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第4章 裏切りと愛憎
9 触れあえる距離にあなたがいるのに
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「コンツェット!」
たまらずファンローゼはコンツェットの胸に飛び込んだ。
会いたかった。
こうしてコンツェットに触れていることがまだ信じられない。もしかしたら、これは夢。いいえ、夢なんかではない。
話したいこと、訊ねたいことはたくさんあった。けれど、言葉が喉につかえ、声にならない。
やにわに、コンツェットに両手首を掴まれ遠ざけられる。
見上げると、コンツェットの端整な顔に薄い笑いが刻まれている。その冷たい微笑みにファンローゼは落ち着かない気持ちとなった。
自分の知っているコンツェットはいつだって穏やかで、優しい笑顔を浮かべていた。こんな凍えるような笑みを浮かべたりはしない。
「コンツェット?」
不安になってコンツェットの名を呟く。けれど、彼の唇から出た言葉はファンローゼの望むものではなかった。
コンツェットは緩むことのない鋭利な眼差しでファンローゼの右手に視線を落とし、さらに、開かれている机の引き出しに目を向けた。
「その手に握られているものは何だ?」
冷えた眼差しと同様、発した声の響きも感情のこもらない凍てついたものであった。
「これは……」
言いよどむファンローゼにコンツェットは、さらにたたみかけ、言い逃れのできない状況を作り上げる。
「そんなものを手に入れて、どうするつもりだ? 何の真似事だ」
「お願いコンツェット。助けなければいけない人たちがいるの」
「地下牢にいる連中か?」
率直なコンツェットの問いかけに、肯定することもできずファンローゼは口をつぐんだ。
「よくそんなことを俺に頼めたものだな。いいか、俺の姿をよく見ろ。おまえの目に俺はどう映っている。俺はおまえの母をそして、父を殺した、おまえにとっては唾棄すべき存在だ」
ファンローゼは、改めてコンツェットの格好を見つめ眉宇をひそめ瞳を揺らす。コンツェットの姿はエスツェリア軍の制服。
腰のラインを絞った黒い上着に、ズボンと長靴。それも、エスツェリア軍のエリート部隊、黒い悪魔と悪名高い特務部隊のものであった。
「嘘よね。コンツェットがエスツェリアの軍人だなんて」
「これが今の俺だ」
冷ややかなコンツェットの目に見つめられ、ファンローゼの目から涙がこぼれ落ちる。
コンツェットはため息を落とす。
「なぜここへ来た。君はスヴェリアで幸せに暮らしているのではなかったのか? なのになぜ」
振り絞るようなコンツェットの声。
「私はコンツェットが死んだのだとずっと思っていた。なのに……」
「おまえがそう思うのなら、そのコンツェットとという男は三年前に死んだ」
「どうして」
ファンローゼは必死の目で問いつめる。
「どうして迎えにきてくれなかったの!」
コンツェットは皮肉に口元を歪めて笑い、ふっとファンローゼから視線をそらした。
「おまえと別れてから俺もいろいろとあった。もう三年前の俺ではない。それに、どうして迎えに来なかったかって? おまえは記憶を失っていた。俺のことを忘れていただろう?」
ファンローゼは愕然とした表情を刻む。
「どうして……そのことを知って」
コンツェットが無言で見下ろしてくる。その目はまるで責めているようでいたたまれない気持ちになった。
あの日、崖から落ちた自分はその衝撃で記憶を失った。大好きだったコンツェットのことを記憶から失ったことも事実だ。
ファンローゼは思わずコンツェットから視線を外した。
「ごめんなさい……でも、記憶を失っていてもあなたの姿の断片を、声を、時折ふっと思い出すことはあったわ」
いや、とコンツェットは首を軽く振る。
「忘れてくれてよかったんだ。俺はおまえを裏切り、エスツェリア軍に入隊した。祖国さえも裏切った。この手で多くの人を殺してきた」
ファンローゼは泣きそうに顔を歪めた。
あの後のコンツェットに何があったのか想像できない。それでも、コンツェットの口から直接そんな言葉を聞くことが辛かった。誰よりも優しかったコンツェットが人殺しなど考えられなかった。
「コンツェットには何か理由があったのよね。敵であるエスツェリア軍に入らなければならないほどの理由が。私、信じている。あの優しいコンツェットが理由もなくそんな惨いことをするわけがないって信じている!」
「信じてる……か」
コンツェットの唇から自嘲めいた笑いがもれる。
「もうあの頃の俺ではないんだ。そんなことより、おまえはここで何をしていた」
ファンローゼは唇を引き結んだ。
「もっとも、聞くまでもないがな」
コンツェットは呆れたように、ため息をひとつこぼした。
「まるでスパイの真似事だな」
「そんな……」
「そうだな。おまえはおまえなりに本気で仲間を助けるためにこの敵地に、危険をかえりみずに乗り込んできた。あるいはそうなるよう誰かに仕向けられたのか? おまえのような何もできないお嬢様に本気で敵を欺き、仲間を救えると思ったか。どこまで甘い考えでいる。結局はこのざまだ」
「私は」
「おまえは敵軍に捕らえられた。その意味が分かるな?」
「コンツェット……お願い助けて欲しいの」
「おまえの知っているコンツェットはもうここにはいないと言った筈だ。さあ、ここで、吐いてもらおうか。何もかもすべて。時間はたっぷりとある。誰の命令でここに来た?」
ファンローゼは唇を堅く結ぶ。
たまらずファンローゼはコンツェットの胸に飛び込んだ。
会いたかった。
こうしてコンツェットに触れていることがまだ信じられない。もしかしたら、これは夢。いいえ、夢なんかではない。
話したいこと、訊ねたいことはたくさんあった。けれど、言葉が喉につかえ、声にならない。
やにわに、コンツェットに両手首を掴まれ遠ざけられる。
見上げると、コンツェットの端整な顔に薄い笑いが刻まれている。その冷たい微笑みにファンローゼは落ち着かない気持ちとなった。
自分の知っているコンツェットはいつだって穏やかで、優しい笑顔を浮かべていた。こんな凍えるような笑みを浮かべたりはしない。
「コンツェット?」
不安になってコンツェットの名を呟く。けれど、彼の唇から出た言葉はファンローゼの望むものではなかった。
コンツェットは緩むことのない鋭利な眼差しでファンローゼの右手に視線を落とし、さらに、開かれている机の引き出しに目を向けた。
「その手に握られているものは何だ?」
冷えた眼差しと同様、発した声の響きも感情のこもらない凍てついたものであった。
「これは……」
言いよどむファンローゼにコンツェットは、さらにたたみかけ、言い逃れのできない状況を作り上げる。
「そんなものを手に入れて、どうするつもりだ? 何の真似事だ」
「お願いコンツェット。助けなければいけない人たちがいるの」
「地下牢にいる連中か?」
率直なコンツェットの問いかけに、肯定することもできずファンローゼは口をつぐんだ。
「よくそんなことを俺に頼めたものだな。いいか、俺の姿をよく見ろ。おまえの目に俺はどう映っている。俺はおまえの母をそして、父を殺した、おまえにとっては唾棄すべき存在だ」
ファンローゼは、改めてコンツェットの格好を見つめ眉宇をひそめ瞳を揺らす。コンツェットの姿はエスツェリア軍の制服。
腰のラインを絞った黒い上着に、ズボンと長靴。それも、エスツェリア軍のエリート部隊、黒い悪魔と悪名高い特務部隊のものであった。
「嘘よね。コンツェットがエスツェリアの軍人だなんて」
「これが今の俺だ」
冷ややかなコンツェットの目に見つめられ、ファンローゼの目から涙がこぼれ落ちる。
コンツェットはため息を落とす。
「なぜここへ来た。君はスヴェリアで幸せに暮らしているのではなかったのか? なのになぜ」
振り絞るようなコンツェットの声。
「私はコンツェットが死んだのだとずっと思っていた。なのに……」
「おまえがそう思うのなら、そのコンツェットとという男は三年前に死んだ」
「どうして」
ファンローゼは必死の目で問いつめる。
「どうして迎えにきてくれなかったの!」
コンツェットは皮肉に口元を歪めて笑い、ふっとファンローゼから視線をそらした。
「おまえと別れてから俺もいろいろとあった。もう三年前の俺ではない。それに、どうして迎えに来なかったかって? おまえは記憶を失っていた。俺のことを忘れていただろう?」
ファンローゼは愕然とした表情を刻む。
「どうして……そのことを知って」
コンツェットが無言で見下ろしてくる。その目はまるで責めているようでいたたまれない気持ちになった。
あの日、崖から落ちた自分はその衝撃で記憶を失った。大好きだったコンツェットのことを記憶から失ったことも事実だ。
ファンローゼは思わずコンツェットから視線を外した。
「ごめんなさい……でも、記憶を失っていてもあなたの姿の断片を、声を、時折ふっと思い出すことはあったわ」
いや、とコンツェットは首を軽く振る。
「忘れてくれてよかったんだ。俺はおまえを裏切り、エスツェリア軍に入隊した。祖国さえも裏切った。この手で多くの人を殺してきた」
ファンローゼは泣きそうに顔を歪めた。
あの後のコンツェットに何があったのか想像できない。それでも、コンツェットの口から直接そんな言葉を聞くことが辛かった。誰よりも優しかったコンツェットが人殺しなど考えられなかった。
「コンツェットには何か理由があったのよね。敵であるエスツェリア軍に入らなければならないほどの理由が。私、信じている。あの優しいコンツェットが理由もなくそんな惨いことをするわけがないって信じている!」
「信じてる……か」
コンツェットの唇から自嘲めいた笑いがもれる。
「もうあの頃の俺ではないんだ。そんなことより、おまえはここで何をしていた」
ファンローゼは唇を引き結んだ。
「もっとも、聞くまでもないがな」
コンツェットは呆れたように、ため息をひとつこぼした。
「まるでスパイの真似事だな」
「そんな……」
「そうだな。おまえはおまえなりに本気で仲間を助けるためにこの敵地に、危険をかえりみずに乗り込んできた。あるいはそうなるよう誰かに仕向けられたのか? おまえのような何もできないお嬢様に本気で敵を欺き、仲間を救えると思ったか。どこまで甘い考えでいる。結局はこのざまだ」
「私は」
「おまえは敵軍に捕らえられた。その意味が分かるな?」
「コンツェット……お願い助けて欲しいの」
「おまえの知っているコンツェットはもうここにはいないと言った筈だ。さあ、ここで、吐いてもらおうか。何もかもすべて。時間はたっぷりとある。誰の命令でここに来た?」
ファンローゼは唇を堅く結ぶ。
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