この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

文字の大きさ
上 下
45 / 74
第5章 すべては君を手に入れるための嘘

1 この中に裏切り者がいる

しおりを挟む
 アパートに戻るとみな沈痛な面持ちでいた。
 中にはくそ! と吐き捨て壁にこぶしを叩きつける者も。
 重苦しい空気の中、ファンローゼはいたたまれない気持ちで下を向いていた。
 現れたクレイによって、危機を逃れられたものの、結局、仲間を誰一人助けられなかった。
 一緒に行動をしていたアデルも、目の前で殺された。
 クレイはファンローゼのせいではないと言ってくれたが、やはり、そのことに責任を感じた。
「今回の作戦は失敗に終わったな」
「ああ……しかし、まるで俺たちの行動が敵に読まれている感じだった」
「読まれていたのだろう。でなければ、あの場にあれだけ大勢のエスツェリア軍が現れるわけがない!」
 忌々しげに吐き捨て、その男はテーブルを叩きつける。
「いや、俺が言いたいのは、誰かが俺たちの行動をもらしたと言うことだ」
 男の言葉にみな緊張した面持ちで押し黙る。
 異様な空気が流れた。
「つまり、この中に裏切り者がいるということか?」
 まさかと、仲間たちが声をもらす。
 そんなことは信じたくない。信じたくはないが、自分たちの行動はまるで敵に筒抜けだった。
 それはやはり、誰かが裏切り、仲間を陥れようとした。
「いったい誰が!」
「さあな」
 最悪の雰囲気であった。みな、誰が裏切り者なのかと確かめるように互いの顔を窺っている。
「ファンローゼ」
 不意に話を向けられたファンローゼは、びくりと肩を跳ねた。
「怪しい人物を見なかったか?」
 仲間の問いかけにファンローゼは息を飲む。動揺を悟られまいとしたが、果たしてうまくいったかどうか。
 あの時、アニタの裏切りを見た。
 アニタは自分をエスツェリア軍に差しだすためには、仲間の犠牲も仕方がないと言っていた。しかし、それを口にすることはできない。
「いいえ……」
 ファンローゼは静かに声を落としまぶたを伏せる。そっと、辺りを見渡したがこの場にアニタの姿はない。
 アニタは私のことを軍に密告した。
「くそ! 見つけたらただではすまないぞ!」
「ああ、裏切りは許さない」
 荒々しくテーブルを叩いて吐き捨てる男たちに、ファンローゼは怯えながら身をすくませた。
 その時、ふっと肩に手が置かれたのに気づき、ファンローゼは背後を見上げた。
 クレイがかすかな笑みを浮かべて立っていた。
「そんな思いつめた顔をしないで。君はよくやってくれた。結果は残念なことになったが、仕方がない。最悪の状況になることも考えなかったわけではない」
 あのまま、敵に捕らわれたままでは、きっと僕たちのことを喋らされてしまうこともあった。だから、これでいいのだと。しかし、クレイの慰めの言葉を素直に喜べなかった。
 ファンローゼは沈んだ表情を浮かべる。
 用意周到に計画をたて、ヨシア大佐の部屋の鍵まで用意してくれたクレイだが、机の引き出しの鍵までは考えなかったのだろうか。
 否、クレイだって必死だった。
 責めることはできない。
 そこへ、アニタが乱暴にドアを開け部屋の中へと入ってきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

112
恋愛
 皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。  齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。  マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...