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第三章 悪人たちの狂騒曲

40.カタリーナとの友情

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  案内してきたルノリアの助手が恐縮したように、
「失礼いたしました。アマーリアさま、こちらのお部屋に……」
 と別室に案内しようとするより早くカタリーナが立ち上がった。

「あ、あの……っ」
 か細い声で呼び止められてアマーリアは足を止めて振り返った。

「ごきげんよう。カタリーナさま」
 アマーリアはふわりと微笑み、膝を折って腰を落とす貴族の令嬢が目上の人に対してする正式な礼をした。

 身分としては公爵令嬢同士なので同格だが、カタリーナのエルリックの婚約者という立場を慮ってのことだった。

「まあ、そんな。お立ちください」
 カタリーナが慌てて言った。

「先日は兄のルーカスが大変失礼いたしました。私からもお詫びいたします」
 頭を下げてそう言われて今度はアマーリアが慌てる番だった。

「いえ。私の方こそあの時はエルリック殿下の御前だというのに慎みのないことを申しました。カタリーナさまにもご不快な思いをさせてしまって」

「不快だなんてとんでもない。悪いのは兄の方ですわ。ごめんなさい。アマーリアさま。兄は悪い人ではないのですけれど、時々、ああいった物の言い方をすることがあって……」
 カタリーナにとっては優しい兄なのだろう。
 なんだかんだと自分に甘いヴィクトールのことを思い出して、アマーリアはカタリーナに歩み寄ってその手をとった。

「うちの兄もルーカスさまに対しては、かなり失礼な態度でしたから無理もありませんわ。でも、兄同士がどうでも私たちまで仲違いすることはありませんわね」
 アマーリアが笑いかけると、カタリーナは恥ずかしそうに微笑み返してきた。

「ありがとうございます。アマーリアさま。お近づきになれて嬉しゅうございます」
「こちらこそ」

 助手の女性が気をきかせて、アマーリアさまのお席もこちらにお作りいたしましょうかと言ってくれたので、アマーリアとカタリーナは顔を見合わせて、そうして貰うことにした。

 向かい合って座るとカタリーナは、
「素敵なお色のドレスですわね。アマーリアさまによくお似合いです」
 とアマーリアのサックスブルーのドレスを褒めてくれた。

「カタリーナさまこそ、とても華やかで素敵だわ」
 アマーリアがローズピンクのドレスを褒め返すとカタリーナは顔を曇らせた。

「私なんて。こんな派手な色が似合わないのは分かっているのです」
「まあ、そんなこと」

「自分でももっと他の色が好きなのですけれど、父や兄は若い娘なのだから華やかな色を着ろってそればっかり」

 謙遜ではなくそれがカタリーナの本音だと気づいたアマーリアは、つくづくとカタリーナの姿を眺めて思わず呟いた。

「確かにカタリーナさまには同じピンクでもサーモンピンクとか、淡いグリーンやクリーム色とか優しいお色の方がお似合いになるかもしれませんわね」
 言ってしまってから失礼だったかと慌てたが、カタリーナはそれを聞くとぱっと顔を輝かせた。

「そうなんです。私もそういった色の方がずっと好き。エルリック殿下もそういうドレスの方がずっと私に似合うって……」
 そこまで言ってカタリーナは、はっとしたように頬を染めてうつむいた。

「エルリックさまと仲がよろしいのね」
 アマーリアは羨ましくなった。

 ラルフは、いつでもとても優しいがアマーリアの着るものに関して、何色が好きだとか何が似合うだとかは言ってくれたことがない。

 アマーリアがそう言うと、カタリーナは困ったように微笑んだ。

「それはきっとアマーリアさまが何を着てもお似合いになるから、ラルフさまは何もおっしゃる必要がないのですわ。
 私は自分が美しくないのは分かっているのです。
 他のご令嬢のように気のきいたお喋りでその場を盛り上げたりも出来ないし、打毬も乗馬も苦手。でも、エルリックさまはそんな私といると落ち着くと。他のどんな令嬢といるより安らぐと仰って下さったのです」

「まあ。殿下は本当にカタリーナさまをお好きでいらっしゃるのね」
 アマーリアが言うと、カタリーナは嬉しそうに頬を染め、それから急に饒舌になった。

 エルリックはいつも一人で本ばかり読んでいて愛想がなく人嫌いのように思われているが、そんなことはなく少し不器用なだけなこと。

 今から数百年前に滅びたと言われている「旧世界」──魔法文明が今よりもずっと進んでいた頃の文明に興味があり、それらの遺跡が数多く現存しているラトアニア王国に行き、もっと古代文明の勉強をしてみたいと思っていること。

 ラトアニアには旧世界に実在した地底都市、湖上都市などの遺跡などがあり、いつか二人でそこへ行ってみたいと言ってくれたことなどを次々と話してくれた。

 カタリーナの方のドレスの仮縫いが終わったとルノリアが呼びに来た時には二人はすっかり仲良くなっていた。

「またお茶にお誘いしてもよろしいかしら?」
 アマーリアが尋ねると、カタリーナはにっこりと微笑んで頷いた。
「はい。ぜひ」

 アマーリアは嬉しい気持ちで帰途についた。

 そしてそれはカタリーナも一緒だった。
 アマーリア・クレヴィングがあれほど気さくで親しみやすい人だとは思わなかった。

 父や兄は何かにつけてクレヴィング公爵家を目の敵にしているが、アマーリアの言う通り。自分たちまでが敵対する必要はどこにもないはずだ。

 これまで他の人には誰にも話したことのないエルリックに対する恋心について話せたのもとても嬉しかった。
 アマーリアは二人の関係を、
「とても素敵だと思います」
 と言ってくれ、自分が婚約者のラルフ・クルーガーと出逢った時のことをはにかみながら話してくれた。

 カタリーナにとってそんな話を出来る打ち解けた友達が出来たのは生まれて初めてのことだった。

 幼い頃から王妃教育を受けてきたというアマーリアと友人になり、色々と教えて貰えれば不安ばかりの今後の生活のなかで、どれほど心強いことだろう。

 そんなことを考えながら珍しく高揚した気持ちで屋敷に戻ると、叔母のエリザベートが父を訪ねてきていた。

 日頃ならば絶対にしないことなのだが、アマーリアと話して浮き立った気持ちのまま、カタリーナはルノリアの店でアマーリアに偶然会ったこと。
 一緒にお茶をして親しくなったことを話した。

 怒るかと思った父は、意外にも喜び、
「そうか。おまえもいずれ王太子妃となり、ゆくゆくは王妃となるのだ。今から高位貴族の令嬢や夫人たちと親しくしておくことは良いことだと思うよ」
 と言ってくれた。

 父以上にクレヴィング公爵家を嫌っていたはずのエリザベートも何故か満足げに目を細め、
「そう。アマーリア嬢と仲良くなったの。良かったわね。カタリーナ」
と微笑みかけてくれた。

 アマーリアとの交際を反対されなかったことに安堵していたカタリーナは、その時の叔母の目に、きらりと狡猾そうな光が走ったことに気が付かなかった。
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