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第4章 裏切りと愛憎
11 救出
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コンツェットから指示された牢の場所にたどり着くと、狭い牢の中に五人の男たちがいた。
壁に背をあずけ、うなだれるようにして膝を抱えている者。床にじかに寝転び身体を丸めている者。絶望的な表情で天井を見上げている者。
ファンローゼの足音を聞きつけた男たちは、揃って怯えた顔でこちらを見る。
また拷問されるのではないかと恐れたのだ。
彼らの顔はやつれきっていた。幾度もなく続けられた拷問のせいで肉体も精神も疲弊していた。
その証拠に、彼ら全員の顔が無残なくらい腫れあがり、口の端には乾いた血がこびりついている。中には指先に血に染まっている者も。おそらく爪を剥がされたのか。
しかし、牢の前に現れたのが年若い少女だと気づき、みな驚きに口を開けている。
何者だという顔であった。
「助けにきました」
「君は誰だ?」
一人の男がかすれた声をもらす。
よもや、自分たちを救いにやってきた者が、こんな頼りなさそうな少女だとは思いもよらなかったらしい。
ファンローゼはごくりと喉を鳴らした。
「〝時の祈り〟です」
男たちの耳に届く程度の小さな声で言い、ファンローゼは牢の鍵を男たちに見せた。
男たちの間からおお、という声がもれる。
それまで絶望しかなかった暗い顔に光がさす。
「助かった。しかし、どうやってここに? 鍵はどこから?」
地下牢に捕らわれている彼らの耳には、地上で開かれているパーティーの喧噪は聞こえてこない。
「すみません。時間がないので説明は後で」
ファンローゼは震える手で牢の鍵穴に鍵を差す。
手が震えてうまく開けられない。
「早く開けて!」
「ご、ごめんなさい……」
コンツェットは少しの間だけ、この牢に人が来ないよう見張ってくれると言った。その間に早く彼らを救わなければならない。
ファンローゼは大きく息を吸い、気持ちを落ちつかせる。と同時に、カチャリと錠が解ける音が鳴った。
ぎいと軋む音をたて、牢の扉が開いた。
「開いた!」
「よくやった!」
「出るぞ!」
男たちは素早く牢から抜け出した。
「私についてきてください。外に仲間の車が待機しています」
「分かった。案内してくれ」
彼らを従えファンローゼはコンツェットから教わった通り、外へと抜ける裏口へと向かった。
見張りの者をコンツェットは遠ざけてくれたのだろうか、人の気配はない。
心の隅でやはり、コンツェットは自分を助けてくれた。味方してくれたのだという思いが過ぎる。
もう一度コンツェットに会いたい。会って話がしたい。けれど、今は一刻もはやくこの場から逃げ出さなければ。
屋敷を抜けた途端、緊張が解け全身の力が抜けていく。
後は、指示された場所にみなを導けば、そこで待機している組織の者がなんとかしてくれるはず。
林の陰に隠れていたアデルが、今か今かというように、ファンローゼたちが現れるのを気が気でない思いで待っていた。
自分たちの姿を確認した途端、ほっとした顔でこちらに来いと手招きをしている。
打ち合わせ通り、裏庭の雑木林の中にまぎれ、屋敷の外を目指して走った。
屋敷を出てすぐのところに、逃亡用の車が待機している。
助け出した組織の男が走って行く背を見つめ、ファンローゼも遅れをとるまいと足にまとわりつくドレスの裾をたくしあげ必死になって走った。
「よし、屋敷を抜けた。車はどこだ!」
「あそこです!」
ファンローゼは通りの角に止めてある黒塗りの車を指さした瞬間。
「止まれ!」
その声で背後を振り返る。遠くで自分たちに銃口を向け立つエスツェリア軍の男たちがいた。
「撃て!」
その声とともに、後方を走っていたアデルが足をもつれさせ倒れた。
「アデル!」
仲間たちが叫び、ファンローゼは悲鳴をあげた。地面にうつぶせに倒れるアデルの胸の下からじわりと血がにじんでいく。
「逃すな!」
さらに、再び銃をかまえる男たち。
撃たれる。
そんな恐怖が脳裏を過ぎったその時だった。
こちらに銃を向けていた男が突然、崩れるようにその場に崩れた。さらに、立て続けにまた一人、二人と、エスツェリア軍の男たちが呻き声をあげ地に転がる。
ふと、屋敷を大きく見上げると、二階の窓の陰からコンツェットが狙撃用の銃をかまえて立っているのが目に入った。
彼らを、エスツェリア軍を撃ったのは、コンツェットだった。
私たちを助けてくれたの?
俺はエスツェリア軍の人間。もうおまえとは無関係だと冷たく言い放ったコンツェットが自分を救ってくれた。
コンツェットが笑ったような気がしたのは気のせいか。
「何ぼんやり突っ立てんだ!」
茫然と立ち尽くすファンローゼの手を男の手に掴まれる。
「た、助かったようだ」
「ああ、行くぞ。走れ」
「待ってください! アデルが」
ファンローゼは倒れたアデルを助け起こそうと足を踏み出すが、男によって止められる。
「かまうな!」
「ここに残していけないわ!」
「もう、死んでいる!」
「死……」
と、ファンローゼは呟き顔を青ざめさせる。
目の前の現実を受け入れられなかった。
数時間前までアデルとともに行動し、会話をした。だが、彼はもう動かない。
「かわいそうだが、仕方がない」
この状況で、死んだ仲間を連れて帰る余裕などない。今はとにかくこの危機から抜け出すことを考えなければならない。
ファンローゼはもう一度屋敷を見上げたが、すでにそこに、コンツェットの姿はなかった。
男に手を引かれながら、待機している車に走りよる。
「銃声が聞こえたが、何があった?」
「話はあとだ! 君もはやく乗れ!」
ファンローゼに車に乗るよう促し、男たちも車に乗り込もうとしたその瞬間。
一発の銃声が轟いたと同時に、男の身体が大きく仰け反り、そして、車のボンネットにうつぶせになって倒れた。
まだ他にも敵がひそんでいたのだ。さらに、運転席にいた男の眉間にも放たれた弾が撃ち込まれ、放射線状に亀裂の入ったフロントガラスに真っ赤な鮮血が飛び散った。
「いやーっ」
悲鳴をあげ、その場にうずくまるファンローゼの背後で何発もの銃声が響く。
ファンローゼの目の前で、助けたばかりの男たちが悲痛な声をあげ地に崩れていく。
どうしてこんなことに。
みんな殺されてしまう。
その場に座り込むファンローゼの元に、軍の男たちが銃口を向けたまま近づいてくる。
「あの娘は捕らえますか?」
「いや、殺せ」
そんな会話が聞こえた。
そこへ、横合いからファンローゼを庇うように一台の車が飛び込み急停止する。
「乗るんだ。ファンローゼ!」
扉を開け、運転席からクレイが手を伸ばしてきた。現れたクレイに引き寄せられ、車に乗る。
「少し荒っぽい運転をするけど我慢して」
と、同時に車が凄まじい勢いで走り出した。
壁に背をあずけ、うなだれるようにして膝を抱えている者。床にじかに寝転び身体を丸めている者。絶望的な表情で天井を見上げている者。
ファンローゼの足音を聞きつけた男たちは、揃って怯えた顔でこちらを見る。
また拷問されるのではないかと恐れたのだ。
彼らの顔はやつれきっていた。幾度もなく続けられた拷問のせいで肉体も精神も疲弊していた。
その証拠に、彼ら全員の顔が無残なくらい腫れあがり、口の端には乾いた血がこびりついている。中には指先に血に染まっている者も。おそらく爪を剥がされたのか。
しかし、牢の前に現れたのが年若い少女だと気づき、みな驚きに口を開けている。
何者だという顔であった。
「助けにきました」
「君は誰だ?」
一人の男がかすれた声をもらす。
よもや、自分たちを救いにやってきた者が、こんな頼りなさそうな少女だとは思いもよらなかったらしい。
ファンローゼはごくりと喉を鳴らした。
「〝時の祈り〟です」
男たちの耳に届く程度の小さな声で言い、ファンローゼは牢の鍵を男たちに見せた。
男たちの間からおお、という声がもれる。
それまで絶望しかなかった暗い顔に光がさす。
「助かった。しかし、どうやってここに? 鍵はどこから?」
地下牢に捕らわれている彼らの耳には、地上で開かれているパーティーの喧噪は聞こえてこない。
「すみません。時間がないので説明は後で」
ファンローゼは震える手で牢の鍵穴に鍵を差す。
手が震えてうまく開けられない。
「早く開けて!」
「ご、ごめんなさい……」
コンツェットは少しの間だけ、この牢に人が来ないよう見張ってくれると言った。その間に早く彼らを救わなければならない。
ファンローゼは大きく息を吸い、気持ちを落ちつかせる。と同時に、カチャリと錠が解ける音が鳴った。
ぎいと軋む音をたて、牢の扉が開いた。
「開いた!」
「よくやった!」
「出るぞ!」
男たちは素早く牢から抜け出した。
「私についてきてください。外に仲間の車が待機しています」
「分かった。案内してくれ」
彼らを従えファンローゼはコンツェットから教わった通り、外へと抜ける裏口へと向かった。
見張りの者をコンツェットは遠ざけてくれたのだろうか、人の気配はない。
心の隅でやはり、コンツェットは自分を助けてくれた。味方してくれたのだという思いが過ぎる。
もう一度コンツェットに会いたい。会って話がしたい。けれど、今は一刻もはやくこの場から逃げ出さなければ。
屋敷を抜けた途端、緊張が解け全身の力が抜けていく。
後は、指示された場所にみなを導けば、そこで待機している組織の者がなんとかしてくれるはず。
林の陰に隠れていたアデルが、今か今かというように、ファンローゼたちが現れるのを気が気でない思いで待っていた。
自分たちの姿を確認した途端、ほっとした顔でこちらに来いと手招きをしている。
打ち合わせ通り、裏庭の雑木林の中にまぎれ、屋敷の外を目指して走った。
屋敷を出てすぐのところに、逃亡用の車が待機している。
助け出した組織の男が走って行く背を見つめ、ファンローゼも遅れをとるまいと足にまとわりつくドレスの裾をたくしあげ必死になって走った。
「よし、屋敷を抜けた。車はどこだ!」
「あそこです!」
ファンローゼは通りの角に止めてある黒塗りの車を指さした瞬間。
「止まれ!」
その声で背後を振り返る。遠くで自分たちに銃口を向け立つエスツェリア軍の男たちがいた。
「撃て!」
その声とともに、後方を走っていたアデルが足をもつれさせ倒れた。
「アデル!」
仲間たちが叫び、ファンローゼは悲鳴をあげた。地面にうつぶせに倒れるアデルの胸の下からじわりと血がにじんでいく。
「逃すな!」
さらに、再び銃をかまえる男たち。
撃たれる。
そんな恐怖が脳裏を過ぎったその時だった。
こちらに銃を向けていた男が突然、崩れるようにその場に崩れた。さらに、立て続けにまた一人、二人と、エスツェリア軍の男たちが呻き声をあげ地に転がる。
ふと、屋敷を大きく見上げると、二階の窓の陰からコンツェットが狙撃用の銃をかまえて立っているのが目に入った。
彼らを、エスツェリア軍を撃ったのは、コンツェットだった。
私たちを助けてくれたの?
俺はエスツェリア軍の人間。もうおまえとは無関係だと冷たく言い放ったコンツェットが自分を救ってくれた。
コンツェットが笑ったような気がしたのは気のせいか。
「何ぼんやり突っ立てんだ!」
茫然と立ち尽くすファンローゼの手を男の手に掴まれる。
「た、助かったようだ」
「ああ、行くぞ。走れ」
「待ってください! アデルが」
ファンローゼは倒れたアデルを助け起こそうと足を踏み出すが、男によって止められる。
「かまうな!」
「ここに残していけないわ!」
「もう、死んでいる!」
「死……」
と、ファンローゼは呟き顔を青ざめさせる。
目の前の現実を受け入れられなかった。
数時間前までアデルとともに行動し、会話をした。だが、彼はもう動かない。
「かわいそうだが、仕方がない」
この状況で、死んだ仲間を連れて帰る余裕などない。今はとにかくこの危機から抜け出すことを考えなければならない。
ファンローゼはもう一度屋敷を見上げたが、すでにそこに、コンツェットの姿はなかった。
男に手を引かれながら、待機している車に走りよる。
「銃声が聞こえたが、何があった?」
「話はあとだ! 君もはやく乗れ!」
ファンローゼに車に乗るよう促し、男たちも車に乗り込もうとしたその瞬間。
一発の銃声が轟いたと同時に、男の身体が大きく仰け反り、そして、車のボンネットにうつぶせになって倒れた。
まだ他にも敵がひそんでいたのだ。さらに、運転席にいた男の眉間にも放たれた弾が撃ち込まれ、放射線状に亀裂の入ったフロントガラスに真っ赤な鮮血が飛び散った。
「いやーっ」
悲鳴をあげ、その場にうずくまるファンローゼの背後で何発もの銃声が響く。
ファンローゼの目の前で、助けたばかりの男たちが悲痛な声をあげ地に崩れていく。
どうしてこんなことに。
みんな殺されてしまう。
その場に座り込むファンローゼの元に、軍の男たちが銃口を向けたまま近づいてくる。
「あの娘は捕らえますか?」
「いや、殺せ」
そんな会話が聞こえた。
そこへ、横合いからファンローゼを庇うように一台の車が飛び込み急停止する。
「乗るんだ。ファンローゼ!」
扉を開け、運転席からクレイが手を伸ばしてきた。現れたクレイに引き寄せられ、車に乗る。
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