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第三章 悪人たちの狂騒曲

39.両親の想い

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「まあ、どれもお似合いで困ってしまいますわ」
 純白のドレスをまとったアマーリアを見て、周辺諸国で随一との呼び声も高い服飾デザイナーのルノリア・オリアーノはうっとりと目を細めた。

 娘夫婦の新居に関しては譲歩したクレヴィング公爵家だったが、一人娘の結婚式と婚礼衣装に関しては譲れないと、主にアマーリアの母の公爵夫人が珍しく強情に言い張った。

「だってアマーリアが生まれた日からこの日をずっと夢見てきたんですもの。世界で一番美しくて幸せな花嫁として嫁がせてやりたいのです」
 という妻の主張にクレヴィング公爵も、

「わしはあれが生まれた日からずっと、嫁がせなければならない日が来るのが怖かったよ」
 と苦笑しながらも同意したので、アマーリアは挙式用と披露宴用のウェディングドレスをそれぞれ一着、ガーデンパーティーで着るアフタヌーンドレスを一着、夜の舞踏会で着るカクテルドレスを一着と計四着のドレスを新しく仕立てることになったのだ。

 式を挙げるのは来春の予定だが、刺繍からレースまですべて職人の手作りによる完全オートクチュールなのでかなり余裕を持って発注しなければ間に合わない。

 というわけでここ数日、連日のようにルノリアの店に通い、採寸と試着を繰り返しているのだった。

「神殿でのお式用のドレスはレースの襟と袖付きのもので思い切ってトレーンの長いもの。トレーンの裾にはロシュフォールの刺繍職人の手による刺繍を一面に施す予定です。
 その後の馬車でのパレードの時は多少動きやすいように裾の長さは控えめにして馬車のお席でふわりと広がるプリンセスラインのスカートに日差しに映えるように真珠と水晶の小さな花飾りをいくつもちりばめてはどうかと……」

「ちょっと待って下さい。私たちのお式ではパレードなんてしませんわ。王家や公爵家に嫁ぐわけではないのですもの」

「あら。でも公爵閣下からは当日はすべて、王太子妃として嫁ぐ予定だった時のお支度と遜色ないようにと伺っておりますけれど。お式のあとは公爵邸で披露宴が開かれるのでしょう?」
「ええ。それはお母さまがどうしてもって……。ラルフさまも新居の方ではとてもそんなおもてなしは出来ないからって承諾して下さったんだけれど、それでも王太子妃さまのお支度に劣らないようにだなんて不遜だわ」

「国王陛下にはお許しを頂いているそうですわ」
「またそんな大ごとに」
 アマーリアは小さく溜息をついた。

 アマーリアとしては、騎士のラルフ・クルーガーの妻に相応しいささやかでも温かな式を挙げて、あの可愛らしい『樫の木屋敷オークフィールド』でバートラムやクララに見守られて親しい友人たちとお祝いが出来ればそれでいいと思っていたのだが、どうもそういうわけにはいかないようだ。

 けれど、アドリアンとの婚約破棄にまつわるあれこれで両親にかけてしまった苦労や心痛を思うと、愛情からくるその気持ちをむげに退ける気にもなれなかった。

「それで花婿さまはいつ、お越しになられますか? 一度、アマーリアさまと並んでいただいてそのうえで花嫁衣裳に合わせてデザインをしたいのですけれど」

「それなんだけどね。ラルフさまは騎士団の第一正装の礼服でいいって仰ってるのよ。同僚の方たちもそうされてるからって」

 ルノリアは、きっと顔を上げた。
「そうは参りませんわ。婚礼衣装というのは新郎新婦が並んだときの調和がぴたりととれて初めて完成されるデザインなのです。そんないい加減なことは私のデザイナーとしての誇りにかけても出来ませんわ」

 アマーリアはくすくす笑って頷いた。
「分かりました。そうお伝えしておきます」

 派手なことが苦手なラルフだが、それがアマーリアの両親の望みだといえば快く応じてくれるだろう。
 
 ルノリアは、兄のヴィクトールの結婚式でも衣装のデザインを担当していた。
 義姉のソアラの雪のように白い肌を生かしたウェディングドレスは夢のように美しかったし、クレヴィング家の色である濃紺に銀糸で縁取りをした、騎士風の礼装を着たヴィクトールは物語の中の王子そのもののように気高く凛々しかった。

 ルノリアの手による礼装を着たラルフはどんなにか素敵だろう。
 その彼の待つ祭壇にむかって父に手を取られて歩く日のことを想像して、アマーリアは一人で赤くなった。

 「では仮縫いをする間、こちらのテラスでお待ちいただけますか? あとでお声をかけますので」
 そう言われて陽光の差し込む明るいテラスへと足を踏み入れたアマーリアは、はたと足を止めた。

 そこには先客がいた。
 いくつかあるソファの一つに腰かけて本を読んでいるのはザイフリート公爵家の令嬢、カタリーナだった。

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