60 / 74
第6章 もう君を離さない
8 君を守るために、たとえ祖国を裏切っても
しおりを挟む
翌日、コンツェットは再びヨシア大佐の元に呼ばれた。
「コンツェット君、もう一度聞こう。エスツェリア軍に入り私の下で働く気はないかね」
何度聞かれても答えは同じだ。
そこで、コンツェットは決死の覚悟で大佐の懐に飛び込み、持っていた銃を奪うと、安全装置を外し、その銃口を敵ではなく、自分のこめかみにあてた。
「待ちたまえ!」
ファンローゼ……すぐに君の後を追うと言った。でも、その約束は一生果たすことはできない。
いや。
コンツェットは顔を歪める。
ファンローゼは崖から落ち、ラーナリアの濁流に飲み込まれた。
間違いなく助からないだろう。
死ぬのなら一緒だ。
今すぐ僕もいく。
寂しい思いはさせない。
だが、コンツェットの命運は、まだ尽きてはいなかった。
「聞きたまえ。ファンローゼとか言ったね。彼女が見つかったと今朝方連絡が入った」
銃を握る手が緩んだ。だが、ファンローゼが発見されたと分かっても、生きていなければ意味がない。
「彼女は生きている」
「ファンローゼが、生きている?」
「彼女は奇跡的にも崖の途中の木枝に引っかかり、川に落ちることなく助かった。大きな怪我もないらしい。彼女を見つけたスヴェリアの老夫婦によって保護された」
力が抜けた。
コンツェットの手から銃が落ちる。
生きている……。
生きている。
生きていてくれた!
「うわわわ────────っ!」
コンツェットは声をあげて泣きながら、その場に崩れた。
「まだ安心するには早い、コンツェット君」
意味深な大佐の言葉に、コンツェットは顔をあげた。
「彼女のこの先の運命を握るのは、君の決断しだいだ」
したりと大佐は頷く。
「彼女はエスツェリア国に逆らう作家クルト・ウェンデルの娘」
反エスツェリアをとなえる者たちにとって、クルト・ウェンデルの存在は大きい。その彼の娘であるファンローゼも。
「我々に逆らうエティカリア人抑圧のため、クルト・ウェンデルの娘である彼女も本来捕らえたいところだが、君がエスツェリア軍に入隊することを決意してくれるなら、我々は今後いっさい、彼女に関与しないことを約束しよう」
口を開きかけたコンツェットを、大佐は手で制する。
「君の決断ひとつで、大切な彼女が救われる。スヴェリアの国で心穏やかに暮らせるのだ。どうかね? 悪い話ではないだろう?」
コンツェットは鋭い目で、目の前の大佐を見上げた。
「本当か?」
「ああ」
「今後いっさい、彼女に危害を加えないと?」
「嘘は言わないよ。彼女は河に落ちて死んだ。死んだ者は追いようがない」
コンツェットは握った手を強く震わせた。
迷うことはなかった。
いや、迷う必要などなかった。
ファンローゼが生きていてくれるならそれでいい。
この先エスツェリア軍に追われることに怯えず暮らしていけるのなら、たとえ、自分が祖国を裏切ったとしても、後悔などしない。
僕は死なない。
強くなる。
君を守るために。
ファンローゼ、守るよ。
君のことは絶対に僕が守るよ。
大佐の執務室を出てすぐに、エリスが近づいてきた。
「コンツェット、今日からあなたは私のものよ。私のいうことをよく聞くの。私を裏切ったら許さないからね。いいわね」
そう言って、エリスはにこりと笑った。
そうして、ヨシア大佐の条件を飲み敵国の軍に入隊した。一年間の厳しい訓練を受け、大佐が率いる特務部隊へ特別に配属された。
大佐の機嫌をそこねないよう、命じられればエスツェリア軍に逆らうエティカリア人を捕らえ必要とあらば殺した。殺した人間など数え切れない。もはや、数える意味もない。
『何て奴だ。平気な顔して自分の祖国の人間を殺しまくるんだぜ』
『自分かわいさにな。とんでもない奴だ』
『おまけに、大佐のお嬢様に色目を使って、自分の地位を確保しているじゃないか』
『胸くそ悪い奴だぜ』
祖国の者からも恨まれ、さらに、エスツェリア軍からも嫌悪された。
だが、誰に何を言われようとどうでもいい。ただ、ファンローゼが無事でいてくれたらそれでよかった。
やがて、めざましい功績をあげていき、大佐の右腕といわれるまでに昇りつめるとは周りの誰もが思いもしなかっただろう。あからさまに陰口を言っていた者たちも、上官となったコンツェットに対しての非難は減っていった。もちろん、陰で何を言っているかは定かではないが。そして、エティカリア人でありながら、敵国の将校の娘と婚約することになった。
──ファンローゼ、僕は忌々しい敵軍に身を投じることになるけれど、僕の心は一生、君だけのものだから。
「コンツェット君、もう一度聞こう。エスツェリア軍に入り私の下で働く気はないかね」
何度聞かれても答えは同じだ。
そこで、コンツェットは決死の覚悟で大佐の懐に飛び込み、持っていた銃を奪うと、安全装置を外し、その銃口を敵ではなく、自分のこめかみにあてた。
「待ちたまえ!」
ファンローゼ……すぐに君の後を追うと言った。でも、その約束は一生果たすことはできない。
いや。
コンツェットは顔を歪める。
ファンローゼは崖から落ち、ラーナリアの濁流に飲み込まれた。
間違いなく助からないだろう。
死ぬのなら一緒だ。
今すぐ僕もいく。
寂しい思いはさせない。
だが、コンツェットの命運は、まだ尽きてはいなかった。
「聞きたまえ。ファンローゼとか言ったね。彼女が見つかったと今朝方連絡が入った」
銃を握る手が緩んだ。だが、ファンローゼが発見されたと分かっても、生きていなければ意味がない。
「彼女は生きている」
「ファンローゼが、生きている?」
「彼女は奇跡的にも崖の途中の木枝に引っかかり、川に落ちることなく助かった。大きな怪我もないらしい。彼女を見つけたスヴェリアの老夫婦によって保護された」
力が抜けた。
コンツェットの手から銃が落ちる。
生きている……。
生きている。
生きていてくれた!
「うわわわ────────っ!」
コンツェットは声をあげて泣きながら、その場に崩れた。
「まだ安心するには早い、コンツェット君」
意味深な大佐の言葉に、コンツェットは顔をあげた。
「彼女のこの先の運命を握るのは、君の決断しだいだ」
したりと大佐は頷く。
「彼女はエスツェリア国に逆らう作家クルト・ウェンデルの娘」
反エスツェリアをとなえる者たちにとって、クルト・ウェンデルの存在は大きい。その彼の娘であるファンローゼも。
「我々に逆らうエティカリア人抑圧のため、クルト・ウェンデルの娘である彼女も本来捕らえたいところだが、君がエスツェリア軍に入隊することを決意してくれるなら、我々は今後いっさい、彼女に関与しないことを約束しよう」
口を開きかけたコンツェットを、大佐は手で制する。
「君の決断ひとつで、大切な彼女が救われる。スヴェリアの国で心穏やかに暮らせるのだ。どうかね? 悪い話ではないだろう?」
コンツェットは鋭い目で、目の前の大佐を見上げた。
「本当か?」
「ああ」
「今後いっさい、彼女に危害を加えないと?」
「嘘は言わないよ。彼女は河に落ちて死んだ。死んだ者は追いようがない」
コンツェットは握った手を強く震わせた。
迷うことはなかった。
いや、迷う必要などなかった。
ファンローゼが生きていてくれるならそれでいい。
この先エスツェリア軍に追われることに怯えず暮らしていけるのなら、たとえ、自分が祖国を裏切ったとしても、後悔などしない。
僕は死なない。
強くなる。
君を守るために。
ファンローゼ、守るよ。
君のことは絶対に僕が守るよ。
大佐の執務室を出てすぐに、エリスが近づいてきた。
「コンツェット、今日からあなたは私のものよ。私のいうことをよく聞くの。私を裏切ったら許さないからね。いいわね」
そう言って、エリスはにこりと笑った。
そうして、ヨシア大佐の条件を飲み敵国の軍に入隊した。一年間の厳しい訓練を受け、大佐が率いる特務部隊へ特別に配属された。
大佐の機嫌をそこねないよう、命じられればエスツェリア軍に逆らうエティカリア人を捕らえ必要とあらば殺した。殺した人間など数え切れない。もはや、数える意味もない。
『何て奴だ。平気な顔して自分の祖国の人間を殺しまくるんだぜ』
『自分かわいさにな。とんでもない奴だ』
『おまけに、大佐のお嬢様に色目を使って、自分の地位を確保しているじゃないか』
『胸くそ悪い奴だぜ』
祖国の者からも恨まれ、さらに、エスツェリア軍からも嫌悪された。
だが、誰に何を言われようとどうでもいい。ただ、ファンローゼが無事でいてくれたらそれでよかった。
やがて、めざましい功績をあげていき、大佐の右腕といわれるまでに昇りつめるとは周りの誰もが思いもしなかっただろう。あからさまに陰口を言っていた者たちも、上官となったコンツェットに対しての非難は減っていった。もちろん、陰で何を言っているかは定かではないが。そして、エティカリア人でありながら、敵国の将校の娘と婚約することになった。
──ファンローゼ、僕は忌々しい敵軍に身を投じることになるけれど、僕の心は一生、君だけのものだから。
10
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる