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第6章 もう君を離さない
8 君を守るために、たとえ祖国を裏切っても
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翌日、コンツェットは再びヨシア大佐の元に呼ばれた。
「コンツェット君、もう一度聞こう。エスツェリア軍に入り私の下で働く気はないかね」
何度聞かれても答えは同じだ。
そこで、コンツェットは決死の覚悟で大佐の懐に飛び込み、持っていた銃を奪うと、安全装置を外し、その銃口を敵ではなく、自分のこめかみにあてた。
「待ちたまえ!」
ファンローゼ……すぐに君の後を追うと言った。でも、その約束は一生果たすことはできない。
いや。
コンツェットは顔を歪める。
ファンローゼは崖から落ち、ラーナリアの濁流に飲み込まれた。
間違いなく助からないだろう。
死ぬのなら一緒だ。
今すぐ僕もいく。
寂しい思いはさせない。
だが、コンツェットの命運は、まだ尽きてはいなかった。
「聞きたまえ。ファンローゼとか言ったね。彼女が見つかったと今朝方連絡が入った」
銃を握る手が緩んだ。だが、ファンローゼが発見されたと分かっても、生きていなければ意味がない。
「彼女は生きている」
「ファンローゼが、生きている?」
「彼女は奇跡的にも崖の途中の木枝に引っかかり、川に落ちることなく助かった。大きな怪我もないらしい。彼女を見つけたスヴェリアの老夫婦によって保護された」
力が抜けた。
コンツェットの手から銃が落ちる。
生きている……。
生きている。
生きていてくれた!
「うわわわ────────っ!」
コンツェットは声をあげて泣きながら、その場に崩れた。
「まだ安心するには早い、コンツェット君」
意味深な大佐の言葉に、コンツェットは顔をあげた。
「彼女のこの先の運命を握るのは、君の決断しだいだ」
したりと大佐は頷く。
「彼女はエスツェリア国に逆らう作家クルト・ウェンデルの娘」
反エスツェリアをとなえる者たちにとって、クルト・ウェンデルの存在は大きい。その彼の娘であるファンローゼも。
「我々に逆らうエティカリア人抑圧のため、クルト・ウェンデルの娘である彼女も本来捕らえたいところだが、君がエスツェリア軍に入隊することを決意してくれるなら、我々は今後いっさい、彼女に関与しないことを約束しよう」
口を開きかけたコンツェットを、大佐は手で制する。
「君の決断ひとつで、大切な彼女が救われる。スヴェリアの国で心穏やかに暮らせるのだ。どうかね? 悪い話ではないだろう?」
コンツェットは鋭い目で、目の前の大佐を見上げた。
「本当か?」
「ああ」
「今後いっさい、彼女に危害を加えないと?」
「嘘は言わないよ。彼女は河に落ちて死んだ。死んだ者は追いようがない」
コンツェットは握った手を強く震わせた。
迷うことはなかった。
いや、迷う必要などなかった。
ファンローゼが生きていてくれるならそれでいい。
この先エスツェリア軍に追われることに怯えず暮らしていけるのなら、たとえ、自分が祖国を裏切ったとしても、後悔などしない。
僕は死なない。
強くなる。
君を守るために。
ファンローゼ、守るよ。
君のことは絶対に僕が守るよ。
大佐の執務室を出てすぐに、エリスが近づいてきた。
「コンツェット、今日からあなたは私のものよ。私のいうことをよく聞くの。私を裏切ったら許さないからね。いいわね」
そう言って、エリスはにこりと笑った。
そうして、ヨシア大佐の条件を飲み敵国の軍に入隊した。一年間の厳しい訓練を受け、大佐が率いる特務部隊へ特別に配属された。
大佐の機嫌をそこねないよう、命じられればエスツェリア軍に逆らうエティカリア人を捕らえ必要とあらば殺した。殺した人間など数え切れない。もはや、数える意味もない。
『何て奴だ。平気な顔して自分の祖国の人間を殺しまくるんだぜ』
『自分かわいさにな。とんでもない奴だ』
『おまけに、大佐のお嬢様に色目を使って、自分の地位を確保しているじゃないか』
『胸くそ悪い奴だぜ』
祖国の者からも恨まれ、さらに、エスツェリア軍からも嫌悪された。
だが、誰に何を言われようとどうでもいい。ただ、ファンローゼが無事でいてくれたらそれでよかった。
やがて、めざましい功績をあげていき、大佐の右腕といわれるまでに昇りつめるとは周りの誰もが思いもしなかっただろう。あからさまに陰口を言っていた者たちも、上官となったコンツェットに対しての非難は減っていった。もちろん、陰で何を言っているかは定かではないが。そして、エティカリア人でありながら、敵国の将校の娘と婚約することになった。
──ファンローゼ、僕は忌々しい敵軍に身を投じることになるけれど、僕の心は一生、君だけのものだから。
「コンツェット君、もう一度聞こう。エスツェリア軍に入り私の下で働く気はないかね」
何度聞かれても答えは同じだ。
そこで、コンツェットは決死の覚悟で大佐の懐に飛び込み、持っていた銃を奪うと、安全装置を外し、その銃口を敵ではなく、自分のこめかみにあてた。
「待ちたまえ!」
ファンローゼ……すぐに君の後を追うと言った。でも、その約束は一生果たすことはできない。
いや。
コンツェットは顔を歪める。
ファンローゼは崖から落ち、ラーナリアの濁流に飲み込まれた。
間違いなく助からないだろう。
死ぬのなら一緒だ。
今すぐ僕もいく。
寂しい思いはさせない。
だが、コンツェットの命運は、まだ尽きてはいなかった。
「聞きたまえ。ファンローゼとか言ったね。彼女が見つかったと今朝方連絡が入った」
銃を握る手が緩んだ。だが、ファンローゼが発見されたと分かっても、生きていなければ意味がない。
「彼女は生きている」
「ファンローゼが、生きている?」
「彼女は奇跡的にも崖の途中の木枝に引っかかり、川に落ちることなく助かった。大きな怪我もないらしい。彼女を見つけたスヴェリアの老夫婦によって保護された」
力が抜けた。
コンツェットの手から銃が落ちる。
生きている……。
生きている。
生きていてくれた!
「うわわわ────────っ!」
コンツェットは声をあげて泣きながら、その場に崩れた。
「まだ安心するには早い、コンツェット君」
意味深な大佐の言葉に、コンツェットは顔をあげた。
「彼女のこの先の運命を握るのは、君の決断しだいだ」
したりと大佐は頷く。
「彼女はエスツェリア国に逆らう作家クルト・ウェンデルの娘」
反エスツェリアをとなえる者たちにとって、クルト・ウェンデルの存在は大きい。その彼の娘であるファンローゼも。
「我々に逆らうエティカリア人抑圧のため、クルト・ウェンデルの娘である彼女も本来捕らえたいところだが、君がエスツェリア軍に入隊することを決意してくれるなら、我々は今後いっさい、彼女に関与しないことを約束しよう」
口を開きかけたコンツェットを、大佐は手で制する。
「君の決断ひとつで、大切な彼女が救われる。スヴェリアの国で心穏やかに暮らせるのだ。どうかね? 悪い話ではないだろう?」
コンツェットは鋭い目で、目の前の大佐を見上げた。
「本当か?」
「ああ」
「今後いっさい、彼女に危害を加えないと?」
「嘘は言わないよ。彼女は河に落ちて死んだ。死んだ者は追いようがない」
コンツェットは握った手を強く震わせた。
迷うことはなかった。
いや、迷う必要などなかった。
ファンローゼが生きていてくれるならそれでいい。
この先エスツェリア軍に追われることに怯えず暮らしていけるのなら、たとえ、自分が祖国を裏切ったとしても、後悔などしない。
僕は死なない。
強くなる。
君を守るために。
ファンローゼ、守るよ。
君のことは絶対に僕が守るよ。
大佐の執務室を出てすぐに、エリスが近づいてきた。
「コンツェット、今日からあなたは私のものよ。私のいうことをよく聞くの。私を裏切ったら許さないからね。いいわね」
そう言って、エリスはにこりと笑った。
そうして、ヨシア大佐の条件を飲み敵国の軍に入隊した。一年間の厳しい訓練を受け、大佐が率いる特務部隊へ特別に配属された。
大佐の機嫌をそこねないよう、命じられればエスツェリア軍に逆らうエティカリア人を捕らえ必要とあらば殺した。殺した人間など数え切れない。もはや、数える意味もない。
『何て奴だ。平気な顔して自分の祖国の人間を殺しまくるんだぜ』
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