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第2章 さまよう心
9 クルト・ウェンデルの本を頼りに
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思えば私、クレイのことを何も知らないのだわ。
「ファンローゼ、もうすぐリンセンツの町に到着するよ」
ファンローゼは胸に抱えていたクルト・ウェンデルの本の存在を確かめる。
たった一冊の本を頼りに、本当にクルト・ウェンデルを見つけ出すことができるのか。そんなファンローゼの疑問にクレイは答える。
「その本の出版社を訪ねてみよう。そこに行けば、クルト氏の居場所が掴めるかもしれない」
町の一角に車を停め、本に書かれていた住所を確かめる。
クレイは迷うことなく歩き出す。
クレイのおかげで、探している出版社はすぐに見つけることができた。
あっけないくらい。
もしかしたら、出版社じたいなくなってしまっているのではと危惧したか、どうやら存在はしていたようだ。
辿り着いた所は、古めかしく寂れた雰囲気の建物だった。
ここに人がいるのかどうかも怪しい様子だったが、建物の中に入ると、一人の男が机の上に両脚を投げ出すようにして座り、暇そうに煙草をくゆらしている。
突然やってきた自分たちに、男は訝しむ目でこちらを見る。
「突然すみません。少々お尋ねしたいことがありまして」
「めんどうごとは断る。帰れ」
男はふいっと視線をそらし、仏頂面で答えた。
「手間はとらせません。作家クルト・ウェンデル氏が今どこにいるのか居場所を知りたいのです」
途端、男の顔つきが変わった。
「知らないね」
「どうしても知りたいのです。住所だけでも教えていただけませんか? 決してご迷惑はおかけしません」
「あんたたちがこうしてやって来たことじたいがすでに迷惑なんだよ! さあ、帰った帰った。俺は何にも知らないよ」
男は追いやるように自分たちを扉の外へと追い出すと、乱暴に扉を閉めた。
「やはり、知らないのね。ねえクレイ、他の出版社をあたってみるのはどうかしら?」
クレイはふっと笑った。
「君はほんとに疑うことを知らないね」
ファンローゼはクレイを見つめ返す。
「さっきの男は間違いなくクルト氏の居場所を知っている。そんな顔だった。クルト氏はエスツェリア軍から追われている。だから、居場所を隠しているのか、あるいは、クルト氏とかかわっていたことを知られるのを恐れ、口を閉ざしているのか、そのどちらかだろう」
「だったら、私が、クルト・ウェンデルの娘かもしれない私が尋ねてきたと言ったら教えてくれるのでは?」
ファンローゼの提案に、クレイは首を横に振る。
「ファンローゼはエスツェリア軍から狙われている。君の名を出すわけにはいかないよ」
「そうね……」
ファンローゼはうなだれた。
「大丈夫。気を落とさないで、僕はもう一度、さっきの男にクルト氏の居場所を聞いてみるよ」
「でも……」
出版社にいたあの男は、父の居場所を知っているのかも知れない。けれど、たったいま、帰れと追い返されたばかり。そう簡単に教えてくれるとは思えない。
「今日はあきらめて、日をあらためたほうが……」
「もしかしたらあの男は僕たちが再び来るかもしれないと恐れ、逃げ出す可能性もある。せっかく手がかりが得られそうなんだ。この機会を逃すのは惜しいだろう?」
「それは……」
「もう一度お願いしてみる。君はここで待っていてくれるかい?」
クレイの手が両肩に置かれた。
「いいね、僕が戻るまでどこにも行ったりしてはいけないよ。約束だ」
ファンローゼは頷くと、クレイの手が優しくそっと頬をなでてくれた。
「いい子だね」
クレイはくるりと背を向け先ほどの出版社へと戻っていく。
「クレイ!」
待って、と足を踏み出したところへ、少し離れた場所から黒い軍服を着たエスツェリアの軍人二人組がこちらへやってくるのを目にする。
ファンローゼは慌てて路地裏に隠れ、かぶっていた帽子を目深に引き寄せた。
クレイの言うとおり、今はここでおとなしく待っていた方がよさそうだ。
通り過ぎていく軍人の背中を、ファンローゼは路地裏の影から見つめていた。
「ファンローゼ、もうすぐリンセンツの町に到着するよ」
ファンローゼは胸に抱えていたクルト・ウェンデルの本の存在を確かめる。
たった一冊の本を頼りに、本当にクルト・ウェンデルを見つけ出すことができるのか。そんなファンローゼの疑問にクレイは答える。
「その本の出版社を訪ねてみよう。そこに行けば、クルト氏の居場所が掴めるかもしれない」
町の一角に車を停め、本に書かれていた住所を確かめる。
クレイは迷うことなく歩き出す。
クレイのおかげで、探している出版社はすぐに見つけることができた。
あっけないくらい。
もしかしたら、出版社じたいなくなってしまっているのではと危惧したか、どうやら存在はしていたようだ。
辿り着いた所は、古めかしく寂れた雰囲気の建物だった。
ここに人がいるのかどうかも怪しい様子だったが、建物の中に入ると、一人の男が机の上に両脚を投げ出すようにして座り、暇そうに煙草をくゆらしている。
突然やってきた自分たちに、男は訝しむ目でこちらを見る。
「突然すみません。少々お尋ねしたいことがありまして」
「めんどうごとは断る。帰れ」
男はふいっと視線をそらし、仏頂面で答えた。
「手間はとらせません。作家クルト・ウェンデル氏が今どこにいるのか居場所を知りたいのです」
途端、男の顔つきが変わった。
「知らないね」
「どうしても知りたいのです。住所だけでも教えていただけませんか? 決してご迷惑はおかけしません」
「あんたたちがこうしてやって来たことじたいがすでに迷惑なんだよ! さあ、帰った帰った。俺は何にも知らないよ」
男は追いやるように自分たちを扉の外へと追い出すと、乱暴に扉を閉めた。
「やはり、知らないのね。ねえクレイ、他の出版社をあたってみるのはどうかしら?」
クレイはふっと笑った。
「君はほんとに疑うことを知らないね」
ファンローゼはクレイを見つめ返す。
「さっきの男は間違いなくクルト氏の居場所を知っている。そんな顔だった。クルト氏はエスツェリア軍から追われている。だから、居場所を隠しているのか、あるいは、クルト氏とかかわっていたことを知られるのを恐れ、口を閉ざしているのか、そのどちらかだろう」
「だったら、私が、クルト・ウェンデルの娘かもしれない私が尋ねてきたと言ったら教えてくれるのでは?」
ファンローゼの提案に、クレイは首を横に振る。
「ファンローゼはエスツェリア軍から狙われている。君の名を出すわけにはいかないよ」
「そうね……」
ファンローゼはうなだれた。
「大丈夫。気を落とさないで、僕はもう一度、さっきの男にクルト氏の居場所を聞いてみるよ」
「でも……」
出版社にいたあの男は、父の居場所を知っているのかも知れない。けれど、たったいま、帰れと追い返されたばかり。そう簡単に教えてくれるとは思えない。
「今日はあきらめて、日をあらためたほうが……」
「もしかしたらあの男は僕たちが再び来るかもしれないと恐れ、逃げ出す可能性もある。せっかく手がかりが得られそうなんだ。この機会を逃すのは惜しいだろう?」
「それは……」
「もう一度お願いしてみる。君はここで待っていてくれるかい?」
クレイの手が両肩に置かれた。
「いいね、僕が戻るまでどこにも行ったりしてはいけないよ。約束だ」
ファンローゼは頷くと、クレイの手が優しくそっと頬をなでてくれた。
「いい子だね」
クレイはくるりと背を向け先ほどの出版社へと戻っていく。
「クレイ!」
待って、と足を踏み出したところへ、少し離れた場所から黒い軍服を着たエスツェリアの軍人二人組がこちらへやってくるのを目にする。
ファンローゼは慌てて路地裏に隠れ、かぶっていた帽子を目深に引き寄せた。
クレイの言うとおり、今はここでおとなしく待っていた方がよさそうだ。
通り過ぎていく軍人の背中を、ファンローゼは路地裏の影から見つめていた。
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