上 下
72 / 74
第7章 誰も私たちの知らない場所へ

8 彼女は僕が幸せにする

しおりを挟む
 ファンローゼははっとなる。
「まさか、出版社の人に何度も頭を下げて父の行方を聞き出したというのは、嘘だった?」
「もちろん。無理矢理口を割らせ、情報を聞き出して殺した」
 あれほど頑なだった出版社の人が、見ず知らずのクレイに簡単に喋るわけがなかった。
 ああ……とファンローゼは悲痛な声をもらす。
 それなのに、私はクレイにばかり頼り、負担をかけさせて、申し訳ないと思っていたなんて。
 こんな人を信じ切っていた私は、なんて愚かだったのだろう。
 父を失ったのも、出版社の人が殺されたのも、自分が招いた浅はかさだった。
「父親を失い孤独となった君は、予想通り僕にすがりついて泣いたね。他に頼る者がいない君は結果、僕の組織に来ることになった。ここまで計画は順調だ。だけど、君を本当に手に入れるには、もう一人、コンツェットという邪魔者がいる。その邪魔者に消えてもらわない限り君を手に入れたとはいえない」
 クレイは鋭い目をコンツェットに向けた。
「そこで僕は君を大佐のパーティーに潜入するよう仕組んだ。そのパーティーにはコンツェットも来る。そこでエリスとの婚約発表があることを知っていたから」
「おかしいわ。あの時あなたは私にパーティーにいく必要はない、組織に協力しなくてもいいと言った。私が行かなかったら?」
「確かに僕はそう言った。でもね、君が現れたことによって、僕に心酔するアニタが激しく嫉妬することは計算の内。アニタの性格なら、必ず君を困らせるため、パーティーに行かせたらどうだと言い出すと思った。そして、案の定だ。パーティーに向かった君は、そこでコンツェットと運命の再会を果たす。君たちは偶然出会えたと浮かれていたようだけど、実は偶然ではなく、僕が君たちを偶然を装い、引き合わせた」
 ファンローゼは唇を引き結ぶ。
 コンツェットも怒りで身体を震わせていた。
「面白いくらい、何もかも僕の思い通りに事が進んでいったよ。偶然出会ったと思い込んだ君たちは、すぐに磁石のように惹かれ合った。そして僕の目的は、君とコンツェットが再び愛し合うこと」
「分からないわ。さっきはコンツェットを殺して私を自分のものにしたいと言っていた」
 クレイはにっと嗤う。
「そう、最後の仕上げとばかりに、僕はファンローゼ、いったん僕の手から君を手放した」

『君には最後の仕事をしてもらわないとね。頑張っておいで、僕のファンローゼ』

「二人が再び愛し合うことにより、コンツェットが軍を裏切るよう僕が仕向けた。愛する女性を守るため、彼は必ず婚約者を、軍を裏切るだろうとね。それが僕の狙いだ。そしてまさにそうなった。エスツェリア軍のエリートから一転、裏切り者として追われる身になった。その男は間違いなく処刑される」
 コンツェットは凄まじい目でクレイを睨みつける。
「そいつは処刑され、そして、ファンローゼ、最後に君一人が残る。そういう筋書きだった」
「私はずっとあなたの手によって踊らされた」
「ごめんね。君を手に入れるためなら、どんなことでもするつもりでいたから」
 クレイは銃口を再び、コンツェットの心臓に狙いを定める。
 コンツェットの身体が強張ったのが、気配で分かった。
「ということで、上層部から君を捕らえるよう命令が出た。状況によっては殺してもかまわないと許可を得ている。悪く思わないで欲しい。おとなしく捕まっても、ここで僕に撃たれても、抵抗してもしなくても、最終的に君は死ぬ運命だ。おとなしく受け入れるがいい。ああ、安心して、ファンローゼは僕が幸せにするから」
「クレイ!」
 ファンローゼは両手を広げ、コンツェットの前に立ちはだかった。
 クレイは眉をひそめ、端整な顔を翳らせる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

異世界恋愛作品集 バカばっかり

蒼井星空
恋愛
婚約破棄ざまぁからのハッピーエンドな物語たちをまとめた異世界恋愛作品集です。 短編をたくさん書いているので、順次投稿していきます。 どうぞお楽しみください。 ※異世界恋愛作品集その1である『"真実の愛" ダメ、ゼッタイ!』が10万文字を超えたので、以降はこちらに投稿していく予定です。現時点で5万文字ほどのストックを全て投稿予約しています。カクヨムの方でカクヨムコン10向け作品を書いていて余裕がなくなってしまったので、すみませんが一旦完結させています。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...