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三章 湯けむり温泉、ぬるぬるおふろ

綾瀬の本音

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「俺の事、絶対裏切らないでって言ったよね……!」


 凛の目つきは険しく、今までに見たことが無いくらい激高していた。綾瀬はぴんときた。凛ちゃんは勘がいいから、きっと自分と航のことに気付いたのだ……と。綾瀬は顔をぐしゃぐしゃに歪めてうなだれた。

「ごめん……謝って許されるとは思ってないんだけど……本当に、ごめんなさい……!」
「……な、なんであんなこと、したの……」

 航と違って綾瀬はきちんと認めた。そして謝った。その悲愴な面持ち、絶対に何か理由がある……凛の怒りが削がれ、なぜあんなことをしたのかという理由の究明の方が優先された。


「航が……一度だけ、少しだけでいいって言って……つい流れで……。でも、そこで終わるつもりだったんだ……それなのに画像を使って脅されてしまった……」

 綾瀬は涙ぐんでいた。身体はがっしりとしていて精悍なのに、思いのほか涙もろいのだ。航ならば人の好い綾瀬を丸め込んで転がすくらい簡単にやるだろう。義理と言えど兄弟。兄の性格ぐらい、弟はきちんと把握している。
 おそらく綾瀬の言っていることに嘘はない。凛はそう判断した。そうしたら目の前でしょんぼりとしている年上の人が、急にいじらしく見えてきた。


「そうだったんだね……じゃあさ、お兄ちゃんの事はどう思ってるの?」
「それが、分からない……今まで、友達としか見た事はなかった。でも、好きって言われて……急にそんな事を言われても分からない」


 綾瀬はひたすらに真っすぐなので、これもまた嘘ではないだろう。でも何となくわかる。気付いていないだけで、綾瀬もそんなに航の事を悪いとは思っていない事。将来的にはどうなるか分からない。好きな人に自分以外に好きな人が出来る。それは寂しくて胸が痛むこと。
 でも、好きな人が一人じゃなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。三人で付き合っていて……自分だけが二人とも好きでどちらも手に入れたいなんて、わがままだったんだ。

 凛もまたしょんぼりしながら綾瀬を抱きしめた。それは初めて綾瀬と身体を重ねた時みたいだった。あの時と何も変わらない。大切に包み込むような優しい抱擁だった。


「……もう、そんな顔してたら許しちゃうじゃん……そうだよね、綾瀬さん……ううん、臨さんは優しいから……」

 凛が綾瀬……臨の頭を抱え込むようにして抱きしめる。よしよし、と撫でる。さらさらで少し固い黒髪が揺れる。



「……でも、俺は凛ちゃんとだけこんなことしたい。俺は、君だけが欲しい……」



 それはずっと隠してきた本音だった。本当は好きな子の身体を誰かと共有なんてしたくない。でも、凛は綾瀬も航も好き。言ったら嫌われるかもしれない。せっかく両思いになったのに、手放したくない。だけど航と三人でしている時の凛は何よりも綺麗で可愛くて愛おしい。どうすればいいのか分からない。綾瀬も複雑な思いに苛まれていた。


「そうだったんだ……」
「うん……でも、言ったら嫌われるかなって思って言えなかった」
「嫌いになるわけないよ……!」


 健気な思いを聞いてしまって凛の心が動く。航と性行為をしたことは絶対許せないが……綾瀬が望んでやったことではないとしたら話は別だ。


「……そこにいるよね、お兄ちゃん!」


 凛が鋭い声で綾瀬の肩越しに声をかけた。いつの間にいたのか、航が入り口近くの壁に背を付けて立っていた。

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