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第3章 思いがけない再会
5 取り戻した記憶
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エティカリア国を出る決意をした三人は、翌朝、まだ早い時間にアパートを出た。
「さあ、行こう」
クレイの車に乗ろうとしたその時、路地裏から数名の男たちが行く手を遮るようにざっと現れた。
彼らは全員、エスツェリアの軍服を着ていた。
「なぜ、エスツェリア軍が!」
クルトは悲鳴をあげた。
「クルト・ウェンデルだな?」
「ずっと探していたぞ。こんなところに隠れていたとはな」
父は苦い表情で、唇を噛みしめる。
「なぜここが分かったの……」
ファンローゼの呟きに、軍の男たちはにやりと笑う。
「善良なエティカリアの国民が教えてくれたんだよ。大作家であり、反エスツェリア組織の一員であるクルト・ウェンデルが、このアパートに潜んでいるとな」
「そんな……」
「ファンローゼ、クレイ君と一緒に逃げなさい」
クルトが小声で呟く。
「いや!」
クルトにしがみつこうとするファンローゼの肩をクレイが掴む。
「クレイ君! どうかファンローゼを頼む」
クルトは懐に手を入れ、取り出した銃を男たちに向ける。が……クルトが銃を撃つよりも早く、軍の男の撃った銃弾がクルトの心臓を貫いた。
「お父様!」
ファンローゼの叫び声が、余韻を轟かせる銃弾の音と重なる。
「ファンローゼ、来るんだ!」
泣き叫ぶファンローゼの手を引き、クレイは走った。
「追え! 逃がすな!」
背後で数人の男たちが駆けてくる。
「お父様っ!」
あの時と同じ。
あの時、スヴェリアへ逃れようと列車に乗ったあの日。
母がエスツェリア軍に撃たれ、私はコンツェットの手に引かれながら暗闇の中を走って逃げた。
ああ、コンツェット。
ようやく、思いだしたわ。
大好きだったコンツェット。
いつも私の側にいてくれた人。
でもあの時、アルザスの山でコンツェットは私を助けようとして、エスツェリア軍に撃たれた。
必ず後を追うと約束してくれたが、彼が来ることはなかった。
それはつまり、コンツェットはもうこの世にはいないということ。
「コンツェット……迎えに来てくれるって言ったのに」
ファンローゼの呟きに、クレイは眉をひそめた。
大通りを出たところで、一台の車が目の前で止まった。
「クレイ! 早く乗れ」
「助かった」
車の扉を開け大急ぎで乗り込む。
乗ったと同時に、路地の角から追ってきたエスツェリア軍が現れた。
「あの車に乗ったぞ」
「追え!」
車は勢いよく走り出す。
背後を振り返ると、男たちの姿がみるみる遠のいていく。
「助かったよ」
「いや、偶然さ。やつらが路地に入っていくのを見て、何かが起こると思って見張っていたんだ。まさか、おまえがかかわっていたというのは予想外だったがな」
運転席の男は、ちらりとミラーごしに後部座席を見る。
「その子は」
「ああ、詳しい話は戻ってからだ」
「ははん、つまりわけありってことだね。まあいい。それと、リンセンツの町の出版社の男が昨夜殺された。理由は分からない」
ファンローゼは勢いよく顔をあげた。
「その人って、まさか」
「昨日僕たちが尋ねた出版社の男だろう。そして、おそらく彼を殺したのは、エスツェリア軍の黒い制服。そこからたどって、クルトさんの存在をつきとめたに違いない。あの黒い悪魔どもめが!」
「黒い悪魔?」
「ああ、特務部隊といって、エスツェリア軍の中でも選りすぐりの黒い制服を着た精鋭部隊だ。今はエスツェリア軍に逆らう民衆の抑圧に勤しんでいる。それにしても!」
クレイが苦い顔でこぶしを自分の膝に叩きつけた。
「まさか奴らにばれるとは!」
ファンローゼは唇を震わせた。
そういえば、昨日二人組の黒い軍服を着た男が、目の前を通り過ぎていったことを思い出す。
彼らが出版社の男を殺したのか。
「ファンローゼ、大丈夫?」
がたがたと震えるファンローゼの肩を、クレイは抱き寄せた。
「私のせいだわ。私がお父様のところにいかなければ。私が出版社を訪ねなければ。お父様もあの出版社の人も殺されることはなかった。すべて、私のせい……私のせいだわ」
「なるほど。出版社の男が殺された理由は、その子がかかわっていたってことか」
車を運転する男が苦い嗤いを浮かべて言う。
やっかいごとに巻き込まれたな、という顔であった。
泣き崩れるファンローゼの頭を引き寄せ、クレイは優しく撫でた。
「こんなことになって、何て言えばいいのか言葉がみつからないけれど……でも、君のせいではない。だから自分を責めてはいけない」
ファンローゼは激しく首を振る。
優しい言葉をかけられると、堪えきれずに涙があふれた。
とうとう、ファンローゼは声をあげて泣いた。
「ファンローゼ……」
ファンローゼはクレイにしがみつく。
最初は戸惑いをみせたクレイだが、ファンローゼを抱きしめ返した。
「さあ、行こう」
クレイの車に乗ろうとしたその時、路地裏から数名の男たちが行く手を遮るようにざっと現れた。
彼らは全員、エスツェリアの軍服を着ていた。
「なぜ、エスツェリア軍が!」
クルトは悲鳴をあげた。
「クルト・ウェンデルだな?」
「ずっと探していたぞ。こんなところに隠れていたとはな」
父は苦い表情で、唇を噛みしめる。
「なぜここが分かったの……」
ファンローゼの呟きに、軍の男たちはにやりと笑う。
「善良なエティカリアの国民が教えてくれたんだよ。大作家であり、反エスツェリア組織の一員であるクルト・ウェンデルが、このアパートに潜んでいるとな」
「そんな……」
「ファンローゼ、クレイ君と一緒に逃げなさい」
クルトが小声で呟く。
「いや!」
クルトにしがみつこうとするファンローゼの肩をクレイが掴む。
「クレイ君! どうかファンローゼを頼む」
クルトは懐に手を入れ、取り出した銃を男たちに向ける。が……クルトが銃を撃つよりも早く、軍の男の撃った銃弾がクルトの心臓を貫いた。
「お父様!」
ファンローゼの叫び声が、余韻を轟かせる銃弾の音と重なる。
「ファンローゼ、来るんだ!」
泣き叫ぶファンローゼの手を引き、クレイは走った。
「追え! 逃がすな!」
背後で数人の男たちが駆けてくる。
「お父様っ!」
あの時と同じ。
あの時、スヴェリアへ逃れようと列車に乗ったあの日。
母がエスツェリア軍に撃たれ、私はコンツェットの手に引かれながら暗闇の中を走って逃げた。
ああ、コンツェット。
ようやく、思いだしたわ。
大好きだったコンツェット。
いつも私の側にいてくれた人。
でもあの時、アルザスの山でコンツェットは私を助けようとして、エスツェリア軍に撃たれた。
必ず後を追うと約束してくれたが、彼が来ることはなかった。
それはつまり、コンツェットはもうこの世にはいないということ。
「コンツェット……迎えに来てくれるって言ったのに」
ファンローゼの呟きに、クレイは眉をひそめた。
大通りを出たところで、一台の車が目の前で止まった。
「クレイ! 早く乗れ」
「助かった」
車の扉を開け大急ぎで乗り込む。
乗ったと同時に、路地の角から追ってきたエスツェリア軍が現れた。
「あの車に乗ったぞ」
「追え!」
車は勢いよく走り出す。
背後を振り返ると、男たちの姿がみるみる遠のいていく。
「助かったよ」
「いや、偶然さ。やつらが路地に入っていくのを見て、何かが起こると思って見張っていたんだ。まさか、おまえがかかわっていたというのは予想外だったがな」
運転席の男は、ちらりとミラーごしに後部座席を見る。
「その子は」
「ああ、詳しい話は戻ってからだ」
「ははん、つまりわけありってことだね。まあいい。それと、リンセンツの町の出版社の男が昨夜殺された。理由は分からない」
ファンローゼは勢いよく顔をあげた。
「その人って、まさか」
「昨日僕たちが尋ねた出版社の男だろう。そして、おそらく彼を殺したのは、エスツェリア軍の黒い制服。そこからたどって、クルトさんの存在をつきとめたに違いない。あの黒い悪魔どもめが!」
「黒い悪魔?」
「ああ、特務部隊といって、エスツェリア軍の中でも選りすぐりの黒い制服を着た精鋭部隊だ。今はエスツェリア軍に逆らう民衆の抑圧に勤しんでいる。それにしても!」
クレイが苦い顔でこぶしを自分の膝に叩きつけた。
「まさか奴らにばれるとは!」
ファンローゼは唇を震わせた。
そういえば、昨日二人組の黒い軍服を着た男が、目の前を通り過ぎていったことを思い出す。
彼らが出版社の男を殺したのか。
「ファンローゼ、大丈夫?」
がたがたと震えるファンローゼの肩を、クレイは抱き寄せた。
「私のせいだわ。私がお父様のところにいかなければ。私が出版社を訪ねなければ。お父様もあの出版社の人も殺されることはなかった。すべて、私のせい……私のせいだわ」
「なるほど。出版社の男が殺された理由は、その子がかかわっていたってことか」
車を運転する男が苦い嗤いを浮かべて言う。
やっかいごとに巻き込まれたな、という顔であった。
泣き崩れるファンローゼの頭を引き寄せ、クレイは優しく撫でた。
「こんなことになって、何て言えばいいのか言葉がみつからないけれど……でも、君のせいではない。だから自分を責めてはいけない」
ファンローゼは激しく首を振る。
優しい言葉をかけられると、堪えきれずに涙があふれた。
とうとう、ファンローゼは声をあげて泣いた。
「ファンローゼ……」
ファンローゼはクレイにしがみつく。
最初は戸惑いをみせたクレイだが、ファンローゼを抱きしめ返した。
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