。
途端、サラの目に大粒の涙が盛り上がった。
「また、会えるわよね?」
おそるおそる問いかけてくるサラにシンが答えることはなかった。ただ、口元にかすかな笑いを浮かべるだけ。
サラの目からひとしずくの涙が落ちた。
「もっとシンと一緒にいたい」
「そう言ってもらえて嬉しいけど、それは俺に言う言葉じゃない」
「でも!」
「ごめんな。サラを泣かせたくないって言っておきながら、俺が泣かせているんだよな」
シンはそっと手を伸ばし、サラのこぼれ落ちる涙のしずくを指先ですくいとった。それでも、あとからあとからあふれ落ちる涙で頬を濡らすサラの顔を見て、シンは戸惑いの表情を浮かべる。
「サラ……」
思わず抱きしめようと伸ばしたシンの手が虚空でとまる。
とまったまま、手をきつく握りしめ震わせた。
これ以上サラに触れたら、抱きしめたら、必死で抑え込んでいる感情が爆発してしまいそうだったから。
みっともない自分をさらしてしまいそうだったから。
伸ばした手を引き、シンは乱れかけた心を落ち着かせるように息を吸って吐き出した。と、同時にシンの心に一つの決意が過ぎった。
「俺もほんとお人好しだな」
「え?」
「いや……あのさ俺、必ずあいつを、ハルをサラの元に連れてくる。サラに会わせてやる」
「シン……」
やっぱり、サラには笑っていて欲しい。
サラが笑顔でいてくれるなら、俺も嬉しいから。
シンの濃い紫の瞳に切なげな翳が揺れた。
「約束する」
シンは手にした抜き身の剣を地面に突き刺した。そして、側の薔薇の垣根から一輪の赤い薔薇を手折り、丁寧に棘をとってサラの前に差し出した。
サラはその薔薇に手を伸ばす。
「この薔薇が枯れ落ちるまでに必ずハルに会わせてやる。だから、もう泣かないと……」
約束してくれるか? とシンは微笑んだ。
サラは手にした薔薇とシンを交互に見つめ、頷いた。
うなずいた瞬間、再び大粒の涙がサラの目からぱたぱたとこぼれ落ちていく。
「ほら、涙を拭いて」
サラはもう一度うなずき、手の甲で目の縁をごしごしとこすった。
「笑って」
ぎこちないながらもサラは口元に笑みを浮かべる。
「よし」
もう大丈夫だね。
その笑顔であいつの胸に飛び込めばいい。たぶん、あのファルクとかいう野郎のことも、きっとあいつが何とかしてくれるはず。
だから、何も心配することはない。
必ず約束するから。
俺を信じて待っていて。
シンは剣を手に取り鞘におさめると、すべての思いを振り切り、サラに背を向け歩き出した。
「シン!」
呼び止めるサラの声に振り返らなかった。
突如吹く風に、薔薇の花びらが空へと舞い上がる。
さようなら、サラ──。
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